あれから、セカイを抜けて戻っていく3人を見送った私は、未だにセカイに残っていた。
ミクに「帰らないの?」と首を傾げられたけれど、これには水溜まりよりも浅くて、ペットボトルのキャップよりも狭い理由がある。
現在の時刻、なんと4時。実は16時で夕方でしたーというオチもなく、早朝に分類される方の4時なのだ。
夢の中にいるであろう家族を叩き起こすような真似なんて、私にはできなかった。
そういう理由から、私は今もセカイに残留中。
スマホからナイトコードにログインしてイヤホンを装着し、そのままボイスチャットに参加していた。
セカイでも繋がることへの安心半分、後々の通信費がとても恐ろしいが……今回ばかりは甘んじて受け入れよう。
お母さんに呼び出される覚悟はできている。
「皆、セカイから戻ってきた?」
『ボクはちゃんと戻ってきたよ』
『わたしも。えっと、雪は……?』
私の声に真っ先に反応したのはAmiaとKで、雪はボイチャにいるものの、沈黙したまま。
Amiaが試しに『雪さーん?』と呼びかけているが、やはり返事はない。
──まさか、解決したと思っていたけど、本当はそうじゃなかったとか?
1度だけ見たスッキリし過ぎている部屋に倒れるまふゆを想像して、体に寒気が襲ってくる。
「雪、あんたちゃんといるのよね……?」
まさか、そんなと嫌な妄想が頭を蝕んでいると、そんなものは杞憂だと言わんばかりに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『いるよ。ちょっと声出すのが遅れただけだから』
『雪! あー、声を聞けて安心した〜』
『……そっか。よかった』
Amiaがうるさいし、Kも雪に声をかけているので、私は「よかった」とだけ呟いてから、状況を見守る態勢に入る。
……が、その態勢は更にうるさくなったAmiaによって崩された。
『あー! ねぇねぇ、皆。共有フォルダを見てよ!』
「うるさっ。Amia、急に叫ばないでよ。で、共有フォルダがどうしたの?」
しばらくナイトコードの方はあまりに見ていなかった私は、共有フォルダがーとか言われても、ピンと来ない。
『ほら、Untitledの名前が変わってるんだよ!』
「え? ……あぁ、ほんとだ。Untitledが消えて、『悔やむと書いてミライ』ってのがあるわね」
『そーだよ。ボク、嘘なんかつかないよ』
「つい本当か聞いただけで、疑ってないって」
イヤホンを外しても聞こえてくる大音量のAmiaの声に目を細める。
タップしてUntitledを確認すると、謎の楽曲は『悔やむと書いてミライ』という曲に変化していた。
これはいつから変化していて、どうして
ミクに聞こうとしたら、付け直したイヤホンから先んじて雪が答えをくれる。
『ミクが本当の想いを見つけたら、歌が生まれるって言ってた。だから、名前が変わったんだと思う』
「えーと、つまり……今回の件は一件落着ってこと?」
『……たぶん』
少し自信無さげに返ってくるものの、雪の中で何かが変わって、その変化が楽曲に現れたというのなら──それは良いことなのだろう。
「ふーん、そっか。よかったわね、雪。私も安心して朝から家に帰れるわ」
別にセカイにいることが嫌だというわけではないけれど。
ただ、そろそろ硬い地面よりもフワフワのベッドが恋しいし、何も気にせずお風呂に入りたい。
……こう考えると、たまに1人で修行のように籠るのはいいけど、何日もやるようなものじゃないのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていると、Amiaから揶揄うような言葉を投げられる。
『あーあ。えななんってば朝帰りなんて悪い子なんだ〜』
「そういうAmiaは人の揚げ足を楽しそうに取って、小さい子供か何かなわけ? わかってることを揶揄うのはつまんないんだけど」
『ひーん。えななんが雲隠れしてる間に、セカイの床みたいに冷たくなったー』
「残念だけど、元からこうですー」
というか、どうしてAmiaはセカイの床が冷たいと思っているのか。
意外とあのセカイ、雪の心の中の影響なのかそんなに冷たくないのだけど……まぁ、そんな細かいことは言わないでおこう。
『Amiaとえななんは元気だけど、もうそろそろ朝になるし、今日は解散しよっか。早めに休んで、また明日から次の曲を作りたいし』
「そうね。今日は色々あって大変だったし、ゆっくり休んだ方がいいかも」
私はセカイで時間を潰してから家に帰る予定だけど、K達は休んだ方がいいだろう。
そう思っていると、殆どの人が寝静まっている時間帯なのに、またしてもAmiaの大きな声が鼓膜を貫通してきた。
『あぁー、そうだった! はいはい、解散前にボクから提案がありまーす!』
「あんた、何回目の叫び声なの? つまらない提案だったらどうなるか……わかってるわよね?」
『えななんこわーい。だけど、つまらなくはないから大丈夫だよ。ボクの提案はズバリ! 今回の件も含めてお疲れ様会をオフでしようって話でーす』
「それってつまり、オフ会……?」
『そうそう。流石に明日──というか今日と言うべきかな。その日は無理だろうから、明後日とかどうかなー?』
何ならさっき会ったばかりなのに、どうしてオフ会をしようと思ったのやら。
『明後日ならわたしは大丈夫』
『……私も。Kやえななんが行くつもりなら、参加できる』
Amiaの軽い調子の言葉を吟味していると、Kも雪も意外と好感触な返事をしていた。
1番乗らなさそうなKが真っ先に言うとは驚きである。
いや、驚いている場合ではないか。
珍しく、Kや雪が乗り気なのだし、ここは乗っておくのも悪くはない。
「明日にゴタゴタを片付けたら……うん、私もいけると思う」
『じゃあ決定だね! いやぁ、楽しみだなー。明日にちゃんと日時と場所を送るから、よろしくねー』
Amiaの言葉を最後に、今日は一旦、ナイトコードでの活動は解散する。
明日……というか、今日中に家に帰って色々と片付けてから、また集まろう。
……………………
シブヤ付近のファミレス内にて、Amia──いや、瑞希の提案通り、私達はまた集まっていた。
私と瑞希が早めに来たので隣に座って、後から来た
私の席がちょうどメニュー表の近くだったので広げていると、瑞希が元気よく親指を立てる。
「遅刻しそうなえななんも時間通りに来たし、今日は良い滑り出しだね!」
「……あんたは息をするように失礼なことを言わなきゃ、生活できないわけ?」
「うぅむ。もしかしたら、えななんを揶揄うのがボクの生き甲斐だったのかもしれない……」
「さっさと捨ててきなさいよ、そんな生き甲斐!」
バカみたいなことを大真面目に言う瑞希にツッコめば、ヤツは満足なのか大笑い。
そのまま右手を挙げて、瑞希は堂々と宣言した。
「じゃ、注文前に軽く自己紹介タイムね! ボクは暁山瑞希だよ♪ 瑞希って呼んでね! はい、次はえななん!」
「えー、皆知ってるし、私パス」
「残念ながらパス権はないのでナシでーす」
「はぁ。今更、自己紹介とか……えーと、東雲絵名です、よろしく。って、これ本当に必要?」
「もちろんだよー。こうすることで、皆が自然と名前で呼び合えるようになるって寸法だからねー。じゃあ、次は〜……」
瑞希が私から前の2人へターゲットを変える。
どっちに言ってもらおうかなー、と瑞希は楽しそうに選んでいるものの、そんなに呑気にして待ってくれる人なんておらず。
「宵崎奏……雪は?」
「……朝比奈まふゆ」
「まふゆだから雪なんだね……これからもよろしく、まふゆ」
「……うん」
案の定、楽しそうに選ぶ瑞希を無視して、奏がさっさと済ませてしまった。
それに乗っかってまふゆも自己紹介をして、2人とも終わりましたと言わんばかりの空気を出している。
「2人とも自己紹介が早いなぁ……」
「はいはい、早いことはいいことでしょ。さっさと注文も決めましょ」
いつまでも何も頼まないまま、お喋りするのは迷惑だろう。
私はチーズケーキとアイスティーを頼み、奏がワンタン麺とウーロン茶。
まふゆはワンタン麺とアイスティーというちょっと不思議な組み合わせを頼み、瑞希は飲み放題ドリンクとフライドポテトを注文していた。
「じゃ、ボクは飲み物入れてくるね~」
「零さないようにね」
ナイトコードにいる時よりも楽しそうな瑞希を見送って、改めて前を見る。
奏はいつも通り控えめな笑みを浮かべていて、まふゆの方も見慣れたポーカーフェイスだ。
パッと見た感じは悪くなさそうだけど、一応確認しておこうか。
「2人共、私と瑞希のテンションで進めちゃったけど、大丈夫?」
「……絵名はいつもあんな感じだから慣れてる」
「はぁ? 瑞希もまふゆも、余計なことを言わなきゃ気が済まない呪いにかけられてるんじゃないの?」
「……さぁ。よくわからない」
「それ、便利ワードじゃないから」
ビシ、とまふゆに人差し指を指せば、前から「人に指を指しちゃダメだよ」という注意が飛んでくる。
まふゆは相変わらず、マナーとかには厳しめだ。指を指されたくなければそんな行動をしなければいいのに。
そんな理不尽なことを考えつつ、相手への不満で顔を顰めていると、クスクスと笑っている奏と目が合った。
「絵名は瑞希ともまふゆとも仲が良いね」
「あ……ごめん。うるさかった?」
「ううん。さっきの答えだけど、居心地は悪くないから大丈夫だよ」
そんな話をしている間に、店員さんが注文していたアイテムを持ってくる。
まふゆと奏の前にワンタン麺を並べ、飲み物をそれぞれ配っていると、ちょうどいいタイミングでコップを2つ持った瑞希も帰ってきた。
「お待たせー♪」
「瑞希、右手のはオレンジジュースかなって思うんだけど、もう片方の飲み物の色がドロドロの何かになってるんだけど……それ、何なの?」
「え、これ? 飲み放題ドリンクを全部混ぜた素敵飲料だけど?」
「……あんたねぇ。私は飲まないから、1人で処理しなさいよ」
こういう時こそ飲食物を無駄にするなと言えばいいのに、まふゆは無反応だ。
そんなに私の人差し指が憎いのか。半目でまふゆを見ても、返ってきた反応は首を傾げることだけだった。
「皆飲み物持って! ニーゴの初オフ会を記念して乾杯しよ、乾杯!」
「瑞希、そういうの好きね」
「絵名も嫌いじゃない癖に~。あ、奏もまふゆも、乾杯してもいい?」
「わたしはいいよ」
「……私も」
帰ってきた瑞希が手拍子しながら仕切って、全員で飲み物を手に持つ。
「それじゃあ、ニーゴのオフ会を祝して……かんぱーいっ!」
「はいはい、かんぱーい」
「……いいかな。じゃあ、いただきます」
「……私も。いただきます」
奏とまふゆはほんの少し飲み物を上げるだけで、それぞれ麺を食べ始めてしまう。
そんな2人を見てからこちらに視線を向けてきた瑞希は、力なく笑った。
「絵名がいてくれなかったら盛大に滑ってたよ、ありがとう……」
「別に。じゃ、私も食べよっと。いただきます」
「あ、ボクも。いただきま~す」
その日のオフ会はそんな調子で無事に終了した。
これでまふゆの迷走も、ひと段落したのだろうか。
まふゆの探し物への鍵になりそうな奏も協力してくれるようだし、私も瑞希もいるのだ。
もう、私が体を張ってセカイに閉じ籠ることはないだろうし、この結果はめでたしめでたし──で締め括っても良いだろう。
メインストーリーの範囲は今回で終わりましたが、数話ほど別の話を挟んでから、イベントストーリー編に入ります。