「Amia、いるー?」
『うん、いるよ。ミュートを外したってことは、もしかして?』
「待たせちゃったけど、やっと全部の絵が完成したの! 私の力作、早速送るから見てよね」
『おぉ、やったね! 全部見させてもらうよ』
あの話し合いから3日が過ぎ、私はようやく絵を完成させることができた。
Amiaと話し合って、絵のテーマは『静かな叫び』に決まり。
私はAmiaが最初に作った動画みたいに1枚の絵で作るのかと思ったのだけど、物語仕立てのMVを作りたいという話だったので、話し合いながら何枚も絵を描いた。
途中で出来上がった少女の絵に『大切なもの』を表現したリボン付きの箱が追加されたりして。
私もこの前よりも良い絵が描けたと思うし、自信はある。
(後は……Amiaが納得できる絵を、私がちゃんと描けてるかどうかだけ)
ポンポンと送った色とりどりの絵達が並んだ画面を、ぼんやりと眺める。
Amiaが絵を見ている間、静かな空間を肌で感じ、深呼吸で気持ちを整えつつも、相手の反応を待った。
『──うん。この女の子の顔とか、すごく良いと思う。ボクは好きな絵にそっくりで好きだな』
「好きな絵?」
『うん、数年前に貰ったものなんだけどね。この絵みたいに色がついてもないし、鉛筆で描いたものなんだけど……今もファイルに入れて持ってるぐらい、好きなんだ』
「へぇ。いいわね、そういうの」
好きだと言って大切にされているのなら、絵もそれを描いた人も幸せだろう。
私も絵を大切にしてはいるけれど、Amiaみたいな優しい声を出してしまう程、好きなものはあっただろうか?
(……ここで思い浮かばないって、なんだかなぁ)
音が乗らないように気をつけながら、ため息を1つ。
後はAmiaがMVを作って、Amiaの進捗具合で私の方も修正をする可能性もあるけど、殆ど仕事は終わったようなものだ。
モヤっとした感情をまた脇に置いて、私はAmiaとの話に集中するのだった。
……………………
それから4日が過ぎ、依頼されてから1週間ぐらい時間を貰って、私達はMVを完成させた。
現在はKさんと雪さんが揃っているサーバーでAmiaと2人で入り、作ったMVを送ったところ。
Kさんと雪さんが見終わるのを待ち、心臓に悪い時間を耐え忍ぶ。
『……どう、でしょうか?』
長い沈黙の中、最初に破ったのはAmiaの声だ。
窺うような声から数十秒経ち、次に声を出したのはKさんだった。
『まさか、こんな風に形にしてくれるとは思わなかったな』
思わず丁寧な口調をやめてしまったと言わんばかりの、感嘆の声。
その後にKさんから丁寧な言葉が添えられる。
『すごく、良いと思いました。前のものもよかったですけど、それよりもっと』
Kさんの言葉にイヤホンからAmiaの息を呑む音が聞こえた。
「それは良かったですっ。やったね、Amia!」
そういう私もAmiaと同じ反応をしていたと自覚してしまうぐらい、出した声が震えている。
初めて誰かと一緒に作った作品が、誰かに認められる。
それは賞を取るとは違った喜びを私の胸を包み込んだし、嬉しいと思ったのだ。
『ううん、えななんのお陰だよ! 何回も描いてくれてありがとう!』
「お礼を言うならこっちの方よ。こちらこそありがとね、Amia!」
『ふふっ、お2人共、すごく仲良くなりましたね』
雪さんの控えめな笑い声が聞こえてきて、私の緩んでいた顔はスッと引き締まった。
そういえばここにはKさんも雪さんもいるのに、それをすっかり忘れていた。
冷静さをほんの少し取り戻した私は頭が冷え切るまで黙って3人の様子を眺めることにしよう。
ミュートにはしないままに口を噤むと、ちょうどAmiaのアカウントが輝いた。
『そういえば、MVに調整を入れたい場所とかないですか? 多少の調整ならできますけど』
『いえ、大丈夫です。そのMVからは2人が曲を聴いて感じたことを、全力で表現してくれたんだと感じましたから』
『そうですか……ありがとうございます』
『──ねぇ、K』
AmiaとKさんが話している中、タイミングを見計らった雪さんが声をかける。
それにKさんが『うん』と短く答えてから、落ち着いた声音で言葉を紡いだ。
『それで……実は2人にもう1つ、話したいことがあるんです』
「話したいこと……?」
Kさんの改まった発言に、私は首を傾げる。
はて、MV作成の件以外に何を話すのだろう?
心当たりがなくて黙る以外の選択肢がない私。
Amiaも同じらしくて、Kさんの次の言葉を黙って待っているようだ。
雪さんも話さずに沈黙が訪れる中、Kさんの儚げな声が鼓膜を揺らす。
『Amiaさん、えななんさん……これからも私達と一緒に、動画を作っていきませんか?』
「え、一緒にって……それ、この4人でサークル活動みたいなことをするってことですか?」
『はい、今回のMVを見て確信しました。私はこの4人で動画を作りたい……だからどうか、お願いします』
ほんの少し遠くから聞こえてくる声に、Kさんが画面の前で頭を下げてくれたのがわかった。
(一緒に動画を作る……か。Amiaとの動画作りも楽しかったし、この人達となら、私も絵を描けるかもしれない)
スランプな私でさえ引っ張っていってしまうような、才能を持った人達。
この人達についていくのは大変だろう。
才能の差に嫉妬して、嫌になることだってあるかもしれない。
──どうしても知りたいのであれば、お前自身が遠慮なく付き合える相手を見つけて、今のお前をよく知る人に見つけてもらうといい。
──たとえそれぞれが違う分野の人間であっても、同じ目標に進んでいくような……そんな『居場所』が君には必要なんだよ。
けれど、お父さんや南雲先生が言っていた言葉が1番叶いそうな場所が、ここにあるように思って、私の意識は一瞬、4人で動画を作る方へと傾く。
『2人の作ってくれたMVがあれば、もっと多くの人達に曲を聴いてもらえる。そうすれば──
(え、誰かを、すく……う……?)
熱くなっていた言葉に、Kさんの落ち着いた声よりも酷く冷たい水がかけられる。
傾いていた天秤が吹き飛び、思わず机に手をついてしまうぐらいの目眩を覚えた。
『えななんさんの絵も、Amiaさんの動画も、わたし達の曲を多くの人に聴いてもらう為に必要なんです』
Kさんの声がどこか遠くに聞こえる。
私の絵が必要だという言葉は、普段なら飛び跳ねるぐらい嬉しいことのはずなのに、全く心に響かない。
(救う? Kさんは誰かを救いたくて、曲を作っていたの?)
手が震える。
声が出ない。
視界が歪む。
Amiaさんが前向きに参加したいって話している言葉は聞こえてくるのに、頭が処理せずに聞き流してしまう。
(誰かを救う為に作られた曲に、私の絵を使うなんて、そんなの──)
……そんなの、無理だ。
私にそんな綺麗な願いの曲の絵は描けない。描いて良いはずがない。
だって、1番救われなきゃいけない
心配かけたくない人達から、大切な人を奪ったのに。
大切な思い出も何もかも全部忘れて、呑気に過ごそうとして、悲しませることしかできないのに。
1番救わなきゃいけない人達を、誰1人救えないのが……私なのに。
そんな私が、誰かを救う為に動画を作っている人達の中で、絵を描く?
救うっていう綺麗な白色の願い事を、黒く汚れた手でベタベタと触れてしまうような行為なんて、できない。
(だって私は──『奪った側』の人間なのに。反対側に立っているのに……そんな私がいたら、Kさん達は誰も救えないじゃん)
私は、その中に……入っちゃいけない。
参加したいと思っていた考えが、180度変わった。
Kさん達にも悪いが、私はこの集まりに参加するべき人間じゃない。
『えななんさんは……どうかな?』
Kさんが問いかけてくる声が聞こえて、私は笑った。
あぁ、良かった。今度はこの人達を悲しませてしまう前に、正しい選択を選ぶことができそうだ。
「──すみませんが、私はそこに参加できません。私がそこに参加していいはずが……ありませんから」
『『『え?』』』
私の断りの言葉に、3つのアイコンの声がシンクロする。
「皆さんのお陰で楽しい時間が過ごせて、いい夢も見れました。本当にありがとうございます。これからもいい動画を作ってくださいね、応援してますから! それではこれで、失礼します」
『え、ちょっ。えななん! 待って──』
畳み掛けるように言葉を並べて、Amiaの静止も無視してボイチャから出ていく。
通知は全部切って、見えないように。
ナイトコードも2度と開くつもりはなくて、ログアウトしてからパスワード付きのファイルを作って、そこに入れた。
「あーあ、いい夢見れたなー」
Amiaと一緒に動画を作る1週間近くはとても楽しくて、Kさん達のような天才達と一緒に何かを作れるかもっていう夢は、私の胸をときめかせた。
でも、もうそれを望んではいけない。
それ以上も求めてはいけない。
(スランプ脱却の方法、他に考えなきゃなー)
今日はいつも寝る時間より早いけど、もう寝てしまおう。
楽しい余韻のまま眠れば、夢の中も楽しいだろうから。
「おやすみなさい」
ベッドに潜り込み、目を閉じればあっさりと夢の中へと旅立つ。
☆★☆
──そして、早めに寝た体は自然と早く起きてしまい、彰人やお母さんに驚かれるのもセットだった。
「おい、絵名」
早く起きて、今日は早めに学校に行こうとご飯を食べている私に、彰人が声をかけてくる。
「何?」
「本当に大丈夫なのか?」
「あれ、もしかしてまた顔色ないとか? さっき鏡で見た時はそんな風に見えなかったんだけど」
「いや、顔色は問題ないが……今日帰ってきたらパンケーキがあるって母さんの話も、全く反応してなかっただろ? 声かけとけって言われたんだよ」
「えぇっ、うそぉっ!? そういうのはちゃんと言ってよ!」
「今、言っただろうが。まぁ……あんまり、思い詰めんなよ」
「……あー、うん。心配かけて悪かったわね」
「別に。こっちは母さんに言われただけだしな」
今日も彰人は練習してから学校に行くようで、そのまま玄関から出て行く。
彰人がいなくなるのを確認してから、私は椅子に体を預けるように天井を眺めた。
「……本当に、楽しかったんだな。私」
誰も記憶を無くす前の私を知らなくて、記憶喪失とか何だとかそんなのを考えずに楽しく絵を描けるあの場所が。
自分自身、思っていた以上に楽しかったんだと今更知って、苦笑することしかできなかった。
Kさんだけじゃ頑固な記憶喪失えななんを説得し切れるとは思えなかったので、宮女に行く必要があったんですよね。
Q.Amiaさん、公式絵名さん並みにあっさりニーゴに加入したのはどうして?
A.記憶喪失えななんと動画を作るのが楽しくて、入ってもいいかなーと絆されたからです。