イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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記憶喪失えななん()ヒミツのはなし(絵名side)
記憶喪失えななん()ヒミツのはなし(奏side)
の2本立てです。よろしくお願いします。



49枚目 ヒミツのはなし

 

 

 

 ──この話は奏達が来る前。

 

 春休みの間、まふゆも塾などでいなかった『誰もいないセカイ』に私とミクだけがいた時の話である。

 

 正直な話──私は最初、この場所を疑っていた。

 初音ミクのことだって、こちらが馴染みやすい存在の姿を借りているだけで、実はまふゆを引き込もうとしてるんじゃないか……とか。

 

 今となっては違うとわかったけど、最初の頃は化けの皮でも被っているのではないかと、そんな可能性も考えていた。

 

 言い訳させてほしい。

 

 私が知っている『現実ではありえない現象を引き起こせるモノ』といえば、あのスケッチブックなのだ。

 もしかしたらまふゆも、自分を見つける代わりに何かを奪われるんじゃないか、と疑ってしまうのも無理はないと言い訳させて欲しかった。

 

 

「……絵名、調べ物は満足した?」

 

 

 頭からセカイを疑う私に対して、ミクは私が満足するまで探索に付き合ってくれた。

 セカイの端っこまで歩こうとする私に付いて来てくれたり、穴を掘れなくて四苦八苦している私をじっと見守っていたり。

 

 否定することも肯定することもなく、ミクはたまに歌いながら、私が満足するまでずっと私を見ていた。

 

 

「そうね。少なくとも、私が思っていたのとは違うんだなってことだけはわかった。ごめんね、付き合わせちゃって」

 

「ううん、絵名はまふゆのことを大切に思ってくれているのはわかったから。でも、気になることがある」

 

「気になることって?」

 

「どうして、絵名はこのセカイを危ないものだって決めつけたの? 警戒するのはわかるけれど、最初から何もないこの場所を『死ぬような危険な場所』だって断言するのは変だと思う」

 

 

 ミクやこのセカイも広義的には不思議な場所の不思議な存在であり、スケッチブックに似たような分類かもしれない。

 

 何より、ここまで付き合ってくれたミクに対して、変な誤魔化し方は不誠実な気がした。

 

 記憶喪失に関することを話さなければ大丈夫だろう。

 いつものように頭の中で何を話さないか準備してから、私は口を開いた。

 

 

「私もセカイってわけじゃないんだけど、不思議な体験をしたことがあってさ。それで、ここも似たようなモノなんじゃないかって思っちゃって」

 

「そうなの?」

 

「うん。違うんだろうなって本当はわかってたんだけどね……どうしても、頭から離れなくて」

 

 

 ──あっ、そういえば。

 

 年数が経ってしまっているせいか、昔ほど『今すぐ記憶が戻れ!』と必死に行動していないものの。

 このセカイならば、スケッチブックについて何かヒントをもらえるかもしれない。

 

 ミクと話してやっと出てきたアイデアに、遅過ぎるだろうと苦笑いを1つ。

 声をかけてからスケッチブックを取り出し、ミクに見せた。

 

 

「ねぇ、ミクはこのスケッチブックについて、何か知らない?」

 

「スケッチブック?」

 

 

 首を傾げるミクにスケッチブックを差し出す。

 

 人間ではないミクならば、或いはお母さんもお父さんも見えてなかったあの文字も読めるのかと思ったけれど。

 

 ミクはペラペラと少ないページを捲り、最後に絵の描かれたページだけを眺めてから、スケッチブックを閉じた。

 

 

「これはどこで手に入れたもの?」

 

「どこって言われると難しいかな……いつの間にか、家にあったスケッチブックの中に紛れ込んでたような感じだし」

 

「そうなんだ……」

 

 

 私の言葉にミクは考え込むような動作を見せて、おずおずと声を出す。

 

 

「絵名、そのスケッチブックはよくない感じがするから、できれば手放した方がいい」

 

「もしかしてこれ、セカイにとって良くないものなの?」

 

「ううん、セカイとは関係ない。それは、想いから生まれるようなものじゃないと思うから」

 

「それってどういうこと?」

 

「どう、と言われても難しい。えっと……性質が反対?」

 

 

 ミクもよくわかっていないようで、自信なさげにスケッチブックを返してきた。

 返す時に「使わない方がいい」と言ってくるあたり、ミクはこのスケッチブックに良い印象はないようだ。

 

 私だって、使わないで良いなら使わない。

 ……不思議なことに、捨てたいとも思えないのだけど。

 

 

「ふぅん、そっか。ありがとね、ミク」

 

 

 使いませんよーと宣言するようにスケッチブックをビニールロープで巻いてしまって、カバンの中にしまい込む。

 

 見た目だけ厳重だけど、その気になれば簡単に解けてしまう気持ち程度の封印。

 

 明らかに手放す気も、使わないとも言わない私に、ミクは心配そうにこちらを見ている。

 視線を合わさないように目を逸らし続けて、その日はひたすら、まふゆが来るのを待っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《side.奏》

 

 

 

 まふゆの件も終わって、わたしはお父さんのお見舞いをする為に病室に来ていた。

 

 

「……今日も寝てる」

 

 

 白い部屋で静かに横たわるお父さん。

 目を覚ましても、話しても、わたしのことを覚えていないのだけど、それでも声をかけた。

 

 

「あのね、お父さん。いいことがあったんだ」

 

 

 目を閉じて思い出すのは、つい最近の、あの何もないセカイでの出来事。

 

 

「わたしはまだ、わたしの曲で誰かを救うことはできないけど……それでも、作り続けるよ」

 

 

 それが、わたしの曲で救われたかもしれないと思ったあの子と、わたしの曲が救ってくれるのだと思ってくれたあの子の為になるのなら。

 

 

「だから、お父さんにもいつか聴いて欲しいな」

 

 

 それで、お父さんも救える曲を作れたのなら、もっといいだろうから。

 

 

「この後、予定があるから。今日は帰るよ、またね」

 

「……奏」

 

「え。お父さん、今、名前……」

 

「……」

 

「なんだ、寝言か」

 

 

 口から出た声音は自分でもわかるぐらい残念そうだったけれど。

 

 

(でも、久しぶりに呼んでもらえたな)

 

 

 ほんの少し胸が温かくなるのを感じながら外に出ると、病院とは思えないぐらい軽い調子で声をかけてくる男がいた。

 

 

「やぁ、宵崎さん。嬉しそうだけどお父さんに良い報告でもできたのかい?」

 

 

 白衣とネームプレートが相手が医者だと示しているのだが、絵名も『軽薄でおしゃべりでスピーカーだ』と嫌っているぐらいには口が軽い人らしい。

 

 担当医という意味では腕は確かだけど、人間としてはあまり付き合いたいとは思えない……というのが絵名の評価だ。

 かく言うわたしも、あまり目の前の相手は得意ではなかった。

 

 

「はい、最近良いことがあったので」

 

「そっか。それは良かったよ。そういえば……宵崎さんって東雲さんとは連絡を取り合う程度には仲が良いのかい?」

 

「……どうして、そんなことを?」

 

 

 わたしの内心に湧き出た疑惑が露骨に顔に出ていたのか、担当医は慌てて両手を左右に振りながら弁明する。

 

 

「いやいや、疚しい気持ちじゃないんだって! 丸々1ヶ月ぐらい、東雲さんが姿を見せないから心配になっただけだよ!」

 

「1ヶ月来ないって……病院って頻繁に来ない方が健康だし、いいと思いますけど」

 

「あー、いや。確かにそうなんだけど、あの子の場合はそうも言ってられないというか」

 

 

 

 それはどういうことなのだろうか?

 絵名だけは病院に来てもらわなくては困るなんて、益々怪しく感じてしまう。

 

 思わず目を細めてしまって、わたしの目から何かを読み取ってしまったらしい担当医は、コソコソと小さな声で話しかけてきた。

 

 

「いや、大きな声では言えないんだけど……ほら、僕って精神的にちょっと問題がありそうな人を担当する医者だからさ。で、その僕が関わってるってことは、東雲さんも心の風邪の真っ最中って話なわけよ」

 

「それと、絵名の連絡先を聞くのに、何の関係が?」

 

「いやいや、誤解だって! 高校生の女の子をそんな目で見てたら捕まっちゃうよ!」

 

 

 それを言うなら、患者の情報を平然と喋る医者もよろしくない気がする。

 だけど、わたしも少し話の中で気になることがあって、黙ってお喋りな相手の話を聞いた。

 

 

「彼女、あることがきっかけで暫く肉体的なリハビリに来てたんだけどさ……ある日、錯乱しちゃってこっちにも回って来たんだよね」

 

「錯乱?」

 

「そう。どうやら後遺症か何かで『言ったら錯乱してしまう禁止ワード』ができちゃったみたいでねー。何を言ったらダメなのか、ちゃーんと調べてあげなきゃ日常生活で突然、錯乱しちゃうかもしれないだろう? だからこっちで慎重に調査中なのさ」

 

「それを絵名は……?」

 

「気づいてはいないんじゃないかな。ぼんやりとしか思い出せないみたいだし、あんな良い子でも精神的な風邪をひくなんて、人間って不思議だよね」

 

 

 大変だ大変だ、とちっとも大変そうに見えない様子で喋る医者に、わたしは目を細める。

 

 聞かない方が良かったかもしれない。絵名がわたしのことをある程度、知っている理由はコレのせいだろうし。

 わたしも今、この医者の悪癖を利用しているようなものだけど……罪悪感で胸が痛くなってきた。

 

 

「宵崎さんは友達みたいだし、今のところわかっている禁止ワードを教えておこうかな。いいかい、東雲さんには絶対に『絵を描くのをやめる』とか、それに近い言葉を言わせちゃダメだよ。いや、言うぐらいならまだ大丈夫かな。やめてやるーって思わせた状態で、言わせるのが1番不味いんだよね」

 

「そんな話まで、しても良かったんですか?」

 

「いやぁ、それを言って暴れるとかはないし、大丈夫なんだけどさ。ただ、どんなに泣いていても怒っていても、それを言わせたら真顔で絵を描こうとしちゃうんだよね。あんな姿、見ていて気持ちのいいものじゃないから、友達なら気をつけてあげてよ」

 

 

 担当医は言い訳に満足したのか「あぁ、今のはオフレコだからね!」と念を押してその場を離れていく。

 

 

(……お父さんに会いに来ただけなのに、とんでもないことを聞いちゃったな)

 

 

 絵名のことだから興味があったとはいえ、聞かない方が良かったのかもしれない。

 絵名も知らないかもしれないことを知っても、わたしにできることはあまりなさそうなのが、胸を締め付けるような罪悪感を助長させている。

 

 申し訳なくて、苦しくて、現実から目を背けるように瞼を下ろすと、何故か頭の中から記憶が湧き出てきた。

 

 

 

 

 ──あれはKの曲のお陰だから。あの曲のお陰で、久しぶりに良い絵が描けたの。

 

 

 

 

 瞼の裏側にあの日、眩しそうに目を細めてこちらを見ていた絵名の顔が思い浮かぶ。

 絵名に何があったのか、何が起きているのかはわたしにはわからない。わたしにできることも、ないのかもしれない。

 

 でも……あの日に言ってくれた言葉が嘘じゃないのなら、わたしが絵名にできることは──

 

 

(──絵名の為にも、絵名に必要な曲も作ること。それだけ、だよね)

 

 

 望まれるのなら、わたしは幾らでも頑張れるから。

 

 だから、皆──わたしのそばで笑っていてほしい。

 

 もう誰も、お父さんみたいになってほしくないって思うのは、間違いじゃないはずだから……

 だからわたしは、お父さんを救えなかった音楽で、今度は誰かを救いたいんだ。

 

 

 





禁止ワードを言った記憶喪失えななんは、弓道場で1人で弓を射っていたまふゆさんのように「……なきゃ……かなきゃ」って繰り返し呟きながら、絵を描こうとするみたいですね。

……思ったより不穏な感じになったので、次回はほのぼのさせます。
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