まふゆさんの視点から戻ってます。
珍しく、まふゆの方から連絡があった。
《大事なことを相談したいから、明日の放課後に時間が欲しい》
もしかしたら、まふゆに何かがあったのかもしれない。
結果的にはその考えは間違ってなかったのだけど、この時の私は盲目的だったのだろう。
放課後になってからホイホイとまふゆについて行ったら、急に抱きしめられた。
私とまふゆの関係は友達である。
感情の比重は双方で違う気がするけど、私の認識ではこんな風に抱きしめられるような関係ではなかったはずだ。
(え、何!? なにごと!?)
叫ぼうにもまふゆにぎゅっと抱きしめらてるせいで、声が出ない。
頭が混乱している間に、本当に何が何やらわからないまま、私は眩しさで目を閉じてしまった。
──相手に主導権を譲ってしまえば、どうなるかなんて容易に想像できるというのに。
強い光がなくなってゆっくり目を開くと、見覚えのない灰色の空間が視界を占領していた。
見慣れぬオブジェに折れた鉄筋のようなもの。色が殆どなくて白っぽい、何もない場所。
どうやら私は見慣れた美術準備室から、静かでどこか不気味な空間へ瞬間移動してしまったらしい。
「えぇ、どういうこと……?」
まふゆの腕の中から抜け出して周囲を確認。
自分が知っていそうな景色を当て嵌めようとしたものの……今の世界のどこに行けば、青空すらない広過ぎる空間があるのやら。
(スマホ触ったら別世界でしたって? うん、バカじゃないの?)
探しても探しても、日本どころか世界のどことも該当しなさそうな景色に、私の頭は理解するのを拒絶した。
まふゆがスマホを操作して、何かをしたことだけは理解できている。
そこはわかるのに、何をすればこんな結果になるのか、全く見当がつかない。
(本当にどこなのよ、ここ。たぶん、私が想像できる世界とはまた違う何かっぽいんだけど……うーん。頑張って考えても全然わかんない!)
だが、想像できない現象が現実となって、目の前に広がっているのだ。
世の中にはスケッチブックに絵を描いたら、記憶を消された少女だっている。
そう考えれば、スマホを操作したら摩訶不思議な空間に飛ばされるのも、あり得るのかもしれない。
……そう思わないとやってられなかった。
「絵名、そんなに驚いてないね」
「十分驚いてるけど? 見えてないのならその目、交換する?」
「私が予想してた絵名ならもっとぎゃいぎゃい言うから」
「ふーん、いつも煩いってことねー……って、やかましいわ! あんた、人の気持ちを読み取るのは得意なんでしょ? 今こそ、その特技を発揮しなさいよ!」
「……やっぱり煩い。調子戻ってきた?」
「はぁ〜!? ホントこいつ、目の交換どころか、サービスで口の縫い付けも追加してやりたいわ!」
こっちは頑張って現状を受け入れようと努力しているのに、犯人であろう人物は呑気なことを言ってくるからムカつく。
大量の文句で畳み掛けてやろうと振り返れば、無表情でありながらもどこかやり遂げたような、安心した雰囲気のまふゆと目が合った。
そのせいで、呼び出しの文面は嘘ではないのだと確信してしまう。
(……ってことは、今は強く出過ぎたら悪手か。本当にややこしいヤツね)
気付いてしまったら感情のままに動くわけにもいかず、私は噴火しそうになっていた怒りを抑え込むしかなかった。
「……私をこんな場所に連れてきてまで、話したいことって何なの?」
1回、大きく深呼吸してからまふゆに向き合う。
自分の勘を信じて、私は負の感情が乗らないように意識しながら声を出した。
「他に聞きたいことはないの?」
「もちろん沢山あるわよ。でも、大事な話があるんでしょ。それは嘘じゃないと思ったから、先に聞いてあげるって言ってるのよ」
こちらの気遣いを全く察する気のないまふゆの鼻を人差し指で小突いてやる。
目を細めて睨みつけても、わからないと言わんばかりの無反応。
無敵だなぁと呆れつつ、よくわかってなさそうな相手の言葉を待つことにした。
「絵名にはしばらく、このセカイにいて欲しいと思ってる」
「……ふぅ。あぁ、うん。それで?」
あっぶない、叫びそうになった。
はぁ? 何言ってんのこいつ。もっと他に言うことが沢山あるでしょ!? って言わなかった私、超偉い。誰か褒めて欲しい。
「それだけ」
「いや、こっちはどうしてそういう結論になったのか、聞きたいんだけど?」
「知らなくてもいいよ。ここにいてくれるだけで、絵名を隠せるから」
「バッ、んんっ……そ、そっか」
罵倒を飲み込んで、熱く感じる息を肺から追い出す。
つまり、何?
まふゆは何かから私を隠したがっていて、その場所に選ばれたのがこの静かな場所であると。
どうしてそうしたのか、何を考えた結果なのかも聞きたいところだけど……今の様子では、聞き出すのは難しそうだ。
しょうがないから、情報収集は後回しにしよう。
まずは、この考えなしに動いてしまっているまふゆを説得しなくては。
「まふゆ、私も嫌だと頭ごなしに言うつもりはないんだけどさ……この行動は問題が多過ぎよ」
「そう?」
「まず、私の家に連絡しないと。学校内で誘拐事件が起きたことになるし、後々かなーり面倒になるわよ」
「……後のことなんて気にしなくてもいいよ」
「しなきゃダメなの。後先考えないなんて、バカなの?」
「少なくとも絵名よりテストの点数はいいから、賢いと思う」
そりゃあ、まふゆは1年間ずっとテストで1位なのだから、私よりも賢いのだろうけれど。
私が言うバカと、勉強ができないバカとでは意味が違うのはわかっている筈なのに、どうして見当違いな答えが返ってくるのか。
……いや、この幼稚な反論こそ、今の彼女が少し先のことすら想像できないぐらい余裕のない『証』なのかもしれない。
嫌なことに気がついてしまった自分に苦笑しつつ、私は説得から時間稼ぎの方へと話の流れを変えた。
「私よりも賢いっていうなら、ちゃんと先のことも考えてよね。じゃないと隠れてあげないから」
「それは困る……絵名は何をしたいの?」
どうしても私に隠れてほしいのか、予想よりもまふゆは素直で、あっさりと要望を聞いてくれた。
雲隠れしなければいけない期間はまふゆにも不明で、春休みを超える可能性もある。
そういうことも踏まえると、私がお願いしたい条件は4つだったが……通ったのは3つだった。
1つ目は、家族に暫く外泊することを伝えて、その準備を今日中にすること。
2つ目は、アリバイ作りの為に美術顧問の先生に口裏合わせの電話をさせてほしいこと。
3つ目は、学校が始まっても隠れる必要があるのなら、学校だけは行かせて欲しいこと。
本当はここで4つ目にニーゴでの活動も入れたかったのだが、まふゆから「あそこで活動しても、どうせ絵名も探し物は見つからないよ」と渋られたので無理そうだ。
(隠れるなんてお願いを聞く義理は、恩人だったとしてもないんだけど……)
ちらり、と相手を盗み見る。
なんてことはない無表情に見えるのに、まふゆに犬の耳があったらぺったりとくっついていそうだと思うぐらい、何かに怯えていた。
何が原因で、まふゆはこんなバカみたいなことを実行したのか。
人を1人隠してしまおうなんて、そんな思い付いてもやりそうにない行動をしてしまうぐらい、まふゆは追い込まれている。
(……まふゆが「どうせ絵名も探し物は見つからないよ」って言ってたのを考えると、ニーゴでの活動に見切りを付けようとしてるのかも)
12月の時みたいに近いかも、という私が勝手に決めつけた予想ではない。本当に時間がないのだ。
それなのに私は手札を揃えることができなかったし、予想が正解なのか答え合わせすらできていない。
まふゆの今の状態を知らないことには、弱すぎる手札を切るのも自殺行為だ。
(しょうがない。ここは作戦Nでいこう)
柔軟かつ適切に対応する作戦
というか、今いる場所とか色々と特異過ぎて、作戦を立てようもなかった。
「じゃあ、とりあえず家に帰ってもいい?」
「うん、家まで送るから」
まふゆはスマホを操作する。
もしかしたら私だけ残されるのではないかと思ったのものの、目を開けば見慣れた景色に戻っていた。
「絵名、帰らないの?」
「あぁ、ごめん。あっさり戻してくれるからびっくりして」
「絵名は私が要望を聞いたら、ちゃんと私のお願いも聞いてくれるって知ってるから」
「その通りだけど……うん」
ただ、まふゆが私のことをそこまで信じてくれているとは思っていなかっただけ。
そこまで信じられていたら、悪い気はしないし、少しは照れてしまう。本人には絶対に言わないけど。
私がそんなことを考えていても、まふゆはマイペースに私の家まで付いてくる。
あまりよろしくないものの、歩きながら南雲先生に口裏合わせをお願いする電話をかけ、先生から「高校生的理由だねぇ、危ないことをしないのならいいよ~」と言質も貰った。
まふゆには外で待ってもらって、帰ってきているお母さんの説得に挑む。
大苦戦するだろうと思っていた説得は「いいよ」の一言で終わってしまった。
理由は『大人の先生が保護者としているなら大丈夫だろうし、お父さんもアトリエに籠って出てこないことが若い時はあったから』だそう。
私が言いだしたことだけど、それでいいのだろうか。
お母さんのあっけらかんとした態度に不安に思いつつも、『1週間に1回連絡すれば良し』という軽い条件で雲隠れする準備が整ってしまった。
(よし、準備ができてしまいましたよーっと)
必要なものを去年使った旅行鞄に詰め込んで、家を出る。
待ち伏せされていたまふゆに手を掴まれて、気分は荷台に積まれて運ばれる子牛だ。
別に出荷されたりするわけでもないのだけど、本当にあのよくわからない空間で過ごすのかと思うと……怖くないと強がるのは難しい。
「まふゆ」
「何?」
「ニーゴの方にも連絡しちゃダメ?」
「しなくていいよ」
「まふゆはそう思うかもしれないけど、私にとっては大事なことなの。どんな内容を送信するのか見てもいいから、送信させてくれない?」
「……私も、見ていいなら」
忙しくなるからしばらく休む、という文面をまふゆに見せて、一方的にナイトコードに送った。
これで、問題が解決できた時に新しい問題が噴出することもないだろう。
ちょっと先生達と会えず、自分1人でいる時間が増えるだけ。
修行だと思えば軽いものである。
「で、どこからあそこに行くの?」
「私の家。今の時間はお母さんもいないから」
「あっそ」
初のまふゆの家に訪問するタイミングが、まさかこんな形になるとは
抵抗する間もなく手を繋がれて、引っ張られながらまふゆの家へ。
まふゆの言う通り、彼女の家には誰もいない。
靴を手に持ちながらまふゆの部屋まで通された。
(他人の部屋なんて滅多に行くことないし、ちょっと楽しみにしてたんだけど……うん、びっくりするぐらい何もない)
良く言えば物が少なくて綺麗、だろうか。
本棚に詰め込まれた参考書や辞書がずらり。何も入っていないアクアリウムや観葉植物がポツン。
他は机とベットだけで、ぬいぐるみとか遊べそうなものは何もない。嫌でも勉強に集中できそうな空間である。
私の画材で溢れた部屋とは大違いだ。
足の踏み場も整理もしているけれど、まふゆの部屋みたいにシンプルにはできない。
「絵名、あっちに行こう」
「はいはい、ご自由にどうぞ」
「うん」
まふゆがスマホを操作するのを見ながら、先に目を閉じる。
いけるところまで、行ってみよう。
もしかしたら、あの不思議な場所がまふゆの探し物を見つけるヒントになるかもしれないし。
私なんかを信じてくれている相手だ。その気持ちにも、彼女の願いにもできる限り寄り添いたい。
行けるところまで行って、それでもどうしようもなくなってしまった、その時は──
(──友達を失うぐらいなら、こっちを選びたいかな)
スケッチブックの中に紛れ込ませたボロ布を貼り付けたような表紙のアレが、セカイへ移動する間すらも存在を主張している気がした。
スケッチブック「やぁ」
忘れた頃に存在感を出してくる呪物……
次回は記憶喪失えななんが誰もいないと聞いていたセカイで、誰かと遭遇します。