イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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特に何もない、ある日の日常。






242枚目 下校ダッシュ競争と差し入れ

 

 

 

 

 

 

(今日は部屋に閉じこもって作業をする気分じゃないな)

 

 

 そう思った私は気分転換も兼ねてセカイで絵を描いていると、似たようなことを考えたらしい瑞希もセカイにやって来た。

 

 私は帰って来てすぐに着替えたのだけど、瑞希は学校帰りにここに来たのか制服姿だ。

 ほんの少し疲れてそうな瑞希にゆっくりと手を振る。

 

 

「瑞希。おつかれ」

 

「おつかれ~。いやぁ、今日のボクも頑張ったよ」

 

「最近、よく制服を着てるもんね。学校に行ってて偉いじゃん」

 

「ふふーん、まぁねー♪ 最近は見たいものがあってちょっと頑張ってるんだ~」

 

 

 私の隣に腰を下ろした瑞希は器用に胸を張っている。

 実際に学校に行っているのは偉いし、褒めてくれと言わんばかりに自慢げなので、素直に従うことにした。

 

 

「はいはい、偉いし頑張ってるね。それで、何がきっかけで頑張ってるの?」

 

「あれれー、絵名は知らないの? 最近は一部で熱いんだよ、下校ダッシュ競争が」

 

「は? 下校ダッシュ競争って、何それ?」

 

 

 早く帰ることに競争要素なんてあるのだろうか。

 何となく言いたいことはわかるんだけれども、競争という言葉と結びつかない。

 

 

「絵名も察してる通り、チャイムとほぼ同時に校門へ向かって走り出す、最近ホットな競争なんだよ」

 

「ふーん」

 

 

 他人の帰宅する姿を見て何が面白いんだろうか。よくわからない。

 私の思考がまふゆ化しているのを察したのだろう。瑞希はニヤリと笑いながら指を振る。

 

 

「流石にボクもどうでもいい相手の帰宅姿を見て面白いとは思わないよ」

 

「あっ、だよね」

 

「でもさ、それが弟くんや冬弥くん、杏がやってたら違うじゃん。今日は誰が1番乗りで学校を出て行くのかって予想するのも楽しいんだよね~」

 

「予想ねぇ。将来、ギャンブルとかに嵌らないようにね」

 

 

 それにしても、見知っている数人が競うように学校を出て行く状況か。

 

 

「その競争というのはいつぐらいから始まったものなの?」

 

「ちょっと前かららしいよ。ボクも詳しくは知らないけど」

 

「ちょっと前、か」

 

 

 たぶんあれだ。

 最近、彰人がさらに練習を頑張っているらしくて、疲れ切って帰ってくるのと関係している気がする。

 

 

「イベント関係で少しでも練習時間が欲しいのかな」

 

「たぶんね。今日は杏が1番乗りだったけど、明日は誰が1番になるのか。放課後が楽しみだなー」

 

「はぁ……彰人達が一生懸命なのはいいことだけど、もうちょっと体面も気にした方がいいのかもねぇ」

 

 

 主に瑞希の娯楽扱いされているという点で、そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい最近、そんな話を瑞希としたからだろうか。

 

 

(あ、こはねちゃんだ)

 

 

 HRが終わって廊下を出てからふと、窓の外を見ると小走りで校庭を抜けるこはねちゃんの背中が見えた。

 その動きは何というか、小動物がテテテッと走っているみたいで傍から見ているとちょっと和む。

 

 

(って、急いでる子を見て和むのは失礼か)

 

 

 思わず犬や猫を見た後のような気持ちになってしまった。

 頑張っている人に対して抱いていい感想ではないと頭の中から追い出していると、タイミングよくスマホの通知が来る。

 

 

『本日の下校ダッシュ競争、1位は冬弥くん!』

 

 

 そんなメッセージと共に、ピースサインをした瑞希の後ろに校門へ向かう冬弥くん達が写っている画像が送られてきた。

 送ってきた相手はもちろん、瑞希である。廊下の真ん中でスマホを操作する気にもなれず、教室の自分の席に戻る。

 

 

『あんたは何で盗撮してるのよ』

 

『盗撮なんて酷いなぁ。ちゃんとボクも入ってるじゃん』

 

『この場合だとメインは背景部分で、あんたはついででしょうが』

 

『そうとも言う、かも?』

 

『なら、自撮りというよりも盗撮でしょ』

 

 

 数分経っても返信は来ない。いつもは瑞希に丸め込まれがちだけど、今日は私が勝ったようだ。

 悪を成敗したので、気持ちを切り替えてメッセージを送る。

 

 

『そういえば、こっちでもこはねちゃんが走っていくのを見たよ』

 

『そうなんだ。同じ神高生なら下校ダッシュ選手だったのにねー』

 

『そっちの3人も選手じゃないでしょうが』

 

 

 私が嫌だと思うんだから、彰人達だって他人からそう見られているのは嫌だろう。

 そう思ってメッセージを送ったら、タイミングよく瑞希から返信があった。

 

 

『ボクだって嫌だから絵名の前だけだよ。だから、絵名もナイショにしてね』

 

『こっわ』

 

 

 その3文字を送ることしかできないぐらい、目の前にもいない相手の心をナチュラルに呼んでくる瑞希が怖かった。

 これ、絶対に私じゃなくても怖いだろう。まふゆだってわからないよりも先に怖いが出てくると思う。

 

 

『いやいやいや! 今回は偶然、適当メッセージが当たっただけだよ!?』

 

『ほんとに?』

 

『いつも「何言ってんのあんた」って絵名も言ってるじゃん! それが本当に偶々、ドンピシャだっただけだって! ボクを信じてください!』

 

 

 必死にポンポンメッセージを送ってくる瑞希を見るに、冗談ではないようだ。

 語尾にマークを濫用してるのも瑞希の必死さが伝わってくるような気がして、ちょっとだけおかしくなった。

 

 しょうがないなと呆れる猫のスタンプを送信し、ありがたき幸せ! と感激する犬のスタンプを送り返される茶番を挟んでから、文字を送る。

 

 

『そろそろ帰ろうかなって思うんだけど、まだ話したいこととかある?』

 

『お、今から帰るの? じゃあ、迎えに行くから校門の前で待っててよ』

 

『待つぐらいならいいけど……私とのやり取りに夢中になって危ない目に遭ったとかはやめてよね』

 

『ダイジョーブだって。後5分で付くから!』

 

(5分ってすぐ近くまで来てるじゃん。瑞希ってば歩きながら返信してたわね)

 

 

 5分と指定されているのであれば教室でゆっくりしている場合じゃない。

 自習で僅かに残ったクラスメイトを横目に、私は急いで校門へと向かう。

 

 

「おーい、絵名ーっ」

 

 

 校門に向かうと私を見つけて嬉しそうに手を振る瑞希がいた。

 

 ……驚くのにも疲れたし、ツッコむのは諦めた。

 当然のように隣に並ぶ瑞希を連れて、何となく足を前に出す。

 

 

「それで、ここまで来たってことは何かあるんじゃないの?」

 

「流石は絵名。ボクのことをよくわかってる〜!」

 

「私じゃなくてもわかるでしょ」

 

 

 他校の友達を迎えに来るなんて何か用事がありますと言っているようなものである。

 呆れを込めた目を向けると、瑞希は苦笑いを浮かべた。

 

 

「あはは……ごめんごめん」

 

「それで、何をしたいのか聞いてもいい?」

 

「その、今まで弟くん達を見て競争だ~とか言ってたじゃん」

 

「そうね」

 

「競争に見えるぐらい時間が惜しくて、頑張ってるってことじゃん? 眩しくもあるけどちょっとだけ申し訳ないし、何か差し入れでもしようかなって思ったんだよね」

 

「そのお供に私ってこと?」

 

「プラス、杏達がよく集まってそうなところ、絵名ならどこか知ってるかなって」

 

「それ、私が知らなかったらどうするのよ……」

 

 

 私が何でも知ってると思ったら大間違いなのだけど、今回は正解だ。

 たぶん、杏ちゃんのお父さんがやってるお店ならどうにかなるはず……お休みなら諦めるしかないけど。

 

 

「ふむふむ、なるほど! そのお店が開いていなかったら、学校に行った時にでも渡すよ。というわけで、差し入れを買いにレッツゴー♪」

 

「はいはい。わかったから引っ張らないの」

 

 

 そのことを伝えた上で、ルンルンと歩き出す瑞希に引っ張られて、私も買い物をしに行く。

 ……差し入れだし、買うものは摘まんで食べれそうなものの方がいいかな。

 

 できる限り日持ちしそうなものを選んで買い込んだ私達は、最近はあまり行っていなかった路地裏の方へと歩を進める。

 

 

 

「……おぉー、すごい! ボク、ここまで来たことがないからわくわくしてきたかも」

 

「わくわくって、大袈裟じゃない?」

 

「えー、でもさ。新しい所に行ったら、何があるんだろ~ってわくわくするじゃん」

 

「言いたいことは何となく伝わるけどね……」

 

 

 わかっていると思いたいけど、瑞希が思う境地には遠い気もする。

 考えても辿り着けない境地は放っておいて、目的のお店に向かおう。

 

 

 

 

  ──そうして歩いていくこと数分程。

 

 見ないふりをしていた嫌な予感が現実となって目の前に現れた。

 

 

「絵名、本当にここであってる?」

 

「あってるけど……お店、閉まってるね」

 

 

 差し入れを片手に歩いてきた私達の前に待っていたのは、看板と『close』という文字。

 店の明かりもついていないし、閉店している上に誰もいないらしい。

 

 

「あちゃ~。これは学校にお届けルート確定だ」

 

「みたいね。お休みっぽいし」

 

 

 看板の横には開店予定は未定で、一時休業しますと書かれた簡素な紙が貼られている。

 ちょっと前から全面休業中のようで、貼られている紙も皺っぽくなっていた。

 

 

「お休みならしょうがないねー。こういうことも見越して、日持ちしないモノを選んでよかったよ」

 

「店が休みなのは見越してなかったでしょ」

 

「絵名、そういうのはわかってても言っちゃダメだよ。かっこよくないからね!」

 

「あんたはどちらかというと可愛い方でしょうが」

 

「えっ……きゅ、急に褒められたら照れちゃうな~」

 

「そこで本気で照れないでよ。反応に困るって」

 

 

 不審者に絡まれるという最近の不運と、日頃の行いの良さが出たのか。

 漫才のようなやり取りをしていると、後ろから声をかけられた。

 

 

「うん? そこにいるのは……杏と一緒に店に来てくれていた子だったよな?」

 

「あ、店主さん! お久しぶりです」

 

「店主さんということは、この人が杏のお父さんなんだ。いつも杏にはお世話になってまーす♪」

 

 

 タイミングよく現れた店主さんに、瑞希はにっこりと笑みを浮かべる。

 そして、瑞希も杏ちゃんと友達だと思い至った店主さんは「あぁ、杏の友達なのか」と申し訳なさそうに眉を下げる。

 

 

「杏に会いに来たのなら、今日は別の箱に行っていていないんだ。待つのも大変だろうし、急ぎでないなら明日、学校で会う方がいいと思うが……」

 

「いえいえ。ボク達、杏達に差し入れしに来ただけなんで! これ、お父さんの方から渡しておいてください!」

 

「あぁ。これを渡しておけばいいんだな」

 

「はい、杏達にも頑張ってと伝えておいてください」

 

「店主さん、よろしくお願いします」

 

 

 本当にそんな用事だけなのか。困惑する店主さんに持ってきていた差し入れを渡し、任務完了。

 ルンルンと帰路に着く瑞希を追いかけつつ、店主さんに頭を下げて私もお店の前から離れた。

 

 

「瑞希、直接会って渡さなくて良かったの?」

 

「いいのいいの。こういうのは運だろうし、会えない方が良かったって言われてるのかもね〜」

 

 

 確かに、邪魔しないようにという点とかを考えたら、会えない方が良かったのかもしれない。

 差し入れを渡すという最低限のノルマは達成しているし、他のことは些事なのだろう。

 

 

「……ま、あんたがいいのならいいんだけどね」

 

「うんうん。今日も作業はあるし、早く帰ろ〜」

 

 

 背中を押してくる瑞希に抵抗せずに、ビビッドストリートを抜けて家に帰った。

 

 

 






・神高下校ダッシュ競争
瑞希さんが観測している時は大体、有利なのは冬弥くんらしい。
何故か担任の1人が一部の生徒に対して酷く感動し、HRを早く終わらせてしまうからだとかなんとか……
(ヒント:進級後のクラス分けは冬弥くんと瑞希さんは同じ2-Bである)


・神高、宮女噂話
ピンク髪の他校生がよく出没する。
……と、いう噂を聞いて「愛莉ちゃん?」と尋ねられた一部の生徒が、勢いよく首を横に振ってる姿も宮女限定で目撃されたらしい。


・差し入れ
この後、戻ってきた4人が美味しく頂きました。
1名、微妙な顔で「何やってんだよあいつら……」と言ってたものの、概ね好評だった。




更新予定:活字中毒が悪化してますので、どこかの日曜日の25時です。


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