あけましておめでとうございます。
今年も後数話ですが、どうぞよろしくお願いします。
『木が黒い』
ある日の朝。まふゆから訳のわからない短文のメッセージが送られてきた。
いや、その木は何の木? って感想が頭に過ぎるし、朝起きて今日の休み何をしようかなーと考えてる時間に送るメッセージがこれ? とか、思うところは多い。
『世の中は広いし、黒い木もあるでしょうよ』
『違う。セカイの木が黒いの』
(だったら最初からそう言いなさいよ)
異常事態だから来てとか、素直に言ってくれたら話が早いのに。
内心で文句を言いつつ、いつものように曲を再生。
できるだけ早く木が生えている湖に向かうと、まふゆやミク達だけでなく瑞希もその場にいた。
「来たわよー……って、奏以外は揃ってるんだ」
「おぉ、よかった! 闇堕ちなーんはいなかったんだね!」
「はぁ、何それ? また変なあだ名を増やさないでくれる?」
「ボクもまふゆも心配してたんだよ、そこは察してよね!」
「心配ねぇ……そもそも、セカイの異変で何で私云々の話になるのよ」
セカイに異変が出たのであれば、原因はまふゆと考えるのが自然だろう。
そこで私が闇堕ち云々と言われるのは不本意である。
「……私は真っ先に瑞希に疑われたけど、何もなかった」
「で。まふゆが違うのなら、後はセカイに異変を起こしたのは消去法で絵名だけでしょ〜」
「あれは私じゃなくてあのスケッチブックのせいだから」
瑞希の言う通り、黒い欠片が付いた木はどこかあの霧を思い起こす姿をしているけれども。
私の元にはもう、あれを引き起こした元凶は存在していないし、私1人じゃセカイに大きな影響を与えるのは不可能だ。
「その反応を見るに。復活して絵名に何かあった~みたいなことも考えたけど、それもなさそうだね」
「今回はアレとは別件ね。私も何も知らないし、口封じもないもの」
「だろうねぇ。じゃあ……あれは一体、何なんだろうね」
瑞希の言葉につられて、私も真っ黒な欠片に覆われた木を見る。
「さぁね。でも、できることならどうにかしたいよね」
ここはまふゆのセカイだし、想いに影響を受けて育ったという木に黒い欠片が纏わりついているのはあまりよろしくない気がする。
取った方が良いなら善は急げ……とも言うけど、その前に相談だ。
「あの欠片って誰か触ったりした?」
「ううん、ミク達に止められたから誰も触ってない」
「うん。嫌な感じがするから、絵名も触らない方がいいよ」
まふゆが首を横に振り、ミクも補足するように続く。
一番手っ取り早いのが欠片の除去だったのだが、そう言われたら仕方がない。
態々危険に飛び込む理由もないし、ここは素直に従おう。
「触ってもダメそうってなると、後は放置ぐらいしか思いつかないかな」
「でも、放っておくのは怖いよね。黒色とか何かありますって言ってるようなものじゃん」
「と言ってもね。後は覚悟することぐらいしかできないでしょ」
「うへぇ。何かが起きる前提なのはヤダなー」
私も瑞希の言うことには同意だ。
まふゆもそこは同じらしく、逃げるように目を逸らしつつも頷いていた。
「──皆、ここにいたんだね」
「やっほー、奏。ナイスタイミング~」
「何かあったの?」
瑞希の言葉に首を傾げる奏。
私とまふゆはというと何かを言う前に見てもらった方が早いからと、黒く飾られてしまった木へと視線を向ける。
こちらの動作に釣られて木を見る奏に、瑞希は肩を竦めた。
「ご覧の通り、木が謎の欠片のせいで真っ黒になっちゃってね。今、皆で作戦会議をしてたんだよ」
「確かに今の木は見ていて不安になるね。わたしも何か思いついたら良かったんだけど……きっと、触って取り除くのはダメなんだよね」
「うん。奏のお察しの通りだね~」
……そこでどうして私に視線が集まるのか、少し問い詰めたいんだけども。
奏の考察そのものは正しいので、悔しいけど今回は引き下がることにしよう。
「もう。黒い欠片の件は後で考えるとして、一旦離れない?」
「そうだね。皆に聴いてほしい曲もあるし、いつものところに行こう」
「ここで長話する理由もないし、ボクもさんせーい。まふゆもいいよね?」
「曲が聴けるならどこでもいい」
「じゃあ、決まりだね! 早速、皆でレッツ……」
そう言って、瑞希が振り向いた瞬間、触れてもいなかった黒い欠片から靄のような何かが広がった。
「は?」
「「え?」」
「うわっ!?」
「皆っ!」
私の後に奏とまふゆ、瑞希の声と続き、ミクの慌てたような悲鳴が鼓膜を揺らして。
私は真っ暗な霧に包まれて、そのまま闇の中へと堕ちていった。
……………………
落ちる──
落ちる。
落ちて。
落ちた、その先に。
「──お前には絵の才能がない」
(え、急に酷くない?)
落ちるような感覚から戻ってきた瞬間、目の前にいたお父さんから、そんなことを言われた。
急に貶してくるなんて何事だ。そう思ったのと同時に、頭に痛みが走る。
(あぁ、そうだった。私、お父さんと高校の進路のことで言い合ってたんだっけ……?)
何かがおかしい気がしたが、違和感は差し込まれた痛みで霧散する。
頭が痛いのはきっと、お父さんに言われた内容がショック過ぎたせいだ。
そう考えてしまったせいで、違和感として訴えかけてくれていた『何か』を手放してしまった。
(ほんと最低……才能がないって娘に言うセリフじゃないでしょ)
手放したのが悪かったのか、尊敬する画家でもあった父親から言われたのがよほどショックだったのか。
高校の進路のことで言い争った日から……心にポッカリと穴が空いたような感覚が、私の体を蝕むようになった。
(才能もないから足掻かなくちゃいけないのに、苦しくて集中できない)
部屋に閉じこもって才能のことをつらつらと考えて、後悔して。
それでも認められるために筆を持つ決意をした私は、息苦しい感覚を抱えながらも朝まで絵を描いた。
(変な感覚はあっても、この後は特に何もなかったんだよね)
この日から後悔や悔しさと、苦しい感覚に振り回されることはあれど、外側は嫌なぐらいいつも通りの日々が過ぎていった。
何かを無くしたような感覚はきっと、あいつに言われた言葉を引き摺っているのだと、この時は特に気にならなかった……のだけど。
(……本当に、何もなかったっけ?)
無事に徹夜して学校に行ったとしても、日々は変わらず。
ズルズルと心の中の穴を抱えながら、夢も何もかも掴もうと欲張った、その結果。
『──今の東雲さんに言うことは、何もありません』
絵画教室でもこっ酷く否定されて、私はその場から逃げた。
(私が絵画教室から逃げても、時間は何もないみたいに過ぎてってさ)
あいつの言う通り、周りが認めるような才能も。
雪平先生が絵の講評してくれるような、魅力や価値も。
受験に落ちないだけの集中力も、画力も、度胸も。
現状を変えるようなきっかけも、何もかも──欲しいものがない私を置いていくように、時間だけが過ぎていく。
(何もないのなら、何で……教室からは逃げれたのに、どうしてこの苦しみからは逃げれないんだろう?)
あの日、言われてからずっと付き纏ってくる心の中の穴。
(何で、ずっと前から大切な何かを失くした気がするの?)
その喪失感に引き摺られるように、私は高校の美術科受験にも落ちたし、人としても転がり落ちていく。
(絵を描いても何をしても、どうして苦しいままなの?)
認められたかった絵を描く気力すら失せてしまって、私に残ったのは謎の喪失感だけ。
学校も絵の為に夜間を選んだというのに、肝心な絵を描く行為にすら至れない。
暴れる力も沸かず、最近は学校がない時間はぼーっと部屋で丸まっていたり、苦しさで起きることすらできなくなっていた。
(わけわかんない。私、どうなってるんだろう)
外に出たって、目が惹かれるものはなかった。
動画やピクシェアを見たって、ピンとくる何かはない。
ストレス発散の自撮りの投稿にいいねが沢山ついているのに暫く嬉しくなるけれど、すぐに虚しくなってスマホを投げ捨てた。
可愛い小物や化粧品に気持ちが浮つくことがあっても、物足りなくて見る回数も減った。
描きたい理由も悔しい思い出も、友達も、親友もいるのに、どうして……?
どうして──あいつに否定された日から、心の中に開いた穴は私に『何かがないぞ』と激しく訴えてくるのだろうか?
一体、私には何が足りないのだろうか?
わからなくて憂鬱で、部屋から出るのも億劫だ。
心の中も部屋の中も暗い中、ふと、スマホの画面だけが明るく輝く。
偶然目に入ったそれは、私にとっての蜘蛛の糸だったらしい。
『絵名、一緒に遊びに行かない?』
「愛莉? うん……たまには外に出ようかな」
謎の喪失感と才能の無さに腐ったような時間を過ごして、気にかけてくれる
「やっぱり、何か起きてる気がする。で──そのヒントになりそうなのはたぶん、
外から帰ってきた私は自分の部屋に帰って胸を押さえる。
今まで見て見ぬフリをしてきたけれど、親友のおかげで少しは向き合う気力が湧いてきた。
(最初はアイツの言葉のせいだって思ってたんだけどな)
謎の喪失感が生まれたのは、才能がないとはっきり言われた日だったこともあって、今までは絵に向き合っていたらどうにかなると思っていた。
だけど、絵に打ち込んだ結果は逆だった。
苦しさも相まって絵画教室からは逃げてしまったし、受験にも落ちたし、放置していた穴は塞がるどころか私を飲み込もうとしている。
(心の穴のせいで苦しい、けど……それだけじゃない気がする)
胸が苦しいのは確かなのだが、ジクジクというよりは何というか……怒ってるような?
(誰かが怒って、私の心に穴を開けたってこと?)
自分で言っていて意味がわからない。
誰かって、一体誰がそんなことを──
──っ。
──な!
──。
──な。
──なちゃん!
──おい。
「もしかして、私は──何かを失くしてる?」
ふと、呟いて顔を上げた視界に、白い影が見えた。
それは体ごと2つの髪の束のようなものを揺らして、私の独り言に答えを出す。
【ううん、このセカイにはわたしがいないから、あなたは何も失ってないよ。でも……キラキラした人にとっては、違うかもしれないね】
「……な、何よ。あんた」
黒く塗り潰された口のようなものだけが、顔らしい部分で動く姿は正しく人じゃないヤツ。
薮から蛇どころの話ではない。
ホラーゲームもビックリな存在の前に虚勢で対抗すると、人影は困ったように答えてくれた。
【わたしはあなたを苦しめてるトラウマを植え付けた元凶で……夢現のセカイでほんの少しだけ存在するのを許された、灰のようなモノだよ】
正直、コイツの言ってる意味なんてわからないし、身に覚えのないことを当然のように語ってくる姿は怪しい以外の何物でもない。
見た目も言葉もおかしい、危ない存在だ。
そう、頭では思うのに……胸の苦しみだけはこのナニカを知っているかのように、激しい痛みで訴えかけていた。
《第2回目ワールドリンクイベント》
・ちょーっと補足
2回目のワールドリンクイベントはセカイの木に付着した黒い欠片をきっかけに『もしも○○だったら〜』という世界線に迷い込む(?)感じのイベントになってます。
例としては『そもそもニーゴが結成されてない』など、4人にも『もしも』が適応された状態のお話です。
今回のえななんにも『もしもスケッチブックがなかったら』が適応されていて、記憶を失ったり裏側で奴と戦わない分、えななんが楽になる……かと思いきや。
特大の地雷であるえななんのトラウマが刺激されて、楽になるなんてことはありませんでした。お労しや……
・IFなん
あの日、スケッチブックが目の前に現れなかった世界線の東雲絵名。
周りの都合上、ニーゴもないので何も始まらなければ、失ってもいない……はずなのだが、えななんからすれば記憶が消えるのはトラウマである。
(そして、どんな理由であれ今回のイベストの状況は記憶を消されたようなものである。あとはわかりますね?)
だからこそ、IFなんは訳もわからないまま、常に『失った苦痛』と『奪われた憤り』を感じているという地獄に突き落とされてしまい、とても絵を描けるような状態ではなくなってしまった。
・パパなん
厳しいことを言ったら、娘が穴に転がり落ちるような姿を見ることに。
この世界線ではパパなんの方から避けてしまい、娘とまともに話せないぐらい激しく後悔している。
・雪平先生
「今の東雲さんに(は休みが必要なぐらい明らかに様子がおかしいので、絵について)言うことは、何もありません」
自覚してるだろうしまずは休むべきだと言うつもりが、えななんがそのまま教室を辞めてしまって後悔している。
・???
え? 自分のせいで、この世界線ではキラキラしてる人だけすっっっごい苦しんでるんだけど!?
本当は目の前に現れるつもりはなかったのだが、申し訳なさ過ぎて思わず出てきてしまった。
残り、1月に3話更新。2月に1話更新予定です。
どうぞ最後までよろしくお願いします。