イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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今回は全部瑞希さん視点です。



66枚目 【暁山さんと頼み事】

 

 

 ボクは絵名の弟くんと一緒に、人の少ない階段の踊り場までやってきた。

 

 弟くんの方から一緒に来ないかと誘って、態々ボクを呼び出したのだから──状況的にも、ボクに話があるのは明らか。

 

 それなのに、何故か弟くんは話すこともなく、口を噤んでいる。

 

 今日会ったばかりだし、気まずいんだろうな。ボクもちょっと気まずいし。

 こういう時はバカなことを言って空気を変えてしまう方が、話は進むんだよね。

 

 

「こーんな人気のない場所に連れ出すなんて……いくらボクが可愛いからって、思い切ったことをするよねぇ。勘違いされたらどうするのさー?」

 

「ちげぇよ! そもそもオレとお前は初対面だろ!?」

 

「あはは、そーだね。だからこそ、ボクを絵名から引き離してまで話したいことが気になってさ。手っ取り早い方法を使っちゃった」

 

「手っ取り早いって……あぁ、そういうことかよ」

 

 

 弟くんはボクの意図を察したのか、頭を乱暴に掻いた。

 

 

(さぁて、これで話してくれるようになったかな?)

 

 

 まだ心に余裕があるボクは相手の出方を窺う。

 窺われている弟くんはというと、悔しそうな顔であるものの、短く呼吸する。

 

 どうやらそれが、気持ちの入れ替えるスイッチだったらしい。

 弟くんは目を逸らしたくなるぐらい、真っ直ぐボクの目を見て言った。

 

 

「暁山は姉貴といつ、知り合ったんだ?」

 

「そうだなぁ……大体1年前ぐらいだね」

 

 

 初対面はボクが中学1年生の時。

 ちゃんと名前と顔合わせしたのはつい最近だけど、そこは言わなくても良いよね。

 

 

「1年ということは……暁山もあいつを変えた1人か。お前が知らない側だからこそ、あいつにとっての救いになってるのかもな」

 

「えっと、知らない側ってどういうこと?」

 

「……悪い。オレが言ったせいで気になると思うが、あいつのためにも流してくれると助かる」

 

 

 弟くんの顔を見ても、目を逸らされることなく見つめ返された。

 どうやら、弟くんにとっての本心からのお願いみたい。

 

 絵名のために聞かないでほしいと言われると、ボクも聞きにくいんだよね。

 悔しいけれど、聞かない方が良いかも、と思わせるような言葉選びが上手かった。

 

 

「じゃあ、何ならボクも聞いていいのかな。態々ここに連れてくるぐらい、話したいことがあるんでしょ?」

 

 

 今のやり取り的に、絵名に関係することなのは容易に予想できるけど。

 内容まではわからないから、怖いんだよね。

 

 だって、まふゆが連れてきたとはいえ、絵名もあのセカイに行き来できるぐらいには消えたいって思ってるのだから。

 怖いような、そうでもないような。複雑な気持ちになってしまう。

 

 

「その、あー」

 

「うん?」

 

「暁山、姉貴を……絵名をよろしく頼む」

 

「えぇっ、急にどうしたのさ!? 気まずいから頭を上げてよ!」

 

 

 一体何を言われるのかとほんの少し警戒していると、なんとビックリ。弟くんは頭を下げてきた。

 

 まるでボクのことを絵名の大切な人か何かだと勘違いしてるみたいだ。

 ボクと絵名は友達だけど、弟くんに頭を下げられるような関係ではない。

 

 だから頭を上げて欲しいとお願いしてから数分経って、弟くんはやっと頭を上げてくれた。

 

 

「で、弟くんはなんで頭を下げてきたの? それを知らないと頷くこともできないよ」

 

「それは……暁山はあいつが大切にしているヤツの1人だって思ったからだ」

 

「ボクが絵名の大切にしてるヤツ、ね」

 

 

 1人ってことはボク以外にもこういう話をしてるんだろうけど、そんな数多くいる友達に対して弟くんは今みたいに頭を下げ回っているのだろうか?

 

 それならとんだシスコンくんなんだけど……弟くんの真剣な表情をみるに、そう揶揄うような問題ではなさそうだ。

 

 

「中学までのあいつはあの日から時間をかけて、ゆっくりと追い込まれてた。それこそ、何かきっかけがあれば勝手に消えちまうんじゃないかって思うほど、あいつは脆かった」

 

「絵名が? そうは見えないけどなぁ」

 

 

 そう言ってしまったけど、言われてみれば思いつく点はある。

 

 ニーゴの前で見せてくれる絵名は自己評価が滅茶苦茶低いのが玉に瑕だけど、頼りになって、強引で、目敏くこっちの変化に気が付く潤滑油のような存在である面が強い。

 

 ただ、東雲絵名がそれだけの女の子なのであれば、ボクら3人が揃って親近感を持つのはおかしいのだ。

 

 ……だからこそ、ボクらも見えていない絵名の裏側は弟くんが頭を下げなきゃいけないぐらい、不安定だってことなのかもね。

 

 

「でも、態々ボクに頭を下げなくてもいいんじゃない? 絵名にはキミみたいな弟がいるんだし、家族間で支えた方がいいと思うけど」

 

「家族じゃダメなんだよ。弟であるオレじゃあ、あいつの──東雲絵名との距離が近すぎるんだ」

 

「近いからダメなんて、それはまた難儀な話だね」

 

 

 まるで、あの子と誰かを分けるかのように言い直された絵名の名前。

 きっとそれが弟くんが伝えられる最大のヒントなのだろうけど、彼がそれ以上のことをいうつもりがないことも理解してしまった。

 

 ボクにも弟くんにも《絵名のため》というカードは強すぎたんだ。

 カードゲームだったら使用禁止指定を受けちゃうぐらい、バカみたいに強くて笑っちゃいそうな状況だよ。

 

 

「オレ達家族じゃどうしても、今のあいつが落ち着ける場所にはなれないんだ。暁山のできる範囲でいいから、あいつのことを頼みたい」

 

(弟くんがここまで心配するほど、ボクが必要だとは思えないけどなー)

 

 

 絵名は自分を卑下しがちだけど、目標に向かって頑張れるし、まふゆの件からも自分じゃどうしようもない時に人に頼ることもできるみたいだ。

 

 そんな彼女にボクができることはあまりないんじゃないか……とも思うけど、弟くんが絵名から引き離してまで頼んでくるのだ。

 家族にそういう行動をさせる理由が絵名にはあるってことも、伊達や酔狂でやっているわけでもないこともわかる。

 

 

(そういえば、絵名って自分のことを話してくれているようで、話してくれないことも多いんだよね。ボクと同じで)

 

 

 好きなものも嫌いなものも、考え方も目標も、最近の絵名を構成している情報ならいくらでも知っている。

 

 でも、そこには『過去の絵名』はいない。

 辛うじて聞けたのは「中学時代は親友の子がいなかったらほぼボッチね」ということぐらいで、過去に何かあるんだろうなっていうのは、ボクも薄々察してた。

 

 そりゃあ、ニーゴの皆は作業のことばかりで自分のことを話そうとしないから、奏のこともまふゆのことも、ボクは最近まで知らなかったよ?

 でも、絵名は──えななんだけは、距離がビックリするぐらい近くて、ネット上の関係だった時でも色々と話してくれてたんだ。

 

 そんな絵名が意図的に過去の話を避ける理由なんて『話したくない』以外では思い浮かばなくて。

 だからなのかな。弟くんの話を聞いてから、余計に過去に何があったんだろうって気になってしまう。

 

 どうして画家になりたいのかとか、好きだからと言われたらそれまでだけどさ。

 けど、その言葉で片づけるには絵名の執念は強くて……聞いても誤魔化された話の内容も、何か理由があるとしか思えないんだよね。

 

 

「ボクも、できないことがあるよ」

 

「話を聞いてくれるだけでも十分だ。後は頭の片隅にあれば、動いてくれるだろ」

 

 

 何だかやけに買ってくれてるけどさ、弟くんは頼む相手をちょっと間違えたかもしれないね。

 

 まふゆなら絵名にべったりだからすぐに頷くだろうし、奏も優しいから頷くだろう。

 でも──ボクはどうしようもなく臆病なんだ。

 

 

(任せてなんて言えないよ……絵名よりも先に、ボク自身が諦めちゃうかもしれないでしょ?)

 

 

 だってボクも、絵名達には『嫌われちゃうかもしれない大事なこと』を言えてないんだから。

 

 バレて、否定されて、怖くなって逃げてしまった後で。

 絵名にもしもがあっても……逃げた後のボクじゃ、何もしてあげられないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから弟くんの話は終わって、絵名達と合流したものの。

 

 冬弥くんは先輩を探すために体育館に行くらしく、ボクらは念のため、校舎内での出し物に先輩がいないか手分けして探すことになった。

 

 といっても、あくまでそれは副題。

 主題はやっぱり、絵名との文化祭を楽しむってことだよね!

 

 

「結局、劇以外は絵名とあんまり回れなかったからなー。いっぱい遊ぶぞ~」

 

「そうね、瑞希に任せるわ」

 

「ふっふっふ、ボクに付いてこれるかな~?」

 

「普段、遊んでる時も付いてきてるでしょ」

 

 

 呆れるような言葉を返す絵名に、弟くんが心配するようなところはどこにもない。

 

 弟くんから任されたけれど、今の絵名はそんな片鱗を感じないし、ボクが変に意識したって何も解決しないのだ。

 今、気にしたところで何も解決できないだろう。

 

 

(じゃあ、こういう時こそ遊ばなきゃ損だよね!)

 

 

 シューティングゲームのゲーム大会で優勝してる子を見たり、文系の部活の出し物にお邪魔したり。

 

 文化祭に誘われた時は乗り気になれなかったのに、こうも変わるとは朝のボクも思っていなかっただろう。

 

 コンクールの準備で忙しいであろう絵名が、他校の文化祭に1人で来るなんて誰が予想できるのかな。

 少なくとも、ボクは予想できなかったし、良い意味で運が良かったとも言えるよね。

 

 

(杏が誘ってくれなきゃ来る気もなかったけど……来て良かったなぁ)

 

 

 クラスTシャツじゃなくても、絵名も違うから全く気にならない。

 周りを気にするぐらいなら楽しめと、笑う絵名にはやっぱり──弟くんが言うようなことはなさそうだ。

 

 

(でも、ボクはちょっと知っちゃってるんだよね)

 

 

 今まで、深く考えることもなかった本当に小さな違和感。

 

 全く語られない絵名の過去に、何があったのかなんて予想できない。

 人にはそれぞれの人生(ものがたり)があるから、ボクの頭じゃ思いつかないだろう。

 

 

(ボクができることなら、力になりたいなぁ)

 

 

 絵名が困って、立ち止まっちゃって。

 その時が来ても、ボクがそばにいることが許されているのなら──力になりたいと、そう思うんだ。

 

 

 

 

 ……それを許してくれるほど、ボクが隠し持っている秘密は単純じゃなかったんだけどさ。

 

 

 

 

「あれ? 瑞希じゃん!」

 

「久しぶり〜! 文化祭に来てたんだね!」

 

 

 相手にとっては何気なく。

 ボクにとっては隣に絵名がいる分、あまり聞きたくなかった声が、耳に届いてしまった。

 

 

「あ……」

 

 

 ──そういえばさ、瑞希も言われて嫌なら、学校ぐらい普通の格好で来たら良いのにねー。

 

 ──瑞希って良い子だけどさ、そういうところあるよね。皆に合わせられないっていうか。

 

 

 その瞬間、頭の中にフラッシュバックする、あの日の言葉。

 相手にとっては大したことがなくても、心をナイフで抉り取られるような話。

 

 

(なんで今、会っちゃうのかなぁ)

 

 

 知らないフリもできるかもしれないが、そんなことをすればクラスの子にも、絵名にも不審に思われてしまいそうだ。

 ボクも思わず声を出してしまった以上、無視はできない。

 

 こちらの異変を感じ取ったのか、絵名がそっとてを握ってくれるものの、ボクはそれを振り払って、クラスメイトに向き合った。

 

 

 

「……ひっさしぶり〜! 何か楽しそうだったから来ちゃったよ〜♪」

 

 

 

 あーあ。

 

 弟くんには悪いけど……こんなに知られるのが恐ろしいのなら、黙って消えちゃった方がいいのかもしれないなって。

 そう思っちゃうぐらい、ボクはどうしようもなく臆病だった。

 

 

 





ちなみに、彰人君本人は記憶喪失えななんも無くす前の絵名も同じ東雲絵名なんですけど、本人が別人だと考えている節があるので、その考えに合わせて話したみたいです。

彰人君的には、どっちも『姉貴』だと折り合いをつけてるんですけど……本人がね。

次回はえななん視点に戻って、神高文化祭編は終了です。
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