クリスマス過ぎてからのクリスマスの話です。
『ジングルベ~ル、ジングルベ~ル♪』
「Amia、クリスマスは明日よ。歌ってもサンタさんは来ないんだから、延々とジングルベルを繰り返すのはやめて」
ナイトコードのボイチャにて、Amiaの呑気な声が延々と聞こえてくる。
ミュートを外した私は、とうとうAmiaにツッコミを入れることにした。
『えぇ~、そんなの言われたって困るよ。だって明日はミアのクリスマス特別グッズが届くんだもん、楽しみじゃないはずないよね!』
「それ、なんだっけ……Amiaが好きなアニメか主人公の名前だったような」
『好きなのは確かだけど、ミアはライバルの名前だし、アニメの名前は『ミラクルマジックガール☆ララ』だよ!』
「そうそう、ミラマジね。Amiaが『ミアマジってお姉ちゃんと同じ間違いしないでよ~』って言ってた記憶があるわ」
『何でそんなことだけ覚えてるのさ、もー』
余計に元気になってしまった声にやってしまったと後悔が押し寄せてきた。
私もKや雪のように黙っていたら良かったかもしれない。
いや、でもあんなジングルベルジングルベルと洗脳のような言葉を繰り返されるのも辟易するし。
頭の中で後悔と言い訳が討論をしている間に、Amiaは満足したのか話題を変えてきた。
『そういえば……えななんはクリスマス、何する予定なの?』
「その日は友達とクリスマスパーティー。で、イブの日はSNS映えするブッシュドノエルを作って、家族でパーティーね」
愛莉がちょうどフリーなので、久しぶりに2人でクリスマスお菓子パーティー予定だ。
その為に最近はちょっとお菓子の制限をしていたし、鎖を解き放つ時が来たのである。
『へぇ、パーティーか。ボクも明日はクリパしようかな。サンタさんは来てくれないけどねー』
「え、Amiaって赤い装束で白い毛だらけの不審な男を自室に招き入れたい趣味なの?」
『……えななん、表現に悪意があるよ。そんな夢のない言い方、子供の前でしちゃダメだからね?』
「流石に小さい子にそんなことは言わないわよ。でも、大きくなってもサンタさんが来るとか来ないとか、そういう話をしてるとつい、言いたくなるというか」
『全く、うちのえななんは随分とドライだよね。心もお肌もカラカラ砂漠だよ。そんな調子だと絵具もカラカラになっちゃうぞ~?』
「ちょっと、そこで肌は関係ないでしょ!? しかも最後のは地味に困るやつだし!」
こっちは毎日、朝と夜とで化粧水は欠かしてないし、その他スキンケアも夜にしているというのに、なんという屈辱。
カラカラ砂漠なんてゲームとかに出てきそうな微妙な罵倒にムカつく気持ちを抑え込み、念の為に席を離れる。
……絵具は大丈夫そうだ。良かった。
素知らぬ顔で席に戻り、わいわいと元気に喋るAmiaとの会話に復帰した。
『そういえばさー、この前のMVの感想見た?』
「見た。全部スクショして残してる」
『わぁ怖い。悪口書き込んだやつは呪ってやるってコト〜?』
「別に。どういうところが好評だったのか、逆にどういう部分が不評なのかまとめて、今後の参考にしようと思ってるだけ」
『へぇ~。えななんって絵に関しては悪口とかにも強いし、真摯に受け止めるよね』
「反省できるだけありがたいじゃん。こういうのは反省できなくなった時が1番怖いのよ」
あの悪魔的アイテムから何を貰ってここにいるのかわからないけれど、やっぱり私は東雲絵名の中学までの記憶を消して、ここにいるわけで。
絵名として生きているのだから、過去の自分よりも成長しましたよと伝えられるぐらい成長しないと、
そう思えば、批判も何もかも私の成長できる『余地』なのかなー、とも思うわけで。
「あ、でも。絵以外の悪口とか誹謗中傷とか、度が過ぎてるかなーって思った時は絶対に許さないからね。画面越しで安全だと油断してるその間抜け面を、後悔と恐怖で歪めてやる……」
『おぉう。えななんもライン超えしたら怖いタイプだったんだね』
「いや、基本的にラインは超えたら誰だって怖いと思うわよ?」
それがわからないのか、理解できないのか。自分だけは大丈夫だと思い込む愚か者が、この世の中に存在しているだけだ。
窮鼠猫を噛むということわざがあるのに、大丈夫だと思うのは思い上がりも甚だしいと思うけれど、そこは個人の自由だろう。
悪いことをしてラインを超えてしまった後は、自由という権利を行使したの責任を取らされるのみ。それだけである。
『最近は感想も沢山あるし、動画の再生数も6桁あって安定してきたよね』
「元々の曲が良いし、当然よね。でも、まだまだサムネイルの引き付けが弱い気がするし、もっと工夫しなきゃ」
幸いなことに、数カ月の間でKの曲の世界観を表現しつつ、視聴者達の引き込みが良さそうな絵の研究データは少しずつ溜まってきている。
それを上手く自分の絵に溶け込ませて、自分のモノにしてしまえばもっと多くの人がタップしてくれる可能性が上がるはずだ。
サムネイルは動画の顔である。第一印象で掴めなければ視聴者は増えない。
口コミで増えるのを待つだけではダメだ。自分から動かずに手に入れた成功に、未来はない。
もっともっと、K達の作るモノに、それ以上だと思われるような絵を描かなければ。
(その為には先生にも頼ってみよう。絵の方向はいつも通り雪平先生に、ネットのバズとかは南雲先生の方が詳しいだろうし、ヒントを聞き出してみようかな)
机の上に常備しているメモ帳に要点を書いて、意識を会話へと戻す。
『──うんうん、ボクももっと良い動画を作りたいし、その為には早くクリスマスになってもらわなきゃ!』
「それ、Amiaの願望でしょ」
『あ、バレた〜?』
「バレないと思ってる方がどうかしてるわよ」
結局戻って来た会話にため息を1つ。
サンタクロースは良い子に欲しいプレゼントを与えると言うが、どうして。
──どうして紫色のサンタクロースは、子供が悪い子になったと決めつけて、大切なものを奪ってしまうのだろうか?
……………………
次の日の25時。
いつも通り4人集まって、作業を始めようと話し始めた時のこと。
「……ん?」
『えななん、どうしたのー?』
首を傾げて違和感の原因を探していると、イヤホンからAmiaの声が聞こえてきた。
『何かあった?』
「ううん、なんか変な感じがしたんだけど、気のせいだったみたい。AmiaもKもありがとう」
AmiaとKの声からは特に何も思わない、のであれば……
『明日から冬休みだし、気が緩んで疲れが出たのかもね。あまり無理しちゃダメだよ』
ワントーン高く作られた雪の声を聞いて確信した。
この違和感の正体は雪だ。
いつも通りに聞こえるが、優等生もそうでない雪も知っている側からすると、言葉にできない引っ掛かりを感じる。
「……そうね。今日はいつもより早めに上がるわ」
明日の愛莉とのクリスマスパーティは夕方からだ。なら、午前から昼間ぐらいまでは私の方は大丈夫。
頭の中で予定を確認した私は、雪個人の方へ《明日、午前中に会うことはできない?》と送信する。
たっぷり20分。
絵を描いている間に《10時からでいいのなら》と返ってきたので、慌てて《じゃあシブヤ公園で会おう》と文字を送信した。
☆★☆
──翌日。
珍しく誰もいない公園にて、私とまふゆは2人並んでベンチに座っていた。
クリスマスだし、朝早くに練習している人ならともかく、時間が過ぎてしまえば帰ってしまうのかもしれない。
好都合な状態に感謝しつつ、ほんの少し陰ってしまっている無表情に目を向けた。
「まふゆ、呼び出してごめんね」
「予備校は夕方からだから、大丈夫」
「ならいいんだけど。それで、その……昨日の様子が変な気がしたから呼び出したの。もしかしたら、まふゆに何かあったんじゃないかって」
心配になって。
そう言い切る前に、まふゆの顔色がガラリと変わった。
誰が見てもおかしいと感じる真っ青な顔に、私も動揺してしまう。
表情だけはいつもの無表情から全く変化していない。
でも、それは我慢しているのだとわかるぐらい、まふゆの呼吸が荒くなっている。
何があったのかわからない。どうするのが正解なのかも不明だ。
だけど、私は自分の中にある衝動に従って、今にも過呼吸になりそうなまふゆを強く抱きしめた。
「絵名……?」
「頑張ったね。まふゆは悪くないよ」
「……」
「だから、我慢しなくてもいいんだよ。ゆっくり、吐き出してごらん」
「っ。えっ……絵名、えな。私、捨てられて。謝らなきゃいけないことが、あって……!」
「私はここにいるし、話も聞いてあげるから、落ち着いてから話そっか。何があっても一緒にいてやるから。大丈夫だからね」
聞き逃してはいけないとんでもないワードが聞こえてきたが、まふゆが苦しそうに言葉を吐き出しているのだ。今は言いたいことをぐっと飲み込む。
震える背中を赤子を宥めるように軽く撫でて、開いている手で倒れそうなまふゆを支える。
ゆっくりと、落ち着くまで声をかけ続けた甲斐もあって、まふゆの呼吸が落ち着いてきた。
今なら話を聞けるだろうか。改めて、私はまふゆと向かい合う。
「で。謝らなきゃいけないことってどうしたのよ?」
「……怒らない?」
「怒らないから」
「本当?」
「本当」
どれだけ腹立つことを言われても、今は飲み込むつもりだ。
そんな気分で頷くと、まふゆは恐る恐る口を開いた。
「お母さんに絵名から貰った兎のぬいぐるみが見つかって、私には必要のないものだからって、捨てられた。折角絵名がくれたものだったのに……止められなかった」
「そっか」
「必要のないものだって言われた時に、言い返せなかった。悪い子だって言われたくなくて、お母さんを悲しませたくなくて……ごめん、ごめんね、絵名」
「まふゆは何も悪くないじゃん。悪くないんだから、謝らなくていいわよ」
──むしろ、私の方がまふゆに謝らなくてはいけないのに。
きっと、まふゆが自分をわからなくなったのには理由があったのだ。
傷つきたくないとか、痛みからの逃避だとか。嫌なことがあって、積み重なって。
自分がわからなくなることによって、無意識に自分を守ろうとしていたのなら?
心を守るために何も感じないようになったのに、何も解決していない状態で殻に穴を開けてしまったのならどうなる?
(私が中途半端に関わっちゃったから、まふゆは今、傷ついてる。私が余計なことをしなければ、苦しむこともなかったかもしれないのに)
しかし、既に賽は投げられた後だ。
後悔している暇があるなら進むしかない。
「まふゆ、今日は何の日だと思う?」
「クリスマスじゃないの?」
「そう。だから、大事にしてくれてたものを捨てられても、泣かずにいた良い子にプレゼント」
本当は兎の方を渡したかったのだけど、景品になかったので、代わりにクリスマスバージョンの猫の吸血鬼風ぬいぐるみをまふゆに差し出す。
「兎じゃないのは申し訳ないけど」
「これ、怒ってるときの絵名みたい」
「はぁ!?」
「……怒らないんじゃなかったの?」
「くっ……今も有効だったのね、それ」
吊り目な猫のぬいぐるみを受け取ったまふゆが、こちらにぬいぐるみの顔を向ける。
猫の目を観察しても、やはり私には似てるという感覚はわからなかった。
(まぁ……まふゆの様子もマシになったし、今のところは大丈夫かな)
安心はできないけれど、今この瞬間は大丈夫そうだと胸を撫で下ろす。
まだ、時間はある。それまでに少しでもまふゆの望みが叶うかもしれないという希望を届けなければ──
(そうじゃないと、まふゆがいなくなっちゃうかもしれない)
恩人だから、友達だから、同じサークルのメンバーだからと言い訳をつけて、私が中途半端にまふゆの魔法を解いてしまったから。
(自分のせいで誰かがいなくなるなんて嫌だもの。少しでも長く、繋ぎ止めなきゃ……)
無表情でありながらも嬉しそうな雰囲気を出しているまふゆを見て、私は両手を強く握り締めた。
まふゆさんの幸せタイム、終了のお知らせ……
次回からやっと、メインストーリーが始まります。40話目にして初の全部まふゆさん視点です。
以下、章が変わるのでオマケを載せてます。
《記憶喪失えななんによるニーゴメンバーの印象》
K……第一印象が道端で倒れてる人なので、原作絵名さんよりも好き好き〜とはなってない。けど、態度はやっぱり他とは違うし甘い(心配で)。口には出さないけど、家事代行の人が来ることになり、料理を食べてもらえないのが実は寂しい。天才として滅茶苦茶意識している。
雪……恩人なので、腹立つことがあっても最終的には放置できない。原作初期よりは対応が柔らかめ。物理的にも近いところにいるので1番距離が近い。たまに英会話に付き合ってもらってるので、それもあって余計に頭が上がらない……んだけど、腹立つ時は腹立つ。
Amia……顔も知らないし、声だけなので慎重になってる場面も多々ある。だけど、なんやかんや気が合うし、話に出てきたアニメや漫画などちゃんと履修してくるぐらいには仲良くしている。言い合ってる時が楽しい相手で、いざという時に頼る第一候補だったり。
結論……直接言わないけど、ニーゴの皆が好き。