イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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ハッピーバースデー、奏さん。
お誕生日おめでとうございます。

というわけで、今回は全部奏さん視点のお話です。
……ラーメンスナックは食べてないんですけどね。



62枚目 【宵崎さんは集中できない】

 

 

 最近、家事代行でわたしの家に来てくれている望月さんが、幼馴染の子と仲直りしたらしい。

 その後、その子達とバンドを結成して、楽しく練習している……なんて話を聞いた。

 

 そういうこともあって、最初の頃と比べると望月さんが家に来る頻度はほんの少しだけ減っている。

 目くじらを立てるほど減ったわけではないのだけど、今回は運が良いのか悪いのか、6日ぐらいお休みが重なってしまった。

 

 お目付け役のようになっている望月さんもおらず、わたしはストッパーのないままで曲作りに励んでしまったのである。

 ──そして、そのツケは5日目の朝に払うことになってしまった。

 

 

(……頭が痛いせいなのかな。インスピレーションが湧かない)

 

 

 睡眠は耐えきれない睡魔が訪ねて来るから、その時に。

 喉も痛くないし、扁桃腺も腫れていない。体温も正常。

 

 それなのに、何故か思考に『痛み』というノイズが入って、集中できないのだ。

 

 椅子に座って画面と睨めっこしても、時間が進んでいくのみ。

 うんうんと考えているだけで、1時間ほど時間を浪費してしまって、わたしは白旗を上げるしかなかった。

 

 

(このまま部屋にいても進まない……気分転換に、セカイに行こう。そうすれば頭痛も治るかもしれない)

 

 

 ミクや誰かに会えるかもしれないし、それで少しは何か曲のヒントが得られる可能性もある。

 机を支えに椅子から立ち上がり、スマホからいつもの曲を再生した。

 

 そうすれば、いつものセカイが見える──のだが。

 やっぱり、今日は何か変だ。

 

 

「わっぷ」

 

 

 セカイに入った瞬間、わたしの視界がぐるりと回転して、体が地面に吸い込まれた。

 仰向けに倒れそうになったものの、なんとか手をつくのが間に合い、顔を強打することだけは避ける。

 

 何が起きたのだろう……もしかして、病気? いや、まさか。そんなわけないよね。

 1人でボケとツッコミが渋滞する思考を巡らせても、まともな答えが浮かばない。頭が痛い。

 

 

(なんだろう、やっぱり何か変だ。力も出ないし……これ、何が起きてるの?)

 

 

 地面に縫い付けられたように倒れる体。

 ひんやりしていてちょっと気持ちいいかも、とおかしな思考回路になりそうになっていた頃、わたしの耳が足音を拾った。

 

 

「奏っ!? え、意識はある?」

 

「……その声は、絵名?」

 

 

 力を振り絞って顔を上げると、揺らぐ視界に絵名っぽい茶色が映る。

 が、すぐに顔を上げるのも億劫になって、ひんやりとした地面と頬が仲良くしてしまう。

 

 

「その、言い難いんだけど。セカイでわざわざうつ伏せになってるのは、曲作りの為だったりする?」

 

「それでインスピレーションが湧いてくるなら、やるかもしれないけど……今は頭が痛くて、力が入らないだけ」

 

「頭が痛くて力が入らないって、寝てないの?」

 

「ううん。今日は朝に寝てたし、それはないと思う」

 

「熱は?」

 

「さっき体温計で測ったけど、平熱だった」

 

 

 絵名が隣に座って、わたしの体をうつ伏せから仰向けへと体の向きを変えてくれる。

 絵名の八の字になった眉が見えて、かなり申し訳なくなってきた。

 

 

「確かに……熱はないわね。意識もハッキリしてるみたいだし、眠気は?」

 

「目は覚めてるよ。眠気もないかな」

 

 

 目の前で振られる絵名の指を目で追いかけていると、スケッチブックを脇に置いた絵名は小さく唸った。

 

 

「後は──奏、ご飯はちゃんと食べてる?」

 

「もちろん。家事代行の人が2日分は作り置きしてくれてたし、来てくれた日と次の日はそれを食べたよ」

 

「あれ? その人って4日前から来てないんじゃなかったっけ? 来てくれた日を抜いたら1日分しか話に出てきてないんだけど……残りの3日間は何食べてたの?」

 

「?」

 

「そこで寝転がりながら器用に首を傾げられても、私にもわからないからね? ねぇ、奏。思い出せる範囲でいいから、何をしてたか教えてもらってもいい?」

 

 

 絵名に言われるがままに、わたしは望月さんが作ってくれたご飯の後、何をしていたのか思い返してみる。

 

 確か、カップ麺を食べようとしてお湯を沸かして、その途中で良いアイディアが思い浮かんだのだ。

 それで、曲作りに集中している間にお湯が水になって。もう1度沸かすのも面倒だから、その水をコップで飲んで。

 

 ……絵名に怒られそうだけど、3日間ぐらい同じことを繰り返した記憶しかない。

 缶詰も栄養バーも近くになかったから、口に入れてない。わたしが唯一、口にしたのは水だけだ。

 

 そのことを思い出しながら伝えると、絵名はチョコレート色の目を丸くして叫んだ。

 

 

「奏ったら、意図せずに3日断食してたの!? ……頭が痛いのもそのせいかな。そこでちょっと待っててね。後、絶対に動かないこと!」

 

 

 人差し指でわたしの鼻を突いてから、絵名は急いでセカイから出ていく。

 残されたのは寝転んでいる私と、乱雑に置かれたスケッチブックや筆箱だけ。

 

 

(それにしても……食べてないことを思い出したせいかな。お腹、空いたかも)

 

 

 絵名が来るまでの間、気力もなにもないわたしは、セカイに広がる地面と一体化することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏、お待たせ。辛いかもしれないけど、ちょっと頑張って起きてみよっか」

 

「うん、起きる……いや、無理かも」

 

「私も手伝うから、頑張ろ?」

 

 

 すぐにギブアップするわたしに絵名は苦笑しつつも、手をを差し伸べて体を起こしてくれた。

 

 近くにいるせいなのか、絵名からいい匂いがする。

 絵名本人とはまた違う、出汁とかの良い香りにわたしの鼻がぴくりと反応した。

 

 

「ふふ、食欲はあるみたいね?」

 

「絵名、もしかして」

 

「うん。3日も食べてないみたいだから、お粥を作ってきたの。急いで作ったから、味の保証はできないんだけどね」

 

 

 湯気立つお粥に手を伸ばし、空腹に身を任せて口に運ぶ。

 

 一見、何もないシンプルなお粥なのに、口に入れると鶏肉と干しエビの優しい出汁の味が味覚を刺激する。

 

 空っぽの胃の中に染み渡る、水分をたっぷりと含んだ米粒達。

 噛んでいるのか、飲んでいるのか、その境目を行ったり来たりする久しぶりの食事。

 

 はふはふ、ふーふーと食べれば、あっという間にお粥は空っぽになってしまった。

 

 

「……ご馳走様でした。すごく、美味しかったよ」

 

「そう? 味見してないから不安だったけど、奏のために作ったおかげかな。美味しいのなら良かった」

 

「わたしのため……?」

 

「そんな驚いた顔しないでよ。奏以外いないんだから、当然でしょ」

 

 

 くふくふと喉を鳴らして笑う絵名を見ていると、体だけじゃなくて胸の奥まで温かくなった気がする。

 

 物理的に温かいお粥だった、というのもあるだろう。

 誰かに当然のように与えられる優しさが、こんなにも温かいものだったなんて……今まであまり、自覚していなかったから。

 

 

(わたしのため、か。いいな、そういうの)

 

 

 自分でもわかるぐらい、口角が自然と上に上がっている。

 今ならいつもとは違う曲が作れそうだった。

 

 

「あ、そういえば……絵名は何か用事があってセカイに来たんだよね? 邪魔しちゃってごめんね」

 

「気分転換に来ただけだから、大丈夫。奏のことで邪魔だなんて思ったことないし、力になれたのなら良かった」

 

 

 ……絵名はわたしに「言葉選びが狡い」なんて、言うことがある。

 だけど今、このシチュエーションで絵名が選んでいる言葉も、絵名の言う『ズルい』に当て嵌まるのではないのだろうか。

 

 そう言ったところで、絵名は自分のことにはビックリするぐらい鈍いので、通じないだろうけど。

 

 こういう時、瑞希に言えば「そうそう、絵名ってばズルいんだよ。『えななん』だけに『ずるなん』だよ!」って同意してくれるはずだ。

 

 脳内の瑞希が同意してくれている中、現実の方の絵名はお椀を片付けながら問いかけてきた。

 

 

「明日は家事代行の人、来てくれるの?」

 

「ううん、明日までお休みだよ。日曜日に来てくれるって話だから」

 

「そっか。じゃあ、数日分は栄養があって、消化が良さそうなものをお願いしてね。今日と明日の分は私が作るから」

 

「えっ。それは悪いし、缶詰とかはあるからこっちで食べるよ」

 

 

 作ってもらうなんて絵名に申し訳なくて、遠慮しようとしたのだが、それは相手にとって良くない選択だったらしい。

 

 絵名の眉が下がり気味だったものが、一気に45度、反転したようにぐいっと上がった。

 

 

「私もね、干渉し過ぎたら嫌がられるかなって、思うこともあったんだけどさ……家事代行の人が来るまで缶詰を食べるって、本気で言ってる?」

 

「え、えっと。ダメならカップ麺でも……」

 

 

 絵名の気迫に震える声で反論してみるものの、彼女はわたしの反論如きでは止まらない。

 

 

「3日間断食していた人間が、消化に時間がかかるタンパク質や、高カロリーの炭水化物を食べるのは許されない所業だから。最初は野菜スープとか、ヨーグルトで慣らさないと」

 

「は、はい」

 

「奏が自分で用意するなら、私も何も言うつもりはないけど。放っておいたらまた食べないか、胃に無理させるつもりでしょ?」

 

「う……うん。やってました」

 

 

 食べれたらなんでもいいやって、思っていたのは間違いない。

 背後に般若が見える勢いで詰めてくる絵名を前に、わたしは自然と正座してしまっていた。

 

 

「実は明日、私が家の料理当番で、トマトスープを作る予定だったの。4人分も5人分も変わらないから、奏には遠慮せずに食べて欲しいなって」

 

 

 わたしに合わせて向かい合うように正座する絵名から、こちら側が気にしないように言葉を選んでいるのが伝わってくる。

 

 だけど、わたしは知っているのだ。

 絵名が瑞希とナイトコードで話していた時に『一人暮らしなら、絶対に連日の料理はできない。力尽きる』とか言っていたのを。

 

 

「絵名はこの前、連日の料理はできないって言ってたのに、大丈夫なの? 今日も作ってもらってるし」

 

「あぁ、あれは自分のために料理し続けるのは無理って話。仮に毎日作ることになったとしても、奏のためならちゃんと作るって」

 

 

 ──それはつまり、わたしのためなら毎日料理を作ってくれるってこと?

 

 この時のわたしは、栄養不足でおかしくなっていたんだと思う。

 絵名がそういう意味で言っていないとわかるはずなのに、何をとち狂ったのか、味噌汁云々と同じようなニュアンスで解釈していたのだ。

 

 

「毎日作ってくれるなら……わたし、絵名1人は養えるように頑張る」

 

「ふふっ。もう、奏もそんな冗談を言うのね? そこまで楽しみにしてくれてるのなら、私も頑張っちゃおっかな」

 

 

 残念ながら、わたしの言葉は面白い冗談だとしか受け取られなくて、笑われてしまった。

 

 

(いや、残念って。何を考えてるんだろう、わたし……)

 

 

 ……これが今だけのバカみたいな発想なのか、そうでないのか。

 考えるのが恐ろしいので、わたしは思考を放棄して、絵名の言葉に甘えるのだった。

 

 





記憶喪失えななんは原作絵名さんが奏さんに向けていた信仰的矢印を、ニーゴの皆に倍にしてぶつけています。
(ただし、根本的な自己評価がやっぱり低いので、自分に向けられる好意には鈍いのですが)

返報性の原理……あると思います。
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