イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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せっかくのメインストーリー編なので、後書きにおまけの話を追加してます。


42枚目 ようこそ、セカイへ

 

 

 謎の三角形のオブジェがあったり、地面に鉄筋が突き刺さった不思議空間に戻ってきた。

 この空間は私が暫くお世話になる場所だが、本当に不思議物体と鉄筋以外は何もない。

 

 行き止まりが見えない広過ぎる空間を改めて観察していると、まふゆが声をかけてきた。

 

 

「絵名、紹介したいからこっちに来て」

 

 

 他にも誰かここにいるような言葉と共に、まふゆは歩き出す。

 まふゆがどこに向かっているのかわからないものの、早く来いと目で訴えられたらついて行くしかない。

 

 一体、どんな人物が待っているのか。

 少し恐ろしく感じながら付いて行くと、その先にいたのは1人の女の子だった。

 

 

「まふゆ、連れて来たんだね」

 

 

 淡々としているものの、どこかで聞いたことのあるような声。

 

 だが、私には白髪そのものに心当たりがあっても、それを崩れたツインテールにしている人間は記憶にない。

 機械音のような声に該当するのはバーチャルシンガーだが……いつからバーチャルシンガーは人間のように動いて喋るようになったのだろうか?

 

 それに、私が知っているバーチャルシンガーは白髪でもないし、右目がターコイズ、左目がルビーみたいなオッドアイでもないのだ。

 片足だけハイソックスを脱いでいたり、そもそも靴すら履いていない立ち絵ではなかったはず。

 サスペンダーといい、汚れ1つない真っ白な衣装といい、中々レベルの高いファッションも私の想像する存在とは違う……と思う。

 

 正解な気もするし、間違ってるようにも感じる。

 いくら考えても答えがわからないのなら、わかっている人に聞くしかない。

 

 

「この子、まふゆの知り合いなのよね?」

 

「うん。ミクはこのセカイに存在しているバーチャルシンガーだって」

 

「は? やっぱりこの子、初音ミクなの!? 色とか全然違うのに!?」

 

「絵名、煩い」

 

「そう言われても、こっちの衝撃も察してよ!」

 

 

 まふゆに無茶な要望を押し付けて、私は改めてミクと呼ばれた少女を見る。

 コテン、と首を傾げる少女が「どうしたの?」と声を出した。

 

 確かに、ミクだとわかった上で声を聞けば、それっぽく聞こえてくるような……?

 葱のような色の要素は片目以外ないものの、ツインテールなだけでミクらしさは辛うじて残っているのか。

 

 バーチャルシンガーが生きている人みたいに動く現実に頭が追いつかないけれど、彼女をミクだと仮定して話を進めてみよう。

 考えるのを放棄したとは言わないでほしい。これは柔軟に対応する作戦の一部なのだ。

 

 

「うん、落ち着いた。それで、この場所のことやミクが目の前にいることとか、いい加減どういうことなのか聞いてもいい?」

 

「あ……お母さんがそろそろ帰ってくる時間だから、ミクから聞いておいて」

 

「は? え、ちょっと!?」

 

 

 目的を達成してどうでも良くなったのか、まふゆはスマホを取り出して消えてしまう。

 あいつは自由か。私は肩を竦めてから、まふゆのようにぼんやりとこちらを見ているミクに目を合わせた。

 

 

「えぇと、あなたは初音ミク、なんだよね?」

 

「うん。このセカイのミクがわたし」

 

「そっか。ねぇミク、この場所について聞いてもいいかな?」

 

「いいよ」

 

 

 淡々としたミクの話をまとめると──この場所は『朝比奈まふゆの想いから生まれた空間』らしい。

 本来なら『Untitled』を再生して訪れることができる場所らしいのだが、私の場合はまふゆの移動に便乗してここに来ている。

 

 まふゆの想いが創り出したセカイだから、まふゆ以外に出入りは無理そうなのに、意外なことに私も出入り可能のようだ。

 スマホを見ればいつの間にか『Untitled』という変な楽曲がダウンロードされているし、これをタップすれば私もこのセカイの行き来は自由、と。

 

 ……何ということでしょう。

 私は意図せず脱出する鍵を手に入れてしまったらしい。

 

 

「これのこと、まふゆに言うの?」

 

「……迷ってる」

 

「そうなの? 意外ね」

 

「意外?」

 

「……ごめんね、今のは言い過ぎたかも。ミクはまふゆの想いからできたセカイにいるんでしょ。それってまふゆから生まれたのも同然だから、まふゆのお願いなら何でも叶えそうなイメージを勝手に作ってた」

 

 

 子供にとっては親が絶対であるように、ミクとまふゆの関係もそういうものに近いと思ったのだが、見当違いだったらしい。

 更に頭を下げて謝罪しようとした私を制止したのはミクだった。

 

 

「その言葉は間違ってないと思う。絵名ってよく見てるんだね」

 

「いや、でも迷ってるってことは私のイメージとは違うし、やっぱり謝らなきゃいけないと思うのよね。ごめんなさい」

 

 

 勝手にイエスマンな可能性を疑って、実はまふゆ思いの良い子だったことへの謝罪は、あっさりと受け入れられる。

 

 パッと見た感じまふゆに近いのかな、と思いきや、ミクは好奇心旺盛らしい。

 まふゆが再びやってくるまで、ミクと2人で色んな話をして盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 日も跨いでいない夜の時間にて、お風呂上がりらしいまふゆが戻ってきた。

 その頃にはミクとの会話もひと段落していて、私は三角形のオブジェを背にシャーペンを動かしている。

 

 

「絵、描いてるの?」

 

「いや、宿題。あの学校って宿題多いよね」

 

「絵名が嫌なだけでしょ」

 

「それもあるかもしれないけどねー。でも、まふゆはテストとか宿題とか、そもそも勉強が嫌だって思うことはないの?」

 

「勉強そのものはそこまで嫌じゃないよ」

 

 

 その後の結果やら期待が煩わしいのか、嫌じゃないと答えた割には微妙そうな顔をしているまふゆ。

 私とミクの間を独占するように三角座りをして、顔を伏せてしまう彼女はどこか元気がない気がした。

 

 また何か言われたのだろうか。ミクに頭を撫でられる彼女を横目で見てから、宿題へと視線を戻す。

 

 

「嫌なことがあったのならどんな形であれ、吐き出した方がいいわよ」

 

「どう、だろう……わからない」

 

「胸が締め付けられて、息がしにくいんでしょ。今のあんたは苦しそうだし、嫌なことがあったんだなぁって、私は思ったけど」

 

 

 理数関連の春休み用の宿題が終わったので、次は英語と国語だ。

 文字数の暴力にげんなりとしていると、俯いていたまふゆがこちらを見ていた。

 

 

「何? 言葉で吐き出す気になった?」

 

「言葉以外に方法があるの?」

 

「沢山あるでしょ。あんたなら音楽で、私なら絵で。誰かに言葉っていう愚痴を吐かなくても、感情を吐き出す方法は私やあんたが考えるよりもあると思うわよ」

 

 

 真正面から言うのは恥ずかしくて、宿題からは目を離さずに考えた言葉を発する。

 

 まふゆがどんな顔で私の戯言のようなセリフを聞いているのかはわからないが、それでもまふゆには聞こえているらしい。

 

 

「私1人で曲を作れば、見つかるかな」

 

「さぁね。でも、あんたが満足するまで隠れてあげるから、探してみれば?」

 

「……うん」

 

 

 その少しがいつまでなのかは私にもわからないけれど。

 少しでも長く、ここで息をしていてほしい。

 

 そう言う気持ちは吐き出さないように意識していたのに、まふゆはこちらのことなんてお構いなしに突っ込んできた。

 

 

「絵名って、変だね」

 

「は? 誰が変なのよ。いっつも思ってたんだけど、もうちょっと言い方とか考えられないわけ?」

 

「でも、変だよ」

 

 

 確かにホイホイまふゆについて来たり、逃げ出せる条件が整っているのに逃げる素振りも見せてないけれども。

 

 それもまふゆが心配だからそうしているのに、どうして変だと言うのか。

 もう少し言葉を考えろと言ってみても、暖簾に腕押し。

 

 いつものわからないで流されて、無駄に体力を削られただけで終わった。

 

 

「はぁ、もう。私が無駄に騒いだだけじゃない」

 

「絵名が勝手に煩くなっただけ」

 

「それ以上言うなら、はっ倒すわよ?」

 

 

 宿題からまふゆの顔へと目を向けて睨みつけても、相手はなんとも思ってない顔のまま、首を傾ける。

 黙ってこちらの様子を窺っているミクも後ろで首を傾げていて、怒るのも馬鹿らしくなってしまった。

 

 

「で、私はいた方がいい? 1人になりたいなら何処かに行くけど」

 

「絵名は気にせずにここにいればいいよ」

 

「そ。じゃあ遠慮なく」

 

 

 そう言ってみたものの、学校でも宿題をしていたせいで春休みの宿題の残りはあと僅か。

 スケッチブックでも取りに行こうと立ち上がると、何故か手を引っ張られて元の場所に座らされた。

 

 

「……まふゆ、その手を離してくれない?」

 

「絵名は気にせずにここにいればいいよ」

 

「うん、それはわかったから離してくれない?」

 

「ここにいて」

 

「はぁ……はいはい。そういうことね、わかりました」

 

「『はい』は1回じゃないといけないんだよ」

 

「……はい」

 

 

 どうやらまふゆの言葉は『ここにいてほしい』という意味だったらしい。

 

 はいの指摘とか、非常にめんどくさいものの、雲隠れに付き合うと決めたのは私だ。これぐらいは飲み込もう。

 

 

「宿題が終わるまでは座ってるから、その時は手を離してよ」

 

「もう少し待って」

 

 

 相変わらず何を考えているのかわからない顔のまま、まふゆは私の手を様々な角度で握っている。

 ニギニギ、なんて効果音が聞こえてきそうなぐらい手を握っていて、彼女が何をしたいのかわからなかった。

 

 

「それ、楽しいの?」

 

「さぁ、わからない」

 

「さぁってあんた、どうして私の手を玩具みたいに握ってるのか、自分の状態を言うのも難しいわけ?」

 

「状態……こうしてたら体から力が抜ける、かな」

 

「それって落ち着くってこと? ふぅん、あんたも人肌が恋しかったりするのかもね」

 

「落ち着く……」

 

 

 まふゆは小首を傾げてじっと握っている手を見つめている。

 

 もしかしたらと思って「見当違いのことをいってるかもしれないけど」と保険を掛けてみるものの、その言葉は届いていなさそうだ。

 

 結局、まふゆはニーゴの活動が始まるギリギリまでずっと手を握っていた。

 そのおかげで私は終わった宿題に間違いがないか、何度も見直すことになったが……まふゆは満足そうだったし、良かったのかもしれない。

 

 名残惜しそうに手を離してセカイから消えるまふゆを見送ると、今度はミクから声を掛けられる。

 

 

「絵名」

 

「どうしたの?」

 

「まふゆ、嬉しそうだったから。これからもよろしくね」

 

「私ができることなんて、いざという時に責任を取ることぐらいしかないけどね」

 

 

 脳裏にちらつくスケッチブックを振り払っていると、私の様子から察したのか、ミクは表情を変えずに口を開く。

 

 

「そういうことが起きなければ、わたしも嬉しい」

 

「そうね……私も、嬉しいかな」

 

 

 

 

 誰かが消えてしまうぐらいなら、残り香である自分が消える方がマシだとは思うけれど。

 

 それでも、少しでも長くここにいたいと思ってしまったのは──私の我儘なのだろう。

 

 

 





ある日の思い出の話。

《オマケ:ドクダミの花言葉》


 とある日、南雲先生から言われたことがある。


「ドクダミちゃんって、自分のことを死人とか亡霊みたいに思ってそうだよねー。自分は既に死んでいる〜、みたいな?」


 あの日、ふらりと美術準備室に現れた先生は困ったように眉を下げて、こちらを見ていたっけ。


「芸術家が傑作を生み出すのは不幸のどん底にいる時か、とんでもなく幸せな時だ〜なんて言う人もいるから……ある意味、今のキミは大成する可能性の塊かもしれないけれど。それと同じぐらい、早死にしそうだねぇ」

「……今日の先生はとんでもなく不謹慎ですね」


 絵に向いていた意識を先生へと移動させ、私は描いていた絵を傍に置く。
 そうやっている間に、先生は椅子へと反対向きに座り、背凭れを膝置きにしながら足をぷらぷらと遊ばせた。


「そういわれてもねぇ。サークルに入ることによって、画家としてのキミは1つ殻を破った。でも、人としてのキミは弱点が強調されたし、それがとんでもなく致命的なんだもの」

「画家として成長してるなら、それでいいと思いますけど」


 なんだか悪いことをしていると言われている気分になって、尖らせた唇で私はなんとか言葉を返す。
 すると、先生は背凭れに顎を乗せながら問いかけてきた。


「ねぇねぇ、ドクダミちゃん。キミはドクダミの花言葉を知ってるー?」

「確か、野生でしたっけ」

「せいかーい。後は、そうだねー……自己犠牲と、白い追憶ってのもあるんだよー。我ながらピッタリの渾名だよね」


 その言葉には私は口を噤むことしかできない。
 先生はそれがわかっているのか、目を伏せて話の続きを声に出す。


「キミは過去の思い出すら、真っ白にしてしまいそうで怖いね。死に損なった人間が死を恐れることがないように、キミも同じ末路を辿りそうで心配だよ。気がついて、キミを止めてくれる人達がいたらいいんだけどなぁ……」


 最後まで言い切ったその先生の呟きに対して、私は──どんな言葉を返したっけ?



「私は……って、夢か」


 目を覚ましたら、真っ白なセカイが広がっていた。
 硬い床に枕と掛け布団のみで寝ていたのだが、意外と眠れてしまったらしい。


「……あれ、なんの夢を見てたっけ?」


 いくら考えても思い出せない、夢の内容。
 きっと、たいしたことがなかったのだろう。そう自己解決した私は、早速セカイ生活1日目を満喫することにしたのだった。

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