イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回の話はペイルカラー成分を少々……といったところです。



63枚目 父からの挑戦状

 

 

 最近はお父さんと話すことも少なければ、ほんの少しの心の余裕もあって、油断していたのかもしれない。

 

 

「最近、絵を描くために籠っていたそうだな?」

 

「……うん」

 

 

 リビングでエゴサしていたら突然、答えにくい質問がお父さんの口から飛び出してきた。

 まふゆ並みに何を考えているのかわからない父の顔は、どういう意図の質問なのか読み取れない。

 

 高校生の娘が1ヶ月近く家に帰らなかったことを咎めようとしているのか、心配しているのか。

 家を空けていた理由に絵以外のこともあったせいで、私は少し警戒してしまう。

 

 幸いなことに、お父さんは私の様子に気付くことなく、質問を重ねてきた。

 

 

「あのコンクールの件から、大きなコンクールには絵を出していないようだが……もう出す気はないのか?」

 

「そんなつもりはないけど。ただ、タイミングというか、機会がなかっただけ」

 

 

 あの、というのはミライノアートコンクールのことだろう。

 

 お父さんは炎上事件のことから私が大きなコンクールに絵を出すのを恐れているのでは、と思ったのかもしれない。

 

 だが、この1年は美術部員として学生向けの賞は取っているし、ニーゴの活動に専念していただけだ。

 お父さんが心配するような理由はないし、機会を逃していただけである。

 

 

「ふむ」

 

「それで、お父さんは何を言いたいの?」

 

 

 質問の意図がわからないので思い切って質面し返すと、お父さんが手渡してきたのは1枚のパンフレットだった。

 

 

「シブヤアートコンクール?」

 

 

 募集要項などが記載されたそれは、私の記憶が間違いなければ……あの時のコンクールよりも上か同じぐらいの、プロレベルの人間が集まる大きな賞だったはず。

 

 ──私に態々、才能がないと伝えてくれたお父さんが、どうしてこれを?

 

 パンフレットから顔を上げると、こちらをじっと見ていたお父さんと目が合った。

 

 

「ここでお前の覚悟を見せて欲しい」

 

「それって、これに応募するのは確定ってこと?」

 

 

 勝手に決められるのはお父さんが相手でも嫌なのだが。

 そういう気持ちを微塵も隠さずに見つめ返した。

 

 

「いや、強制はしない。これは今のお前の腕試しにはなるだろうが、描くのも描かないのもお前の自由だ」

 

「えぇ?」

 

 

 予想に反した答えに、私は困惑以外の感情が出てこない。

 お父さんは娘にパンフレットを渡せて満足したのか、すぐにリビングから退散してしまうし、相手の本意は闇……いや、胸の中である。

 

 リビングには呆然と座る私と、お母さんの洗い物の音しか存在しなかった。

 

 

(あの言い方だと、ほぼ強制じゃない? でも強制しないって断言してたし、本当にどっちでもいいのかな)

 

 

 このまま部屋にいても、お父さんの本音を察するのは難しそうだ。

 洗い物をするお母さんに一声かけてから、私もパンフレットを片手に自室に戻った。

 

 

(それにしても、シブヤアートコンクールね)

 

 

 自分には天才と持て(はや)されるような絵の才能がないってことを自覚してから、2年が過ぎた。

 

 1年目はスランプで足踏みして。

 2年目でやっと、スランプから抜け出したと思うような絵が描けた。

 

 この2年間で宮女の美術部員の1人として、学生向けやアマチュアの賞に応募していた。

 最近は下駄を履かずとも、賞を取れるようになってきている実績もある。

 

 まだまだ至らない点が複数あるものの、もしかしたら実力が届くかもしれないと思うところまで伸ばせているのだ。

 

 

(そう考えると……今回の話はお父さんの言う通り、腕試しに丁度いいのかもね)

 

 

 もう一度、挑戦してみようかな。

 お父さんから聞いた時は嫌だと思っていた気持ちが、気が付けば前向きに変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 シブヤアートコンクールに出すと決めたら、準備をしよう……と気合いを入れてみたものの。

 

 奏の様に高クオリティの曲をずっと作り続けたり、まふゆの様に間に書いた文章が受賞しました~、なんてことができるような才能が、私にあるはずもなく。

 いざ描くぞ、と思っても何を描くのか決まらず、詰まってしまった。

 

 

(こういう時、そのことについて考え続けても、良いアイディアは出てこないのよね)

 

 

 そんな言い訳をしながら、私はナイトコードを開いていた。

 まだ25時から時間があるのに、Kのアイコンがボイスチャットにあった。

 

 Amiaのアイコンもオンライン状態なので、寝落ちや離席さえしていなければどちらかには話を聞けそうだ。

 私は迷わずボイチャに入って、Kに声をかけてみる。

 

 

「お疲れー。今も元気に曲作り中?」

 

『えななんもおつかれさま。元気とは言い切れないけど、順調だよ』

 

「順調なんだ。すごいなぁ」

 

 

 ポロリと溢れてしまった言葉。

 それを見逃してもらえるほど、Kは鈍感じゃなくて、すぐに拾われてしまった。

 

 

『えななん、何かあったの?』

 

「何かって言うほど、大したことじゃないよ」

 

『それでも、何か力になれるかもしれないし。よければ聞かせてくれないかな?』

 

「じゃあ、ちょっとだけ。実は──」

 

 

 前置きを入れつつ、シブヤアートコンクールのこととそのネタに困っていることを掻い摘んで話すと、Kは小さく唸った。

 

 

『そうなんだ。コンペがあるなら、イラストも取り掛かるのは難しいよね。期限、伸ばそうか?』

 

「ううん、今やってる分はそのまま完成させるから平気。ただ、次のは遅れるかも。ごめんね」

 

『大丈夫。こっちのことは気にせず、自分のことに集中してよ。コンペ、頑張ってね』

 

「当然。今の実力を試すためにも、全力を尽くすつもり」

 

『そっか……でも、よかった』

 

 

 安堵するような声が聞こえてきて、私は首を傾げる。

 なにが良かったのか、今までの話から予想できずに「何が良かったの?」と問いかけることしかできない。

 

 Kの言いたいことが予想できずに唸っていると、誰かが入ってきたような特徴的な電子音とウィスパーボイスが聞こえてきた。

 

 

『えななんは自分のことより、人のことを優先しがちだから。自分の絵を描くのを優先してくれて、わたしは嬉しいかな』

 

「もう。それを言うならKも似たようなものでしょ。それに、優先する相手は選んでるし」

 

『わたしも人に言えないかもしれないけど……雪からナイトコードに長期間、来れなかった時のことを聞いたよ。いくら友達のためだからって、何でも許したらダメだと思う』

 

「いやいや、何でもは許してないって」

 

『誘拐や監禁と呼ばれるような行為を良しとするなら、えななんの許容範囲は広過ぎるよ。突然そんなことされて、よく受け入れたなってビックリしたし』

 

 

 それを言われると、胸を抑えて短く唸ることしかできない。

 

 私もいくら不思議体験をしているからって、あまりにも普通に対応し過ぎたな、と思っていたのだ。

 だが、私があのままセカイにいなかったら、雪がどうなるのか予想できなかった。

 

 だからまだ想像しやすいし、気が付きやすい方を選んだ、と言い訳なら無数に思いつく。

 とはいえ、普通の人はそんな思考にならないと突っ込まれたら、その通りですとしか返せない。

 

 

「今はK達もいるから、もうあんなことにはならないでしょ」

 

『──どーだかなー。えななん、お願いされたらなんでもしそうだしな~』

 

 

 Kと話していたはずなのに、返ってきた声はAmiaのモノだった。

 一体いつからヤツはいたのか。心臓が煩いぐらい跳ね上がる。

 

 

「あ、Amia!? 何時からいたの!?」

 

『Kが「えななんが自分のことより人のことを~」って話してるところからかな。で、Kとえななんは何を話してたのさ?』

 

『えっと、えななんがシブヤアートコンクールってところに応募するらしくて──』

 

 

 AmiaとKが話している間にも、私の思考は過去に飛んでいた。

 

 Amiaが入って来たタイミングはKが話していた時。

 確か、その辺りで私が唸っていたのだ。その間にAmiaが入ってきたに違いない。

 

 

『ふむふむ。改めて話を聞いても、やっぱり結論は同じかな~。えななん、なんやかんや雪に甘いもんねぇ』

 

「雪に甘いって、そんなことないと思うけど」

 

『は~、やれやれ。これだから無自覚っていうのは怖いよ』

 

「そんなこと言われても。私はAmiaが雪と同じようなことを言っても、自分ができることなら付き合うわよ? 仲間(Amia)のためなら当然じゃない」

 

『……ふぇ?』

 

 

 何もおかしなことを言っていないのに、Amiaは変な声を出して黙り込んでしまった。

 何があったのだろうか。呼びかけてみても物音すら返ってこない。

 

 

『これは……えななんの口撃(こうげき)で沈んじゃったみたいだね』

 

「え、攻撃って何? 私、酷いことを言ったつもりなんて全くないけど」

 

『はは』

 

 

 KはKで笑って誤魔化してくるし、Amiaを傷つけてしまったのであれば、謝罪したい。

 そう思って聞き出そうとしても、特に悪いところが見つからずに『わからない』という結果だけが残った。

 

 わからないが結論なんて、朝比奈じゃないんだぞとツッコミたい。

 そう言ったらあいつがひょっこりやってきて、収拾がつかなくなりそうなので、絶対に口にしないけど。

 

 

「……とりあえず、Amiaを傷つけるようなことは言ってないのよね?」

 

『うん、そこは大丈夫。勘違いさせてごめんね、えななん』

 

『わたしも。ややこしいことを言ってごめんなさい』

 

「大丈夫よ、何もなければそれで良いし」

 

 

 Amiaが違うと強く否定しているし、異変も感じられなかったので、今回の言葉は信じても良いだろう。

 

 

(それに……2人と話したおかげで絵の方向性も決まったし)

 

 

 東雲絵名()を殺してしまったあの日から、記憶だけでなく違う何かも失くしてしまった抜け殻が《私》だった。

 

 今まで歩いてきたはずの道があっさりと壊されて、粉々になった欠片を集めて、東雲絵名()という道の続きを必死に繋げて、ここまで歩いてきた。

 

 相手に合わせて、相手に寄り添って。

 絵を描く時ですら私の絵でありつつも、主導権を相手に渡していた。

 

 きっと家にも学校にも、私の場所はちゃんとあるんだと思う。

 だけど、やっぱりそこには私だけじゃなくて、東雲絵名()がいて、私には欠けたものが……私の知らない私がいる。

 

 でも、ニーゴにはそれがない。私だけが手に入れた、大切な場所。

 

 ニーゴは、ここは、私が数年間で東雲絵名()とは関係なく作ることができた場所なのだ。

 だからこそ──私の絵描きとしての覚悟の原点として、ここの絵を描きたい。

 

 

 記憶を無くして下駄を履いてでも画家になろうと藻搔いてきた1年も。

 全く描けなくて苦しんできた1年も。

 《私》だけが作ることができた、居場所で活動してきた1年も。

 

 ニーゴの東雲絵名として全部、この絵に込めよう。

 相手が欲しいものではなくて、私が描きたいものを描く。

 

 それが今の父へ送ることができる、絵描きとしての私の覚悟なのだから。

 

 





私的に思い入れのある『満たされないペイルカラー』編のフリを今回、入れたのですが……ここから絵を描く期間や審査期間が始まりますね?
その期間中は時間があるなということで、次回から『KAMIKOU FESTIVAL!』編も並行しちゃう欲張りセットです。
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