朝に瑞希とナイトコードで戯れていたら、途中でまふゆが乱入したりしたんだけど──その後は何事もなく朝ご飯前に解散した。
ナイトコードで奏がコソコソ曲を作っていたのを追い出した後に、瑞希がひょっこりと乱入してきて。
後からまふゆも追加で入ってきた時には、間に合うのかと不安になったけど──結果的にはナイトコードで喋っていたことで絵を描かずに済み、私は助かった。
(いくらなんでも毎回、彰人に『時間じゃないのか』って呼ばれるのはね……)
隙間時間に絵を描いていたら、気が付いたら時間が飛んでいるのである。
それで何度、彰人に「おい」と言われたのやら。
直接謝るのは何故かものすごい抵抗があるんだけど、悪いとは思っている。
……それが行動に伴っていないので、全く反省していないと言われても言い返せないのだが。
「お母さん、友達と遊びに行ってくるね」
「人形展だっけ? 気を付けてね」
「うん、いってきます!」
そんな短いやり取りをしてから家を出て、待ち合わせ場所へと向かう。
余裕をもって出て行ったから、今日は『いつも時間ピッタリで何かあったら遅刻確定えなな~ん』とかあのカワイイ好きには言わせない。
そうやって意気込んでいたせいだろうか。
不意に左肩を叩かれて、私は思わずその手を見る為に振り返ってしまう。
よくよく考えれば引っかかるわけがないだろうと思っていた、ありふれた手法。
考え事にリソースを割かれていた私の脳は何も考えずにヤツの思惑通りの行動を弾き出し、その結果、私の左頬に細長い人差し指が触れた。
「瑞希、何するのよ」
「いやぁ、ちょっとやってみたくてさ。絵名、さっきぶりー」
半目で下手人を睨めば、悪びれもなく瑞希は笑う。
人形展前に疲れたくないので、怒りは溜息と一緒に吐き出した。
「そうね、さっきぶりね」
「あれ、もしかして怒った~?」
「怒ってないわよ」
少なくとも、今は。
そう心の中で付け足すと、次の悪戯を思いついたらしい。
瑞希は隣に立って、私の左頬をさらに「えいえい」と突いた。
「怒った?」
「私、ムカつく絵柄のギャグマンガの住人じゃないんだけど」
「これもやってみたくて」
「ふぅん。あんたの言い分はよーくわかったけど、私で試さないでくれる? 人差し指が惜しくなければね」
「ちょっと絵名さん!? やっぱり怒ってんじゃん、ごめんって!」
人差し指を握って人質ならぬ指質に取り、瑞希から謝罪をもぎ取る。
これでも続けるのなら指を関節の反対側に曲げようと思ったが、すぐに謝ってくれたので解放しよう。
「おかえり、ボクの人差し指……」
「はいはい、切り替えて待ち合わせ場所まで行くわよ」
「……そうだね。待たせてるかもしれないし、いこっか」
奏もまふゆも私の様にいつもギリギリの時間で活動していないので、先に待ち合わせ場所で待っている可能性は十分ある。
そんな予想通り、待ち合わせ場所に向かえば見覚えのある紫と白が並んでいた。
時間まで10分はあるし、慌てなくてもいいだろう。
だが、そう判断したのは私だけだったらしく、2色の頭を目撃した瞬間、瑞希が走り出した。
体力オバケなだけでなく、運動能力も高いのだろう。驚くぐらい早い。
「おっまたせ~! 奏もまふゆも早いね!」
「ちょっと瑞希、急に走らないでよ!」
追いかけるこっちの身にもなってほしい。
おかげで短距離でも走る羽目になり、人形展に行く前から体力がごっそりと消えた気がする。
「よーし、全員揃ったし、人形展へレッツゴー!」
瑞希が握り拳を挙げるものの、私は体力の回復に努めているし、奏もまふゆも無反応だ。
そのせいか、ゆっくり手を下ろして先頭を歩く瑞希の背中が、どこか寂しそうに見えた。
……………………
チケットを受付に渡して、パンフレットを貰いつつも人形展をしているフロアへと移動する。
人形展、といってもどこかの小さなフロアを借りて、こぢんまりとやっているようなイメージを勝手に持っていたのだが。
「もっと小さい会場だと思ってたけど、かなり広いわね」
「うん、驚いた。すごく立派だね」
私と同じ感想だったらしく、奏も隣で頷く。
「わぁ、この人形カワイイー! 見て見て、これなんてケモ耳ついてるしー……こっちの人形なんて──」
「はいはい。こういう展示物のあるところでは馬鹿みたいに騒がず、黙って見なさいよ」
「はーい」
「ったく、わかってるんだか……」
後ろでまふゆの隣に並んでいたはずの瑞希は前に飛び出て、ハイテンションで人形を見ている。
落ち着きのない瑞希に声をかけてみたものの、本当にわかっているのやら。
場所によってはお断りの可能性もあるのだから、ハイテンションになったとしても声のトーンは抑えてほしい。
猫のように気まぐれに彷徨おうとする瑞希を繋ぎ止めている間に、奏がまふゆに話しかけていた。
一瞬だけ不思議そうな顔をしたものの、すぐに真顔に戻るまふゆと、それを残念そうな顔で見る奏。
「奏は奏で、まふゆのことを気にしてるみたいね」
「だねー。あれなら、人形展の間だけそれとなく2人だけにしてみる?」
「そんなことしたら怪しくない?」
「露骨じゃなきゃ大丈夫でしょ。それとも、絵名はボクと周るのは嫌かな?」
その質問の仕方は狡いだろう。
こっちの反応をわかっていそうな言葉選びに、私はわざとらしく肩を竦める。
「……そうは言ってないでしょ。ほら、行くなら一緒に回るわよ」
「じゃあじゃあ、向こうに行ってみようよ! 今こそ、ボクと絵名のイメージを合わせる時!」
「その言葉、瑞希が好きそうなアニメの台詞みたいね」
「皆の力を合わせる〜とか、盛り上がる場面だよね」
ちょっと関係のない話をしつつも、私と瑞希は奏達を視界から視認できる範囲内で人形を見て回った。
私は南雲先生との美術館巡りで似たような展示も見たことがあり、あれに似ているな、これに似ているなと記憶の中にあるものと照らし合わせて見ていたものの。
瑞希の方はこの人形展でインスピレーションが刺激されているらしく、嬉しそうに指さしながら見ていた。
人形という小さな存在のサイズに合わせて作られた衣装に感動していたり、あの服は○○に似合いそう! と2人で盛り上がった。
瑞希が楽しんでいるのなら、それだけでも今日はここに来た甲斐があったと思う。
あっちこっちと彷徨う瑞希について行っていると、1つの人形が目に入った。
やけに生きているように見える人形が飾られていて、私の足はぴたりと止まる。
「ねぇ瑞希、この人形だけなんだか生きてるように見えない?」
「ホントだ。造形がリアルってわけでもないのに、不思議だね」
「血色感が原因かな」
「んー、目にも何か工夫してるっぽいよ。目に光が入ったら、ほら!」
「確かにキラキラしてるわね……あ、あっちにも同じ人の作品があるみたい」
「なら行こうよ! ショップもあるみたいだし、後で見てみよー」
グイグイと進む瑞希を視界に入れつつ、私は奏達の方へと体を向ける。
「瑞希がああ言ってるから、私達はあっちを見てみようと思うんだけど……奏達はどうする? 一緒にくる?」
「まふゆはどうする?」
「お手洗い行ってくる」
「……そっか。じゃあ、わたしはまふゆと一緒にお手洗い方向に行くから、絵名達は見たい展示物を見てきなよ」
「いいの? なら、まふゆのこと、よろしくね」
控えめに手を振る奏に手を振り返して、私は瑞希を追いかける。
先に瑞希が待っていた先に飾られていた人形は、なんというか夢に出てきそうなリアルさがあった。
「……わ、なにこれ」
「ねー。なんかホラーゲームに出てきそうじゃない?」
「あー……」
既視感があると思ったら、そういうことか。
……後、そんなに好きじゃないと思ったのも、その辺りが原因だろう。
私、控えめに言ってもホラーは得意じゃないし。
「あ、この人形はちょっと違うみたいだよ」
「わ、すっごいモコモコな人形」
部分部分を見ればリアルさがあるのに、頭に猫耳がついていたり、糸に繋がれていたりしていて、人形っぽさも両立している人形。
そんな人形がちゃんと手足から糸が伸びていたり、足と胴体にだけ糸が巻き付いていたり、糸を切っていたり、手にだけ巻き付いた糸を取ろうとしていたり。
たぶん、分類的にはマリオネットの親戚なのだと思うけれど、そうには見えないユニークな人形達である。
「糸を切ってる人形のこの笑顔、なんか瑞希っぽいかも」
「この手の糸を取ろうとしてる人形の吊り目とか、絵名が怒ってる時にそっくりだと思うよ? ほら、耳を澄ませば『はぁ? なんで取れないのよ!?』って聞こえてくるよ〜」
「聞こえないから」
本人が聞いても似ているかも、と思うモノマネはやめてほしい。
そう言ってるのに、瑞希のモノマネは止まることなく、人形の前に行っては声真似をしていた。
足と胴体に糸が巻きついている子は奏っぽく、マリオネットらしくちゃんと糸がつけられた無表情の人形はまふゆっぽい声付き。
しかも、ちょっと似てるのが腹立ってきて、無視してしまうことも検討してしまうぐらいだ。
「いやぁ、こんなにボクらの面影を感じるなんて、運命だよね」
「こっちが勝手に重ねてるだけだけどね」
「いやいや、そんなことないって。この人形の裏タイトルはきっと『ニーゴ戦隊ニゴレンジャー』なんだよ」
「そんなバカな名前のわけないでしょ。わかっててボケないでよ」
大喜利をし始める瑞希にツッコんでいたら、まぁまぁ良い時間になったと思う。
瑞希に声をかけて、とりあえず奏達と合流しようとお手洗いのある場所に向かった。
その近くに奏とまふゆもいるだろう、と思っての行動だったのだが。
「あ、いたいた……って、まふゆ、どうしたの!?」
奏達を見つけて駆け寄れば、真っ青になって息苦しそうにしているまふゆの姿が目に入る。
どうやら展示されているマリオネットを見て何かがフラッシュバックしたのか、まふゆは気分が悪くなったらしい。
奏が話を聞いているのを横で聞きつつ、私は館内の展示物を思い返す。
(マリオネットというか、操り人形系統はポツポツあるのよね……このまま見て回るのはまふゆにとっては辛いかもしれない)
ちらりと瑞希の方を見れば、私と同じようなことを考えていたのか、こちらに視線を向けつつも頷いてくれる。
「ねぇ、奏。今日はまふゆも体調が悪そうだし、帰って休んだ方がいいと思うんだ。だから、そろそろ解散しようよ」
「あ……うん、ごめん」
奏はまだ聞きたそうだったけれど、まだ顔色が悪いまふゆを無理させるわけにはいかない。
「じゃあ、私はまふゆを家の近くまで送るわ」
「平気、1人で帰れる」
「あんたが平気だとか1人で帰れるとか関係ないの! これ、決定事項だからね!」
「……わかった」
抵抗しそうなまふゆに無理を通して、人形展前で奏や瑞希と別れる。
1人で帰れると言うだけあって、駅に着く頃にはまふゆの顔色も良くなっていたものの。
それでも心配だったので、まふゆの家まで送っていった。
ただ、残念だったのは。
せっかく家まで送ったのにまふゆの母親が留守だったことだろうか。
……いたら顔を陥没させそうなので、相手からすれば幸運だったのかもしれないけど。
都合よく留守にしているまふママ。
遭遇戦は回避されました。