イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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私の目(節穴)で確認した限りですけど。
中学時代と言われていたものの、出会った学年は明言されてなかったので、この作品の世界ではそういうことになってます。
(ここ初対面じゃなかったら、記憶喪失えななんがある意味、第2の朝比奈さんになっちゃうので、違ってても許してください……)


6枚目 絵画と学校の教室にて

 

 画家という職業は、大雑把に言えば『絵を売ってお金を稼ぐ人』のことである。

 

 東雲慎英(お父さん)のようなその道だけで家族を養える画家は一握りであり、絵で生きていくのはとても難しい。

 

 画家であれ何であれ、創作活動を営む者にとって必要なのは技術、感受性や独創性、孤独に耐えうる心に好奇心や探求心。

 後は、ストイックさや注目されなくても続ける不屈さと継続力、何よりも才能と運が必要だと言われている。

 

 だが、残念なことに私には今あげた要素ですら、足りないものが多い。

 0から始めるのだから~と言えば聞こえがいいが、こういう世界には全く通用しない言い訳だ。

 

 何もかもないからこそ、一握りの場所に辿り着くには1秒でも惜しいし、恵まれた環境をフル活用してもまだ、足りない。

 そういうことを入院中に考えていたのもあって、私は1日でも早く件の画塾に行きたかったのである。

 

 

 

 

 

 次の日の朝から早速行動を開始した私は、善は急げと宮益坂を歩いていた。

 

 買い替えてもらったスマホを片手に、彷徨い歩くこと数分。

 文明の利器とはすごいもので、記憶ゼロでも目的地らしい絵画教室の場所まで辿り着くことができた。

 

 

(スマホがある時代に生まれて良かった。ありがとう、スマホ。ありがとう、人類)

 

 

 記憶喪失にも優しい文明に大袈裟な感謝を心の中で述べつつ、教室へと入ろうとした、その時。

 

 

「──あれ、絵名ちゃんだ」

 

 

 女の子っぽい高めの声に、私の名前が呼ばれた。

 声が聞こえてきた方へと振り向くと、黒髪の女の子が「久しぶりだね」と手を振ってくる。

 

 絵名ちゃんと呼び、久しぶりと声をかけてくるということは東雲絵名(わたし)とある程度、親交があるということで。

 

 この絵画教室で私に声をかけてくるぐらい、仲の良い同い年の女の子。

 それに該当しそうな子の名前は『夏野 二葉』というものしか記録になかった。

 

 なので、答えは親しげに『二葉』と呼ぶことなのだが……口を開くのが少し怖い。

 いや、もしも名前を間違えていたら、その時は謝罪すればいいのだ。怖気ついては逆に不自然だから、勇気を出さなくては。

 

 私はそう自分を励ましてから、顔に出さないように笑みを浮かべ、相手を真似て手を振り返す。

 

 

「二葉、久しぶり! ちょーっと大変だったから1ヵ月以上、こっちに来れなかったの。連絡もできなくてごめんね」

 

「ううん、元気そうでよかったよ。それに……左手とか見たら大変そうだったのはわかるから。もう復帰しても大丈夫なの?」

 

 

 訂正、なし。

 変な反応も、なし。

 

 

(はい、この子は二葉で確定。あぁ、良かったぁー……)

 

 

 心の中で冷や汗を拭いつつも、顔にはおくびにも出さずに言葉を選んだ。

 

 

「左手は動かしにくいんだけど、右手はちゃんと動くし絵を描く程度の動きなら大丈夫。それより、遅れを取り戻したいのよね。早く何か描きたいかも」

 

「絵名ちゃん、気合十分だね。私も頑張らないと」

 

 

 そんな話をしながら絵画教室へと2人で向かう。

 ……今回は間違いを選ばなかった。そのことにこっそりと胸を撫でおろし、私は二葉に倣って生徒の中に混ざった。

 

 

(雪平先生か。お金を貰って絵画教室をしているとは思えないぐらい、酷評で絵描き達の心をへし折ってる人らしいけど。画力を上げるという点において、この人の教室ほど良いところはない……っていうのが、絵名の評価だっけ)

 

 

 今日1日、雪平先生の教室に参加してみたけれど。

 書き残されていた前評判通り、それはもう心が折られそうな評価の数々であった。

 

『以前注意したことを全部再現している。まるで初心者に戻ったような描き方だ』

『何を描きたかったのか全く見えてこない』

『ただ絵を描いているだけで、伝えたいものが表現できていない』

 

 ……と、本当はもっと酷い評価だったのだが、私へのダメージを軽減させるように要約した結果がコレだ。

 

 覚悟していても中々くるものがある。

 これを毎日受け続けるのであれば、素晴らしい精神修行になること間違いなし。

 

 親切設計ならぬ、心折(しんせつ)設計だと笑えばいいのか、悲しめばいいのか。

 もう少しオブラートとかで包めないのかと言いたいところだけど、雪平先生の言っていることは間違っていないのだから、何も言い返せない。

 

 悔しかったら、折れそうだと思うのなら、黙って改善した方が早そうだった。

 

 

(後は私がどれだけ自分の糧にできるかの問題だから。こんなところで凹んでられないし、折れそうな言葉も価値のある言葉も、全部全部──絵名(わたし)の為に吐かずに飲み込め)

 

 

 酷評を全部メモして、自分なりに解釈して吐き出した私は二葉に「先に帰ってて」と伝えてから、真っすぐ雪平先生の元へと歩く。

 

 先生の評価はお父さんの言葉が蘇って息が苦しくなるものの、そんなものは関係ない。

 止まっている暇もないのだ。私は手の震えを無視して前へと足を進めた。

 

 

「すみません。評価のことについて詳しく質問したいことがあるんですけど、少し時間を貰ってもいいですか?」

 

「何でしょう?」

 

「ここなんですけど──」

 

 

 メモを持って質問しに行けば、雪平先生は嫌な顔を1つもせずに答えてくれた。

 

 今回は答えて貰えたものの、これに甘えて曖昧なことを聞けばまた地獄に突き落とされるのは容易に想像できる。

 油断せずに全部、有難く受け止めていこう。

 

 

「──ありがとうございました、またよろしくお願いします」

 

 

 雪平先生に頭を下げて、教室を出る。

 家に帰った後は反省と質問した内容を復習して、今日出た宿題をしよう。

 

 こうして、春休みの間は家と絵画教室を往復しつつ、必死に無くしてしまった基礎を急造させていく期間となった。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 絵画教室と家を往復している間に春休みが終わり、中学校の始業式が始まる日となった。

 

 先生からは去年と同じクラスの生徒や、知らない方がおかしいぐらい特徴的な生徒の話を聞いている。

 

 先生達の気遣いにより、有難いことにこのクラスには私の友人にあたる生徒が誰もいない。

 必然的に私が注意しなくてはいけない子は『去年のクラスメイト』やアイドルとして活動しているという女の子に絞られていた。

 

 

(友達がいないなら1人で絵を描いていても何も言われないし、楽でいいな)

 

 

 学校の教室と絵の教室。

 2つの教室を往復するように行き来する毎日は、1週間以上も時間があれば慣れたもの。

 朝は苦手ではあるものの、遅刻は何とか免れているし、学校のコツみたいなものも何となく把握してきた。

 

 そう、学校で大事なのは先生に目をつけられない程度の『優等生戦略』だと、私は結論を出したのである……!

 

 スマホを触ったり眠ってしまったり、ずっと窓の外を見るなど、授業を露骨にサボる態度は見せない。

 ルーズリーフか白い紙を用意して、アイデアや構想を練る程度に留めて、表向きは授業を聞いているフリ。

 

 それを守りつつノートを取ってさえいれば、空いている時間は宿題をしても絵のことを考えていても目をつけられにくいのだ。

 

 後はテストで良い点さえ取っていれば、補講やら呼び出しやらで時間を取られないし、お母さんも安心できるだろう。

 中学校の内容なら、毎日1~2時間ぐらいは勉強に時間を割くことになりそうだけど、後で1日2日丸々拘束されて絵を描けない日が出てしまうよりはマシだ。

 

 

(勉強なんて毎日絵を描くための投資と思わなきゃ、やってられないし……)

 

 

 学生の本分は勉強だと言われており、他のご家庭だとあまりにも成績が悪いとお小遣いカットやらスマホ没収やら、マイナス要素が沢山あると聞く。

 

 更に、美大とかのことを考えると普段の勉強は必須なのだ。

 行きたい美大があるのに、成績が足りなくて行けませんでした……そんな理由で絵名(わたし)が美大に落ちたら、情けなくて生きていけない。

 

 そういうリスクや不安要素は取り除きたいと思うのは当然の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──そんな風に毎日、絵のことや将来のことなど考えつつも、無難な学校生活を送っていたある日の朝。

 教室の窓から入ってくる光が美しく、その絵を描こうと決めた私が朝活を頑張っていた時のことだ。

 

 人が来て賑やかになっていく教室に、賑やかとプラスに捉えるには不愉快で喧しい子達が、周囲のことも考えずに大声で騒ぎ始めた。

 

 

「昨日のアレ、桃井(ももい)愛莉(あいり)の出ていたバラエティーみた? アイドルなのにすっごいぶっさいくだったよね~」

 

「あのリアクションね。わぁっていうの、笑ったわー」

 

「この前のバラエティーも変な仮面つけてノリノリで登場してたし、あれはもうアイドルっていうより芸人よねー」

 

「わかるー。あれじゃあ、アイドルとは違うよね。私だったらあんなのやらさせる時点でアイドルやめるのになぁ。そんなに続けたいのかな、ダッサいのにねぇ」

 

 

 ゲラゲラと下品な笑い声。

 鉛筆を削っている間も、夢の為に頑張っている女の子を飽きずに笑っている子達。

 

 自分達の見苦しさを棚に上げてよくもまぁ、人のことを笑えるものだ。

 私は顔を顰めつつも、削りゴミを入れたポリ袋を捨てに行く。

 

 袋を捨てて顔を上げると、教室の扉付近に桃色の髪が見えた。

 

 

(……うわぁ。あいつら、本人がいるのにまだ言ってるの?)

 

 

 ちらりと視線を不愉快な声の方へと向ければ、ご本人が来ていることにも気が付かずにゲラゲラと笑っている奴らがいる。

 

 誰かが一生懸命に頑張っている活動を笑いものにするだけでなく、本人がいないと思い込んで馬鹿にして、悪口で盛り上がっている連中。

 頑張っている子に対して無遠慮に汚い黒をドバドバと注ぐような、その行為に我慢の限界が近づいてきている。

 

 いつもならば冷静に『やめろ』と止めてくるストッパーの自分も、今日は『私』の意見と同じ答えを弾き出した。

 

 

(いつまでも他人の努力を笑いものにして──こいつら、気に入らないな)

 

 

 カチカチカチ。私の気持ちに呼応するように、右手に握ったままだったカッターの刃がひょっこりと顔を出す。

 

 

「ねぇ、あんた達。人が頑張っている姿を笑いものにして楽しいわけ?」

 

 

 カチカチ。不思議そうにこちらを見ている相手に、刃が更に出てくる。

 

 

「間抜けな顔をして大声で笑ってさぁ……私に何が面白いのか、教えてくれない? こっちはあんた達が気に入らないし、清々しい朝があんた達に汚されて最悪なの。不快過ぎて思わず掃除したくなったんだけど、どうしよっか?」

 

 

 カチカチカチカチ──と、限界までカッターの刃が出れば。

 

 

『……』

 

 

 騒いでいた人達は、真っ青になりながら不快な声を出すのをやめてくれた。

 

 どうやら私の切実なお願いが届いたらしい。

 ほんの少しだけ気分が良くなって、こちらに向けられる視線も全部無視して自分の世界に入り込む。

 

 そのまま先生が来るまでの間、私は良い気分のまま絵を描き続けた。

 

 

 

 




記憶喪失えななんは無意識に感情的な自分と1歩引いて見ている自分を分けて考えるため、悪く言えば他人事に受け止めがちです。
しかし、感情に出やすい性格なのは変わらないので、普段は自制を効かせてしまう分、喪失前のえななんより過激になることもあるみたいです。(カッターの刃を見せつけたり)


明日はちゃんと桃井さんとお話しします。
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