イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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59枚目 緩やかな変化

 

 

 奏とミクにセカイで遭遇してから、私は25時になるまでずっと絵を描いていた。

 25時前に依頼で来ていたバイト用の絵もOKを貰って、美術部で提出用の絵も完成済み。

 

 さて、そろそろニーゴとしての絵も完成するかなと体を伸ばしていたら、間抜けな声が私の鼓膜を揺らす。

 

 

『えなな~ん、な~んな~んな~ん』

 

「Amia、その蝉の鳴き声みたいなのは何?」

 

『虫扱いなんて失礼な。これはえななんを召喚する儀式の掛け声ですー』

 

「ふーん。バカなの?」

 

『効果抜群だったじゃん! なのにバカって酷いよ〜っ』

 

 

 Amiaの言う通り、間抜けにもあの奇妙な鳴き声に反応してしまった私だけど……バカだと思ったのも本音だ。

 

 (まふゆ)がまだ来ていないのも心配なのに、Amiaの頭が心配になるような発言はやめてほしかった。

 

 

『うーん……こんなにふざけてるのに、雪ってばまだ来ないねー』

 

「あ、ふざけてる自覚はあったのね」

 

『そりゃあねー。こうやってえななんとふざけていても、いつまで経っても書き込みすらないし……雪がまた、前みたいになってないか心配だな』

 

 

 時間をチラリと見れば、時計は2時を指している。

 集合してからもう1時間経ってしまっているようだ。

 

 お昼頃の人形展の時は真っ青になっていたし、調子が悪いのなら休んでくれた方が個人的には嬉しい。

 来ないのなら来ないで、ゆっくり休んでくれたらいいのだが。

 

 

「私的には、雪がナイトコードに来ない方が気が楽で良いけどね」

 

『おやおや。えななーん、頭に『体調が悪いぐらいなら』って言葉が足りてないよー?』

 

「えぇ……何でわかるのよ」

 

『えななんは古き良きツンデレ気質があるし。それに、ボクってばそろそろ『えななん検定』2級取得できる実力者だからね!』

 

「はぁ? 何その検定? 初めて聞いたんだけど」

 

 

 そもそも、前の絵名はともかく、私自身はツンデレではないはずだ。

 それなのに私をツンデレ扱いするとは、Amiaの目は節穴なのだろうか。

 

 不満を込めてナイトコードを睨んでも、画面の向こう側に通用するはずもなく。

 ケラケラと笑うAmiaにはノーダメージで、いつものように流されてしまいそうだ。

 

 認識を改めたい私と、のらりくらりと避けるAmiaの仁義なき戦いを繰り広げていると、第三勢力のKが思い出したように呟いた。

 

 

『あ、ごめん。そういえば雪には人形を見て感じたことを書いてもらってるってこと、伝え忘れてた』

 

『人形?』

 

「あー、K、あの後ちゃんと雪に会って話せたんだ」

 

『うん。ミクと絵名の話から、マリオネットを見て《気持ち悪い》って思った、あの時の感覚を歌詞にしてもらおうと思って』

 

 

 Kが補足を入れつつ経緯を説明したので、Amiaも得心がいったように声を出した。

 

 

『なるほどねー。どんな歌詞になるか楽しみだなぁ』

 

「そうね……ま、悪いものはできないでしょ」

 

 

 ……何か上手く流されてしまった気がするものの、雪の歌詞ならば変なものにはならないだろう。

 

 Kの話によれば、ナイトコードに現れる程度には元気になっているようだ。

 何であれ、雪が来ない理由が体調不良が続いているとかではなくて良かった。

 

 そうやって今はナイトコードにいない雪へと思考を割いていたら、ボイスチャットに最後の1人が入ってきた。

 

 

『遅くなった。歌詞、書けたから見て、K』

 

 

 雪が声を出してすぐに共有される歌詞のデータ。

 Kをご指名だったものの、私もデータの中身を見る。

 

 その中身はいつもKの曲に合わせて作るものや、OWNとして作成するものとも印象が違う、Kが見たかったであろう別の1面が出てきているように感じた。

 

 

『いつもともOWNの時とも全く違っていて、一瞬、雪じゃない別の人が書いたのかと思ったけど……すごく生き生きしていてるね!』

 

「Amiaの言う通り、悔しいけど良いアプローチになったみたいね。腹立つぐらい良い歌詞だと思うわ」

 

『絵名は褒めたいのか貶したいのか、どっちなの?』

 

 

 褒めてますが?

 ……という言葉は雪には返さず、お口をチャック。

 

 やっと雪の自分探しにも進展がありそうだということが、嬉しい私もいるけれど。

 それ以上に、1ヶ月も経たずに雪の新しい1面を引き出してしまった現状を喜べるほど、私は素直じゃなかった。それだけである。

 

 

『──ねぇ、雪。これに曲を付けてもいい?』

 

『別にいいけど、新曲は?』

 

 

 歌詞に目を通したKが零した言葉に、雪が疑問を呈す。

 雪が来る前に完成間近までイラストを漕ぎ着けていることからもわかる通り、現在は新曲も同時並行中だ。

 

 ただ、Kが雪の歌詞に曲を付けたいという気持ちもよくわかるので、流れに任せよう。

 

 

『今は雪の歌詞に曲を付けたいんだけど、どうかな?』

 

『ボクも! MV付けたら面白そうだしやってみたいな! えななんは?』

 

「いいんじゃない? やるからには今の自分の最高傑作を用意するわよ」

 

『それ、えななんがいつも言ってる言葉じゃん』

 

「何よ、悪い?」

 

『べっつに~』

 

 

 顔が見えなくてもニヤニヤと笑ってそうなAmiaの顔が脳裏に過ってしまい、頭の中から追い出す。

 

 KもAmiaもやる気だし──新しい雪の1面を今の私ができる全てで表現したいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の歌詞を見てから1週間。

 Kが作った曲を皆で聴いた後、私はミュートしつつペンを握りしめていた。

 

 雪の歌詞を見てから作ったKの曲は、いつもの雪とは一味違う歌詞で作ったせいなのか。

 聴いた曲もいつもの雰囲気とは少し違って、ダークでありながらもポップさと可愛らしさもある曲に仕上がっていた。

 

 雪の反応も悪くなかったし、雪には音楽というのが自分を取り戻すリハビリに合っていたのかもしれない。

 

 

(──雪も実感を持てて良かった。セカイに誘拐された時よりも、少しぐらいは前向きになったっぽいし)

 

 

 KやAmiaを通じて、カタツムリのように無理だと閉じこもっていた雪も、良い方向に向かい始めた。

 やはり、私1人よりも様々な人と直接、ちゃんと関わった方が雪も得るものが多そうだ。

 

 仮に私がやらかしてしまったり、厳しいことを言うことになっても、KやAmiaに逃げれるのも良い。

 ……私が厳しくできるかどうかは別の話だけど、取れる手段は多い方が良いのはどこも同じだろう。

 

 

(ただ……1番の問題は、これが延命治療のようなものでしかないってことなのよね)

 

 

 最大の原因を解決しない限り、雪が頑張って前に進んでもまた同じ場所に戻されるか、それ以上に酷いことが起きてしまう。

 やっと、音楽という感情を出せる先と自分を出しても変わらない場所を、雪は手に入れたのだ。

 

 進んでしまった分、それを取り上げられてしまったら……と、最悪を考えるのが恐ろしい。

 最善は原因の元から引き離すこと……なのだけど。

 

 

(でも、あいつが望んでないことはしたくないし)

 

 

 それでなくても、今は雪が新しいところへ1歩踏み出したところなのだ。

 慌てて仕損じるのは望むところではない。雪の気持ちが変化するまで待つのも大事だろう。

 

 ……そこまで時間が残されているのかが不安だけど、贅沢は言えない。

 

 

『おーい、えなな~ん。調子はどう~?』

 

 

 ペンを動かしつつも別のことを考えていたら、Amiaが声をかけてきた。

 ふと画面を見れば、ボイスチャットには私とAmiaしかいない。

 

 Kも雪もログインはしているようなので、個チャを送れば反応してくれるかもしれないが、今は特に用事もないし、Amiaを優先だ。

 

 

「どうっていつも通り。ラフはできたから見ていく?」

 

『うん、見せて貰おうかな~……って、今回はまたいつもの絵とは違うね! 皆、いつもと違う感じで面白いな』

 

「その皆、というかKと雪はどこ行ったの? 内緒話?」

 

『それもあるかもね~。メインは曲の完成度を上げる為に2人で打ち合わせだってさ』

 

「向上心の塊じゃん」

 

『だね。というわけで、ボクもなえななんと打ち合わせしに来たよー』

 

 

 ただでさえ完成度の高い曲をさらに磨くとは、恐れ入る話である。

 それを聞いたAmiaもすぐに行動する辺り、こちらも怖いぐらいに行動的だけど。

 

 

『で、えななんは絵以外のことで何をそんなに悩んでるのさ?』

 

「そうねぇ。変化することが必ずしも正解なのかどうかってことを、ちょっとね」

 

『おぉう、メチャクチャ哲学的なことを悩んでるんだね? そんな思考になったのは……雪のこと?』

 

「あんたもボイチャ越しなのに、よくわかるわねー」

 

『ふふーん、これでも観察する目には自信があるからね~♪』

 

 

 きっと目の前にいたら、胸を張って鼻先を天狗の様に伸ばしてそうなAmiaの声。

 よく見ているなぁと感心半分、Amiaはそういう子だったなと納得もあった。

 

 

「雪はやっと、前に進めるようになった。ゆっくりと変化していっている。でも、このままで本当に良いのかなって思ってただけ」

 

『えななんが懸念していることはわかるけど、そんなに慌てなくてもいいんじゃないかなー?』

 

「それも一理あるし、今の環境のまま雪が過ごすのなら……変わらないのもまた、選択の1つだったんじゃないかって思ったりもしたのよ」

 

 

 探しているという話だったので、変化を求めていたのは雪自身。

 しかし、変化するということは自分を守るために培っていた鎧を脱ぐことにも繋がるのだ。

 

 

『えななんは変わらないのにも肯定するんだ?』

 

「それが本人にとっての良い選択ならね。ただ……変わらないってことは変わっていく周囲に置いて行かれることだから、退化しているってことでもあるでしょ。どっちを選んでも難しいよねって話よ」

 

『退化、ね』

 

(……あ、やば)

 

 

 恐らくだが、変化とかそういうワードはAmiaにとってそこまでよろしくない言葉だったのだろう。

 

 Amiaが呟く言葉に背中に冷や汗が流れる。

 こういう時は秘儀を使うしかない。

 

 

「とりあえず、絵の調整もしたいし、打ち合わせしない?」

 

『……あぁ、そういえばそういう目的で来てたんだっけ……うんうん! じゃあKや雪にもビックリするようなのを作ろっか!』

 

(セ、セーフ……?)

 

 

 言葉の途中からテンションが変わるAmiaを見るに、たぶん大丈夫だと思いたい。

 

 

(雪も雪だけど、Amiaも怖いところがあるわね)

 

 

 暑くもないのに額に汗を拭う素振りをしつつ、私はこっそり息を吐く。

 

 自分のことは棚に上げているのは自覚しているものの、そう思わずにはいられなかった。

 

 






《えななん検定》とは?
ツンデレ成分が低い記憶喪失えななんも、普段から素直というわけでもなく、よく隠し事もします。
そんなえななんの言葉の裏を読み取り、すぐに自滅しちゃいそうな記憶喪失えななんをよく観察し、察する実力を手に入れましょう。


《試験傾向》
3級……記憶喪失えななんの線引きの内側に入ると簡単にゲットできます。過去のえななんを知ってしまっているのなら、交流して距離を詰めましょう。根気よくいくか、最初から懐に入り込むのがコツです。

2級……記憶喪失えななんは元々がツンデレさんなので、素直じゃありません。言葉を読み取って、素直にしてあげるとゲットしやすいです。懐に入った後も具に観察し、根気強く付き合ってください。

1級……記憶喪失えななんには誰にも言えない最大級の秘密があります。ただ、精神的に弱っているとそのヒントをポロッと溢すかもしれません。ヒントを引き出しつつ、確信に迫れた時──その時になればもう1級……いや、免許皆伝です。何も教えることはありません。あなたがえななんマスターだ。

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