5月の中旬を少し消費したぐらいの時のこと。
これからは個人ではなく、サークルとして活動するという理由から、チャンネル名がデフォルトの【K】から【25時、ナイトコードで。】、略してニーゴに変更された。
ニーゴとしての初投稿──Kと雪が作った曲でAmiaと私で動画を作り、動画を1本投稿している間に、3人とはある程度、仲を深めることができたと思う。
Kは気絶のような睡眠をしてしまうぐらいには曲作りに一直線で、ボイチャで雑談するようなタイプではないものの、病院でよく話す程度には顔見知りなので、問題なし。
雪の方はニーゴに合流した翌日には『呼び捨てでいい』と言われて、HNも名前の方も呼び捨てすることになって、距離感も中学時代の愛莉並みに近づいてるので、問題なし。
唯一、Amiaだけ顔を知らないものの、相手は動画作成においての相方のようなもの。
ボイチャでの雑談等、気が合うなと思うことも多いので、個人的には仲良くなっている方だと思っている。なので問題なし、ということにしておこう。
サークル活動は順調そのもの。
なのに、順調だった私の日常の前に『学校行事』という問題が聳え立っていた。
「あーあ。なんで春に体育祭なんてやるのかなー。疲れるから嫌なのに」
『えななんの学校、もう体育祭やるの? 最近春にやる所、増えてるよね』
ミュートにしていたら絶対に返事がないであろう独り言に対して、Amiaから反応が返ってくる。
「もしかして私、ミュート忘れてた?」
『そうだねぇ、唸り声をBGMに作業できる程度には忘れてたよ』
「Amia、言い方っ! って言っても、私が悪いか……その、悪かったわね」
『あはは、ボクは気にしてないからいいよ〜』
Kと雪は相変わらずミュート状態で、何も言ってくることはない。
何となく、相手も気にしてなさそうだと感じたので、気にするのはやめることにした。
そうやってナイトコードの様子を窺っていると、興味津々と言わんばかりにAmiaが問いかけてくる。
『そーれーでー、えななんの学校は春に体育祭する学校なんだ?』
「そうみたい。正直、当日に雨が降るように真剣に祈りたいんだけど」
『それはそれで面倒だと思うよー? 雨の日じゃサボっても行き先に困るしね』
「いや、別にサボるつもりはないからね?」
午前中に終る競技に立候補したので、やるとしても最低限参加してから校舎に忍び込み、上から体育祭の様子をスケッチするぐらいだ。
『えななん、絶対に今スゴイこと考えていたでしょ? ボクにも教えてよ~』
「イ・ヤ! ここで言ったら対策されそうだから絶対に言わない!」
『あはは、そっか。雪とえななんは同じ学校なんだっけ? 一緒にサボるようなタイプじゃなさそうだし、サボるのも一苦労なんだね』
「だから何で私がサボる前提なわけ……? サボらないかもしれないじゃん」
こっちは病院の日以外は学校に行っているし、遅刻もギリギリしていない一般的な生徒のつもりだというのに、なんて失礼なヤツなんだ。
……宮女はお嬢様校と言われるだけあって、全員真面目だから私は浮いているのだけど。
だからといって私よりも酷いサボり魔であろうAmiaに決められているのは心外である。
抗議の為に長文を連投してやろうか。
『あー、ごめんごめん。揶揄い過ぎたから今やろうとしたことやめてね』
「……何でバレるのよ」
『不自然に静かになって、キーボードの音が聞こえてきたから。嫌な予感がしたんだよね』
夜中とは思えないぐらい元気な声で『Amia選手、大正解~』なんて言って、画面の前で両手を上げてガッツポーズをしてそうなテンションのAmia。
もう25時はとっくに過ぎているというのに、元気な子である。
少しはKに分けてあげた方がいいのではないか?
……そう思ったけれど、Kに元気を分けたら勘違いして無理しそうだから、ダメ。
せめてやるなら、笑ってない時の雪辺りが丁度いいかもしれない。
そんなどうでもいいことは察してこないようで、つらつらと考えているうちに雪がミュートを解除して『明日も学校があるから、今日はもう休ませてもらうね』と伝えてきた。
時刻は気が付けば3時45分。
徹夜する予定もないし、私もそろそろ寝ようか。
「じゃ、雪も落ちたし私もそろそろ抜けるね」
『はーい。おやすみー』
『おやすみ、えななん』
雪が落ちる前にはミュートを解除していたKの声を最後に、私もナイトコードとパソコンを閉じて、ベッドに直行した。
……………………
ナイトコードでポロリと漏らした2日が過ぎ、体育祭当日。
考えていた通りに二人三脚を終わらせて、私は真面目に体育祭に参加している集団からそっと抜け出す。
別に体育祭に参加しても成績には関係ないし、体育だって本当は参加したくないのだから、今日ぐらいご褒美にサボってもいいだろう。
先生にだけは注意して、校舎の中へ足を進める。
するりするりと階段を上って自分のクラスの教室に忍び込んでから、スケッチの準備をした。
教室にいることと、私が病院への通院が常連と化している生徒であること。
仮にバレても教室で休んでましたと嘯いてやろうと目論む私を前に、1つの壁が現れる。
「絵名」
「げっ……何でまふゆがここにいるのよ?」
「ナイトコードでサボりの話、してたから」
「サボるかどうかはわかんないって言ってたじゃん!」
「でもサボった」
そう無表情でズバッと断言されてしまえば、言い返すことなんてできなかった。
事実だから言い返す余地がない、というか。
思わず口を噤んでしまいそうになったが、その時、私に天啓のような抵抗の言葉が舞い降りる。
「ここにいたらあんたもサボりになるわよ。それでもいいの?」
「絵名が戻ったら解決する」
「いや、だから」
「解決する」
「……はい」
しかし効果は全くなかった!
誰だ、天啓とか言ったヤツ。私なんだけど。
そんな馬鹿みたいなことを考えて、まふゆにバレないように溜息をつく。
運動も得意だというまふゆの姿はきっと良い絵になるだろうに、描けそうにないことだけが残念だった。
『次は借り物競争、借り物競争です──』
教室で立っていると、突然、そんなアナウンスがグラウンドの方から聞こえてきた。
「借り物競争? それの次の競技、まふゆの出るやつじゃなかったっけ?」
「うん、そうだね」
私にはもうどのプログラムも関係のない話なのだが、スケッチの下準備でまふゆが出る競技は調べていた。
「そうだね、じゃなくて! 急いで戻らなきゃダメじゃん!」
ある意味、私のせいでまふゆが校舎まで侵入してしまっているのだ。
私のせいで不参加になったら……そんな不安から、私は慌ててまふゆの手を掴む。
私のせいで間に合わないという事態は避けなくては。
その一心で急いで戻ろうとしているのに、後ろにいるまふゆは動く気配がなかった。
何かあったのだろうか?
様子を窺ってみるものの、まふゆはこちらに視線を向けるだけで、異常があるようには見えない。
「おーい、まふゆさーん? 早く戻りたいんだけどー?」
「……絵名は何も言わないんだね」
「いや、こっちは戻ろうって口に出して言ってんでしょ? 私の話、聞こえてる?」
私の言葉を聞いていないのだろうか。
呆れる内心を伝わるように半目で睨み付けると、まふゆは違うと言わんばかりに首を横に振る。
「笑ってなくてもあれ以降、何も言ってこないから」
「あぁ、そっちのこと。確かにあの準備室の件からたまーにその仏頂面、晒してるわね。え、何か言って欲しかったの?」
もしかして、かまってちゃん? と揶揄ってみると、まふゆとしては真面目な話だったらしく、ムッとした反応が返ってきた。
そういうことでもないのはわかっていたが、とにかく今は時間が惜しいので、無視して手を引っ張る。
優等生だと周りに言われているまふゆが、私のせいでボイコットしたとなれば何を言われるか。考えただけでも恐ろしい。
「その疑問を解決するのもいいけどさ。あんたまでサボるわけにはいかないんだから、さっさと歩きなさいよね」
引っ張ってもびくともしないまふゆをもう1度引っ張ると、彼女はやっと歩き出してくれた。
探しに来てくれたのは良いけれど、突然動かなくなったりと手のかかるヤツだ。
わざと見えるように肩を竦めつつ、まふゆが話していた会話を掘り返した。
「で。無表情なあんたを見ても、何も言わない理由だっけ?」
「うん」
「そんなの簡単じゃない。周囲に合わせて笑ってようが、今みたいにムスッとしてようが、あんたはあんた。どっちも朝比奈まふゆだからよ」
別に私みたいに事故に遭って目を覚ましたら記憶を無くしていました、とかでもあるまいし。
優等生スマイルであろうが、仏頂面かまってちゃんであろうが、どちらも同じ『朝比奈まふゆ』だ。
そんな当たり前のことに、一々ツッコむつもりはない。
ましてや、優等生らしくないからとか、笑ってないからまふゆらしくないと周囲が勝手に『まふゆらしさ』を決めつけるなんて、そんなの苦しいではないか。
私だって『絵名らしい』って何なのかと、最初の頃は悩んで苦しんだ過去がある。
今は『意外とありのままでも良いようだ』と結論を出して、頻繁に悩むことはなくなったものの……あの気持ちを相手に押し付けるつもりはない。
そういうのも含めて答えると、後ろから静かな声が聞こえてきた。
「絵名にとってはそうなんだね」
「そういうこと……あぁ、でも。ムスッとした顔の朝比奈まふゆ、略して『ムス比奈まふゆ』にはなってるのかもしれないわね?」
「私の名前、勝手に改名しないで」
「ごめんごめん。まぁ、私にとってはどちらでもいいってこと。貼り付けた笑顔でもその顔でも、楽な方で過ごしなさいよ。まぁ、私から見たら今のまふゆの方が楽そうに見えるけど……その辺はあんたに任せるわ」
引っ張る手をそのままに振り返ると、後ろにはきょとんとした顔のまふゆがいた。
「え、何か気に触ることでも言っちゃった?」
「……わからない」
「いや、それは回答として困るんだけど!?」
何かわかってくれないかと聞き出そうとしても、やっぱりわからないと言われてしまって。
最終的に私の質問責めが嫌になったのか。
まふゆは私の手を振り払い、誰もいないことを良いことに、早足で廊下を立ち去ってしまった。
「あぁもう、何なのよあいつ」
嫌なことや嬉しいこととかぐらいはわからないと、息をすることすら大変だろうに……それすらもわからないというのだろうか。
(あのスケッチブックじゃあるまいし、何をしたらあんなことになるのよ……全く)
お母さんや弟は私の様子がおかしい時、私よりも早くに察知して、気を遣ってくれた。
お父さんは不器用なりに嫌われ役を引き受けてまで、私に必要な言葉を突きつけてくれた。
──家族って、家って、そういう温かい場所なんじゃないの?
そういう家族像が標準であるせいか、まふゆの姿を見ていると無性に腹が立ってしまう。
「こういう時こそ、絵を描きたいんだけどなぁ」
しかし、まふゆに急いで戻らなきゃと言った手前、1人になったとしてもその約束を反故にするのは気が引ける。
結局、手ぶらで暇になりそうなグラウンドの輪へと混ざりに行き。
予想通りに暇になるかと思いきや、競技がない時間はまふゆに絡まれて忙しかった……ということだけは、忘れられない思い出になりそうだった。
実は教室でのやり取りにて『まふゆを描きたかった』と素直に言えば記憶喪失えななんはサボれました。
その代わりにその後のやり取りが無くなるので、今回はこれで正解ってことで。