留年さえしなければサボってもいいんじゃないかなー、と思い始めていた高校生活に、異常なことが起きている。
「東雲さん」
昨日の夜ご飯を丸ごと詰め込んだだけのお弁当を手に持つと、声をかけられた。
声の方を見れば、そこには周囲に期待された通りの『完璧』な笑顔を浮かべる朝比奈さんがいて。
「ん? どうしたの、朝比奈さん」
「お昼、一緒にどうかな?」
「……移動してくれるなら、別にいいけど」
──どうやら宮益坂女子学園で人気の優等生に懐かれたらしい。
月から金曜日まで、毎日欠かさずにお昼のお誘いが来るのだ。それ以外にふさわしい言葉が私には見つからなかった。
月曜日はお昼ご飯だけ。火曜日はお昼休みの間。
水曜日には他の休み時間でも話しかけてきて、木曜日になると放課後にも美術準備室に現れた。
なにがそんなに良いのか。忙しいはずの朝比奈さんは時間を作って、私の前に現れるのだ。
時間を作ってくれている努力もわかっているだけに、無碍にはできない。
しかし、目立つのも面倒だと思う気持ちも事実で。
今日もお昼のお誘いを受けた私は、朝比奈さんを連れて美術準備室まで避難した。
「東雲さん、お弁当を食べながらスマホを見るのは行儀が悪いよ」
「周りには朝比奈さんしかいないし、大丈夫大丈夫」
「家なら兎も角、外ではやめといた方がいいと思うけど」
「これ終わったらやめるから、もうちょっと待って」
ループ再生をオンにして、MVがついた動画を再生する。
この動画に使われている絵を見て笑っていたら、朝比奈さんが小首を傾げて問いかけてきた。
「それってこの前のKって人の曲だよね? 笑ってるけど、そんなに良いことがあったの?」
「そりゃあもう。まず、Kさんの曲自体好きだし……更に、曲に合わせて作ったMVに、私の絵を使ってくれた人がいてさ。態々私の絵を使ってくれたのよ? それがもう、すっごく嬉しくて」
今日の朝、そこまで反応のないピクシェアの絵の方のアカウントに突然、AmiaというアカウントからDMが来た。
しかも、面白いことにそのDMは『絵を使いたい』じゃなくて『事後報告ですみません、あなたの絵でMVを作りました。よければアップしたいので、許可をいただけないでしょうか?』ってものだったのである。
いや、作成は事後報告で欲しいのはアップの許可なの!? って朝からツッコミを入れてしまった私は悪くない。
でも──折角作ったものだし、何より私の絵を使ってくれたのだ。
全然構いませんよーって返信して、そこから試しに曲の感想を送れば、返してくれて。
私の方は1限の授業中なのに話が盛り上がってしまい、危うく先生にバレかけたのは良い思い出である。
(私が悪いんだけど、あの時はヒヤリとしたなぁ)
朝のことを思い出して、また笑う私。
こちらの様子を観察していた朝比奈さんは不思議そうな顔をしていたのに、こちらの視線に気がついた瞬間、目を細めた。
「そっか、良かったね。東雲さんが楽しそうで私も嬉しいな」
「……あぁ、はいはい。それはどうも」
顔は良い笑顔を貼り付けているものの、全く嬉しそうには見えない。
こっちに合わせてくれたんだな、とわかった私は朝比奈さんを適当にあしらう。
朝比奈さんが相手の喜びそうな言葉を選ぶ癖があるのは、何となくこの1週間で察していた。
炎上の件もあって、個人的にそういう対応はあまり好きじゃないのだけど。
どうやら朝比奈さんも触れ難い事情があるらしく、もどかしく思う気持ちはブレーキを踏んで押さえ込んでいる。
今のところ彼女の領域に踏み込むつもりがない私は、早急に話題を変えた。
「動画を流してる時から思ったんだけど。朝比奈さんもKさんの曲、好きなの?」
「え? どうして?」
「他の曲は特に当たり障りのない言葉だったけど、Kさんの曲だけ反応がちょっと違うように感じたから」
「そうかな。そんなつもりはなかったんだけど」
「ふぅん、そっか。もし好きだったら話せたのにね」
この反応を見るに、Kさんの曲は知ってるけど触れられない理由があるってところだろうか。
朝比奈さんの様子を観察して心の中にメモを残すと、私は残りのおかずを口に含んだ。
そんな調子でお互いにお弁当を食べ終えて、朝比奈さんはどうしてもやりたい塾の予習があるらしく、教室に教材を取りに戻ることにした。
だが、朝比奈さんは私が予想しているよりも、かなり人気者らしい。
「朝比奈さん! ちょうど良いところにいたわ!」
「あぁ、先生。どうしたんですか?」
「5限目の授業の時、ノートの返却をしようと思ってるんだけど、先生1人だと持っていくのが大変で。朝比奈さんにも手伝ってほしいの」
「……わかりました。私でよければ手伝いますよ」
先生の言葉を聞いた瞬間、朝比奈さんが固まったのを見てしまった。
その後すぐに返答していたけれど、予習をすると言っていた子が手伝うなんて、易々と言っても良いのだろうか。
準備室ではどうしてもやりたいって言っていたのに、相手を優先する癖は最早悪癖だろう。
私は小さくため息を漏らし、朝比奈さんの前に出た。
「先生、すみません。その手伝い、私がやりたい気分になったので、手伝っても良いですか?」
「え、東雲さんが?」
「実は私、東京美術大学に行きたいと思ってまして。少しでも内申点を稼ぎたいんですよねー」
「えぇー。手伝ってくれるのは嬉しいけれど、内申点をあげるのはねぇ」
「そこをなんとか、朝比奈さんの分まで運ぶのでお願いします! 朝比奈さんも内申点で困ってる私の為を思って、譲ってくれない?」
あんたは自分がやろうとしてたことを優先しなさい、と目で訴えて。
それが伝わったのか、朝比奈さんは「仕方ないなぁ、よろしくね」と笑いながら手を振ってくれた。
その顔はどこか、ホッとしているようにも見える。
(ほんっと、難儀よねー)
嫌なことは嫌だと言えばいいのに、優しいのか不器用なのか。
断らずに全部引き受けちゃうのだから、下手したら私よりも難儀な子である。
放っておいたら勝手に色々と背負い込んで、重さで潰れてしまいそうで怖いから、知らぬふりをして放置も難しい。
踏み込み過ぎず、放置もしない。
そんな絶妙な距離を探りながら、今日も無事に1日を過ごすのであった。
……………………
そんな風に朝比奈さんをさりげなーく見守り隊(隊員1名)をし続けて1週間が過ぎた頃。
ある日、Kを名乗るアカウントから『一緒に動画を作りませんか?』というお誘いのDMが来ていた。
──星の数ほど絵師がいる中で、私程度の絵描きに声をかけるとか、本気か?
そんな疑いの目もあり、本人かどうか怪しんでいたところ、デモが送られてきて逆にびっくりしてしまった。
さすがにあの情報の詰め合わせセットのようなデモを見て、それでもこのKさんは偽物なんだ! と言う気持ちにはなれなくて。
指定時間が私の活動時間の1時であるということもあって、迷った末に私は了承の連絡を送った。
態々相手が指定する『ナイトコード』とかいうアプリをダウンロードして、アカウントを作成。
アカウント名は……ピクシェアと同じ『えななん』でいいか。ナイトコードだけ違うのを使っていても、ややこしいだろうし。
そんな風にトントン拍子で設定を決めて、と。
ナイトコードを入れて、サーバーの招待を確認して、準備は大体できた。
(えーと、Kさんの他にもAmiaさんと雪さんもいるのね。3人かぁ……あれ、私ってそんな大人数と話すの、初めてじゃない? 大丈夫?)
今、とんでもなく間抜けな心配をしているが、そんなことが気にならないぐらい、私の心の中は大混乱だった。
しかも、Kさんに招待されたサーバーに入ると、すでにボイスチャットにはKさんとAmiaさんがいるではないか。
もしかしてあそこで、面談とかしてるのでは……?
特技とか聞かれても絵です! としか答えられないけど? 後何を言えばいい?
情けないことに、初めての経験を前に私はかなり日和っていた。
しかし、いつまでも画面を眺めているわけにもいかず、意を決した私はボイスチャットに入り、声を出す。
「お、おじゃましますっ……」
『こんばんは、遅くなってすみません』
私の酷く頼りない声の後に、聞き覚えのあるハキハキとした声が響く。
ボイスチャットのアカウントが点滅したのは『雪』という名前のモノのみ。ということは、今喋ったのは雪さんだと。
朝比奈さんが脳裏にチラつくぐらい似てるけど──そんなわけないか。
『どうやら一緒に曲を作ってる雪と……招待したえななんさんも来てくれたみたいですね』
感じ取った違和感を受け流したのに、また違和感が横から殴ってきた。
今光ったアイコンはKさんのもの。それなのに何故か、私の頭には白髪が倒れている姿が想起されていて。
(いやいや。あんなすごい曲を作る人と『入院患者の仲間入りなんてしないよ』とか言いながら、最近病院に運ばれてた子……2人を頭で繋げるとか、どうかしてるでしょ)
今日の違和感はしつこくて、Amiaさんすらどこかで聞いたことがある声に聞こえてくるし、私の頭はどうにかなってるのかもしれない。
頭をリセットしようと、8時から寝てしまったのが原因なのか。
襲いかかってくる違和感の犯人を睡眠に決めつけて、私は考えるのをやめた。
──私の思考が停止しているものの、これでメンバーが揃ったらしい。
Kさんと一緒に、というか主に編曲をしているらしい雪さん。
今回招待されたイラスト担当の私こと、えななん。
私とDMでやりとりをしていて、素敵な動画を作ったAmiaさん。
最後にKさんの以上4人。一通り自己紹介を簡単にして、お試しで動画を作ってみると。
改めてKさんがどういう動画を作りたいか話して、私達と共有して──さぁ、作りましょう!
……って、なるのがたぶん、Kさんの予定なのだろうけど。
私はどうしても1つ、確認したいことがあった。
「すみません、Kさん。話を聞く前に1つ……確認したいことがあるんですけど」
声はまだ、震えている。
しかし、私の2年程度のちっぽけなプライドが『聞かなければいけない』と叫んでいた。
「──本当に、私の絵で良かったんですか?」
『えっ?』
「話を聞いた時、声をかけてもらえて嬉しかったです。でも、1人の絵描きとして考えたら……別に私じゃなくても『良い絵』を描く人は沢山います。イラストだけ外注して、毎回曲ごとに絵師を変える方法だってあるはずです。それなのにあなたは今回だけとも、何とも言わなかった」
私程度の絵師はピクシェアで探せば馬鹿みたいに沢山いて、私以上だと限定しても、結構の人が該当すると思う。
それなのに、態々今回だけとも言わず、サーバーにも招待してくれた理由は何だろうか?
「私はどうしても、それを聞きたいと思いました。今も皆さんを困らせているのは理解してますけど……どうか、聞かせてもらえませんか?」
それを聞かない限り、私は気になってしまってこの後の行動を決めきれない。
そんな予感もあって問いかけたのが、声だけでも伝わったのか。
Kさんは一息置いてから、ゆっくりと口を開いて──
まさかの、メインストーリーよりも先に『そしていま、リボンを結んで』のイベントストーリーを先にする暴挙です。
《一方、その頃──》
雪(やっぱり、えななんさんは東雲さんか)
Amia(あれ? ボク、この人の声聞いたことがあるような……?)
K(え、この声……病院のあの人の声と同じ……?)