まふゆさん、誕生日おめでとうございました。
(遅刻人間……)
まふゆと瑞希のことに関しては、トントン拍子で進んだ。
そんな調子で次は奏──となることはなく、私達はそのまま1学年進級してしまった。
この1年は何の進展もなく、強いて言うなら己の画力を磨いたことぐらい。
まふゆや瑞希もそれぞれ動いていたみたいだけど、本命の方は全く進展がなかった。
(1年近く絵を描く時間を貰えたのは嬉しいけど、このままってのもなぁ)
最初の頃はそうでもなかったけれど、最近は悩んでいるのか上の空になった2人が目につく。
そういう姿を見ていると、本当に思い出すことが良かったのかと思うけれど……覆水盆に返らず、とも言うし。
(そろそろ、抜け出すことも考えた方がいいよね……って、もうこんな時間じゃん)
空間を眺めていた目に入ったのはデジタル時計。
1時を過ぎて何かがあるわけでもないのだけど、私はパソコンを立ち上げる。
集まる予定も約束もしていないけれど、思い出した日からこの時間になると何となくナイトコードに集まってしまう。
今日も急いでログインすれば、やっぱりまふゆと瑞希が通話を繋いでいた。
「お疲れさまー、今日も集まってたんだね」
『絵名もお疲れ~。そういえば、今日は絵を描く日だって言ってなかったっけ?』
「集中できないからちょっと休憩。話してるっぽいから混ざりに来たの」
『そういうことなら歓迎するよ。絵名もボクらの駄弁り会にようこそ~』
「駄弁り会ね。何の話をしてたの?」
『……あっ。えーっとぉ』
さっきまでの歓迎のムードはどこにいったのか、瑞希があからさまに言い淀む。
こうも怪しい反応をされるとこっちも困る。誤魔化された方がまだ話しやすかったかもしれない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、今まで黙っていたまふゆの声が聞こえてきた。
『絵名は──記憶を思い出して、よかったと思ってる?』
「急にどうしたのよ? ……いや。もしかして、そのことについて話してたの?」
『……うん。まふゆに聞かれて、その話をしてたんだよね。ボクは思い出してよかったけど、絵名はどうだった?』
「どうも何も、私は思い出さないと『ここが地獄なの!?』って思うぐらい苦しかったから、思い出さない選択肢なんてなかったんだけど」
『『え?』』
……そういえば、このことについては2人に話していなかったっけ。
『絵名、どういうこと?』
『ボクも気になるなぁ。話してくれるよね?』
画面を挟んでいるはずなのに、至近距離まで近付かれたような強い圧を感じる。
話さないと明日、家の前でニッコリ笑顔で待ち伏せされている未来が見えてしまった私は、白旗を揚げるしかなかった。
「ほら。私って、2回も記憶を完全に無くした経験があるでしょ」
『1回目は事故のついでに、2回目は奏の出来事の後に『スケッチブック』の形をした存在が記憶を奪ったって聞いた』
「そうそう。まふゆの言ってくれた通りの出来事が原因で、記憶が無くなるのがトラウマになっちゃったみたいでさ。思い出すまで謎の苦痛のせいで絵も描けないし、生活するのも辛かったんだよね」
『えーっと。なんかあっさり言ってるけど、生活するのも辛いって相当だよ? 今は大丈夫なんだよね?』
「今は思い出してるから普通に生活できてるよ。そうじゃなきゃ朝から学校に行けないでしょ」
本当に苦しさとかはないのだけど、それでも心配なようで瑞希の心配が止まらない。
そんな中でふと、目に入ったのはミュートをしているわけでもないのに全く反応のないまふゆのアイコンだった。
「まふゆ? あの、怒ってる?」
『絵名』
「は、はい」
『絵名は……苦しくなかったら、思い出さない方がよかった?』
私が思っているよりも、まふゆは悩んでいたようだ。
身構えていた体の緊張を解き、謝罪モードから頭を切り替える。
「まふゆは思い出して後悔してるの?」
『わからない……でも、思い出さなかったら、今の奏の曲も重ねずに聴けたのかなって』
「そっか。まふゆの言う通り、そういう面もあるかもしれないね」
『じゃあ、絵名は?』
「私は思い出してよかったかな。記憶を失わない私も東雲絵名なんだろうけど、私にとっては呪いと戦ってきた日も、皆との日々も全部含めて『私』なんだもん。全部抱えて進みたいから、後悔しても別の道を望むつもりはないよ」
これでいい? と聞いてから、嫌なぐらい静かな間ができた。
質問を質問で返してしまったのが悪かったのか、まふゆどころか瑞希さえも無言だ。
誰でもいいから何か反応をしてほしい。
そんな願いが届いたらしく、瑞希のアイコンがきらりと輝いた。
『見なよ、ボクらのえななんを……呪いに精神を鍛えられたせいで、理解できない領域まで突き抜けちゃったよ』
『うん、これが瑞希が言ってた『メンタルお化け』なんだね』
「ちょっと、2人とも?」
何か言ってくれとは思ったけれど、真面目な話の中でふざけ始めるのは聞いてない。
空気が弛緩したのでありがたいと言えばその通りなのだけど、まふゆの悩みが放置されるのは本意ではないので話を戻そう。
「はぁ……まふゆがそういうことを気にしてるってことは、本当は奏にも思い出して欲しいって思ってるんじゃないの?」
『でも。今の奏にそれを押し付けるのは私の都合だし、身勝手だと思う』
「そうかなぁ」
『奏には奏の人生があるから、呪いなんて気にせずに居てほしい』
「まふゆの気持ちはわかったけど……それでも、最後の選択権を持つのも奏なんだから。今までの時間や奏を信じて、思いっきりぶつかってもいいと思うけどね」
奏は少々、人を──特に、顔が見えるまふゆを救うことに依存気味なところがあるけれども。
前ならともかく、今は奏のお父さんも目を覚ましているし、選べない精神状況ってわけでもないのだ。
「こっちは思い出してから1年以上過ぎてるし、結構待ってるでしょ。奏にまふゆの気持ちを伝えたって罰は当たらないわよ」
『……何も知らない奏に思い出してほしいって話しても、困らせるだけだと思う』
「もう。何かを直接、言葉で伝えることだけが想いの伝え方じゃないってことはわかってるでしょ。今までずっと聴いてきたじゃん」
バーチャルシンガーの皆も言ってくれていたのだから、知らないとは言わせない。
画面越しでも私の威圧が届いたのか、観念したようなまふゆの声が鼓膜を揺らした。
『私1人で作るのは不安だから……手伝って欲しい』
「もちろん、最初からそのつもりよ。曲作りはあんまり力になれないかもしれないけど、絵なら任せて」
『じゃあ、ボクは動画だね! 奏に伝わるように頑張るぞー、おーっ!』
作詞作曲は未知の領域なのだが……私と瑞希もできる限り力になれるようにしつつ、3人で曲を作ることになった。
☆★☆
──1週間後、曲ができて奏に見せることになった。
まふゆのアカウントに限定公開されたその動画のURLを送り、奏にだけ聴けるようにしたのだけど。
『URLは渡せたけど、余計なことも言った』
『……どういうこと?』
私の気持ちを代弁してくれるように、瑞希が尋ねる。
今日も今日とてナイトコードに集まってまふゆの結果報告を聞いていたのだが、初っ端から疑問符が出てくる言葉で始まってしまった。
「余計なことも気になるけど、URLを送ったのなら曲は聴いてもらえたんだよね? それなら大丈夫じゃない?」
疑問は尽きないが、目的は達成している。
心配することはないんじゃないかと言う前に、まふゆは淡々と答えた。
『どうだろう。一方的に送り付ける形になったから、聴いてもらえるかもわからない』
つまり、相手の意思に任せている状態になってしまっていると。
どうしてそうなったと呟く私の耳に『もしかしてだけど』と話す瑞希の声が聞こえてきた。
『それって余計なことを言っちゃったから、URLを一方的に送ることになっちゃったとか?』
『……うん』
『あちゃー』
私も声には出さなかったけど、瑞希と似たようなタイミングで天井を仰ぎ見た。
学校での出来事だということは、まふゆも優等生モードのはず。
何をやらかしたらそんな気まずそうな状況になるのか、兎にも角にもその余計なことを知らないと始まらない。
「やっちゃったことはしょうがないとして。経緯を教えてもらってもいい?」
『始まりは、奏が私のために曲を作ってきてくれたことなんだけど──』
今日の教室で、日頃の感謝を込めた曲を奏が作ってきてくれたらしい。
だけど、やっぱりと言うべきか……幸せな奏の曲は、少々気持ちには合わなくて。
それで、まふゆは『私の為に曲を作らなくていいよ』と伝えてしまった。
後で慌てて取り繕いながらURLも渡したので、そのURLを開いてくれるかは不明、と。
「ちなみに、何のURLかは伝えたの?」
『伝えてない』
端的な言葉で益々、雲行きが怪しくなった。
URLから動画なのはわかると思うとはいえ、クラスメイトから送られてきたURLをタップするなんて……
『これは無理じゃない?』
「言いたくないけど、難しいかもね」
申し訳ないけど、瑞希の言葉に頷くことしかできない。
こっちとしてはタップしてくれた方がありがたいけど、タップしてくれたらしてくれたで色々と心配になるし。
「これはもう、友達補正でよくわからないURLをタップしてくれる可能性を祈るしかないわ」
『絵名、無茶苦茶言ってる自覚はある?』
「うん、割と」
滅茶苦茶なことを言うか、明日改めてお願いするぐらいしか私の頭では思いつかない。
この先はまふゆ次第だ。私も瑞希も黙って次の言葉を待っていると、マウスのスクロール音とクリック音が聞こえてきた。
「まふゆ?」
『奏から連絡が来た』
「『え?』」
『URLが来たから、転送する』
ナイトコードにポンと送られたURLは、私達が送ろうとした動画のURLと似たモノだった。
つまり、これは動画のURLというわけで。
怪しいとかそんなことを考える前に、体が勝手にソレをクリックしていた。
『これは……奏の?』
『うん、曲だね』
まふゆと瑞希の言葉通り、URLの先にはKが作成したらしい曲があった。
──♪。
動画をタップすれば、私達にとっては聴き馴染みのある曲が流れ出して、慌てて詳細を確認した。
限定公開状態となっている動画のタイトルは《キミに送る歌》。
概要欄には《動画を作ってくれた皆に、3人に届きますように》と記載されている。
「念の為に確認するけど、奏に誰と作ったとか話した?」
『そんな話をする暇もなかったよ』
断言するまふゆに益々、疑惑が深まる。
まふゆの動画に関わっている人数なんて、ハッキリ言えるモノなのだろうか?
(もしかしたら)
曲の始まりがそんな期待を抱かせる。
希望を持ち過ぎないように、辛抱強く聞いていると、嬉しそうな瑞希の声が聞こえてきた。
『ねぇ、絵名。やっぱりこれ……!』
「私にもあっちの奏の曲に聴こえるよ」
半分も聞かなくてもわかる、強烈な既視感。
3人もいて聴き間違えることなんてあるはずもなく。私達は同じ確信を持つ。
ピロリ。ピロリ。ピロリ。
確信してからイヤホンの向こうから2つ、そして私のスマホから1つ音が聞こえてきた。
タイミングがいいDMに、私達はお互いに黙ってソレを開く。
──えななんは曲を聴いてくれたかな。動画、ありがとう。ナイトコードで待ってるね。
そんなメッセージと共に送られてきたURLは、ナイトコードのサーバーの招待コードだ。
「ねぇ、2人とも。奏──ううん、KからDMが来たんだけど」
『私も来たよ』
『ボクもボクも。招待コード付きだけど、どうする?』
「聞いてる風を装って、声的に押す気満々じゃない」
『いやぁ、一応ね?』
『……どうでもいいけど、押していいの?』
「いいでしょ。向こうに待ってる人がいるんだから」
そんな会話をしていたけれど、2人はいち早くURLを押していたのだろう。
先にサーバーに参加しているどころか、既にボイスチャットも繋いでいる2人の後を追って、私もボイチャに参加する。
ポンポンポンと連続で入ったのには、流石に招待した側も驚いたのだろう。
小さく『わっ』と驚きの声を上げつつも、数年ぶりに聞く声が鼓膜を揺らした。
『えっと……皆、来てくれてありがとう。まさか、こんなにすぐに来てくれるとは思ってなかったよ』
前に聞いた幸せいっぱいの明るい声とは違い、今の奏の声は酷く落ち着く声音だった。
今までの奏の声が実は、今までの経験を乗り越えてきた結果っぽいのがちょっとショックだけれども……ほぼ確定だろう。
私が黙って奏の声音を比較している間に、瑞希とまふゆが話し始める。
『奏に呼ばれたら来ないわけには行かないよねー』
『奏は記憶を思い出したの?』
……声のトーン云々の思考は一旦、脇に置いておこう。
煩い思考を打ち切るのとほぼ同時に、奏が質問に答えた。
『まふゆの言葉と曲がきっかけで、投稿した動画の作曲をしてるうちにちゃんと思い出せたんだ。皆は?』
『私はたぶん、早かったと思う』
『ボクは入学してからすぐに絵名に会って、だね』
「私は瑞希より前にちょっとね」
ここで自爆しました~とは言えないので濁しておく。
1名ほど『ちょっとじゃないでしょ』とか言うピンクがいたものの、幸いなことに奏はスルーしてくれた。
『そっか、わたしが最後だったんだ。待たせちゃってごめんね』
「こっちも好きにしてたし、気にしないでよ」
こちらとしては勝手な気遣いで思い出さないようにしていた面もあるので、奏に申し訳なさそうにされると罪悪感が刺激されてしまう。
どうにか話を逸らそうと考えを巡らせていると、こちらの助け船になりそうな話を瑞希が差し出してきた。
『それにしても……皆の記憶が戻ったら元に戻ると思ったのに、ボクの予想は外れちゃったなぁ』
「皆が夢だって自覚したら、じきに覚めそうだけどね」
スケッチブックの残滓曰く、ここは黒い欠片という想いのセカイの一部らしい。
記憶が戻ったら「はい、おしまい」ってことはないようだが、何故か終わりが近いような、そんな予感もする。
「何となくだけど、今日は後悔がないように過ごした方が良さそうね」
『わたしも、何となくそんな気がするよ』
『ボクもボクも! まぁ、ボクは心残りとか特にないんだけどね』
『私も大丈夫』
思いついた呟きにそれぞれ同意してくれたけれど、奏だけ『ごめん』と後に続ける。
『集めておいてあれなんだけど……わたしは少し、時間を貰ってもいいかな』
『うん』
『いってらっしゃ〜い』
「途中で起きちゃう可能性もあるから気をつけてね」
奏が出ていくのを見送ってから、ほんの少しの間。
ここにいるメンバーは誰も抜ける気がないのか、まだボイチャに繋いでいる。
「2人はいいの?」
『まぁ、あっちでも皆とは会えるしねー』
『私も。後は、1人よりも誰かと話していたいから』
「そっか。じゃあ、まずはさっきの奏が作った曲の話をしようよ──」
……
…………
…………!
………………っ!
………………なっ!
「──絵名っ」
気がついたら真っ白になっていた視界の中で、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「絵名、起きてっ」
この声は──たぶん、リンだ。
ほんの少し痛む頭と、首を絞められるような息苦しい感じ。
まるで忘れるなと言わんばかりに主張してくる違和感に、体を起こしながら頭を振る。
(私、夢っぽいセカイにいて……湖ってことは、戻って来れたんだ)
「絵名、大丈夫?」
「うん。まぁ、何とかね」
霞かかっているような向こうで起きた記憶も、ちゃんと思い出せた。
「って。私のことより皆は!?」
「絵名が1番最初に起きたから、皆はまだ寝てる」
「なら私よりもそっちを優先しないと」
「ダメ」
「いや、でも」
「絵名も大事だから、落ち着いてからにして」
「……はい」
リンによるストップが入ったので、眠ってる3人に駆け寄ることは阻止された。
……そうこうしている間にまふゆや瑞希も目が覚めたので、飛び込まなかったのは正解だったかもしれない。
・えななん
せっかくの夢のセカイなのでより一層、絵に励んだ。
朧げどころかハッキリと夢みたいな出来事のことは覚えているので、1年近くの経験値はほぼ持ち越しというとんでもない状態になってたりする。
・瑞希さん
実は夢の中だしーと1番はっちゃけていた。
具体的には夏休みと学校への届出を出して確保した時間を利用して、お姉ちゃんのところに突撃して海外で職業体験を断行。
将来的な夢を固めた気持ちを胸に、夢から覚めた。
・まふゆさん
瑞希さんのはっちゃけ具合に影響されて、将来を考えることに。
最終的なイメージは覚えたまま、目が覚めた。
・奏さん
最後には曲を作るのが怖くないお父さんの曲を聴いて、目が覚めた。
次回はおまけのラスト、2月更新です。
日付はたぶん、お察しいただけると思います。