イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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少しずつ進む。





252枚目 一つずつ、一つずつ

 

 

 

 

 スケッチブックの残滓だという存在と会話してから、数日が経ち。

 答えは得ても1人だけでは脱出不可だと判断した私は、情報収集と環境を変えることから始めた。

 

 ニーゴの皆の家は知っているので、手っ取り早く突撃……するわけにもいかず。

 ここでは初対面なので不審者扱いされないように、まずは下準備から学校の転学届を出した。

 

 今の私はどうやら、宮女じゃなくて神山高校の定時制に通っているらしい。

 深夜逆転生活でボロボロになったせいか、愛莉にはかなり心配をかけたことと、瑞希との接触を狙って神高の全日制に編入することにしたのだ。

 

 その次に打った手が、接触難易度が低そうな奏──Kのアカウントの捜索。

 この世界の奏が『もしも音楽をやめてたら〜』の場合だったら詰んでいたが、幸いなことに探していたモノはすぐに見つかった。

 

 見つかった、けど。

 

 

(わぁ……ビックリするぐらい明るい曲なんですけどー)

 

 

 自撮り垢を抹消してから、絵垢を追加した後。

 絵の投稿と勉強の合間にネット探索して、漸く見つけたKのアカウント。

 

 ちょっと流行ってるらしいその曲を再生すれば、所々に奏らしさを感じるけれど、苦しさや暗さという負の側面が微塵もない幸せそうな曲が流れた。

 

 これはたぶん、奏の曲である。

 奏の曲の筈なんだけど、私の厄介オタクな部分が『違う、そうじゃない』と顔を顰めている。

 

 

(って、これだと奏が幸せなのが悪いみたいじゃない! 私の馬鹿!)

 

 

 解釈違いで唸る思考を頭を振って追い出したものの、溜め息が出た。

 

 

(連絡を取ってみるって手もあるだろうけど、見知らぬ人からの連絡なんて、家に突撃するとの同じぐらい怪しいよね。うーん、どうしよう)

 

 

 頭を抱える私の目にタイミングよく飛び込んできたのは、スマホの通知画面。

 自撮りのアカウントは消し去ったので、私の今のスマホに届く通知なんて身内か親友ぐらいしか心当たりはない。

 

 

(え、何で絵のアカウントの方にDMが?)

 

 

 投稿し始めて数日のアカウントは毎日投稿しているものの、投稿数は両手あれば数えられるほど。

 一体どこの物好きか確認すると、この世界には存在するかも怪しいアカウントから連絡が来ていた。

 

 

「まさか、そっちが先なんてね」

 

 

 ネットなら、神高なら、と考えていた範囲外からの連絡。

 

 

『ニーゴに心当たりがあるなら、1時間後に家の外で待ってて。迎えに行くから』

 

 

 私が迷っていた一手を躊躇いなく打ってくる辺り、あっちの方がそういう思い切りが良いのがハッキリとわかる。

 

 

「もう……私の記憶が戻ってなかったら、不審者確定なんだからね」

 

 

 文句が出てきた口は、暗くなったスマホの画面上では嬉しそうな弧を描いていた。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 1時間ぴったり丁度の時間にて、紫色の髪を束ねた宮女生が颯爽と現れた。

 

 

「──絵名」

 

「久しぶり、まふゆ。いや、こっちだと初めましての方がいい?」

 

「どっちでもいい。それよりも1つ、言いたいことがある」

 

 

 まふゆは無表情のまま、首を傾げた。

 

 

「どうして宮女じゃないの? 転校すればいいのに」

 

「会って早々、無茶言わないでくれる?」

 

 

 こっちは記憶が戻った時点で神高生である。どうしようもない無茶を押し付けないでほしい。

 

 強いて言うなら『スケッチブックがないことで雪平先生の所に歯を食い縛って通う理由が薄れた結果、人脈も薄れて縁がなくなった』からだけど、そんなの今の私にどうにかできる話ではない。

 

 どうしようもないことに全力で抗議すると、まふゆは残念そうな雰囲気で口を開いた。

 

 

「絵名も宮女だったら『皆、宮女だよ』って瑞希に自慢できたのに」

 

「また子供っぽいことを……」

 

「こっちでは奏が宮女に通ってるけど、絵名も奏も神高生だったら瑞希も似たようなことをすると思う」

 

「いやいや、やらないでしょ……って。今、奏って言った? 奏が学校に行ってるの!?」

 

「うん。ここの奏はお父さんも倒れてないからなのか、宮女に通ってるよ」

 

「嘘でしょ!?」

 

「そんなところで嘘をついてどうするの?」

 

「……それもそうね」

 

 

 だが、ジャージ姿で吸血鬼みたいな生活をしている姿が刷り込まれているせいか、奏の学校生活や制服姿が想像できないのも事実である。

 

 

「奏のことはいいとして、あんたはどうなのよ?」

 

「こっちでは中学の時にお母さん達と話せて、好きにさせてもらってるよ」

 

「へぇ、いいじゃん……って言いたいけど、顔が不満そうね?」

 

「そうだね……ここは幸せなんだろうけど、ニーゴもなくて皆が集まってないから、寂しいと思う」

 

 

 随分と可愛くて嬉しいことを言ってくれるまふゆに、私も頷いた。

 

 

「ふふ、そうね。1人で絵に向き合うのも悪くないけど……私も、皆と作る時間の方が好きだもん」

 

「でも。今の奏は幸せそうだから、もう少し見守ってたいとも思ってる」

 

「そっか。じゃあ、奏のことはお願いね」

 

「うん、絵名は瑞希の方に専念してほしい。ここがどんな場所でも……瑞希に生物学的な変化でもない限り、息をするのは難しいだろうから」

 

 

 奏が幸せそうだったから勘違いしかけていたけれど、皆が皆、完全に幸せなんて状況はないのだ。

 私も思いがけない事故で苦しんでいたけれど、瑞希もまた苦しんでいると考えると……躊躇っていていいことはない。

 

 

「わかったけど、あんたも無理しないでよね。ほら、スマホ出して」

 

「どうして?」

 

「連絡先を交換するの!」

 

 

 あぁ、と納得したまふゆから連絡先をゲットして、長話することもなくその場を解散した。

 

 自分の部屋に戻って一旦、息を入れてから──改めて連絡先にクレームを打ち込む。

 

 

 

『っていうか、あのDM怖かったんだからね。私の記憶が戻ってなかったらヤバい人だから!』

 

『その辺は大丈夫だよ』

 

『何が大丈夫なのよ』

 

『絵名の絵は間違えないから、大丈夫』

 

「……ばーか」

 

 

 見事に言い負かされて、床に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──結局、桜が綺麗に咲く季節まで、私が連絡先を交換できた相手はまふゆだけだった。

 

 公園を中心にシブヤ絵描き巡りをしても、全部空振りだったし……下心が悪かったのかもしれない。

 

 

(まさか編入どころか、瑞希との接触も2年生になるまで成果ゼロとはね)

 

 

 最後の編入についての話し合いも終わって、私は職員室から解放された。

 後は自然と瑞希と接触するだけ。そう気合を入れた私の耳に、1つの足音が聞こえてきた。

 

 

(こんな所で会えるのも、予想外かなぁ)

 

 

 前を向いた私の目に入ったのは、久しぶりだけど見慣れた薄桃色の髪だった。

 

 可愛らしいリボンをつけたその子は、封筒を片手にこちらに歩いてきている。

 嫌な予感がした。だからこそ、私は今は初対面であるにも関わらず大きく踏み込む。

 

 

「それ、退学届?」

 

「えっ? 急に何ですか?」

 

「あぁ、ごめん。もしかしてって思ったら声をかけたくなっちゃって。それで、正解?」

 

「……まぁ、はい」

 

 

 一瞬だけ『めんどくさいのに絡まれたな~』と思ってそうな顔を見せてから、すぐにどうでも良さそうに頷かれる。

 

 もうやめるからどうでもいっか、といったところか。

 今がどんな状況であれ、瑞希のこういう表情はあまり見たくない。

 

 

「じゃあ、学校の成績とかは気にしなくてもいいわけだ」

 

「な、何ですか?」

 

「どうせ退学するつもりなんだったらさ、その前に私に付き合ってよ。悪いようにはしないからさ」

 

「もう既にボクにとっては悪い状況なんですけど」

 

「報酬の前払いで、どう?」

 

 

 前の時間だと、丁度この時期に欲しがっていた限定品を訝しげな顔をする瑞希に押し付ける。

 

 口がいらないという形を作ってしまう前に渡されたモノをみた瑞希は、口を開いたまま固まった。

 そのままこちらを見たので、ゆっくりと頷く。

 

 

「丁度、それに似合う絵のモデルを探してたんだよね。もう内申とか気にしなくてもいいのなら、最後の思い出作りか何かだと思って付き合ってよ」

 

「先輩って変な人ですね」

 

「変な人ねぇ。残念だけど、神高の変人ってワンもツーも私のものじゃないんだよね」

 

「えぇ……?」

 

 

 ドン引きされたが、もう神代さんと天馬さんのコンビが結成されたのだから仕方がない。

 学校をサボる程度ではあの2人に勝つどころか、土俵にすら立ててないのである。

 

 

「それで、付き合ってくれる?」

 

「はぁ……強引だし、最初から断らせるつもりないでしょ。変なものを描きませんよね?」

 

 

 ここまで塩対応の瑞希なんて珍し過ぎて新鮮だ。

 あの日と比べると明らかに相手の気持ちのベクトルが違うけれど、少しだけ懐かしくてなぞってしまう。

 

 

「変かどうかはわかんないけど、私らしくモデルを描くつもり」

 

「ふぅん……ま、いっか。ちゃんとボクを描いてくれるなら」

 

 

 言質は取った。

 瑞希の気持ちが変わってしまう前に、バレないように自主早退しよう。

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「あの、どこまで行くんですか?」

 

「んー? もうちょっとね」

 

 

 訝しげな顔をする瑞希を連れて、乃々木公園まで来ていた。

 

 そのまま公園の花壇を背景に絵を描き始めたのだけど、何故か瑞希は目を丸くしている。

 

 

「本当に絵を描き始めるんだ……」

 

「モデルにしたいって言ったじゃん」

 

「てっきり、止めてくるなり何なりしてくるものかと」

 

「それ、名前も知らない相手に言うの?」

 

「あっ」

 

 

 私は瑞希を一方的に知っているが、こっちでは初対面で自己紹介すらしていない仲である。

 そんな相手に退学ぐらいのことでどうこう言うような性格じゃない。

 

 

「学校だけでも通信制とか定時制だとか色々あるでしょ。今、通っているところだけが唯一の『高校』じゃないんだから、決めたことを説得するのもね」

 

「そう、ですか」

 

「学校に行き続けてもやめても後悔することはあるだろうし、そう考えた上で言えることなんて1つぐらいしか思いつかないかな」

 

「それは?」

 

「……選んだ環境でちゃんと笑えるのなら、幸せになれるなら。それでいいんじゃないかなって」

 

 

 きっと奏を見たまふゆも同じ気持ちだったのだろう。

 瑞希はちょっと違っていたから放っておけなかったが、奏はまた違うみたいだし。

 

 

「その。もう1つ、聞いていいですか」

 

「なぁに?」

 

 

 横から横へと思考が移動している間に、瑞希の雰囲気が変わっていた。

 

 

「好きなものがあって、それを否定されるような状況でも。それでも、好きでいていいのかなって……」

 

「うん、いいでしょ」

 

 

 尻窄みになる瑞希に被せ気味に頷くと、目を丸くされてしまった。

 

 

「即答なんだ……」

 

「そりゃあそうでしょ。別に悪いことをしたいってわけじゃないんでしょ?」

 

「まぁ、はい」

 

「なら、好きなままでいいと思うよ」

 

 

 いつかの公園でも似たようなことを言った気がするけれど。

 その時も今も、記憶があろうがなかろうが、私の考えは変わらない。

 

 

「世の中、好きなことを否定してくる奴だっているかもしれないけどさ。結局、ソイツは責任も何も取ってくれないでしょ。そんな他人の言葉で諦めたら、その時1番傷付くのは自分であって相手じゃない」

 

「傷付くのは自分……」

 

「そ。だから、好きなままでいたいっていうのなら、難しくても苦しくても、そのまま抱えてればいいのよ。諦めない限り、いつかそんな自分を見つけてくれる誰かが現れてくれるかもしれないでしょ」

 

「……ふ、ふふふ。あははっ」

 

「え、何? どうしたの?」

 

 

 こっちは大真面目に話しているのに、何故か瑞希は肩を震わせて笑っている。

 

 一体どうしたのだろうか。

 いつまでも笑っている瑞希にちょっと怖くなってくるぐらい時間が経ってから、瑞希は笑いながらも答えてくれた。

 

 

「やっぱり、絵名は絵名だなって」

 

 

 教えてないのに飛び出てくる名前。

 そんなの、可能性はほぼ1つしかない。

 

 

「……まさか」

 

「お察しの通り、そのまさか。話を聞いてる間にこう、ひょいっとあっちの記憶も戻ってきたんだよねー」

 

「ひょいっと?」

 

「そそ、ひょいっとね」

 

 

 こっちは結構苦しい思いをしたのだけど、瑞希の場合は違ったようだ。

 

 案外、まふゆもあっさりと思い出したのかもしれない。

 私だけが例外だったのは嬉しいのやら、理不尽なのやら。複雑な気分である。

 

 ……まぁ、何はともあれだ。

 

 

「おかえり、瑞希」

 

「うん、ただいま。もしかしてボクが最後だったりする?」

 

「ううん、瑞希は3番目。奏は今、楽しそうに学校生活を満喫してるからさ」

 

「えぇっ!? あの奏が学校生活っ?!」

 

「……ふっ」

 

「へへっ」

 

「「あははっ」」

 

 

 同時に吹き出して、思う存分笑い合った。

 こっちで随分長く過ごしたせいか、瑞希とのやりとりがすごく楽しい。

 

 2人で一頻り笑ってから、目元を拭った瑞希が口を開く。

 

 

「3番目ってことは、まふゆは記憶があるんだね」

 

「うん、戻ってるみたいだよ」

 

「そっかー。じゃあ、今度まふゆと会う時は絵名も神高の制服を着てきてよ。ボク、隣でピースってしておくから」

 

「……子供じゃないんだから、やめなさいよね」

 

 

 てへっと笑うものの、瑞希が発言を取り消す気配はない。

 

 ……本当にまふゆの言う通りに動こうとするバカだったとは、私もまだまだ甘かったようだ。

 

 

(でも、こういうのも記憶があるからこそだよね)

 

 

 今はこういう、バカなことすら嬉しくて。

 制服云々とかバカなことも、瑞希が退学未遂だったとか大変なことも、今は忘れて楽しいことに身を任せた。

 

 

 








・えななん
皆が幸せならいいやというのも本音だけど、やっぱり皆とも話したい複雑な気持ちだったので、2人と話せて嬉しかったらしい。
退学届は瑞希さんと接触後、流れるように破り捨てさせた。

・瑞希さん
思い出して楽しんでいた話の流れで、退学届を破り捨てることに。
後日、ファミレスでまふゆさんと再会した時には有言実行した。睨まれた。

・まふゆさん
えななんの絵は間違わない自信があるとのこと。
後日、再会した瑞希さんにえななん神高生煽りを受けた。睨んだ。

・奏さん
幸せなまま、何も思い出してない。暗さも苦しさもないらしい……






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