今回も後書きにカワイイボクの視点が少しあります。
セカイでの生活は不便といえば不便なのだけど、目くじら立てるほどのものではなかった。
風呂はまふゆのお母さん達がいない間に烏の行水のように入って、服や洗濯物はコインランドリーへ。
スーパーとかの買い出しなども、今までのお小遣いとかバイト代を崩せば対応できる。
南雲先生経由のバイトも、データのやり取りで対応できたので問題はない。
セカイから出る時はまふゆが同伴であることと、寝床がやや硬いことに目を瞑れば、気兼ねなく絵に集中できる空間だった。
「絵名」
「何ー?」
「時計の針、12の所で揃ったよ」
「……え、もうそんな時間? ありがとう、ミク」
まふゆは今日ほぼ1日、塾が開催している春の講習とのことで、今のセカイには私とミクしかいない。
1日8時間耐久で勉強をするという苦行をする為に、まふゆはセカイから出て行ったのだ。
好きなことでもないのに、よくもまぁ長時間やり続けられるものである。
私ならストレスで頭がおかしくなるかもしれない。夢も目標もないまま走らされるなんて拷問だろうし、そういう意味でもまふゆが心配になった。
(それにしても……長いこと、描いちゃったな)
ぐいっと体を伸ばせば、バキバキと小気味の良い音が聞こえる。
私が最後に時計を見たのは、まふゆが部屋に戻った時間だから8時だったはず。
今は12時なので、そこから4時間、休むことなく絵を描いてしまっていたようだ。
我ながら時間の感覚がおかしいなと笑いながら、スーパーで適当に買ったおにぎりを取り出す。
おにぎり1つがご飯は少ないんじゃないかと普段なら思うが、こっちはセカイから出ていない引き籠りである。特に問題はない。
「ミク、そわそわしてどうしたの?」
「絵名が描いてるもの、見てみたい」
「面白いのは描いてないけど……それでもいいなら見る?」
「うん」
小さく頷いたミクは私の隣に座り、スケッチブックを覗き込む。
ニーゴ用の絵でもなければバイトやSNSでも使わない予定の少女の絵は、完全に個人用ということもあってか、塾に行く前のまふゆに酷いダメ押しを受けていた。
線が歪んでいるように見えるやら、ぐちゃっとしていて何を描きたかったのかわからないとか。
好き放題言われたのが腹が立ってしまって、絵を描き直していたのだ。
そして気が付いたら8時から12時と瞬間移動したかのような時間が過ぎていた。
どれだけ集中していたらそんなことになるのか、我ながらビックリである。
「この絵の子、2つの顔があるの?」
「うん、そういう風にしてる」
「なんだか、まふゆみたい」
「そうねぇ……まふゆにも誰にでも、当てはまるんじゃない?」
笑顔を見せている少女の顔にガラスを割ったような亀裂が半分入っている。
割れた部分から見える少女の顔は全く笑っておらず、昏い目で涙を流している絵。
表の顔と裏の顔。
人に見せている外向けの顔と、人に見せれない裏向けの顔。
少し前の私も自分のことで悩んでいたけれど、この手の悩みは結構多いらしい。
特に大学や仕事を辞めたのを機に、若い子が自分探しの為に海外に旅行することがある……なんて話を南雲先生から聞いたことがあった。
世間でいう『自分探しの旅』と呼ばれるものを、大真面目にやるそうなのだ。
外国を旅行すればきっと、探し求める自分を見つけられると信じて日本を飛び出し、特に自分を見つけたという話をすることなく、旅から帰ってくる。
思い出はできた。しかし、自分は探せぬまま。
何のための旅なんだろ、意味ないよねー、というのが先生の感想だった。
そう考えると、自分を見つけるのは『環境を変える』という行動だけでは足りないのかもしれない。
表面上の人との関係でもまた、自分を見つけてもらうことは叶わないだろう。
『自分らしさなんて、その人が外向けで見せている顔が他人にとってのあなたらしさだ』という言葉もあるぐらいだ。
自分という存在ほど、難しいテーマはない。
「ミクは変だと思うところはない?」
「目」
「目?」
「わたしと同じで色が違うね」
「あー、確かに」
少女の絵はミクとは配色が違うものの、オッドアイだった。
基本的には暖色を使って統一感を出しつつ、笑っている目も温かみのあるオレンジを使っている。
反対に割れた顔の部分は寒色で差をつけて、今にも消えそうな薄い青を地にして濃い青が中心で渦巻くように塗り重ねたのだ。
表と裏を意識した結果なのだけど、確かにミクに似ている要素だろう。
「その絵はどうするの?」
「これ? まふゆに見せたら終わりかな。今度は文句を言わせないわ」
「ふふ。絵名はまふゆも皆も、すごく大切に思ってるんだね」
どこからそんな話になったのか、ミクの方を見ればどこか嬉しそうに僅かに口角を上げた。
ストレートで来ると思ったら、とんでもないカーブを見せられたような。
口を金魚のように動かすことしかできない私に、ミクは更に言葉を重ねる。
「その大切の中に、絵名も入るようになるといいね」
「本当……ミクも、よく見てるわね」
そういうところは『まふゆの想いから創られたセカイ』の住人だからなのかもしれない。
バレたくないことだけはバレないように祈りつつ、私は苦笑する。
「私はこのまま、絵を完成させるつもりだけど……ミクはどうする?」
「少し探検してくる」
「そう。いってらっしゃい」
「うん」
ふらり、ふらり。
何もなさそうな場所で何かを探す旅に出たミクを見送って、私は再び絵に向き合った。
……………………
納得いく絵に仕上がったと思う。
心の中の雪平先生から酷評を貰いそうなところも修正したし、色使いも個人的には上手くできた。
そろそろ、大きなコンクールの受賞者にも題材によっては負けない自信がついてきたけど、油断は禁物か。
まだまだ先生達から教えてもらう立場から抜け出せていないので、もっと成長しなくては。
そんなことを考えていると、私の視界の範囲で光が生まれた。
どうやらまふゆがセカイにやって来たようだ。時間も9時だし、塾以外にも色々と忙しかったのかもしれない。
まふゆが来たのが嬉しいのか、ミクが小走りで光の下へと向かう。
私は面倒なので、三角形のオブジェを背凭れにして座ったまま、まふゆの方へと目だけを向けた。
「ミク……と、絵名」
「いらっしゃい、まふゆ」
「私はおまけなのね……おかえり、まふゆ。お疲れさま」
明らかに私がいたことを意識していなさそうなまふゆに、こっそりとため息。
(どうせミクと遊ぶだろうし、勉強しようかな)
そう思っても視線を下に向けたはずなのに、何故か私の視界から紫と白色の髪の毛が消えてくれない。
態々2人で近づいて、揃って座らなくてもいいだろうに。
似たようなぼんやり顔を並べる彼女らを半目で睨んだ。
「2人揃って何?」
「絵名にも曲を聞いてもらおうと思って」
「曲って、Kと作ったの?」
「ううん、私1人で作った。Kと作っても見つからなかったから、これからは1人で作って、1人で見つけるつもり」
やはり、私の予想は正しかったらしい。
ニーゴに、Kに見切りをつけたのか、とうとうまふゆは動き出してしまった。
「1人で作れば、まふゆの探し物は見つかるの?」
「さぁ……わからない」
「私は1人で探してみたけど、今まで見つかってないわよ」
「でも、あそこに1年いても何も見つからなかった」
「そっか。何も見つからなかった、ね」
まふゆの言う通りならば、私がやってきたことは本当にただの迷惑だったのだろう。
少しでも友達の助けになりたいと思っていたのに、その結果は彼女を追い込む手助けをしていたと。オウンゴールの立役者なんて笑えない冗談だ。
……友達を作ると人間強度が下がるとか、そういう話はAmiaの付き合いで見たアニメに出てくる言葉だったか。
私がやってきたことはただ、まふゆの精神的な耐性を弱らせただけ。
爆発しそうな時限爆弾のカウントダウンを早めただけだった……と。
「じゃあ、いけるところまで行ってみれば?」
「言われなくてもそのつもりだよ」
「あっそ」
「……ねぇ、2人とも。曲は聞かないの?」
ミクの言葉のおかげで、私のブレーキは間に合った。
……そうだ、今のまふゆには逃げる場所が殆どないのだ。
その逃げ先であるセカイで居候している身で、彼女を責めるような言葉は使わない方がいい。
(せめて1人、いや、あと2人ぐらいは味方になってくれる人がいないと。私が対立したって思われたら、拠り所を無くしたまふゆの行動が読めないし)
こっちはフラストレーションを抑えて、まふゆと向き合っているのだ。
絶対に諦めてやらないから、今は1人で曲を作る猶予を楽しみにしていればいい。
ミクの話が正しければ、私の作戦は通用するはず。
まふゆの本筋の邪魔をするつもりはないが、全ての出来事を思い通りにさせるつもりもない。
首を洗って待っていろ。油断していて欲しいので、直接言わないけれども。
(それにしても、胸に直接刺してくるような激しい曲ね)
考え事をしている間にまふゆが作ったという曲が聞こえてきた。
私は音楽のことについて詳しくないので、音が〜とかそういう話は全くわからない。
しかし、これが作り始めて1年ぐらいの人の作品だと思えないぐらいには、完成されているのだけはわかる。
(あーあ。これだから才能があるって奴は)
兎と亀みたいに
全員がエンジンを付ければ良いかと言われたら、そうでもないのだろうけど。
その先が崖だろうが壁だろうが、止まらずに突き進むのがその人にとっての良いことかなんて、私にも断言できないのだから。
(私も作れと言った手前、強く言えないけど……1人の状態で潰れたら、探し出せないかもしれないのにね)
何のために人には言葉があって、口があるのか。
彼女は今日も、その意味を忘れてしまったように肝心なことは何も教えてくれなかった。
──それから、まふゆは『OWN』として曲を投稿するようになった。
特に宣伝も何もされていない動画達は、その突き刺さるような音楽によって、瞬く間に人気が出てくる。
知る人ぞ知る存在になってきたのが春休みが終わりそうな頃であり、私が動いたのもそのタイミングで。
(口があるのに何にも言えないおバカさんなんだから、こっちで代わりに投げかけるしかないじゃん)
──Amiaにああいう連絡をすれば、Kなら気がついてくれるだろう。
情けない話だけど、私ではあいつの心を全く動かせなかったようだし、たぶん……Kが息をするためにも、まふゆのような『救えるかもしれない存在』が必要だろうから。
できそうな人にまふゆを任せて、ミクに声をかけることが今の私の精一杯だった。
記憶喪失えななんも根っこは人に頼れないからおまいう状態だし、まふゆさんが記憶喪失えななんを見習ったら、1人で頑張るって結論に至るのは仕方がないんですよね……
(この小説では彰人君が電話してたり、モモジャンが動画見てたりしてることから『セカイではネットが繋がる』という設定を採用しています)
《side.Amia》
「あれ、えななんからDM来てる……何でナイトコードじゃないんだろ?」
ふと画面を見れば、えななんから用事があるという連絡が来ていた。
それに返信すれば、すぐに文章と動画のURLが送られてくる。
「『この動画を見てほしいの。できれば、Kにも教えてくれたら嬉しいな。紹介者は匿名で』ねぇ……うーん、これはピピーンと来たね」
名探偵☆瑞希ちゃんの灰色の脳細胞に稲妻が走る! ──なんちゃって。
これが漫画とかならば、えななんは今、自分の周りで大変なことが起きていて、このDMはSOSなのである。
察しの良いボクはそれぐらい察するのは朝飯前だった。
……今のボク、オヤツも夕飯も食べた後なんだけどね。
(えななんとボクの仲だからねー。しょうがないからイイ感じに誤魔化しておいてあーげよっと)
ちゃんとボクの方でも動くから──だから、さ。
えななん、早くナイトコードに戻って来てね。