人形展から帰った後、まふゆを彼女の家の近くまで送り、私も真っ直ぐ家に帰った後。
私は1人、スマホを片手にセカイにやって来ていた。
「あ、ミク」
「絵名、いらっしゃい。1人でどうしたの?」
目的の白ツインテールを見つけて駆け寄ると、ツインテールを揺らしたミクが首を傾げる。
「まふゆはこっちに来てないよね?」
「今日はまだ誰も来てないよ。もしかして何かあった?」
「あぁ、うん。実は──」
問いかけてくるミクに、私は今日あったことを話す。
といっても、1番詳しいのは奏なので、後から来た人間の断片的な話しかできないのだけど。
「……絵名はそれを教えてくれるために、来てくれたの?」
「うん。もしもまふゆがセカイに来たら、無理してないか気をつけてほしいなって思ってね」
「わかった。気をつけるね」
頷いてくれるミクに私も同じ動作を返す。
ミクに頼んでおけば、仮に彼女が対応できないことが起きても誰かを呼んでくれるだろう。
用事も終わったし帰ろうかと思っていたら、ふと、糸がついたマリオネットが鎮座しているのが見えた。
「あれ、その人形って誰かが持ってきたの?」
持ってくるとしたら瑞希あたりだろうか。
そう思って問いかけたのだけど、ミクは違うと言わんばかりに首を横に振った。
「この子はずっと、このセカイにいたよ」
「ずっと? 観察力には自信があったのに……今まで気が付かなかったな。ちょっと悔しいかも」
「絵名が気が付かなかったのも、当然だと思う。まふゆの気持ちに何かが触れて、絵名もわかるようになったから」
「つまり、人形展がきっかけで見えるようになったのね」
本当に、セカイという場所は不思議なことだらけだ。
暫く2人でマリオネットを眺めていると、突然、ミクが鋏を取り出した。
何をするのかと見守っていると、ミクは徐に人形の糸を切って輪を作るではないか。
「え、マリオネットの糸を勝手に切って大丈夫なの?」
「つい最近、瑞希からあやとりを教えてもらったし、糸があるならやってみたくて」
「そ、そっか」
それで糸を現地調達するとは、瑞希も予想してなかっただろう。
あやとりができそうな糸を手に入れたからなのか、ミクはどこかご満悦そうだ。
このセカイは私のものでもないし、所有権を主張するならまふゆかミクの2人だろう。
それなら、ミクが糸を切っても問題はない……のだろうか?
考えても答えは出てこないので、私は考えるのをやめた。
「絵名はあやとり、したことある?」
「知識としては知ってるけど、やったことないのよね。良かったら見てもいい?」
「うん。瑞希に教えてもらったから、簡単なのならできるよ」
ほら、と早速あやとりで箒を作って見せてくるミクに、私は拍手を送る。
暫く瑞希から教えてもらったというあやとりの形を見せてもらっていると、ふと、背後から声が聞こえてきた。
「あれ、ミクだけじゃなくて絵名もいたんだ」
「いらっしゃい。奏もまふゆを心配してくれたの?」
「え? えっと……心配してないとは言わないけど、わたしは別件かな。ミクに聞きたいことがあって来たんだ」
「なら、私は邪魔よね。ちょっとどこかに──」
「待って。絵名にも聞いてほしいんだけど、ダメ?」
早急に立ち去ろうとした私の服の裾を掴み、奏は首を傾ける。
どうやら私はこういう仕草に弱かったらしい。
なんて冷静に判定する自分と、遠くに行く理由もないと思っている自分の意見が一致して、その場に留まることにした。
(まぁ、私ができることは奏が話を切り出すのを待つだけなんだけど)
あくまで、話のメインは奏とミクなのだ。他にやることがない。
私が1歩下がって状況を眺めていると、奏が早速、口を開いた。
「ミク、まふゆが何を感じているのかわからないかな? それがわかれば、まふゆを救う曲を作る手がかりになるかもしれないの」
「まふゆが感じていること?」
「うん、わたしも色々と話したりしてみたんだけど、よくわからなくて。ミクなら何かわからないかなって」
「……このセカイはまふゆの想いでできてるけど。まふゆが今、何を感じているのかっていうのは、わたしにもわからない。もしかしたら、わたしよりも絵名の方がわかるかもね」
スッと私の方に視線を向けるミクに合わせて、奏の青い目もこちらに向けられる。
……そこで急に私に投げるのは狡くない?
「私だってあいつの考えてることはわかんないわよ。でも、学校での姿は見てるし、少しぐらいは力になれる……と、思いたいわね」
「わたしと絵名と奏と。3人で考えれば何かわかるかもしれない」
「少しでもヒントが欲しいし、2人に相談したいな」
「わかる範囲でしか、私も予想できないからね?」
「それで大丈夫。よろしくね、絵名、ミク」
さて、第三者に徹しようと思っていたが、早々に巻き込まれたので私も考えなければならない。
奏が知りたいのはまふゆが何を感じているのか、ということ。
それで直近で、かつ奏の前で1番わかりやすく反応していたのは……人形展での出来事だ。
「──ねぇ奏、まふゆが真っ青というか、すごく嫌そうな顔をしてたのはどうして?」
「……どうしてだろう。人形を見た時に嫌そうな顔をしていたし、それで何かを感じたんじゃないかと思うんだけど」
「人形ね、それって近くにあったマリオネット?」
「そうだね。絵名の言う通り、金色の鳥籠みたいな台座があって、ドレスを着た綺麗なマリオネットだったと思う」
マリオネット。
先程、ミクが糸をハサミで切り離していたあの人形が頭の中に過る。
それはミクも同じだったようで、ミクは目を細めながらあやとりの糸を手首に巻き付けた。
「まふゆとその子が似てたのかも」
「ミクは似てたのかもって思ったのね。私はどちらかというと重ねてるんじゃないかなって思ったけど」
「似てて、重ねてる?」
奏はいまいちピンと来ていないようで、難しそうな顔をしている。
ミクはそれ以上のことを言うつもりがないのか、もしくは言えないのか。
似ている、と言ってからは特に何も言わないので、私が奏の疑問に自分なりの答えを告げた。
「まふゆのお母さんって結構厳しい人なのよね。で、まふゆはそのお母さんの言うことをよく聞いてるのよ……それこそ、自分が嫌な事でもね」
「そうなの?」
「うん。だから、自分もマリオネットと同じく操られている存在だって、同族嫌悪でもしたんじゃない? バカみたいな話だけどね」
嫌なら嫌だと言えたらいいのに、まふゆの口からは言えないのだから……外側から見ている身としては、酷くもどかしい。
私なら嫌だと言ってしまうだろう。それは、他でもない親がそれを是としてくれたから。
でも、まふゆには無理なのだ。子供の
子供にとって家の中が最初の《自分の世界》であり、親というルールに従って生きていくことになる。
そこからどんどん世界は広がるのだけど、それでも親は子供にとっては大きな存在だ。
酷く追い詰められない限り、行動するのは難しいだろう。
逃げるなり、決着をつけるなり、ぶつかるなり……前向きに向き合うことができるのが、最善だろうけど。
その為にはまず、まふゆがある程度、自分がわかるようにならないといけない。
そして、問題はそこに集約されているのだ。
「奏、まふゆに自分のことを言葉にしてほしいって言っても、今は歌詞であれなんであれ、できないって言われるわよ」
「……驚いた。どうしてわたしが言おうとしていたことがわかったの?」
「そこは何となくかな。まふゆのことについては今までの傾向というか、経験からだけど」
「……ねぇ、聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「その、OWNの曲では、まふゆの気持ちが痛いぐらい伝わってきたのに……どうして絵名は、まふゆが歌詞でも自分を表現できないって思ったの?」
OWNの曲を聴いていれば、できると思っても仕方がないかもしれない。
確かにあれらは凄かった。私も突き刺さったし、また聴きたいと思う不思議な魅力があった。
そんな曲を聴いても尚、どうして作れないと思うのかと言われても、言葉にするのは難しい……のだけど。
「私の個人的な感想なんだけどね。まふゆの気持ちって、見えないコップの中にあるような状態だと思うの」
「見えないコップ?」
「そう。で、OWNの時は意図せずにコップの中身がかき混ぜられちゃって、零れた中身をまふゆが曲として作っていた……って言えばいいのかな。だから、OWNの曲には奏もまふゆの強い想いを感じた」
「普通ならコップの中身が溢れることはないから、今のまふゆじゃ見えないコップの中身も見ることができないってこと?」
「そういうこと。まぁでも、見えなくてもやりようはあるんだけどね」
「え?」
奏だって私がいなくても辿り着きそうだが、まふゆの為に動いてくれている人を意地悪で教えないのも忍びない。
まだピンと来ていない奏に1つ、私なりの解決方法を提示した。
「自分っていうコップが見えないのなら、それ以外にまふゆが反応したモノ──マリオネットについてならまだ、言葉にできるかもしれない」
今までだって、まふゆ個人のことを聞いても反応は鈍かったものの、今まで作ったお菓子とか、行った場所のことについてなら聞き出すことはできた。
そう考えれば、今回の件も顔が真っ青になった時にどう思ったのかとか聞き出すよりも、まだ可能性があるだろう。
「まふゆ自身のことじゃなくて、マリオネットのことを聞くの?」
「ミクもまふゆとマリオネットが似てるって言ってたでしょ。似てると思うぐらい自分と重ねているなら、マリオネットを通じて見えてくるまふゆもいると思うの」
確認のために黙っているミクに視線を向けると、オッドアイの目がこちらをじっと見てから小さく頷く。
ミクもなにも言わないのなら、きっと方向性は間違えていない。
「それであっさりまふゆが言葉にできるかは賭けだけど……奏なら、言葉として引き出せるんじゃないかな」
「わたしならって、それってどういうこと?」
「どうって、奏はまふゆを救う曲を作るんでしょ。なら、私なんかよりも奏の方が適任だよ」
そういえば、奏はキョトンとした顔を見せてから、真っ直ぐに青い目を向けてきた。
「ありがとう。なんとなく、まふゆとどう話すか、方向が見えてきた気がする。けど……」
「けど?」
「絵名はよく『私なんか』っていうけれど、絵名はなんかじゃないよ。絵名がなんかって言うたびに、悲しく思う人もいるってこと、知っててほしいな」
私が言い返す前に、じゃあねと奏はセカイから出ていってしまった。
瞬きを繰り返すしかできない私の肩に、ミクの手が乗る。
「わたしも、奏と一緒だよ。まふゆも瑞希も、きっと一緒だよ」
「うっ」
純粋な目に見られてしまうと、言い訳も何も許されない気がして、私は白旗を上げるしかなかった。
「……気をつける」
「うん」
意識を変えるのは容易ではないけれど……少なくとも、人前に出さないように気をつけよう。
原作より絵名さんが積極的に登場してますね。
本作の主人公なので当然なのですが。