イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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33枚目 ライブ・スケッチ

 

 

 ライブハウスといえば、中に入ればジャカジャカ音が響いているんじゃないかとか。

 薄暗い部屋で怖そうな人を相手に受付をしたり、中に入るとライブの熱狂でちょっと蒸し暑そうとか。

 

 後は一般的にヤバいと言われるような人達が(たむろ)して、『初見の子供・おひとりさまお断り』みたいな、暗黙の会員制みたいなものがあると思っていた……のだけど。

 

 

(冷静になって考えると、ガールズバンドとか高校生バンドとかあるのに、酷い偏見だったよね)

 

 

 恐る恐る扉を開くと、そこに待っていたのは薄暗い部屋ではなく、綺麗なお店だった。

 

 入口でライブのチケットを手渡して、ドリンクチケットとやらを購入して。

 飲み物代としては割高なチケットをジュースと交換してから、ライブハウスの中を彷徨う。

 ライブのグッズ販売コーナーを見て、少しだけ時間を潰してから、更に奥のフロアへ。

 

 

(あ、そういえば服装とかペンライトとかどうなんだろ。ライブハウスに行ったこともあるって言ってたクラスメイトに聞けばよかった)

 

 

 愛莉と一緒に行った映画館のような感覚というか、あまりにも事前情報を調べずに来てしまったことに少し後悔。

 

 そもそもペンライトとかが必要なのは、アイドルとかのライブだったか、どうだったかと悩みながらスケッチブックを取り出すと、隣から声をかけられた。

 

 

「……あの、ハンカチ落としましたよ」

 

 

 声の方へと目を向けると、中学生ぐらいの女の子が私のハンカチを手に持っていた。

 

 少しハネ気味な短めの銀髪に、翡翠色の鋭い目が気難しそうな猫に見える。

 パーカーを着こなしていて、いかにも私が想像できる範囲の『バンドをしてそうな人』ってイメージの服装だ。

 

 ライブハウスとかに通い慣れてそうだ、と勝手な偏見のコメントを心の中で添えつつ、私はハンカチを受け取る。

 

 

「ありがとうございます、鞄から取り出した時に落としちゃったんだと思います。助かりました」

 

 

 会釈するように頭を下げると、銀髪の少女は緩く首を振った。

 

 

「いえ。このライブの思い出が『ハンカチを無くした』なんて、もったいないですから」

 

「あはは、そうですね。初めてのライブハウスの思い出がマイナスにならずに済みそうっていう点でも、あなたには感謝しなくちゃいけませんね」

 

「! ……このライブが初なんですか。loliteが初めてなんて、それはいい時に来ましたね」

 

「いい時?」

 

 

 首を傾げる私に対して、銀髪の少女は涼し気でありながらも、目には熱を持っている状態で話してくれた。

 

 

「はい、loliteはメジャーデビューしてからライブハウスでのライブは少なくなってきていたのですが、今日のライブは久しぶりに古巣に戻ってきてくれたんです」

 

「へぇ……それは確かにいい時ですね」

 

 

 まさか、ばったり会って偶然頂いたライブのチケットが、そんな貴重なものだとは思ってもみなかった。

 

 ……これは後でお金を支払った方がいいだろうか。

 

 そんな無粋なことを思わず考えてしまっているのと同時に、ある可能性に思い至ってしまった。

 

 

「あの、初めてで勝手がわからないんですけど……やっぱりこういうライブって撮影禁止なんですか?」

 

「あぁ。確かに日本はメジャーで活躍してる人のライブは撮影禁止の場合が多いですけど、今回のライブは数日前に撮影しても良いって許可が出ているので大丈夫ですよ」

 

 

 いつもはダメだけど、今日のライブだけは良いだなんて。

 あまりにもタイミングが良過ぎて、私のことを気遣ってくれたのでは? と考えてしまうのは思い上がりだろうか。

 

 なんにせよ撮影禁止の場合は当然、写生もアウトなので約束を守れそうでほっとする。

 スケッチブックを持っている不審者にならなくてよかった。

 

 

「……もしかして、ライブの絵を描くんですか?」

 

 

 まさかライブハウスにて、スマホやカメラで撮影ではなく、スケッチブックと鉛筆を取り出す人がいるとは思ってなかったのだろう。

 

 少女の鋭い目が中和されるぐらい丸くなり、見ただけでわかる程、驚いたような顔をされる。

 

 スケッチブックを持つなんて、そんなにビックリすることなのか。

 ならば、ストリートパフォーマンスの時に絵を描いていた自分はかなり浮いていたのだろうな、なんて後から気がついてしまって、私は思わず苦笑した。

 

 

「メインは見ることなんですけど。描いて欲しいと言われたので。自分なりにベストは尽くそうと思ってます」

 

「そうですか。いいですね、私も楽しみにしてます」

 

「そうですか? なら、ピクシェアで投稿した方がいいのかな……えっと、loliteってピクシェアでのタグとかあるんですか?」

 

「えぇ、ありますよ。この辺がよく使われるんですけど、イラストも今回のライブの感想って意味なら、こっちでいいと思います」

 

 

 どうやら目の前の少女は私が想像していたよりも、このバンドに詳しいようだ。

 ついでに色々と知らなかったことを聞いてみると、彼女はスラスラと淀むことなく答えてくれる。

 

 その上、今回のライブの見どころだけでなく、どこに注目して自分なら見るかなど、年齢が近いということもあってか少女は楽しそうに話してくれて。

 どれもこれも勉強になるし、ライブの前で少し暇だったこともあって、私はうんうんと聞き入ってしまった。

 

 

「あっ……すみません。つい、話し過ぎてしまいました」

 

 

 淡々としたようにも聞こえるのに、強い熱を感じる語り口調から一転、少女の声は聞き取りにくいぐらい小さくなって謝罪を紡いだ。

 

 

「謝らないでくださいよ。すごく参考になりましたし、お陰でもっと良い絵が描けそうなんです。こっちがありがとうって言わなきゃいけないぐらいですから」

 

「……それならよかったです」

 

 

 はたから見れば初対面だと言われても信じるのが難しいぐらい、話が盛り上がっていたのだ。

 相手もあんなに話してしまって大丈夫なのかと、不安に思ってしまったのかもしれない。

 

 

(調子に乗って聞き過ぎたなぁ。悪いことしちゃった)

 

 

 耳をほんのりと赤く染めて、口を一文字に結ぶ少女に対して、ほんの少しの罪悪感を覚える。

 そろそろライブも始まるし、これ以上話を聞くのも難しいだろう。

 

 銀髪の少女だって気まずいだろうから、私はこの場を離れることにした。

 

 

「話、ありがとうございました。それでは、お互い楽しみましょうね」

 

 

 軽く会釈してから、私は後ろの方──壁沿いの場所へと移動する。

 他の観客の人の邪魔にならないことだけは意識してスケッチブックを取り出すと、周りが薄暗くなった。

 

 どうやらライブが始まるらしい。

 私は周りの観察できるように体を壁に預け、何一つ見逃さないように目と耳に神経を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後。

 私は少女やギターの人と再会できなかったのだが、loliteのライブを夢中になって楽しんだ。

 

 演奏するバンドの人達と、観客が作り出す世界。

 

 動画の音楽とも、絵の世界とも違う熱狂的なあの場所は、不思議と私の胸を弾ませ、息をするのも忘れそうになる彼女達の世界へと引き込まれた。

 私も見た人に世界観を感じてもらえるような絵を描きたいと、強く思うぐらい良い音の芸術だったと思う。

 

 

 ──『ライブハウス』という箱庭だからこそ彩られた世界を、その世界の主人や観客(住人)を、どう絵の世界に落とし込もうか?

 

 

 Kの曲とはまた違う難しい課題を前に四苦八苦しつつ、なんとか25時までに完成させた私はその絵にタグをつけて、ピクシェアにアップした。

 

 

(今の私にできることはやったし。この気持ちがどうか、届きますように)

 

 

 今日は素敵な世界を見せてくれてありがとう、と。

 そんな感謝を込めた絵を描いたことで、また1つ、私は何かを掴めたような気がした。

 

 

 

 

 

 そして、25時。

 私は大慌てで準備を終えた私は慌ててナイトコードを開く。

 

 

「お疲れー、って、もう全員揃ってるじゃん。遅れてごめん!」

 

『あっ、えななんおつかれー。今日はボクらが早かっただけだよ〜』

 

『うん、えななんは時間ぴったりだから大丈夫だよ』

 

 

 Amiaと雪に声をかけられて、Kも全員揃ったのに気がついたのか、声を出す。

 

 

『じゃあ、全員揃ったし今日も作業を始めようか』

 

 

 その言葉で、私達の活動が今日も始まった。

 Kと雪は早速ミュートにして、個々人で行動し始めて、私とAmiaだけが残る。

 

 今日はAmiaと動画の骨組みを作るために会議をする日なのだ。

 

 

「Amia、早速動画の方向性を決めよっか」

 

『あ、その前に。えななんの絵のアカウントを見たから、その話をしても良いー?』

 

「もしかして今日、投稿した絵を見たの?」

 

『うん! あれ、今日あったライブのイラストらしいね。えななんが引き籠もってばかりじゃなくて安心したよー』

 

「余計な言葉が多いわよ。私だってK達の曲の世界を作るために、色んなことに挑戦してるんだからね?」

 

『──うん、そうやって変わろうって頑張れるんだから、えななんは凄いと思うよ』

 

 

 いつもの揶揄い文句だろうと軽く流そうとしたら、意外なことに返ってきた言葉は真面目そのもので。

 私の感覚が間違いなければ、Amiaが望む返答は真面目なモノではないのだろう。

 

 Amiaの雰囲気の変化に鈍感なフリをして、頭をフル回転させた私はそれらしい言葉を絞り出した。

 

 

「Amiaだって頑張ってるでしょ。もう、そうやってすーぐ褒められようとして! 一々言わせないでよね!」

 

『……えー、偶には褒めてくれても良いじゃん。えななんのケチー』

 

「ケチで結構。ほら、早く動画の案をまとめるわよ。じゃないと動画が投稿できなくなっちゃう」

 

『あはは、そうだねぇ。ちゃんと考えないと、えななんが怒られちゃうよね』

 

「何で私が怒られる前提なのよ。でも、もしも怒られるのなら連帯責任だから。絶対に足首掴んでAmiaを巻き込んでやるから、覚悟しなさいよね」

 

『わー、怖い。これは真面目に考えなきゃだね』

 

 

 いつもの調子に戻ったらしいAmiaにホッと胸を撫で下ろす。

 

 

(私の考え過ぎなら良いんだけど……そうだった試しがないのよね)

 

 

 1回、記憶を全損した経験がこんなところで生きてます、とでも笑えばいいのやら、変なところで勘が働く。

 とはいえ、動こうにも顔も何も知らない相手にどうすればいいのかわからない私は、今まで通りに接することを選ぶことしかできなかった。

 

 

 せめて私と同じように、Amiaにとってもこのサークルでの楽しい時間でありますように、と勝手に願って。

 

 Amiaとの話し合いで決まった方向性の絵を完成させるために、ペンを握り締めた。

 

 





一体、何野森さんがいたんでしょうか……お姉さんの方かもしれないし、星とか天とか月の森さんかもしれませんし(すっとぼけ)
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