イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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どうして、愛されている絵名は記憶を無くしたのか?
何故、扱いに困る私がここにいるのか?

その理由(ワケ)を知ったら、私は──


4枚目 私がここにいる理由

 

 

「絵名ー、来たわよ」

 

「お母さん、今日も来てくれてありがとう。昨日も来てくれたのに何回もごめんね」

 

「ごめんって謝るのはこっちの方よ。昨日、彰人を連れてくる予定だったのに予定が合わなかったんだもの」

 

 

 お母さんの言葉通り、今週は2日連続でお見舞いに来てくれていた。

 

 無理してくれなくてもいいと伝えたのに「彰人と会った方がいい」とお母さんが強く言うので、それに逆らうこともできず。

 連続でお見舞いに来たお母さんも、昨日は来れなかった弟も忙しいだろうに、今日は2人揃って見舞いに来てくれていた。

 

 

「ほら、彰人。絵名に挨拶してあげて」

 

「……わかってる」

 

 

 お母さんに背中を押されて、1歩前に出るオレンジ髪の少年。

 仏頂面でこちらをじっと見てくるので、私は愛想笑いを浮かべて手を伸ばす。

 

 

「えーと。あなたが彰人、でいいんだよね。はじめまして……は変か。よろしくね」

 

「っ、あぁ……よろしく」

 

 

 しかし、少年──彰人は手に視線を向けるものの、何もせずにお母さんの1歩後ろに下がった。

 

 よく観察してみれば、仏頂面というよりは気まずそうで、どうすればいいのかわからないと言いたげな顔だ。

 

 弟からしてみれば、事故に遭った姉が目が覚めたら記憶を無くしているのだ。

 とても気まずいだろう。私だって家族の記憶が無くなったと言われたら、彼のような微妙な顔をするのは容易に想像できた。

 

 

(私もどう接したらいいのかわからないし。一緒なんだろうな)

 

 

 弟のことを呼び捨てにしていると聞いてなければ、彰人君と呼んでしまうぐらい手探りなのだ。

 彰人君なんて呼べば、私と彼との間にマリアナ海溝より深い溝ができていたに違いない。

 

 そう考えれば、今はまだ酷い状況じゃないと自分自身を鼓舞した。

 

 

「彰人もごめんね。卒業式とか入学で忙しい時に私、こんな状態になっちゃってさ。来てくれてありがとう」

 

「こんなって……オレの方こそ、昨日は来れなくて悪かった」

 

「忙しかったんでしょ? じゃあ、仕方がないじゃん。こうやって会いに来てくれるだけでも私は嬉しいよ」

 

「……そうかよ」

 

 

 ──あぁ、そんな顔をさせたくて言ったつもりじゃないのにな。

 

 酷く傷ついたような顔をする彰人を見れば、私が選んだ言葉は彼にとっては良くなかったんだとわかってしまう。

 これ以上話しても彼の中の絵名と私が乖離してしまいそうな気がして、彰人には悪いが話を切り替える。

 

 

「お母さん。お願いしていたもの、持ってきてくれた?」

 

「あぁ、ページの少ない古いスケッチブックを持ってきてほしいって話よね? あっているかわからないけど探してきたわよ」

 

 

 お母さんに手渡されたスケッチブックを受け取り、観察する。

 間違いない。私の唯一残っている記憶の中にあるスケッチブックと同じモノだ。

 

 

「うん、これで間違ってないと思う。ありがとう、お母さん」

 

「それにしても、どうしてそのスケッチブックが見たかったの? 優しそうな絵は描いてたけど、それ以外には何もなかったわよ?」

 

「記憶に残っているスケッチブックがこれだったから。見たら思い出せるかもって気になってたの」

 

「そうなのね……それで、どうだった?」

 

「申し訳ないけど、表紙だけだと何も。後でじっくり観察して、思い出せたら嬉しいなって感じ」

 

「あまり無理しないようにね」

 

「大丈夫だってば。病院って無理できるような環境じゃないし」

 

 

 お母さんが心配してくれるが、病院内の患者で1番元気な自信があるぐらい杞憂である。

 味気のない食事が出て、消灯時間とかもあって、健康的な生活を強制されているのだ。無理なんてできるはずもない。

 

 

「でも、スケッチブックを持ってくるだけがお願いなのはちょっとね。絵名、他にお願い事はないの?」

 

「えぇ、他に?」

 

 

 お母さんの宿題対策に用意していた答えをそのまま口に出そうとして、やめた。

 ちょうど彰人が視界に入ったのと、お母さんから聞いていた彰人と絵名のやり取りから、ちょっとした悪戯心が顔を出してきたのだ。

 

 

「そうだ。じゃあ、お母さんだけじゃなくて、彰人にもお願いしようかな」

 

「はぁ? オレにも?」

 

「退院するのは4月になると思うから、退院祝いに彰人が好きなケーキとかお菓子、選んでお祝いしてよ」

 

「なんでオレがそんなことを……」

 

「彰人とは好物が同じだって、お母さんが言ってたし。弟の味覚とセンスを信じて、お願いしたいなーって」

 

 

 チーズケーキとパンケーキが東雲姉弟の好物らしい。

 ただ、記憶を無くした私はどちらも食べたことがないので、好きかどうかもわからない。

 

 好物に関しては似たような感性を持っていると聞いていたので、彰人にも任せてみてはどうかと思ったのだ。

 

 

「……仕方ねえな。美味いヤツ探してやるから、早く元気になれよ」

 

「やった! 病院食って本当に味気ないのよね。彰人の選ぶケーキ、楽しみにしてるから。よろしくね」

 

 

 今度の選択は良かったらしく、彰人は言葉上では嫌そうな発言をしながらも、どこか嬉しそうな態度で了承してくれた。

 

 この感触なら、もう少し踏み込んでも大丈夫かもしれない。

 年が近い彰人と話せたことで、私は家族の間に広げていた溝を、少しだけ縮められたように感じた。

 

 

「じゃあ絵名、また来るからね」

 

「お母さん、気をつけて帰ってね……で、彰人も気をつけなさいよ。あんたまで怪我したら私、ケーキ食べそびれちゃうんだからね」

 

「オレの心配はケーキのついでかよ……まぁ、こっちも怪我したくねぇからな。言われなくても気をつける」

 

 

 彰人とは軽口のような態度で話すぐらいが丁度良いみたいで、打てば響くようなやり取りは『きょうだい』って感じがして、少し嬉しい。

 まだまだ心配なことが多いものの、家族全員に会ったからなのか、ほんの少しだけ胸の中の何かが軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さんと彰人を見送ってから、私は放置していた本題──記憶の中のスケッチブックを取り出す。

 

 

【あなたの望む、あなたの理想の姿をスケッチブックの1枚目に描いてください。描けば願いが叶うかもしれません】

 

 

 なんて書いていたことだけは覚えているソレ。

 描いた絵の内容を忘れているのに、どうしてその部分だけは覚えているのやら。

 

 都合の良いような記憶にため息を1つ。少し緊張して震える手を握り締め、深呼吸も追加だ。

 

 

(あぁもう、何でこんなに緊張してるのよ。スケッチブックを見るだけなんだから、心配することなんて何もない……はずなのに)

 

 

 スケッチブックに手を伸ばせば、何故か胸騒ぎが止まらなくて伸ばす右手を引っ込めてしまう。

 そんな優柔不断な心を叱咤して、私はとうとう、スケッチブックを開いた。

 

 

 

 ──今思えば、アレは体が一生懸命に拒絶していたんだろうな、って気付いたけど、もう遅い。

 

 

 

「なに、これ」

 

 

 口から漏れる言葉。目は明らかに文章が増えているソレを追いかけていて、脳が情報の処理を拒絶していた。

 

 

 

 

 

【──持ち主の記憶の収集、及び願望の成就に成功しました。持ち主に情報が開示されます】

 

 

 

【このスケッチブックに描かれた『願い』はあなたの『記憶』を引き換えに叶えられます。

 スケッチブックに対価として捧げた記憶は、願いを叶える力で返却されることはありません。ふとした拍子に記憶を思い出すこともありません。

 

 同じく願いを叶えることができるページが、後3枚あります。1枚に1つ、願いを描けます。

 全てのページを使ってしまえば、あなたは記憶どころか命も失うでしょう。

 

 しかし、全てのページを使わずにいることができれば──記憶を対価に、あなたの描いた願いは叶えられます。

 このスケッチブックを2度と使わないのも、使い切って命も失うのも、全てはあなた次第です】

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 処理された情報を飲み込んだ瞬間、急激に乾く喉。ぐにゃりと歪む視界。

 

 震える手でページを捲る。

 そこに広がっているのは、記憶がなくなる前に東雲絵名が描いた絵だった。

 

 真ん中に大きく描かれた楽しそう(・・・・)な自画像っぽい絵。

 楽しそうに絵を描いている少女は確かに私が鏡で見た時の顔に似ていて、真剣な目は本当に絵が好きなのだと感じさせる。

 

 少女の周りには画材や絵が散らばっていて、壁には賞状っぽいものが並べて貼られているようだ。

 画材と絵と世間から認められた証で溢れた空間には、控えめに笑った父親や母親、弟っぽい人達が少女を優しげな目で見守っている。

 3人の顔はどこか嬉しそうで、その顔を見ただけでも幸せなんだなと伝わってきた。

 

 父親にも世間にも認められて、絵も楽しく描いているその姿は。

 正しく、東雲絵名が理想として思い描いた『才能のある自分』なのだろう。

 

 

「は、はは」

 

 

 ──私の力では記憶が戻らないと、悟ってしまった。

 

 スケッチブックの書かれていることは正しいと、不思議な確信が私の頭を支配していた。

 願いを叶える代わりに対価として取られてしまったのだから、戻ってくるわけがないと、この時の私はストンと納得したのだ。

 

 

 ──記憶が戻らないのなら、東雲絵名は帰ってこない。

 

 始まりはスケッチブックのせいかもしれない。

 でも、こんなの……願い(わたし)記憶(絵名)を殺したようなものではないか。

 

 

 なら、私はどうすれば良い?

 記憶(彼女)を消して、願い(才能)を手に入れてしまった私は、どうすれば良い?

 

 

「──ならなきゃ」

 

 

 描くのには使えないスケッチブックを閉じて、別のスケッチブックと鉛筆を握る。

 そこに絵を描く楽しさを隠しきれなくても、最初の頃のような気楽さはない。

 

 

「画家に、ならなきゃ」

 

 

 東雲絵名が理想として描いた才能。

 それを彼女を殺したことで手に入れた記憶喪失者(紛い物の私)

 

 才能を手に入れたのなら、私も東雲絵名(わたし)だというのなら。

 

 

「絶対に画家にならなきゃ。才能を手に入れたのなら、ないって言われたあの子の分まで描かなきゃ」

 

 

 家族から東雲絵名を取り上げておいて、私は今まで呑気に絵を描いていた。

 私が原因ではないかもしれない。でも、願い(わたし)を手に入れた結果、彼女が帰ってこれなくなったのは事実なのだ。

 

 だから私は東雲絵名(わたし)になって、あの子の分まで父親を超えるような画家にならなければならない。

 それが『才能があれば』と思わず願ってしまったあの子への、その結果(わたし)ができる唯一の方法だから。

 私には絵を描くこと(コレ)しかできないから。

 

 

「絵、描かなきゃ」

 

 

 スケッチブックは対価のクーリングオフも許さず、記憶も返してくれない。

 嘘のような冗談みたいな話を本当だと確信している私は、別のスケッチブックに八つ当たりするように絵を描く。

 

 

 

 

 この日から私の気持ちは変質した。

 

 ──あの子の願いをよく考えず、妄執に囚われてしまったのだ。

 

 

 

 

 






《現在の目標》
・絵名の目標であり夢である画家になる。(第一優先)
・記憶を取り戻す手がかりを見つける。(小目標)

というわけで、記憶喪失えななんのお気楽タイム、終了のお知らせです。

後は……お母さんのセリフでわかると思いますが、スケッチブックの警告文は持ち主である絵名にしか見えないし、他人には『1ページだけ絵が描かれたスケッチブック』だとしか認識できません。
更に、持ち主だけはその荒唐無稽な内容が真実だと直感して、スケッチブックに手を出せなくなる呪いの代物です。(えななんは無自覚)
鏡にも写真にも残らないので、スケッチブックに文字が! なんて言っても頭のおかしい子扱い。完全に呪物ですね。

──あなたは後3回願い事を描けば命を落とし、2回願い事を描けばその度に記憶を失うスケッチブックに絵を描きますか? 描きませんか?
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