イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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メインストーリーまであと少し。
今回はさらっと文化祭の話です。



38枚目 敵わないけれど

 

 

『じゃ、ボクは先に寝ることにするね。おやすみ~』

 

「お疲れー、ちゃんと休みなさいよ」

 

『Amia、お疲れさま』

 

 

 Amiaがログアウトして、Kと私だけがナイトコードに残った。

 雪は模試があるとのことで既にログアウト済みだ。

 

 私も動画用のイラストを描いていたし、Kも曲を完成させるために集中していて、暫く無言の時間が訪れる。

 

 

『えななん、いる?』

 

 

 まだ暗かった外からほんの少し明かりが見えてきた頃ぐらいだろうか。

 念のために最大音量にしていたイヤホンから声が漏れていて、私は慌てて椅子に戻った。

 

 

「遅くなってごめん、ちゃんといるよ。資料取りに行ってただけ」

 

『ううん、急に声をかけてごめんね。久しぶりに余裕がある時にえななんと2人きりになったし、少し話そうかなって思って』

 

 

 珍しい。

 そんな言葉が口から零れそうになって、慌てて口を塞ぐ。

 

 Kの方から曲や動画でもない話を振られること自体、そこまでないのでビックリしてしまった。

 私がKの私生活に口を出して、辟易されているかもしれないし、2人で話すのも実は億劫なんじゃないかと思うこともあったけれど。

 

 そんな私の考えなんて知らないKは、特に気にしている様子もなく話しかけてくる。

 

 

『えななんは最初に言ってたスランプは大丈夫? わたしは全然そういう風には感じないけど、抜け出せてるのかな』

 

「うん、その辺りは大丈夫。まだまだ足りない部分は多いし、やっとスタートラインに立つことができたかなってところだけどね」

 

『そっか、よかった。えななんは皆のことを気にかけてくれているけど、えななん自身はどうなんだろうって……ちょっと心配だったんだ』

 

 

 まさかKの方から心配されるとは思ってなくて、じっと飾り気のないKのアイコンを見つめた。

 

 

「もっと早くそういう話をKにしたらよかったかも。ごめんね」

 

『わたしも2人がいる前で聞くのはどうかと思って、遠慮してたから。お互いさまだね』

 

「K……ありがとう」

 

 

 画面の向こう側はわからないものの、初期のトゲトゲハリネズミからは随分と柔らかな声になった気がする。

 まだまだ棘はあるのだろうけど、それも少しずつ改善されれば上出来だろう。

 

 

(そういうKだって、自分のことよりも他人を救うことを優先してるんだし……いつかは、自分も優先できるようになるといいな)

 

 

 私にとって、ニーゴは大切な場所だから。

 Kにも自分のことを考えてほしいと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は宮益坂女子学園の文化祭の日だ。

 そのせいなのか朝から生徒だけでなく見知らぬ人も出入りしており、少し落ち着かない。

 

 そんな調子でそわそわとしつつも校門付近で相手を待っていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。

 思わずその場で小さく飛び跳ねつつも振り返れば、中学時代に見慣れたピンクの髪が満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「絵名、久しぶりね!」

 

「び、ビックリしたぁ……久しぶり、愛莉」

 

 

 ドキドキと煩い胸を抑えて愛莉の顔を見るものの、そこには負の感情を感じられない。

 

 バラエティータレントとして芸能界で売り出したい事務所側と、アイドルがメインでその為のバラエティー活動だと主張する愛莉。

 

 事務所と最後まで折り合いがつかず、収録まで漕ぎ着けていた愛莉のソロ曲が勝手に白紙に戻されてしまったことが決め手となり、愛莉は事務所を辞めてしまった。

 

 相談もなくバラエティータレント路線に切り替えようとして、ならばアイドルとしての準備は不要だからと勝手に切り捨てていった事務所側。

 いくら愛莉がバラエティータレントとしての才能があったとしても、本人に黙ってアイドル路線を切り捨てるのは話が別だ。

 

 事務所が信用できないとやめることになった愛莉は、アイドル活動も今は実質、引退中。

 

 今まで培ってきたイメージから、他の事務所でも『アイドルの桃井愛莉』ではなくて『バラエティータレントの桃井愛莉』を求められるので、復帰に苦戦しているらしい。

 

 そういう事情も知っていたので、愛莉が落ち込んでいないか心配していたのだが、表面上は元気そうだった。

 

 

「絵名、心配してくれてるんでしょ。顔に出てるわよ」

 

「え、嘘!?」

 

 

 ペタペタと自分の顔を触って気が付く。

 

 これ、もしかしなくてもただ鎌をかけられただけで、私の行動でその通りですと証明しただけなのでは?

 

 恥ずかしいぐらいの間抜け具合に顔が熱くなる。

 絶対に今の私は真っ赤だ。茹でられた蛸にも負けないかもしれない。

 

 

「状況としてはあまり大丈夫だとは言えないのだけど……話し合わないままやめていたことを考えると、気持ち的にはこれでも楽なのよね」

 

「その言葉、本当に信じていいの?」

 

「少なくとも、わたしはそのつもりよ。今はバラエティータレントとしてのイメージでアイドルとして出るのが難しいんだけど……それでも、絶対にアイドルとしての桃井愛莉を認めてもらうから!」

 

「……そっか。応援してるし、アイドルの桃井愛莉が復活するのを楽しみにしてる」

 

「ええ、パワーアップした桃井愛莉を絵名にも見せるから、気長に待ってちょうだい。それで、絵名は午後から当番なんだっけ? なら、午前中は羽休めの為にも付き合ってもらうわよ」

 

「もちろん。私も愛莉と文化祭を回るの、楽しみにしてたんだから」

 

 

 この様子なら、大丈夫そうだ。

 

 自然体で良い笑みを浮かべている愛莉にホッと胸を撫で下ろし、私は愛莉と文化祭を回ることにした。

 

 本当ならまふゆとも回りたかったのだけど、愛莉(他人)がいると聞いて遠慮されてしまった。

 聡いあいつのことだから、私が愛莉を心配しているのに気がついたのかもしれない。

 そう考えると悪いことをしたなとは思うけれど、後の祭りである。

 

 お化け屋敷と、何故か女子高に存在する執事喫茶。

 自分のクラスの飴細工とかも冷やかしつつ見て回って、最後に部活が披露している見世物へと向かう。

 

 吹奏楽や演劇部、ダンス部などは体育館なので後回しにして、写真部や家庭科部、茶道部といった展示物を見るところがメインのところを回る。

 

 愛莉が所属している茶道部も今年は茶道体験ではなく、茶道の道具や生徒がまとめたらしい茶道の歴史についての紙が壁一面に張り付けられている。

 

 

「愛莉の展示資料がなかったのがちょっと残念だけど、茶道部の展示物が博物館みたいになってたわね」

 

「茶道部の先輩方が張り切っちゃってね……今年は趣向が違うのよ」

 

「そうなんだ。今回の出し物、愛莉個人はどう感じたの?」

 

「……正直、わたしが主導できるなら、来年は去年と同じ茶道体験に戻したいわね」

 

「あれはあれで面白いとは思うけど、毎年は大変そうよね」

 

 

 さすがに茶道部の前で堂々と言うことはできないので、離れた廊下でお互いの感想を交換する。

 文化祭のあれやこれやで盛り上がりながら、最後に美術室へと足を運んだ。

 

 

「さーて、絵名の作品はどれかしら?」

 

「真ん中にあるからすぐにわかるよ」

 

 

 ミライノアートコンクール受賞者という肩書きは私の中では黒歴史に近い。

 

 しかしアマチュアの中学生がお情けの賞であれ、受賞したというのはあまりにも重く。

 スランプを抜け出して赤ん坊のようによちよちとしか歩けない私の絵は、恥ずかしながらど真ん中に飾られることになってしまった。

 

 私が意識していることもあり、見学している人達の東雲という単語を耳が丁寧に拾い上げ、頭に届けてくれる。

 人間として欠けたら大変な機能なのかもしれないが、今だけは全くありがたく感じなかった。

 

 

「あの女の子の絵が絵名の作品ね!」

 

「うん、あれあれ」

 

 

 イラストが好きだとか、美術は授業以外にやったことはないとか、後は幽霊な子がいて、1人だけ浮いているようにも感じる絵。

 

 手を抜くのは論外なので仕方がないとは思うものの、イラストを描いてる子達に比べると、そこまで人気はないと思っていたのだが。

 

 

(あれは……まふゆ?)

 

 

 私の絵の前でじっと絵を見ている、見慣れた紫髪。

 まさか私の絵の前に、1人で佇んでるとは思わなくて。

 

 目を見開いている自覚のある私の意識を引き上げたのは、いつの間にかスマホを片手に「ああっ!?」と大きな声を出す愛莉だった。

 

 

「え、何? どうしたの?」

 

「ごめんなさい。わたし、予定を勘違いしてて……この後、クラスの方に集まらなきゃいけないみたいなの!」

 

「そうなの? なら、しょうがないわね。愛莉のクラスはカフェだっけ? 頑張ってね」

 

「本当にごめんなさい! この埋め合わせは必ずするから!」

 

「気にしないで。ほら、待たせてるなら急ぎなよ」

 

 

 慌てて走り去る愛莉の背中に、いってらっしゃいと手を振って見送る。

 

 煩くしてしまったが、これで私も1人になってしまった。

 しかもタイミングが良いのか悪いのか、現在の美術室には私の絵を見ていたヤツしかいない。

 

 

「絵名、相変わらず煩いね」

 

「……あんたは初手から喧嘩売るわね」

 

 

 誰もいないことを良いことに、喋りかけてきたまふゆには優等生スマイルが張り付いてなかった。

 

 まふゆが視線を私から絵へと戻すので、彼女の隣に並び立つ。

 一瞬だけこちらに視線を向けるものの、まふゆの目はすぐに前の絵へと吸い込まれていった。

 

 

「私の絵、気に入ってくれた?」

 

「まだ、わからない」

 

「……そっか」

 

 

 今回の文化祭の作品のテーマは『朝比奈まふゆ』である。

 流石に見た目は全くの別人にしたものの、何を詰め込んだのかも忘れるぐらい大量の物を押し付けられた箱を持った少女の絵は、私から見たまふゆの姿のつもりだ。

 

 少女が持っている箱は乱雑な玩具箱のように、溢れそうになっている。

 それでも、誰かの手が溢れそうな少女の箱に道具を突っ込んだり、箱の中身を取っていってしまったりしている。

 手に好き放題されている少女はというと、何を考えているのかわからない無表情で、佇んだまま。

 

 周りの色は暖色を使っているのに、瞳の中だけ暗い色とぐるぐるとした色の塗り方で少女の渦巻いている『ナニカ』を表現してみたり、他にも工夫はあるけれど。

 

 

(まふゆをイメージして描いた渾身の絵だし、少しはこいつの感情を動かせると思ったんだけどな……)

 

 

 スランプを抜け出して、前を歩き出した今なら。

 まふゆという人物を見てきた私なら。

 

 もしかしたら、Kの曲じゃなくてもまふゆの心を動かせるかもしれない……なんて考えは、思い上がりだったのだろうか。

 

 

(やっぱり、天才(K)には敵わないし、探し物のヒントにすらなれやしないのかな)

 

 

 Kにとっての雪はネット上で顔も知らずにサークル活動をしている関係だし、相手の事情も詳しくは知らない。

 だが、Kに話せばきっと、まふゆを救う曲を作ろうとしてくれるのは容易に想像できる。

 

 朝比奈まふゆのことを知ったKならば、Kはまふゆ自身を見つけるような曲を作ることができるのかもしれない。そんな予感がある。

 

 

(だからって、それに甘えて良い理由にはならないって思ったんだけど……悔しいな)

 

 

 ──私はやっぱり、天才に敵わないのだろうか?

 

 そんな弱音がひょっこりと顔を出すので、小さく首を振って追い払う。

 

 

(違う。才能の差だって経験や知識(センス)で縮めることはできるはず)

 

 

 合格点さえとっていれば、ギリギリだろうが満点だろうが合格なのは変わらないのと同じように。

 才能を貰っていなくても、それに近いことはできるはずだから。

 

 絵名ならきっと、届くまでやり切るだろう。だから。

 

 

(やらない理由はない。もっと他にできないか、考えなくちゃ)

 

 

 隣でぼんやりと絵を眺めているまふゆを盗み見しつつ、私は両手を握り締めた。

 

 

 





そろそろメインストーリー編に入ります。

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