動画制作者のAmiaさんが誘われるのはわかるけど、どうして私まで誘ってくれたのか?
その疑問に対して、Kさんは一息置いてから口を開いた。
『わたしはAmiaさんの動画も、えななんさんの絵も良いと思って声をかけました。おふたりが作ってくれたものが、わたし達の曲を1番丁寧に汲み取ってくれていると思ったんです』
Kさんのアイコンが暗くなったのを見計らったように、今度は雪さんのアイコンが輝く。
『そうですね、私もKと同じ意見です。えななんさんの絵は何かを訴えてくるような、激しくて良い絵だと思いましたし……なにより、2人の動画のおかげで、こちらの動画の再生数も伸びてますから。そういう実績を鑑みても、お任せしたいと思ってます』
「それは、元々の曲とAmiaさんの動画が良かったからだと思いますけど……その、ありがとうございます」
スランプで上手く絵が描けていない人間が描いた作品が『良い』だなんて、お世辞の言葉にしか聞こえないのだけど……
ここで下手なことを言ってしまうと、自分が褒めて貰いたいだけの人間になってしまう気がして、思っていることを一旦、飲み込む。
そもそも、スランプはあくまで私個人の問題であり、顔も知らない*1他人にぶつけるのはお門違いなのだ。
真摯に答えてくれたKさん達に見えなくても頭を下げて、私は言葉を発する。
「そういうことでしたら、私はこれ以上何も言いません。お話の邪魔をしてすみませんでした」
『いえ。えななんさんがこちらのことを考えてくれているのは、DMの時からすごく伝わってきたので。このぐらいの質問なら、いくらでも大丈夫ですよ』
(それはKさんの山のようなデータから、この人は本気でやってるんだって思ったからなんだけど……)
本気で頑張ってる人に対して、中途半端な対応も、自分の利益しか考えていない行動も、どちらも許せなかっただけ。
それなのにKさんは好意的に捉えてくれるから、背中がむず痒くなってしまった。
『では、改めてお話ししますね』
静かな声が響き、私は自然と背筋を伸ばして「よろしくお願いします」と答えていた。
Amiaさんも同じような気持ちなのか、アイコンはミュート状態でもないのに全く光らず、言葉の続きを待っている。
『わたしは……わたし達の作る曲をもっと多くの人に聞いて貰いたいと思っています』
それは声だけでも自分と重ねてしまうものがあるぐらい、重さのある言葉だった。
『おふたりにこの曲のMVを作って貰えば、それが叶うんじゃないかと──そう思って、声をかけさせてもらいました。まだ少し粗いんですけど、新しい曲のデモも用意してます。よければ聞いてください』
その言葉と共に、未発表のデモが送られてきて、私は恐る恐るそれを再生する。
その瞬間、1つの動画だけでこちらを信用しているような行動と、今までの言葉が私の中で繋がった。
Kさんは……彼女はこちらを信用してるんだろうけど。ある意味では信用なんてしてないのかもしれない。
彼女にとってはこの件で多少の不利益があっても、次に切り替えて突き進んでいく程度の問題で。
自分が曲を作って、それが誰かに聞いて貰えさえすれば良いのだ。
目的の為なら──多くの人に聞いてもらう為なら、手段を問わないと言わんばかりの『気迫』。
まるで、才能を貰ってしまったと思い込んでいた私のような。何もかも捧げて
(あぁ。送られてきた曲も、この人も、私なんかと違って強く感じるなぁ)
私は自分の思い込みと実力が乖離してしまって、耐えきれなくなったけど。
Kさんは1人になったとしても、呪いのように曲を作り続けるのだろう。
彼女は私なんかと違って天才だ。
実力の乖離なんて間抜けなことは起きないだろうから、私と違って最後まで走ってしまえる。
(ただ、走った先のKさんが無事なのかは心配だけど……それは蛇足ね)
頭に過った悪い考えを追い出す。
こんな考えは余計なお世話だ。
勝手に自分と重ねて、勝手に心配して。何様なんだって話だし、これ以上考えるのはやめよう。
『では、よろしくお願いします』
グルグルと私が考えている間に、Kさんの言葉でその場は解散になって。
明日、Amiaさんと改めて2人で動画を作ることになった。
……………………
翌日。
あれから学校にいる間も、家に帰ってからも、Amiaさんと約束した時間までずっと曲を聞いていた。
一応、自分のイメージした絵のラフを用意してみたものの、今回のMVの作成は私だけの話ではない。
先走るのも良くないと自制して、Amiaさんとの打ち合わせの時間までソワソワとしながら待っていた。
『こんばんは、えななんさん』
「こんばんは、Amiaさん。もう時間でした?」
『いえ。えななんさんが1時間前から待機してたので、ちょっと早めに来ました』
「えっ……それはすみません。誰かと一緒に何かを作るのって初めてで、楽しみ過ぎてボイチャを繋いだままにしてました」
『そうだったんですね。別に悪い事じゃないんですから、大丈夫ですよ』
早めに入っていてもバレなきゃいいだろう、と思っていたのに見られていた、と。
相手の顔も見えないのに穴があったら入りたい。意味がないけど隠れたい。
画面の前で悶絶する私を他所に、Amiaさんは落ち着いた声で話しかけてきた。
『それじゃあ始めましょうか。進め方は……えーっと。えななんさんに絵を描いてもらって、それをボクが動画にするってやり方でいいですかね?』
「はい、それで大丈夫です。ただ、始める前に1つ、提案してもいいですか?」
『何でしょう?』
「その、先に昨日貰った曲の感想を話しませんか?」
『……え、っと?』
そこまでおかしな提案をしたつもりはないのだが、Amiaさんから返ってきた声は呆けたものだった。
もしかすると、Amiaさんが描いていた進め方と違っていたのかもしれない。
それで私の提案が素っ頓狂なものに聞こえた可能性がある。
声だけだと判断しにくいものの、間違っていないはずだと信じて情報を付け足した。
「今回、曲に対して私が絵を描いて、Amiaさんが動画にするっていうのは確認してもらった通りですよね?」
『そうですね』
「だからこそ、完成図を共有していない状態でいきなり作成に入るのはダメだと思うんです。私とAmiaさんのイメージが違って、お互いが納得できない作品を作ってしまうのは不本意ですから」
例えるなら、私が肉じゃがを作ってほしくて材料を買ってきたのに、材料を見たAmiaさんが「何でカレールーが無いんだろ? ま、いっか」とカレーを作ってしまうような。
とにかく、そういう間違いが起きる可能性があるからこそ、先に何を作るかイメージを共有したかったのだ。
『そういうことでしたら、先に話し合いましょうか』
「ありがとうございます。早速なんですけど……Amiaさんはこの激しい曲調の矢印が外向きなのか内向きなのか、どっちだと思いますか?」
ちなみに、私はどちらもあり得るから悩みに悩んだ。
色んな考察ができるからこそ、様々な可能性を描いたラフが今も机を占領しているぐらい、悩んでしまった。
Kさん達の曲があまりにも素晴らしいから、私も久しぶりに気持ち悪さも違和感もなく、絵を描くことを楽しく思っている。
だからこそ、Amiaさんにもこの作業を楽しんで欲しいと、我儘のような気持ちがあって。
私は全部語りたい気持ちを抑えて、最初に感じた意見を口に出した。
「激しい曲調ってアニメーションも激しいものが多いですし、私は苦しくて痛くて叫んでるのかなーって、
『ボクは……はい、えななんさんの解釈もいいと思いますよ』
「ですよね! でも、
問いかけてから数分間解け待ってみたものの、アイコンは中々光らない。
私がせっかちなのだろうか。もどかしくて、つい声を出してしまう。
「Amiaさん、離席しました?」
『えっ、いや、居ます。居ますよ』
「よかった。私、最初にも言ったんですけど、誰かと何かを作るのは初めてで、楽しみにしてたんです。折角、一緒に作るんだから片方の意見だけを反映するなんてことは、私が嫌なんですよ。それなら1人で作っていいじゃんって話ですし」
『……それは、そうかもしれませんけど』
「失言とかを心配してるのなら大丈夫ですよ! Amiaさんは私みたいに1時間前からボイチャで待機してないし、突拍子ないことも言ってません。ほら、どんな感想を言ったって、私の方がやらかしてますよ!」
あははー、とわざと笑えば相手も小さく笑ったようで、一瞬だけアイコンが光る。
仮にここで素っ頓狂なことを言われたとしても、この状況で私を超えるボケを持ってくるような度胸があるなら、それはそれですごいから『アリ』だ。
そんな気持ちを伝えたくて、声だけでなく見えもしないのに握り拳を作って、私は胸を叩いた。
「さぁ、意見をドンとぶつけてきてください。Amiaさんが言ってくれるまで、私はいつまでも待ってますから、ね?」
『えっと。じゃあ、その……ボクは、叫ぶというより《叫ぶことすらできない苦しみ》みたいなのを感じて……』
「《叫ぶことすらできない苦しみ》、ですか?」
『はい。だから、ボクはあの曲の場合、叫んでる姿よりも歪んでいても無理して笑っている方が合ってるかなって、思ったんですけど……』
「確かに、そういう受け止め方も良いですね。私は思いつかなかったんですけど、それだと私が最初に言ったものとかや用意してきたラフなんかより、全然良い……すっごく良いと思いますよ、Amiaさん!」
心の中が荒れていようが、心配はかけまいと笑う場面は私にも心当たりがある。
そして、私の叫ぶ云々や他のラフの解釈よりも、Amiaさんの解釈は全体的に曲に合う気がするし、絵も想像できた。
それなのにそのシチュエーションがラフにないとは、私もまだまだ修行が足りない。
そんな情けなさを感じるものの、1度考えが嵌ればアイデアがどんどん浮かんでくるし、この熱を消したくないって気持ちが高まってくる。
「Amiaさん、ちょっと待ってもらってもいいですか? すぐ描いて共有しますから!」
『え、いってらっしゃい……って、いや、ミュート忘れてますけどー?』
「──もう描いたから大丈夫! 後は画像を確認してくれると嬉しいかな」
『え、早っ!? って、ホントに送られてきてる!?』
必要最低限の線しかないものの、どんな絵を描いたのかはわかるシンプルなラフ。
フェニランで絵を売る時に培った《3分で重要な線だけを描いて完成させる練習》が存分に活かされた絵に、Amiaさんは素っ頓狂な声を上げた。
「とりあえず聞いた印象と私の勝手な補完で絵を描いちゃったんだけど……Amiaさんの感想、他にも色々と聞いてもいい? そっちの方がもっといい絵ができる気がするから」
『えっと、他にも?』
「そう! 曲中の激しい部分が内心を表しているだとしたら、MVの最後までこの内心を外に出すのか、それとも秘めたままで終わるのか決めたいでしょ。最後まで叫べないのなら秘めて終わるのがいいかと思うけど、それなら全体的なイラストの雰囲気は陰があるような雰囲気でまとめる方が良いのかなぁって感じるし……でも、やっぱり曲の激しさも表現したいなーって思うじゃん。なら、背景を不気味に見えるような色の塗り方にするか、それか目の中をぐちゃぐちゃにしてみるか迷ってるのよね。だからどっちがいいか、Amiaの感想を聞かせてほしいな。後、私はあの転調するところが好きだから、その辺のイラストも力を入れて複数枚描いた方がいいのか相談したいし、それ以外にも──」
『あの、ごめん。申し訳ないんだけど、1個ずつ解決させてもらってもいい? 流石に全部一気に聞き取るのは無理だったよ……』
抑えていた勢いがつい溢れてしまい、私が先に遠慮がなくなれば、Amiaさんの言葉にもどんどん遠慮が消えていって。
質問責めした言葉を1つずつ聞いていく頃には、私とAmiaさんはかなり打ち解けることができていた。
記憶喪失えななんは1年近いスランプで非常にストレスが溜まっており、久しぶりの純粋に楽しいお絵描きタイムにウッキウキなので、かなりテンション高めでした。
これには瑞希さんもタジタジでしたね……