イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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結局、走ることになったえななん。おいたわしや……



61枚目 えななんダッシュ

 

 

 

 本日も晴天なり。

 

 雨雲を探そうにも、雲1つない快晴だ。せめてもの抵抗に、てるてる坊主を逆に吊っても効果がなかったらしい。

 空を睨みつけても効果はなし。煩い放送の音が聞こえてきたので、辛気臭い顔をしているであろう両頬を叩いた。

 

 嫌な感情というものは伝染するのだ。

 内心ではどれだけリレーが嫌でも、それを出してはいけない。気持ちを切り替えよう。

 

 校舎裏の階段に潜んでいた体を日向に出して、しれっとグループに合流しようとする私の行方を阻むように現れる影が1つ。

 

 今頃、クラスメイトに揉まれながら、愛想笑いを浮かべていると思っていた少女──朝比奈まふゆが私の前に立っていた。

 

 

「何で態々ここに来てんのよ。暇なの?」

 

「絵名が抜けだしたから、ついてきただけ」

 

「え、嘘でしょ。全く気付かなかったんだけど……でも、抜けても大丈夫なの?」

 

「意外と私が抜けたって、バレないらしいね」

 

 

 どうやらまふゆは私のせいであまりよろしくない学習をしてしまったらしい。

 ふっと短く笑ってから、まふゆは顎で早く戻ろうと訴えてくる。

 

 美形は何をしても様になるからムカつく。

 私がまふゆと同じことをすれば、瑞希辺りから「かっこつけ~」と笑われるに違いないから余計に腹が立つのだ。

 

 

(って、何変なところで対抗意識燃やしてんだろ。体育祭の空気に引っ張られてるのかな)

 

 

 ……隣の芝生に憧れるもんじゃないな、と首を横に振って雑念を追い払う。

 ゆっくりと前を歩くまふゆの隣に並び、私は相変わらず何を考えてるのかわからないヤツに声をかけた。

 

 

「まふゆが呑気にしてるってことは、そこまで急ぐような時間じゃないよね?」

 

「後2種目ぐらいは余裕あるよ。それでも、すぐに抜け出す絵名が信じられないけど」

 

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

 

「これ以上勝手にサボるなら、くび……何か対策を考えなきゃいけなくなる」

 

「今、首輪って言いそうになってたわよね? 私はあんたのペットじゃないんだけど!?」

 

 

 目に力を込めて睨んでも、まふゆは器用に視線を逸らして合わせようとしない。

 この様子だと、本当に首輪をつけようとか考えていたのだろう。

 

 問い詰めたいところだが、そこまで時間に余裕があるわけでもない。

 今回は見逃してやるとして、今の問題は……

 

 

「学年対抗リレーの選手交代方法って、足首の捻挫ならいけるのかな」

 

「……絵名」

 

「しょうがないじゃんっ。私の50メートル走は9秒台よ!? 1秒っていう超えられない壁がそこにあるの!」

 

 

 それなのに、1〜3年まで全員運動部や運動神経の良い人達の集まりの中に、1人だけそうでもない人間が混ざり込むのだ。

 

 残念だけど、狼の集団に混ざるチワワのような図々しさを私は持ち合わせていない。

 まふゆから呆れたような目を向けられても、出たくないと思うのは当然だろう。

 

 しかもアンカーはまふゆで、私はそのまふゆにバトンを繋ぐ係である。

 抜かされたら主犯にされかねない。胃が痛いのも無理はないと理解してくれる人が多いはずだ。

 

 

「絵名は頑張って走り切ればいいよ、後は私がどうにかするから」

 

「どうにかって、負ける準備でもしてろってこと?」

 

「負けるつもりはないよ」

 

 

 一体、どこからその自信が来るのやら。

 そう思うものの、いつものポーカーフェイスがとても頼もしく見えた時点で私の負けだ。

 

 

(学年対抗リレーよりも先に二人三脚があるし、まずはそっちからかな)

 

 

 まふゆにこれ以上絡んでも状況は変わらない。

 私は無駄な抵抗をやめて、黙ってクラスの集団まで戻った。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少し出遅れたはずなのに、息を揃えたまふゆとえむちゃんのペアには周りの誰も敵わなかったらしい。

 堂々と1位にゴールした後ろ姿を眺めていると、次に走るこっちは憂鬱な気分になってしまう。

 

 

 ──だが、そんな気分になっている暇はない。

 

 

「東雲先輩、頑張りましょうね」

 

「うん。頑張ろうね」

 

 

 とにかく、私は望月さんの足を引っ張らないように頑張らなくては。

 

 足に紐を結んでから、望月さんの様子を窺う。

 やはり、望月さんは色々と大きい。足も長いし、これ、本当に歩幅が合うのだろうか……?

 

 

「最初の足は外側の足で、そこからは1、2で進んでみよう」

 

「はい。合わせます」

 

 

 こっちは不安が拭えない状態で先輩風を吹かせているのに、相手は年下とは思えない安心感。

 先輩と呼ばれている身からすると、情けない話だが……望月さんには『何とかなるんじゃないか』と思ってしまう何かがある。

 

 

 ──その予想通り、ピストルの音が鳴り響くのと同時に、私と望月さんは1番良いスタートを切れた。

 

 望月さんはこういう種目に慣れているのだろうか。

 一定のペースで1、2と掛け声をかけてくれて、こちらに寄り添ってくれているから、かなり走りやすかった。

 

 

 

 そういえば、どこで聞いた話だったか。

 素人同士のスポーツにおいて、何よりもしてはいけないことはマイナス要素を作ることだ……なんて話。

 

 

 プロや運動神経抜群オバケ達のように、基本的にどんな競技も全員が当然のようにできるわけではない。

 それは二人三脚も例外ではなく、良いスタートを切れない、転んでしまう、息が合わない……などのマイナス要素を取り除いていけば、好成績を残せる。

 

 そして、私と望月さんはスタートダッシュも成功して、マイナス要素はほぼゼロ。

 どこもミスもせず、私達が走る中にはまふゆ達のような飛び抜けた存在もいない。

 

 

「第2レースも1、2年B組ペアが1番乗り! 望月さんと東雲さんが1位です!」

 

 

 そんな幸運と幸運が重なり合った結果──まふゆ達のように見せ場を作ることもなく、あっさりと1位を取ることができた。

 

 

「え、うそ? やったよ、望月さん。私達、1番だって!」

 

「はいっ。東雲先輩が合わせてくれたので、とても走りやすかったです。ありがとうございました」

 

「お礼を言うのはこっちの方だよ。望月さんのおかげで1番なんだもん。私と一緒に走ってくれて、ありがとう」

 

 

 私は自他共に認める運動不足にして、こと運動関係においては最低限しか動けない人間である。

 運動するぐらいなら絵を描きたいと突っ走ってきたので、自分の身の程はよく理解しているつもりだ。

 

 今回の二人三脚も9割は望月さんのおかげなのは明白だし、感謝してもし切れない。

 

 

「いえ、東雲先輩がわたしを信じて合わせてくれたおかげで」

 

「いや、私なんて全く戦力外だったし、殆ど望月さんのおかげだよ」

 

「いえいえ」

 

「いやいや」

 

 

 ……そうやって結局、望月さんに押し負けて2人で頑張ったからだという結論に落ち着いたけれど。

 私の感謝の気持ちも、望月さんがすごいと思う感想も変わらないままである。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、やってきたようね……私が死ぬ時間が」

 

「絵名は相変わらず、悟った顔で変なこと言ってるね」

 

 

 猛獣の中に放り込まれた獲物の気分で頭を抱えていると、優等生フェイスを装備したまふゆが困ったように笑っている。

 

 優等生の皮を被っていてもまふゆの言葉が喧しいが、今はツッコむ余力すらない。

 私がぎゃいぎゃいと言わないことに相手も悟ってくれたようで、まふゆは追撃せずに囁くような声で言う。

 

 

「バトンさえ繋げてくれたら、それで大丈夫だよ」

 

「ビリになってるかもしれないのに?」

 

「……絵名がリレーに参加するのは私が原因だもの。だから、気にせずに一緒に走って欲しいな」

 

「一緒にって、あんた」

 

 

 

 ──奏の言葉、半分は間違いだったのかも。

 

 

 最近、まふゆがそんなことを言っていたっけ?

 その違う半分というのが、何となく今のまふゆの言葉に含まれてる気がしたのは私の気のせいだろうか。

 

 

「すっごい抜かされても、許してよね」

 

「そういうのを気にしてるのなら、絵名を学年対抗リレーに出そうとしないってば」

 

「それもそっか」

 

 

 確かに、順位を気にするならば私を入れるのは明らかに間違いである。

 そこが抜けて、色々と考えてしまっていた自分が恥ずかしくなってきた。

 

 朱に染まっているであろう顔を隠そうと俯く私の耳に、ふっと短く笑う声が届く。

 

 

「絵名は気にし過ぎだよ」

 

「うるさい。でも……その、悪かったわね」

 

「大丈夫。終わり良ければ全て良し、って言うでしょ?」

 

「え? それってどういう──」

 

 

 言葉の意図を聞こうと声を出したら、まふゆはすでに反対側にある自分の待機場所まで歩いていた。

 私が思い詰めているのも知っていたから、わざわざ来てくれていたのだ。

 

 

(とりあえず、バトンを落とさないように頑張ろう)

 

 

 1度、覚悟を決めたらもう悩むのは終わりだ。

 後は皆が走るのを応援しつつ、私も来る時間を待つのみである。

 

 

「絵名さん、負けませんよ」

 

「あ、あはは……お手柔らかに」

 

 

 バトンを受け取るためにレーンまで移動すると、アイドルにして、毎日の走り込みで体力もかなりあるであろう遥ちゃんが声をかけてくれた。

 

 1年は怪我した子の代わりに遥ちゃんが出てきて、アンカーにえむちゃんがいたんだっけ。

 

 

(……廊下の猛ダッシュ的に、えむちゃんも滅茶苦茶早いんだよね。だから遥ちゃんの言葉も、社交辞令だよね?)

 

 

 まさか、生粋の文芸部が韋駄天のような走りを見せるとは、誰も想像してないだろうし。

 どこもかしこも緊張を与えてくる要素ばかりで、バクバクと煩い心臓を抑えるように深呼吸。

 

 今更、気負っても足は速くならない。後は流れに任せて走るしかないだろう。

 

 考えている間にうちの学年の子が走ってきた。

 3年生と1年生の子達はその後ろを追従している。

 リードはあるけど、今からこれを消費すると考えたら胃が痛い。

 

 

(ええい、そんなの考えたってしょうがないってば! 女は度胸!)

 

 

 まふゆが聞いていたら、いつものトーンで「愛嬌なんじゃないの?」と呟いてきそうなボケを入れて、バトンを受け取る。

 急げ急げ。後ろから圧を感じても、振り返るな。

 

 

(すぐ後ろに足音がする! けど、抜かされてない!)

 

 

 3年の先輩は様子を伺っていて、えむちゃんが走り出す準備中。

 リードはほぼ消し飛ばしたのだろうけど、ギリギリ抜かされてない状態で紫が見えた。

 

 

「まふゆ、お願いっ」

 

「──うん」

 

 

 少し苦戦しつつもまふゆにバトンを渡すと、横から青色の人影──遥ちゃんが、えむちゃんにバトンを渡していた。

 

 ほぼ同時にレーンを飛び出す紫とピンク。

 ゴールに近づくにつれて伸びていくえむちゃんに対して、まふゆはそこまで伸びていなかった。

 

 えむちゃんも仲良くしているから、負けて欲しいとは思わないけれど、まふゆが負けてしまうところも見たくはない。

 

 息を整えるのも惜しくて、両手を握り締め、ゴールへと走っていくまふゆの後ろ姿を目で追いかける。

 

 

「まふゆ……頑張れ」

 

 

 聞こえていないのは重々承知しているものの、言わずにはいられなかった。

 

 ──だが、私の声が聞こえていたのか、まふゆのラストスパートのタイミングがそこだったのか。

 

 溜めて、溜めて、解放されたまふゆの長足。

 ぐんぐん伸びていく先頭に迫る爆発力が、えむちゃんの背中に喰らい付いた。

 

 しかし、えむちゃんも負けていない。

 抜かされまいとさらにギアを上げ、まふゆも対抗するようにギアを上げていく。

 

 抜かし、抜かされ、隣に並んで。

 

 最後にテープを切ったのは……2人、同時だった。

 

 

「何と言うことでしょう! 同着、1位は1年と2年生です!」

 

 

 放送委員の実況を聞きながら、ゆっくりとゴール付近へと進む。

 えむちゃんが遥ちゃんに飛びついているのを横目に、私もまふゆの元へと近づいた。

 

 

「まふゆ、同率1位おめでとう」

 

「言った通り、負けなかったよ」

 

「うん。有言実行、かっこいいじゃん」

 

 

 私にとっては何気ない言葉だったのだけど。

 皆の前だから優等生らしさを脱ぎ捨てはしないだろう、と思っていたのに……

 

 

「うん……それなら、良かった」

 

 

 わずかに口角が上がったまふゆの笑みは、優等生らしさもなくて、忘れられないぐらい綺麗だった。

 

 

 





えななん補正が入ったので、元のお話では抜かされてたまふゆさんがえむさんと同着しました。

次回は奏さんのお誕生日小話です。

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