イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回は全部まふゆさん視点で進みます。
まふゆさんの視点で進むので、もちろんまふママも出てきます。

……お察しください。



メインストーリー編
40枚目 【朝比奈まふゆの焦燥】


 

 

「朝比奈さん、また学年1位だって。高校1年の間、最後まで1位伝説は崩れなかったかー」

 

「当然じゃん。文武両道な優等生、完璧超人って言葉がぴったりな朝比奈さんだよ? 1位を取るのだって呼吸するぐらい簡単にできちゃうでしょ」

 

 

 部屋に戻ると、クラスメイトが学年末テストの結果で盛り上がっていた。

 もう春休み目前ということもあって、緩い空気が教室に広がっている。

 

 自分の結果だけ気にしていればいいのに、どうしてこちらに構うのか。

 ズキリ、と何故か胸が痛みを訴えてきて首を傾げていると、会話している中にするりと入り込む子がいた。

 

 

「もう。1位を取り続けるなんて努力し続けないと難しいんだから、当然とか言うのはやめなよー?」

 

 

 軽い調子でそう言いながら、クラスメイトの会話に入ったのは絵名だった。

 

 

「ずっと1位をキープするのだって、並大抵の努力ではなかったはずよ。それを当然なんて言われたら嫌だなーって、私は思うのよね」

 

「でも、朝比奈さんは取り続けてるんだから、私達とは違うでしょ」

 

「そういう考え方もあると思う。けど、頑張って練習して弾けるようになった曲を『そんなのできて当然だー』なんて言われたら嫌でしょ? 朝比奈さんへの言葉もそれと同じだって思うんだけど、どうかな?」

 

「あー……確かに。そう言われたらキレるかも。ごめん」

 

 

 絵名の伝え方が良かったのか、クラスメイトはすぐに納得して言葉を撤廃する。

 その後は何事もなかったように机に戻る絵名の姿は、私が早めに教室の前まで戻っていなければ見れなかったモノだ。

 

 ……私がいない間も、ああやって絵名が動いてくれていたのだろうか。

 

 

(そういえば、中学の時と比べると学校では息がしやすくなった気がする)

 

 

 絵名は私に黙って、どれだけ動いてくれているのだろう。

 

 わからないと言えば「わかりなさいよ!」と怒るのに、次には「で、どうわからないの?」と詳しく聞き出してきて、私の言葉から今の状態に『名前』を付けてくれる。

 

 文句を言いつつも寄り添ってくれて、表面上の慰めだけでなくダメなものはダメだと叱って、手を引っ張って。

 呆れるように肩を竦めていても、最後は『仕方がないわね』とそばにいてくれるのだ。

 

 そういうこともあって、まだ自分のことがわからなくても、今は昔よりも息がしやすいと、そう思って。

 

 

(……息がしやすい?)

 

 

 どうして、そう思ったのだろう?

 首を傾げていると、背後から声をかけられる。

 

 

「朝比奈さん、どうしたの? 教室に入らないの?」

 

 

 先生から声をかけられたので、私は疑問を放棄した。

 

 

「いえ。入り口の前で邪魔してしまい、すみませんでした」

 

 

 結局、その日は息がしやすい理由を考えることもできずに、家に帰ることになった。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「あら、まふゆ、おかえりなさい」

 

 

 塾が終わって家に帰ると、お母さんが迎えてくれた。

 お母さんの微笑んでいる顔が、いつもより強張っているような気がする。

 

 頭の中の警鐘が鳴り響き、嫌な予感が私の頭の中を占領した。

 

 

「まふゆ、部屋を片付けてたらこんなのが出てきたのだけど……この前の友達にまた、押し付けられたの?」

 

「それ、って」

 

 

 お母さんの手には絵名からクリスマスプレゼントとしてもらった、サンタさん姿の猫のぬいぐるみがいた。

 

 3月という今を考えると、季節外れなぬいぐるみ。

 見つからないように隠していたはずのそれが、お母さんに捕えられてしまっていて。

 

 

「まふゆは優しいから、受け取ってしまったのでしょう? 捨て難いでしょうし、お母さんが代わりに片付けておくわね」

 

「お母さん、それは友達から貰ったものだから。捨てなくてもいいと思うんだけど……」

 

「まふゆ、こういうのはきちんと断らないと、相手の人もほしいんだって勘違いしちゃうわ。それとも……まふゆは大事な時期に、ゲームセンターに遊びに行くような悪い子(・・・)なのかしら?」

 

「っ……それは貰い物だよ。ゲームセンターで取ったのかはわからないけど、貰ったぬいぐるみを捨てるのは、その」

 

 

 何とか、お母さんを説得してみようとするけれど、うまく言葉が出てこない。

 カチカチと歯と歯がぶつかって音が鳴る中、お母さんはこちらの様子に気がつくことなく言葉を並べる。

 

 

「そういう迷惑な子を友達に選ぶのは、考えた方がいいかもしれないわね。遊んでばかりの子よりも成績が良い子とか、まふゆのためになる子を大切にしなくちゃ。お母さん、まふゆに後悔してほしくないもの」

 

 

 私が言葉に詰まっている間にも、お母さんはとんでもないことを言ってきた。

 

 

「じゃあ、このぬいぐるみは捨ててくるわね」

 

「あっ……ぃゃ……」

 

「なぁに? どうしたの、まふゆ?」

 

 

 間違えるなと言わんばかりに向けられるお母さんの目。

 怖くて、首を絞められているように声がうまく出てこない。

 

 

「なんでも、ないよ……」

 

「そう? このぬいぐるみはお母さんが処分しておくから、心配しないでちょうだい。まふゆには安心して、勉強に集中してほしいもの」

 

 

 ……どうやら、私はお母さんにとっての正解を選んだらしい。

 

 震える声で答えると、お母さんは満面の笑みを浮かべてぬいぐるみを連れて行ってしまった。

 連れて行かれる猫のぬいぐるみが、吊り目のような目つきも相まって、何故か茶髪の彼女と重なる。

 

 

 

 

 ──そういう迷惑な子を友達に選ぶのは、考えた方がいいかもしれないわね。遊んでばかりの子よりも成績が良い子とか、まふゆのためになる子を大切にしなくちゃ。

 

 

 

 

 お母さんがさっき言った言葉の一部がフラッシュバックした。

 

 

(わからない、わからないはずなのに)

 

 

 どうしてこんなに体が震えて、目の前がチカチカと点滅するのだろうか。

 

 寒い、震えが止まらない。

 急に風邪でも引いてしまったのか? と、違うとわかりきっている予想を立てる。

 

 そうじゃないと立っているのも難しくて、ここにいたくなくて。

 一刻も早く逃げ出したくなった私は、お母さんがいない間に部屋へと籠った。

 

 

「はぁ、はぁっ、はっ、ぁっ、っ」

 

 

 苦しい、息ができない。

 水の中にいるみたいに、口を開いて吸い込もうとしても、酸素が上手く取り込めない。

 

 震える手で何とかスマホを取り出して、目的の曲を再生する。

 

 

 『Untitled』と書かれた曲。

 

 

 知らない間にインストールされていたそれは、今の私にはなくてはならない『逃げ道』で。

 『セカイ』という私の本当の想いからできたらしい、謎の空間だった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 ──光に包まれ、目を開けば灰色なセカイにいた。

 

 わずかな光があるだけの無機質な場所で、無骨な鉄筋や三角形のオブジェがあるぐらい。

 

 何もない場所に座り込んで息をしようと必死になっていると、ふと、誰かに背中を撫でられた。

 白いツインテールが視界の端に見えて、その誰かの正体が確信に変わる。

 

 初音ミク。

 そう呼ばれる存在はブルーグリーンの髪をツインテールにしたバーチャル・シンガーであり、本来であれば近未来的漫画のAIのように受け答えもできなければ、人のように生きている存在でもない。

 

 だが、この『セカイ』と呼ばれる場所では話が別らしく、バーチャル・シンガーがこのセカイの中で暮らしているのだ。

 

 このセカイのミクは他のミクとは明らかに違う白髪にオッドアイだけど、それでも彼女は初音ミクらしいので、私もそれに倣って『ミク』と呼んでいる。

 

 そんな『初音ミク』と名乗る存在がいつの間にか近づいて来ていて、私の背中を撫でてくれていた。

 

 

「まふゆ」

 

「……ミク、ありがとう」

 

「苦しそうだったから。大丈夫?」

 

「……っ。わからない、わからないの」

 

 

 ズキズキと痛む胸を抑えて、お母さんとのことをミクに話す。

 そうやって話をしている間に、息苦しさも幾分かマシになってきた。

 

 話をし終わって、黙って聞いていたミクが首を傾ける。

 考え込むように瞬きを数回。迷いを見せた末に、ミクは口を開いた。

 

 

「じゃあ、連れてくる?」

 

「連れてくるって……?」

 

「絵名をこのセカイに連れてくれば、まふゆも楽になるかもしれない」

 

「私以外にもこのセカイに来れるの?」

 

「ここはまふゆの想いできた『誰もいないセカイ』だから。絵名なら連れて来れるよ」

 

「そう、なんだ……」

 

 

 誰も知らない、私だけのセカイ。

 誰もいないセカイが、ここだ。

 

 そう、ここは誰も知らない、お母さんも知らないし、知ることができない。

 

 

(じゃあ、ここに絵名を隠せば──絵名はお母さんに、捨てられない)

 

 

 そこまで考えて、私はやっと自分が息苦しくなった理由を察した。

 

 たぶん、私は絵名とあの猫のぬいぐるみを重ねていたのだ。

 お母さんに連れて行かれて、捨てられそうなぬいぐるみが絵名に見えた。

 

 そして、このまま黙って過ごしていたら、お母さんはぬいぐるみと同じように、絵名を私から取り上げようとしてくるかもしれない。

 

 だってお母さんは『付き合うのはやめなさい』と言ったのだから。

 私にとっては違っても、お母さんにとっての絵名はクラスメイトと同じく勉強もできなくて、何の価値もない存在だとラベリングするだろう。

 

 考えれば考えるほど、お母さんは私と絵名が一緒にいるのを快く思わない材料ばかり思い浮かぶ。

 

 

(捨てられたくなかったら……お母さんが見えないところに、わからないところに隠さないと)

 

 

 2度あることは3度ある。

 1回目は無防備に捨てられて、2回目は部屋に隠していたのを探し当てられた。

 

 3回目は、絶対に見つからないところに隠さなければならない。

 隠し切らないと。3回目も何かを捨てられたら、私は──

 

 

「まふゆ?」

 

「何でもないよ、ミク。ありがとう」

 

 

 心配してくれるミクに何でもないと答えて、私はスマホを取り出す。

 

 もうすぐ春休みだから、話を通すのは早めにした方がいい。

 都合がいいことに、明日は私も絵名も部活がない日だ。

 私の方から連絡をすれば、絵名は時間を作ってくれるだろう。

 

 その間に、状況を変えるのだ。

 

 そう目論んで送った連絡に返ってきたのは『いいけど』と素っ気ない言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、放課後に絵名が私の前までやってきた。

 

 思い描いた通りに動いてくれる絵名はどこか心配そうにこちらの様子を窺いながら、口を開く。

 

 

「まふゆ、大事な話があるって聞いたけど、どうしたの?」

 

「ここで話すのは難しいから、誰もいないところで話したいんだけど……いいかな?」

 

「誰もいないところって、何の話をするつもりなのよ。まぁ、今日は部活もないし、いつもの準備室に行きましょ」

 

 

 聞きたいことがたくさんある、と言いたげな顔をしているのに、絵名は黙って美術準備室まで歩いてくれた。

 

 随分と絵名は私の都合の良いように動いてくれるな、と口の端を歪ませながら、私は口を手で隠す。

 笑うのはまだ早い。まだ、絵名はここにいるのだから。

 

 絵名は慣れた様子で美術準備室に入り込み、手招きして私を教室の中まで招く。

 絵名が教室の電気をつけて窓を開けている間に、私は教室の鍵をかけた。

 

 ──これで、誰にも邪魔はされない。

 

 

「で? ちゃんと用件を話してくれるんでしょうね?」

 

「うん。もう殆ど終わったけど、後で話すつもり」

 

「? 終わったって、どういうこと?」

 

 

 まるでミクみたいにこてん、と首を傾げる絵名の目が訝しげに細められる。

 疑われているようだが、ここまで状況を整えてもらったのだ。絵名はもう逃げられない。

 

 

「まふゆ、教室の鍵を閉めてたけど、何を企んでるわけ?」

 

「隠そうとしてる」

 

「隠す? 何を?」

 

「捨てられる前に絵名を隠して、守らなきゃいけないから──だから、おとなしくしてね?」

 

「え、は? ちょっと、まふゆ!?」

 

 

 ミクはセカイに連れて行けると言っていたが、どういう状態で連れて行けるかまでは教えてくれなかった。

 

 だから驚く絵名を抱きしめるように捕まえて、暴れる彼女をぎゅっと腕の中に閉じ込める。

 これだけ密着していれば、彼女もセカイに行けるはずだ。

 

 手に持っていたスマホをタップして、Untitledを再生する。

 スマホから光が放たれ、私の目の前は真っ白になった──

 

 





メインストーリー(誘拐)、始めました。
何が難しいって、作者は頭がよろしくないので、まふママの直接的じゃないけど伝わってくるあのセリフを考えるのが難しいんですよね……

次回、まんまとセカイに連れて行かれた記憶喪失えななんの視点に戻ります。
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