イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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65枚目 きょうだい事情

 

 

 

 無事に瑞希を捕まえて、文化祭を一緒に回ることになった。

 

 

「このクラスはお化け屋敷やってるんだ〜。飾りつけ、よくできてるなぁ」

 

「……入らないわよ」

 

 

 態とらしく声を出して、瑞希が1年C組の出し物を指差した。

 ニヤニヤと笑う顔を見れば、言いたいことは大体伝わってくる。

 

 だからこそ先んじて手を打ったのに、それでも瑞希は口角を上げるのだ。

 

 

「おやおや。ボクはまだ何も言ってないんだけどなぁ」

 

「まだって言ってる時点で自白してるようなものじゃない」

 

「もしかして絵名、お化け屋敷が怖いの?」

 

「その手には乗らないって言ってるでしょー……けど、それ以外にもこのクラス、何か引っかかってて入りたくないのよね」

 

 

 フェニランのお化け屋敷でも真っ青になるぐらいには、お化け屋敷というものが得意ではない私だけど。

 

 それとは別に、1年C組という言葉に記憶のどこかが引っかかっていて気持ち悪いのだ。

 私が1年生の時はA組だったので、そういう既視感ではないはず。

 

 ならばこれは何なのだろう。

 揶揄ってくる瑞希を無視して数年分の記憶から探し出していると、その答えはすぐに出てきた。

 

 

「東雲ー。3時からお前の当番だからな、忘れんなよー」

 

「わかってる。時間になったら戻ってくるから、任せたぞ」

 

「楽しんでこいよー」

 

 

 お化け屋敷の出入り口から現れた、見慣れたオレンジ髪。

 あの後ろ姿を見れば、私がお化け屋敷のクラスに引っかかっていた理由がすぐにわかった。

 

 

「東雲? それってもしかして……」

 

「認めたくないけど、そのもしかしてでしょうね」

 

 

 1年C組が弟の彰人のクラスだったからこそ、喉に小骨が刺さったような違和感があったのだろう。

 

 視線の先では、クラスメイトから冬弥くんに話し相手を変えた彰人が喋っている。

 興味津々に彰人と私を見比べる瑞希を引き摺って行こうかと考えているうちに、こちらに気がついたらしい冬弥くんが頭を下げてきた。

 

 相棒くんの会釈によって、彰人の目がこちらに向けられる。

 

 こちらの姿を見た瞬間、丸めた紙みたいに歪む彰人の顔。口を開いて出てきた言葉も、その顔相応のものだった。

 

 

「──何で、お前が神高にいるんだよ」

 

「文化祭に遊びに来たからだけど、悪い?」

 

「いや、悪くはねぇけどよ」

 

 

 バツの悪そうな顔に変えて、彰人は視線を横にずらす。

 

 他校にいるはずの姉が自分の高校にいるなんて思ってもみなかったのだろうし、相手の言い分も何となく察してはいる。

 

 だが、あからさまに嫌そうな顔をされてしまうと、こちらも言い返したくなるというか。

 つい、喧嘩腰になってしまったのは、悪かったかもしれない。

 

 こっちも気まずくなって視線を下に向ければ、瑞希が囁くような声で問いかけてきた。

 

 

「絵名って、弟くんと仲良くないの?」

 

「仲良しとはいかないけど、悪くないわ。ただ、ちょっと気まずいだけ」

 

 

 一般的な姉と弟の関係だと思うけれど、そんなのはご家庭によって違うわけで、説明としてはふさわしくないだろう。

 なので、思っていることをそのまま伝えて、瑞希の追及を躱した。

 

 瑞希は特に気にした様子もなく、関心の目を弟から冬弥くんの方へと向ける。

 

 

「ふぅん、そっか。じゃあ絵名の弟くんにちゃーんと自己紹介しなきゃね。というわけで! ボクは1年A組の暁山瑞希! 絵名とはまぁ、それなりに深い仲って感じかな。よろしくね、絵名の弟くんと~、えっと……」

 

「1年B組、青柳冬弥だ」

 

「冬弥くんだね、よろしく!」

 

 

 瑞希もまた、えむちゃんレベルのコミュニケーション強者であるらしい。

 自然と下の名前で呼んでしまうのだから、少なくとも私よりも距離の詰め方が上手だった。

 

 すごいな~と呑気に観察していると、突然、彰人から声をかけられる。

 

 

「あの暁山ってやつの言葉は嘘じゃないんだな?」

 

「そりゃあそうでしょ。友達じゃなきゃ一緒に文化祭なんて回らないし」

 

「そうか」

 

 

 彰人は口の前に手を持ってきて、視線を宙に彷徨わせた。

 

 あれは彰人が考え事をしているときに出てくる仕草だ。

 瑞希の何が引っかかったのか、冬弥くんと瑞希が話している間にも、彰人は考え込んでいる。

 

 

「確か、暁山だったよな。これからどこかに回る予定とかあるのか?」

 

「ブラブラ見て回りながら、体育館に行くぐらいしか考えてなかったけど。それがどうしたの?」

 

「冬弥が見たい催しがあるって言ってたし、暁山達さえ良ければだが、オレ達と見て回らないか?」

 

「え? えぇっと……」

 

 

 瑞希が良いの? と困惑しているような目でこちらを見てくる。

 

 他人事のように観察している私も、今の状況には疑問が噴出していた。

 まるで嫌いな人参を出されたような顔をしていた弟が、急に一緒に見て回らないかなんて、聞くだろうか。

 

 

「あんた、何を企んでるの?」

 

「別に、これはオレの我儘だ。嫌ならいい」

 

 

 問い詰めようと思えば簡単だが、彰人も一筋縄ではいかないだろう。

 変なことは考えていないだろうと、弟を信じるしかなさそうだ。最終決定権は瑞希と冬弥くんに投げてしまおう。

 

 

「私はどっちでもいいけど、瑞希と冬弥くんは?」

 

「ボクは面白そうだし、どっちでもいいよ」

 

「俺も先輩の劇が見れるのなら、反対する理由はありません」

 

 

 反対は無しか。

 新情報として彰人達が見る予定なのが劇だとわかったのは良かったかもしれない。

 

 

(途中で嫌になったとしても、劇の後ならサラッと別れられるでしょ)

 

 

 彰人の堪忍袋の尾が切れるのか、瑞希がするりと抜けていくのか。

 今日の私は瑞希に付き合うつもりなので、何があっても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんて、思わなきゃ良かったかもしれない。

 

 

「頭痛え……」

 

 

 死んだ魚のような目で呟く彰人に、私は激しく同意したい気分だった。

 

 

「高次元か低次元か、何というか。私には次元が違い過ぎて、作品の意図が読み取れない演劇だった」

 

「いやぁ、意味わかんな過ぎてヤバかったねー。笑い過ぎて疲れちゃったよ」

 

「瑞希はよく笑えるよね」

 

 

 あそこまで意味がわからないと笑いも出てこないのだけど、瑞希は楽しそうだ。

 

 そもそも、ロミオが9人も出てきてバトルロワイヤルしてる時点でツッコミたかったし、最後は宇宙とか概念とか、雑なオチで終わるし。

 

 B級映画でも中々お目にかかれない次元の演劇だった。

 あれが文化祭ではなく映画館で上映されてたら、黙って会計の人に手を伸ばしたくなると思う。

 

 

「あの演劇はコミカルな展開の中に、哲学的な示唆が感じられた。ラストシーンであの曲をBGMにしたのも、何か意味があるのだろうな……」

 

 

 真顔で考え込んでいる冬弥くんには悪いが、私にはあの演劇の意味がわからない。

 

 絵画とかも良さがわからないとか言われることがあるものの、これは系統が違うものだ。

 意味が本当にあるのであれば、それを知るのはこの演劇の脚本を作った人のみだろう。

 

 ならば、ここで冬弥くんが悩んでいても時間が過ぎていくだけか。

 腕を組んで考え込む冬弥くんに、私は提案を投げかけた。

 

 

「ここで考えても演劇のことはわからないと思うし、片付けも大体終わってる頃でしょ。そろそろ声をかけてもいいんじゃない?」

 

「それは、大丈夫なのでしょうか……」

 

 

 冬弥くんが躊躇いがちに彰人達の方へと視線を向けると、彰人は手を横に振りながら頷く。

 

 

「こっちは大丈夫だぞ。オレは暁山に話があるし、ちょうど時間が欲しいと思っていたからな」

 

「え、ボクに?」

 

「ああ。お前に話がある。冬弥が話している間、時間をくれ」

 

 

 真顔の彰人を見る限り、冗談や酔狂で言っているようには見えない。

 

 瑞希の視線がこちらに向くので、任せると口を動かして相手の判断に委ねた。

 

 

「……ボクは別にいいけど」

 

「じゃあ、私は冬弥くんと一緒に教室に入ってようかな。2人とも、終わったら戻って来てよね」

 

「わかってる。じゃあ、暁山を借りていくぞ」

 

「絵名、行ってくるね」

 

 

 手を振る瑞希に振り返して、離れていく彰人と瑞希を見送る。

 

 

「冬弥くん、教室入ろっか」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 

 ガラリ、と教室を開けばよく響く声で会話している声が聞こえてくる。

 

 クラスメイトらしき子の声は聞き取りにくいのに、冬弥くんの尊敬する先輩とやらの声は耳を塞いでいても貫通してきそうなぐらい大きかった。

 

 

「……司先輩!」

 

「おお、冬弥! よく来てくれたな! 演劇を見に来てくれたのか?」

 

「はい。さっきの劇、とても良かったです。特に──」

 

「っと、すまん! 楽しんでもらえたなら何よりだが……急ぎの用事があるから、話はまた後にしよう! じゃあな!」

 

 

 冬弥くんが話し終える前に、司先輩と呼ばれた男子は早歩きで教室を去ってしまった。

 

 尊敬する先輩に感想を言えなかったせいだろうか。

 小さく「あ……」と呟いた冬弥くんの顔が、どこもなく寂しげに見える。

 

 

「感想、言いたかったのに……」

 

「喋る余裕もないなんて、かなり急いでるのね」

 

 

 瑞希と一緒に教室を覗き込んだ時に見た男子や女子はクラスにいないようだし、別の出し物があるのは可能性としては高いと思う。

 

 

「さっき、空き教室であの先輩さんっぽい人達が演技の練習をしてたの見たのよね。もしかしたら体育館とかに行けば会えるかもよ」

 

「体育館……その可能性はありますね。彰人達が戻ってきたら探しに行こうと思います」

 

 

 目に見えて落ち込んでいる冬弥くんを見ていられないので、可能性程度の予想を話したものの……どうやら効果はあったらしい。

 

 それにしても、一見、クールな印象を受ける冬弥くんが見てわかるぐらい落ち込むなんて、あの先輩はそれほどの人物なのか。

 彰人達が戻ってこない分、手持ち無沙汰なせいで気になってしまう。

 

 

「人探しの時の参考に聞きたいんだけど、その『司先輩』という人の苗字って何なの?」

 

「司先輩の苗字ですか? 天馬ですよ」

 

「天馬司さんか。天馬って珍しい苗字よね、宮女の1年生にも天馬って名前の子がいるけど……あれ」

 

 

 そういえば、咲希ちゃんも天馬という名前で金髪だったような。もしかして家族か従兄妹みたいな関係だろうか。

 私が頭の中に元気なあの子を思い浮かべていると、何かを察した冬弥くんが答えをくれた。

 

 

「司先輩の妹さんは宮女らしいので、もしかしたら絵名さんが想像している人は司先輩の妹かもしれませんね」

 

「兄妹共々、学校での姿は元気だよね」

 

 

 咲希ちゃんの元気さは最近のものだろうし、下の階まで聞こえてくるぐらい大声でもないのだが、言われてみれば兄妹っぽい。

 ウチは父親似と母親似で綺麗に分かれて髪色的には姉弟らしさがないので、余計に天馬さん家の2人に繋がりを感じた。

 

 

「意外な繋がりを発見したし、良かったら冬弥くんと天馬さんを尊敬するようになったきっかけみたいなの、聞いても良い?」

 

「そうですね。彰人達もまだ姿が見えないみたいですし、少しだけなら」

 

 

 そうやって始まった冬弥くんの馴れ初め話。

 

 瑞希と彰人が中々帰ってこなかったので、最後まで聞いてしまったものの、天馬司という人間がただの声が大きい人ではないということを知れた良い話だったので、個人的には面白かった。

 

 





司さんの劇は実際に見てみたいとも思いましたが、果たして理解できるのか、という怖いもの見たさがある気がしました。

次回は彰人君に連れて行かれた瑞希さん視点です。
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