イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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31枚目 臨海学校を振り返って

 

 

 合唱祭、テスト、臨海学校と乗り越えて、私はやっと夏休みを勝ち取った。

 

 臨海学校に帰って来てすぐにベッドへ直行……なんてするはずもなく。

 こちらが海で四苦八苦しつつ見世物の練習をしている間にも、送られてくるデモ。

 

 私がどれだけ、絵を描くのを我慢して来たか。

 もう我慢できないぜ! と心の中の何かが叫んでいるので、私は意気揚々とナイトコードのボイチャに入った。

 

 

『やっほー♪ えななん、おかえり~』

 

『お疲れ様。疲れてるだろうし、雪と一緒に休んでも良かったのに』

 

「いやー、無性に人の声が聞きたくて」

 

 

 AmiaとKの声がそれぞれ聞こえてきて、やっと帰ってこれたのだと実感する。

 

 夏休みに入ったせいで家に帰っても彰人はいないし、お母さんはお付き合いで泊まりらしいし、お父さんはいつも通りアトリエにカタツムリのように籠っている。

 

 つまり、帰って来たのにだーれも出迎えてくれないのだ。

 まだ実家暮らしの高校生のはずなのに、気分は一人暮らしの社会人である。

 

 1人寂しく荷物の中身を洗濯機に入れて、許可を貰ってから洗濯して干して、1人でご飯を食べる虚しさといったら……

 

 なんて話をしたら、Amiaには『えななんってば寂しガールだ~』とか大爆笑されるし、普段は反応が薄いKにまで笑われたので、もう絶対に言わない。口が裂けても言うものか。

 

 というか、誰が《寂しがりの女の子(ガール)》で《寂しガール》だ。そこは別にいつもみたいに寂しんぼでよかっただろうに。

 

 私の怒りのツッコミが火を噴きそうになる中、Amiaは笑いながら声をかけてきた。

 

 

『まぁまぁ、明日からは夏休みなんでしょ? 怒らないで楽しいことを考えようよ~』

 

「怒らせたのはAmiaなんだけどね。私は怒涛の学校行事が終わったばかりだから、宿題をしつつゆっくりと絵を描く予定だけど……Amiaは何するの?」

 

『ボク? ボクは夏のイベントとかがあるから、それに参加したりするかな。家に引き籠るえななんとは違って、外に出るんだよね〜』

 

「ちょっと! 人を引き籠りみたいに言わないでくれる!?」

 

 

 人聞きの悪いAmiaに文句を言いつつ、何となく予想できているものの、Kにも話題を振ってみた。

 

 

「ちなみにKの予定は?」

 

『えっと……夏休みとか関係ない、かな』

 

「あぁうん、そのひたむきな姿勢は見習わなくちゃいけないわね。去年と一昨年は外に出てたし、私も今年はひたすら家で描こうかな」

 

『あっれー? えななんってばやっぱり引き籠りになるんじゃーん』

 

「Amia、うっさい」

 

 

 しつこいAmiaを撃退し、ふと、ここにはいないけれどさっきまでは一緒にいた人物を思い出す。

 

 

(雪、夏休み中大丈夫なのかな)

 

 

 美術部はそこまでアクティブな部活じゃないので、夏休みは活動しない。

 ただ、それは吹奏楽部以外の文化部の話であって、運動部は意外と夏休みも活動してるんだとか。

 

 (まふゆ)が所属している弓道部も例外ではなく、何なら塾の夏期講習やら塾・予備校・学校からの宿題もあって、受験生でもないのに夜以外もずっと勉強漬けだという。

 

 

(あいつのお母さん、たぶんあの個展の時の気に入らないって思ったあの人なのよね)

 

 

 他人のことを肩書や称号でラベリングしていたあの女性。

 高校1年生の内から娘の夏休みのスケジュールを勉強で寿司詰めさせるぐらいだから、学力面とかで厳しいのは確かだ。

 

 何なら、友達とかも選ぶタイプかもしれない。

 そんな相手はダメだとか、そういう行動はダメだとか、私だったら1番嫌なタイプの人。

 

 

 そんな妄想に思わず険しい顔になる自分の顔をディスプレイに映していると、Amiaのアイコンが光った。

 

 

『ねぇねぇ、えななんは臨海学校で何したの?』

 

「何って予定通り海に行って、グループを作って発表しただけよ」

 

『へぇ。えななんのグループは何を発表したか聞いてもいい?』

 

「何って、大したことはしてないわよ? 雪と他の子で組むことになったんだけど……2人がバンドしてるらしくて、何故か雪とデュエットさせられたぐらい」

 

『何それ、面白そうじゃん! そういう話が欲しかったんだよね、もっと聞かせてよ!』

 

『あ……じゃあ、私は作業に戻るからミュートにするね』

 

 

 Kが断りを入れてミュートにしても、Amiaは臨海学校のことに興味津々なようだ。

 私の口は臨海学校のことを話しつつも、手は棚に並んでいたファイルを探す。

 

 

(えーと、あった。これだ)

 

 

 ファイルに綴じていたテストの結果を取り出して、私は改めてこの間のテスト順位を確認する。

 最近はそこまで勉強に時間を割いてなかったせいか、悪くもないけど認められるのかと言われたら微妙な順位がそこに刻まれていた。

 

 

(絵を描くのは譲れないけど……保険も、あった方がいいよね)

 

 

 雪も1日頑張っているし、Kはもちろんのこと、Amiaだって生意気にも揶揄っていても、必死に息をしているのだろうから。

 

 まずは私ができることをやっていこう。

 ここを居場所にしたいと思ったなら、まずは私が頑張りたい。

 

 

『ちょっとえななーん。さっきからガサゴソしてるけど、恋愛ソングのデュエットから結局、どうなったのさ~?』

 

「ああ、ごめんごめん。結局2位だったから、その辺どうでもよくって」

 

『ほうほう、2位って結構順位高かったんだね』

 

 

 声質がいいという理由と、楽器をしたことがないという理由で歌担当になったものの、歌に自信がなくて最近になって練習をしていた人間が、優勝に導けるほどの歌唱力なんてなく。

 2番という喜び難い順位を貰って、臨海学校は終わったのだ。

 

 ……正直に言うと中途半端で悔しいところもあるので、暫くは歌の練習もこっそりやっていこうと思う。

 『朝比奈さんや周りの人の足を引っ張っていたせいで1番になれなかった』なんて言われたら、何もしてないと自分に対して腹が立ちそうだ。

 

 そんなマグマのように煮えたぎる内心を知ってか知らずか、Amiaは軽い口調で再び話し出した。

 

 

『いやぁ、でも見たかったなー。合唱祭の為に猛特訓したえななんの成長とか気になるしー?』

 

「……絶対にイヤ。Amiaに揶揄われる未来しか想像できないし」

 

『そんなことないよ。ボク、えななんみたいに捻くれてないもーん』

 

「あぁ、そう。今の発言で『リアルで会ったらグーパンチしたい選手権』で優勝したわよ。おめでとう、Amia選手」

 

『わー、こわーい。これはほとぼりが冷めるまで、オフ会参加拒否しよーっと』

 

 

 やんややんやと盛り上がるAmiaに苦笑いしつつも、私もこの気楽なやり取りには楽しさを感じている。

 

 

(それにしても、Amiaからオフ会の単語が出てくるとは思わなかったな)

 

 

 Amiaは《顔も見えないし、わからない》という関係に、最初の頃は安心していた節があったように思う。

 そんな子がオフ会を匂わせるのだから、少しは距離が縮まっているのかな、とほんの少し嬉しくなった。

 

 こっそりと笑いながら画面を見ていると、今日は3つしかないはずのアイコンが4つに増える。

 

 

『お疲れ様、作業中にごめんね。えななんとAmiaが話してるみたいだから、来ちゃった』

 

『えぇっ!? 雪、今日は休むんじゃなかったの?』

 

 

 私とAmiaはかれこれ1時間ほど話していたらしく、デジタルの文字は2時を優に超えていた。

 それなのに、休むと連絡していた雪が姿を現して、Amiaが素っ頓狂な声を出す。

 

 Amiaの声を聞いている私自身も驚いていて、思わず時計を2度見してしまった。

 

 明日のことを考えると、本当ならば早く寝ろと言うべきところなのかもしれない。

 だけど、態々休む予定を変えてまでこっちに来たということは、何かあったのかもしれないとも考えてしまって。

 

 シャボン玉みたいに浮かんでくる言葉を潰して、言っても良さそうな言葉を厳選した。

 

 

「雪、お疲れ。明日も早いって聞いてたけど……寝れないの?」

 

『えななんにはバレてるよね……うん、ちょっと目が覚めちゃって。2人が話してるみたいだから少しの間、話そうかと思ったの』

 

「寝る時間も大事なんだから、残っても3時までよ。それ以上居座るなら、Kにお願いしてボイチャから追い出(キック)してもらうからね」

 

 

 夏期講習のこともあって念を押したのだが、それを面白そうに指摘するのがAmiaだ。

 

 

『えななん、なんかお母さんみたーい。これはママなんって呼んだ方がいいかな?』

 

「は? 私はAmiaのお母さんじゃないんだけど?」

 

『ふふ、3時までね。わかったよ、ママなん』

 

「いや、雪のお母さんでもないから!?」

 

 

 外面が良いモードの時はノリもいいから、Amiaと組まれると非常にめんどくさい。

 

 画面の前で顰めっ面を晒している自分から目を逸らし、私は音に乗るようにため息を吐いた。

 

 

『あーらら。えななんってばため息ついちゃって、幸せが逃げちゃうぞ~?』

 

「はいはい。必要になった時にまた掴み取るから、今は自由に羽ばたかせときなさい」

 

 

 Amiaの軽口に付き合っていたらただでさえ少ない私の体力が消し飛ぶので、早々に切り上げにいく。

 普段ならもう少し噛みついているのだろうが、体力バカ相手に臨海学校で疲労している体に鞭を打ちたくない。

 

 察しの良いAmiaは疲れて寝落ちなんて醜態を晒すのは嫌だと、体力を使うようなことを避けている私に気が付いたのだろう。

 興味の矛先を再び臨海学校に戻して、雪に話題を振った。

 

 

『ねぇねぇ。えななんから聞いたんだけど、雪って臨海学校で恋愛ソングのデュエットをしたんだよね?』

 

『うん。えななんだけ歌担当っていうのは、大変かなって思ったから。2人で歌うことにしたんだよね』

 

『へぇ、ということは最初はえななん1人で歌うことになってたんだ?』

 

『楽器ができないならって、メンバーの子達は好意のつもりだったみたいだけど……合唱祭の時に必死になって歌の練習をしていたし、不安そうなえななんを見てたらつい、私も歌う側に回っちゃったよ』

 

『あー、想像できる~。任せられたからにはやらなきゃって思いつつも、できるか不安なえななんが想像できる~。ちなみに雪さん』

 

『うん? そんなに改まってどうしたの?』

 

『えななんはよくダイエットの話とかしてるし、日の光も苦手だって言ってるから海とか天敵だと思うんだけど……水着姿で挙動不審になってたり、日光を極端に避けてたりしてなかった?』

 

『ううん、そんなことはなかったよ。でも、体重を気にしてるのに、ラッシュガード*1で肌が隠されていても、折れそうな外見で心配だったかも』

 

「あのさ。こっちが黙って聞いてたら、何であんた達は私の話ばかりしてるわけ……?」

 

 

 臨海学校の話なのだから、そこは雪が感じた臨海学校の話だろう。

 それなのにどうして私の話になっているのか、全く理解できない。

 

 

『だって、雪が話してくれるし~』

 

『私とAmiaの共通の話題ってえななんだから』

 

「もっと他に共通の話題はあるでしょ!? そもそも臨海学校の話をしなさいよ!」

 

 

 そこから何故か軌道修正しても私の話に戻ってしまう会話に四苦八苦しつつ。

 

 2人に遊ばれているのに気が付いたのは、雪がログアウトした後だった。

 

 

*1
宮女の指定している水着ではないものの、記憶喪失えななんは先生に事故の事情を話して許してもらっている。





記憶喪失えななんがいい感じに繋ぎ役になってるので、割と賑やかなナイトコードです。
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