イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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 ──初めて会った時のあいつは可愛い服を着てオシャレをしていたのに、すっごい落ち込んだ顔をしていた。
 それが嫌で、最近いいなって思った場所まで連れ出して。

 現代の人って骨格から判断するのはわかりにくいって言うけどさ……隣でそいつの絵を描いている間に、何となく察しちゃったの。

 これでも私、絵描きの端くれだから。
 後は病院生活から少し、観察力には自信があるのよね。






67枚目 私ができること

 

 

 

 

「ひっさしぶり〜! 何か楽しそうだったから来ちゃったよ〜♪」

 

 

 心配だからと握ろうとした手が振り払われた。

 数秒ぐらい触れた手が震えていたせいで、楽しそうに聞こえる瑞希の声には違和感しかなかった。

 

 先程まで、瑞希は楽しくて仕方がないと言わんばかりに出し物を回っていた。

 一応、天馬司さんという、冬弥くんが尊敬する人も探していたのだけど、そんなものを忘れちゃうぐらい遊んでいたと思う。

 

 それなのに女の子2人組と会った瞬間、瑞希の様子が急変した。

 『1-A』という文字も入っている白地のTシャツを着た、2人の少女。

 

 

(彰人達に自己紹介する時に、瑞希は1年A組だって言ってたわよね)

 

 

 つまり、あの2人はクラスメイトなのだ。

 態々声をかけてくるのだから、それなりに付き合いがある相手である可能性が高い。

 

 それなのに、2人は悪意もなく親しげでありながら、瑞希の方はギクシャクしていた。

 今は上手く隠していて、クラスメイトも気がついていないだろうけど、瑞希からすれば何か思うところがあるようで。

 

 私の手を振り払った後、今も素知らぬふりをしてクラスメイトと話している瑞希。

 外野で聞いていても、あからさまにおかしなところはない……でも、瑞希にとっての小さな棘は、確実に存在していた。

 

 

「面倒ならクラスTシャツを着なくてもいいんじゃない? 文化祭でお揃いのシャツってのも、ベタ過ぎてダサいしさ」

 

「わかるー。折角だから着てるけど、ちょっと恥ずかしいもんね」

 

 

 クラスメイトの子達から発せられる、明確な刃になり得ない言葉。

 

 ──言葉というものは便利であり、同時に不便だ。

 

 思っていることをできる限り伝えるために言葉は必要だけど、その何気ない言葉は相手の心を抉ってしまうこともある。

 普段なら気にしないことも落ち込んでいたら気になってしまったり、言葉というのは難しい。

 

 それでも外野である私だからこそ、今の瑞希を放置するのはよろしくないって事ぐらいはわかる。

 

 

「ねぇ瑞希、その子達は友達なの?」

 

「えっと、あなたは?」

 

「私はその子の友達の東雲っていいます。今日は瑞希と一緒に文化祭を回ってたんだけど……そろそろ、瑞希を返してもらってもいいかな?」

 

「なんだ、瑞希ってば友達を回ってたんだ。もっと早く言ってくれたらよかったのに。じゃあね!」

 

 

 2人組の女の子はバイバイと手を振って、そのまま廊下を去っていく。

 残ったのは瑞希と私だけだが……気のせいじゃなければ、瑞希の表情に陰りが見える。

 

 

(確か、近くに休憩所があったよね)

 

 

 私は瑞希に「行くよ」と声をかけて、手を引っ張る。

 

 

 

「──お揃いはダサい、かぁ……そんなの、お揃いになれるから言えるんだよ」

 

 

 

 瑞希が呟いた言葉を聞いてないフリをしているのに、思わず強く手を握ってしまったけれど。

 握り締めた手は解かれることなく、休憩所に着くまで繋がれたままだった。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「はい、お茶でいいよね?」

 

「冷たい緑茶は助かるよ。ありがとね、絵名」

 

 

 瑞希を誰もいない休憩所の椅子に座らせてから、近くの自販機までダッシュした後。

 幾分か調子が戻って来た瑞希にペットボトルを手渡した。

 

 どこか既視感のあるな、なんて考えつつも、私はペットボトルのフタを開けようと格闘する。

 手が滑っているのか意外と開かないそれに怒りも合わさって手が大袈裟なぐらい震えてきた。

 

 

「開かないのなら、借りるよ?」

 

「……私が弱いんじゃないから」

 

「はいはい、わかってますよ~」

 

 

 瑞希にペットボトルを渡すと、私のライバルのようにしつこかった姿はどこに行ったのか。

 瑞希の手にかかれば、大苦戦したフタもあっさりと開いてしまう。

 

 ……このペットボトル、瑞希に忖度していないだろうか?

 そんな突拍子もないことを考えながら、開いたペットボトルを眺めていると、瑞希がクスクスと笑っていた。

 

 

「……笑うのやめなきゃ、見物料金取るわよ」

 

「ちょ、冗談だよね!?」

 

「さぁね。そこは瑞希次第じゃない?」

 

「はは~、絵名様。こちらのブツでお許しくださいませー」

 

「よし、しょうがないから許してあげる」

 

 

 おふざけを交えて、瑞希からペットボトルを受け取る。

 

 

(……瑞希の調子も、表面上は戻ってきたかな)

 

 

 さりげなーく、彰人と話したことを探るつもりだったけど、私のことよりも瑞希の方が最優先だ。

 

 彰人のことだから、瑞希に「絵名のことをよろしく頼む」とか、そんなことを言ったのだろうし。

 全面的に私が悪いだけであって、彰人は全く悪くないのに……絵名()の弟はああ見えて優しいのだ。

 

 きっと、私が嫌なことも把握して伏せてくれているだろうし、今は後回しにしても良いだろう。

 

 

(それに、瑞希に真っ向から何があったか聞いたって、答えは返ってこないのは目に見えてるのよね)

 

 

 いつもならば気になったら聞いてしまえと動くのだが、今回ばかりはそうもいかない。

 

 隠したいことを掘り下げるつもりもないし、私だって掘り下げられたら困ることもあるのだ。

 瑞希の場合は『掘り下げられた先の秘密を知られたくない』って理由がありそうだけど、私の場合は『掘り下げた先が伽藍洞だから』っていう理由で、親しい人でもしてほしくないことがある。

 

 自分に置き換えて考えても、今は瑞希が何かを言うまで待つ時だと思う。

 そう結論付けたのと、瑞希が声を出すのはほぼ同時だった。

 

 

「……聞かないの?」

 

「何、聞いてほしいの?」

 

 

 瑞希には『苦しいから吐き出してしまいたい』や『受け入れてくれるかな』という気持ちが、少なからずあるように感じる。

 だけど、それ以上に知られたくない、怖いと感じているところが大きいように見えるのは、私の勘違いではないのだろう。

 

 私の予想が外れていないと言わんばかりに、質問を返された瑞希は口を噤んでいるし……やはり、聞き出すのは今じゃない。

 私が開いては閉じる瑞希の口を見ていたら、瑞希本人は気まずそうに視線をペットボトルに注いだ。

 

 視線からしても逃げている相手を追い詰めるような趣味なんて、私にはなかった。

 

 

「もう……瑞希は知られたくないんでしょ。なら、聞き出そうとは思わないわよ」

 

 

 私がそう言えば瑞希は残念そうでありながらも、安心したような顔をするのだから、困ったものである。

 

 言ってしまいたいけど、怖いから言えない。そんな瑞希の臆病さが表に出ていて、今にも逃げ出してしまいそう。

 

 私の場合は話しても仕方がないことで、知って欲しいとも受け入れて欲しいとも思っていないから、そういうところは瑞希と違っているのだけど。

 瑞希と同じようで違っている私ができることといえば、声をかけること以外にないのだ。

 

 

「ま、こういう時ほど、思い返せば案ずるより産むが易しって言うけどさ」

 

「そう言う人は無責任だっていうんじゃない?」

 

「そうとも言うかもね。ただ、吐き出したくなるぐらい苦しいのなら、やってみたら意外とどうにかなるかもよ?」

 

 

 私が言えることといえば、それぐらいしかない。

 軽い調子で言ってしまったせいで、瑞希は苦々しく笑う。

 

 

「絵名は簡単に言うよね」

 

「でもさ。話したくないことがある時って、一生隠し通すか、誰かにバラされるか、自分から言うしかないと思うのよ」

 

 

 それで、自分から話す時は早ければ早いほど、後々ややこしいことにならないのである。

 ……そうわかっていても、先送りしてできないのが人間の(さが)なのだろうけど。

 

 

「絵名は自分が隠し事をしてたら、どれを選ぶの?」

 

「そうね、話したところで自分自身が楽にならないのなら……隠し通すかもね」

 

「じゃあ、ボクも黙ってたっていいじゃん」

 

「私はそうするけど、瑞希は違うんじゃない? 隠し通して、ふとした時に怖くなったりしない? 苦しくならないの?」

 

「それは……なる、と思う」

 

 

 少なくとも、私が見てきた瑞希は隠し通しても平気だとは思えなかった。

 

 受け入れてほしいと思いつつも、ダメだったらと怖がって、結局黙ってしまう。

 瑞希のそういうところは、私と違うのだ。

 

 ──私の場合は既に起きた『どうしようもないこと』であり、何なら瑞希達には関係のない話だ。

 

 確かに、家族や絵名の友達が私を通して過去の幻影を見る度に、申し訳ない気持ちはある。

 でも、それが瑞希達に明かしたくなる罪なのかと言われると、それは違う。

 

 ニーゴの東雲絵名は、私だ。

 私が奏やまふゆ、瑞希と接してきた絵名だ。

 

 なら、そこに記憶喪失とかそんな情報はいらない。

 私だけを見てほしい。私が東雲絵名だって、認識してほしい。

 

 だから、私は皆に覚えていない過去の自分を知ってほしくないのだ。

 そう考えると、やっぱり私と瑞希とでは違うなって思うのである。

 

 

「私は今言った通りのことを思ってるけど……それでも言いたくないのなら、言ってもいいかって思ったタイミングで教えてよ。それまで待っててあげるから」

 

「……ずっと言わないかもしれないのに?」

 

「なら、ずっと待つだけよ。あんたが逃げても追いかけて、その場で私は待ち続けるだけだから。逃げられるとは思わないことね」

 

 

 ──そして、瑞希が秘密を話してくれた暁には、そんなことかって笑ってやるのだ。

 こんなことならもっと早く言えば良かったって、瑞希も笑っちゃうぐらい、あっさりと肯定してやる。

 

 

「だからさ。誰が何と言おうと、あんたは自分が好きなことを貫いていいんだからね」

 

「え?」

 

「瑞希にとっては周りと合わせるのが、何よりも大事なことじゃないのよね? なら、あんたが1番大事なものを大事にしてあげなよ」

 

「っ……絵名は言われたことないから、そんな簡単に言えるんだよ」

 

「かもね。でも、少なくとも私や奏達は瑞希を肯定するし、家でも学校でも、瑞希はそれで良いんだよって言ってくれる人はいるんじゃないの?」

 

 

 あの時教室で見ていた人とか、白石さんとも仲が良さそうだったのは見ている。

 今日で彰人や冬弥くんとも会ったし、そうやって輪を広げていけば、瑞希は瑞希のままで在れると思うのだ。

 

 

「私じゃ頼りないかもしれないけど、それでも──私は瑞希の味方なんだから」

 

「っ! ……あ、はは。絵名にそんなに好かれてたなんて、ボクも罪な子だよね〜」

 

「は? ぶっ飛ばされたいの?」

 

 

 さっきまでのしおらしかった姿は一体、どこに行ったのやら。

 瞬きしている間に瑞希の態度が復活していて、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

「絵名」

 

「んー?」

 

「──ありがとう」

 

 

 またふざけたことを言うのかと身構えていると、飛んできたのは感謝の言葉だった。

 

 

「ふふ。ん、受け取っておいてあげる」

 

 

 気にしていることが学校内でのことなので、他校生の私にできるのはあまりないかもしれないけれど。

 ほんの少しでも、大切な人達の力になれているのなら──これ以上に嬉しいことはないのだ。

 

 

 






この後は外部の人間は帰る時間になったのでえななんはお家へ。
瑞希さんは屋上に行ってから屋上の類君とお話した後、後夜祭に行きます。

この後の流れは原作通りなので、ここで神高フェスタはおしまいということで。

次回はちょっとだけ、記憶喪失えななんがフェニランにお邪魔します。
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