今回は久しぶりの愛莉さんの番です。
最近、愛莉の様子がおかしい。
何が、と聞かれても何かとは言い難いのだけど、愛莉から頻繁に『最近どう?』とか、近況を尋ねてくるような連絡が来るのだ。
いつもの私なら『私のお母さんじゃあるまいし、そんなに心配しないでよ』とでも軽口を返す……のだけど。
どうも、そういうのとは違う気がして、私は入力しかけていた文字を消し、別の文章を送った。
『そういう愛莉は最近どうなの? 今年の臨海学校、参加するなら一緒にいきたいな~って思うけど』
『ごめんなさい。その日はバラエティー番組の出演と被ってるから、臨海学校にはいけそうにないの』
『そっか、忙しいのにごめんね。愛莉がアイドルとしてお仕事を頑張っているんだから、私も頑張るよ。ありがとう』
メッセージを送れば、愛莉からOKと親指を立てた猫のスタンプが返ってくるので、連絡を返す元気があることだけは、わかった。
だけど。
「愛莉ってば、学校行事に参加できないぐらいには忙しいんじゃない」
高校に入学してからは、ライブどころかテレビ越しでしか会えていない、引っ張りだこのアイドル。それが今の愛莉だ。
きっと、移動教室や体育の授業も忘れて絵を描こうとした私を引っ張って前に進んでくれたのと同じように、アイドル活動も前進しようと手足を動かしているのだろう。
(テレビ番組の出演で忙しいなら、私の方にこまめに連絡しなくても良いって言いたいところだけど……そう簡単に言っていい話なのかな)
1人で浮いてないか、友達はいるかと、まるで一人暮らしする子供を心配するお母さんみたいに、時間を空けつつ送られてくる文字達。
臨海学校どころか、学校にも来るのが難しいぐらい忙しいのなら、私への連絡だって無理して送らなくても良いと思う。
だけど、それが愛莉の気分転換とか息抜きとかになっていたり……もしかしたらと思うと、変な返信ができなくて。
(考え過ぎなら、いいんだけど)
最近の愛莉はどちらかというと、アイドルというよりもバラエティータレントのような売り出し方をされている。
愛莉が所属しているアイドルグループのライブがあっても、高確率で愛莉だけが参加してなくて、ステージに立つ彼女の姿が減ってきているのだ。
それについて、愛莉が納得しているのか?
事務所や同じアイドルグループのメンバーとか、そういう人達に相談できているのか?
頻繁に送られてくる文字列を見ただけで察することができれば……相手の心情が読み取れたら、こんなにも悩まずに済むのに。
余計なお世話かと色々と考えだしたら、体が動かなくなりそうだ。
(最近はライブにも出てこないから、全く姿を見れないんだけど……確か、土曜日にある
カレンダーを見て、何もないことを確認してから私は意を決した。
わからないのなら、直接確かめるしかないだろう。
愛莉は私のことを中学の時から心配してくれる大事な友達だ。
絵を描くのも大切だけど、この違和感を見逃して後悔するよりは、動いて後悔したい。
「うん、行こう」
私は念の為に取っておいたチケットの在処を確認してから、来る日に備えて溜まっている作業に集中する。
──それにしても、私のスランプに目処が立っていてよかった。
そうでなければ、こんな些細な違和感に動こうなんて思わなかっただろうから。
……………………
愛莉が出ているミニライブなら、行ける時はこっそりと見に行っていたりしていた。
たまに絵に集中し過ぎて忘れそうになりながらも、今のところは彰人の声掛けもあって、ライブは愛莉にバレることなく皆勤賞。
……だったとしても、握手会を愛莉にバレないように参加するのは無理だったので、今まで避けていた。
──そういうこともあり、少し遅れて握手会に参加した時にはもう、愛莉の姿がなかった。
近くのスタッフさんに聞いてみた所、ちょっと休憩中みたいですね、とのこと。
休憩中だというのであれば、また出てくることもあるのだろうか。
(私が応援しているのは愛莉だし……もう出てこないのなら帰ろっかな)
周囲を見渡してみて、あのピンク頭がいないのなら仕方がないし諦めよう。
そう思って探していると、スタッフさんが言う通り少しだけの休憩だったのか、握手会から少し離れた所に愛莉が出てきた。
どこか驚くような顔をしつつ、何かを見ている愛莉。
その視線の先には同じアイドルグループのメンバーがいて、ファンの子が楽しそうにライブの感想を言っているようだ。
いつも応援している、明日も頑張ろうって思えたと、とても模範らしいファンの言葉。
それなのに、愛莉には何か思うところがあるのか、彼女の顔に少し陰りが見える。
(愛莉……)
気分を切り替えたのか、握手会に戻った頃にはいつもの笑顔だったものの、あれは見間違いなんかではない。
握手会の時間や周囲のファンの列を見計らって、最後の方に並ぶ。
愛莉がファン1人1人に集中してくれているタイプなのか、私の変装が完璧なのか。
幸いなことに、至近距離まで近づいても愛莉がこちらに視線を向けてくることはなかった。
バレていないのであれば、Amiaに頼み込んで写真を個人チャットに送りつつ変装した甲斐があったというもの。
あの子のファッションセンスは凄く良いし、私が普段しないような恰好を平然と合わせてくれるから、相談者として最適だったのだろう。
さて、次は私の番だ。
素知らぬ顔で愛莉の前に立つと、愛莉の笑みで細められるはずだった目が丸くなった。
「じゃあ、次の人──って、えっ?」
「あ、私ですね。最後のライブからかなり期間が空いていて寂しかったんですけど、元気を貰いに来ました。あ、いつもの桃井ポーズ、お願いしてもいいですか?」
「いやいや、なんで絵名がここに!?」
「……やっぱり、目の前まで来ると流石にバレちゃうか。ところで、今日は1ファンとして来たんだけど、友達だと握手すら無し?」
「友達と握手してどうするのよ……」
やれやれと肩を竦める愛莉に笑いつつも、私は周囲を改めて確認する。
最後を狙っていただけあって、残っているファンもまばらだ。
スタッフさんも最後の方だからか後片付けをし始めているし、これなら話しても大丈夫だろう。
私は愛莉から手持ち無沙汰になっているQTのメンバーへと視線を向けてから、改めて問いかける。
「ねぇ、愛莉。この後、時間取れたりする?」
「え? えぇ。この後はすぐに何かがあるわけじゃないし、お昼を食べる時間があるから大丈夫だけど」
「じゃあさ。愛莉と久しぶりに話したいし、一緒にお昼食べない? 今なら
「…………もう、わかったわよ。片付けとか終わってからね」
「ありがとう、愛莉!」
とりあえず視線を送ってみたものの、気が付いてくれただろうか。
ほんの少しうまくいくか不安になりながらも、私は一旦、その場を後にした。
……………………
愛莉と近くのカフェに入り、後ろからついてきている影を見た私はほっと息を吐いた。
「どうしたの、絵名?」
「あぁ、久しぶりに話すからちょっと安心して。ほら、最近の愛莉ったら結構連絡くれてたでしょ?」
「えー、そうだったかしら?」
高校に入学してから2週間経ってから、3日に1回の近況を訪ねてくる連絡が『結構』に含まれないのは予想外だった。
どうやら本気で自覚がないようで、愛莉は困ったように眉を八の字にしている。
それはそれで大丈夫なのかと心配が勝つが、それを探るのが今日の目的だ。上手く探ってみよう。
「それにしても、愛莉ったら私が前に来るまで全く気が付かないなんて……ファンと向き合う姿勢が素敵過ぎて、心配なんだけど?」
「今回は絵名がズルいわよ。普段じゃ着てなさそうそのシックな服装、年上かと思ったもの」
「この格好をしてなくても、握手会以外ならバレてなかったけどね。今まで愛莉が出てたライブは大体行ってるし」
「嘘、絵名が来てるなんてわからなかったんだけど!?」
愛莉を驚かせてみたり、会話を盛り上げながらランチを食べること数十分。
愛莉の気持ちの糸も解けてきたであろう時間を狙って、私は仕掛けた。
「愛莉ってさ、自分がアイドルで活動していて思ったり悩んだりしてること、事務所の人とかメンバーとかに話とかできてる?」
「え?」
「あんな様子だとできてないって私は思ってるんだけど……当たってる?」
「……そうね、最近はバラエティー番組の出演に忙しいから、あまり話せてないかも」
少し強く押せば、遠慮気味に吐き出される言葉。
後ろで張り付いてきている2人組は心当たりがあるのか、肩を跳ねさせていた。
「ためて良いことがあるのは水とお金ぐらいよ? 関係者に言いにくいって言うんなら、無関係者な私が聞いてあげるけど、どう?」
「絵名って強引な所があるわよね」
「強引な手段で解決するなら、それが1番楽でしょ。それで、どうかな?」
「わかったわよ。別にちょっと引っかかってるだけで、悩み事ってわけでもないんだけど……聞いてくれる?」
じっと目を見て尋ねると、愛莉は観念したのか話してくれた。
皆に希望を持ってもらえるようなスーパーアイドルになるんだと、いつか私にも話してくれた愛莉。
そんな彼女は思い描いていたアイドル像と違っていても、頑張っていれば自分が理想とするアイドルになれると思って活動していたらしい。
しかし、最近の番組の撮影でのファンの声や、握手会のファンの言葉で本当に今のままでいいのかと思ってしまったと。
「──いや、それ、立派な悩みじゃん。すぐにでも誰かに相談しなきゃいけないレベルの問題だけど」
「でも、これはあくまで私がそう思っただけだから」
「それでも違和感があったんでしょ? なら、心配してここまで来ちゃうような仲間には、相談してもよかったんじゃない?」
「え?」
「「愛莉!」」
首を傾げる愛莉に、隠れて様子を窺っていたQTのメンバー2人が愛莉の元に駆け寄った。
「愛莉、悩んでたのならどうしてもっと早く言ってくれなかったのさ」
「自分が情けないよ。私達、同じグループの仲間なのに、そんな話も友達から聞き出してもらわなきゃ気が付かないなんて」
「2人共……ありがとう」
カフェであるにも関わらず、涙目になる3人に私の口角は上へと上がった。
(──いいな、ああいう関係って)
今回の件は事務所側の方針とかもあって、愛莉が相談してみても中々解決するのは難しいかもしれない。
しかし、愛莉にはQTの2人のように、気にかけてくれている仲間もいるのだ。
最終的にどんな道を選んだって、愛莉は自分の夢へと進んでいくことができるだろう。
(私も、できるかな)
そのためにはまずは──歩み寄るところからだろうか。
私にはどうしても怖くてできないところもあるけれど、そこを避ければもう少し、愛莉が築き上げたあの場所に近づけるかもしれない。
今日の握手会は愛莉の様子を見に来るだけの予定だったけど。
愛莉と、QTの人達のあの姿を見ることができただけでも、私に取っては大きな収穫だったと思う。
活動報告にこっそり載せてたifルート案がバレてて驚きました……皆様、よく見てらっしゃる。そこまで閲覧くださり、ありがとうございました。
絡めるのがまふゆさんしかいないし、合唱祭と臨海学校は振り返ってさらっと次回で終わらせます。