どうして『成果』ではなく『結果』なのか……?
シブヤアートコンクール以外は面影が薄らとあるだけのペイルカラー編、再開します。
私が遅れながらもイラストを完成させ、昨日に新曲がアップされた。
その数日後に打ち上げかと思いきや、急遽、翌日に打ち上げすることになったのだ。
昨日の今日で打ち上げしているせいか、もう最近はファミレスでも顔馴染みになっている気がする。
それぐらい頻繁に曲を作っている奏に驚けばいいのか、作るたびに打ち上げをしたがる瑞希にびっくりすればいいのか。
そんなくだらないことを考えていたら、瑞希がパン、と短く手拍子をした。
「皆、新曲アップお疲れ~! 絵名が間に合うか心配だったけど、今回もいい感じにできたねー!」
「やるからには手を抜かないし、全力でやるわよ」
「だねー。今回も皆でいい感じに作れた結果、昨日投稿したばかりなのにもう再生数が20万いってるし♪ ニーゴの人気具合にビックリしたよ!」
20万人の登録者がいたとしても、1日で20万再生するというのはかなり難しいものだ。
しかし、それをやってしまうのが目の前にいる天才共である。
(感想欄の反応も上々だし皆、さすがよね)
イラストから考察とかしてくれている人の感想を見るだけで、モチベーションが上がるのだから不思議だ。
……人の感想や評価って、伸び悩んだり自分が望んでいない感想を見て一気に失速する可能性もある、諸刃の剣なのだけど。
だからこそ、依存しないようにしなければならない。他人に自分に関する権利を握らせてはならないのだ。
「絵名ってば急にキリッとした顔になって、どうしたのさー?」
「甘えそうになった自分に喝を入れてたところ」
「相変わらず自分に厳しいねぇ」
打ち上げの場ぐらい褒めればいいのに、と言外に言ってそうな瑞希の声。
瑞希がそう言いたくなる気持ちも他人に当て嵌めればわかるけれど、私は故意でなくても犠牲の上に立っているのだ。
あの子が大切にしていた分野において、妥協も甘えも許してはいけない。
だが、それを馬鹿正直に言うと、また暗い顔を見てしまうのは容易に想像できることである。
ここは沈黙一択。それ以外の選択肢は碌なものではないだろう。
「ところで、絵名はコンクールの絵は順調なの?」
紅茶を飲んで無言を貫いていたら、横ではなく正面の奏から質問が飛んできた。
まふゆも興味があるようで、奏の隣から突き刺さってるんじゃないかと言いたくなるぐらいの視線を向けてくる。
3つ分の視線から逃れるために、私はすかさず口を開いた。
「この前送ったところ。もう少ししたら結果も返ってくると思うし、郵送物待ちかな」
「そっか。絵名はどっちもお疲れさまだったんだね」
ニーゴの新曲的にもコンクールの絵的にも、二重の意味でお疲れ様というのは間違い無いだろう。
薄らと笑う奏の指摘に納得する私を傍目に、フライドポテトに手を伸ばしていた瑞希は「へぇ」と小さく声を漏らした。
「手を抜けないって片方に集中しそうなのに、絵名ってば本当に同時並行で進めてたんだね。やるなぁ」
「絵名は目を離したら徹夜するから。セカイに連れてきて、無理矢理寝かせなきゃいけないぐらい頑張ってたよ」
「ほほーう。まふゆさん、それは本当ですかね?」
「うん、嘘じゃない。でも……瑞希、口調を急に変えるなんて変だね」
「ちょ、まふゆさーん!?」
私に攻撃しようと目論んだ結果、間抜けにも後ろから撃たれている
横でわちゃわちゃ言い合っている瑞希とまふゆから目を逸らしたら、まっすぐこちらを見ている奏と目が合った。
「奏、どうしたの?」
「結果、良かったらいいね」
「んー。まぁ、私的には全力で取り組んだし、どちらでもいいかな」
「それはどうして?」
奏がキョトンとした顔で問いかけたせいなのか、戯れ合っていた瑞希やまふゆも再び私に注目している。
どうやら3人とも、私の様子を窺うのが好きらしい。
……なーんて、冗談を頭の中で挟みながら、私は注文していたチーズケーキの先端を切った。
「だって、奏達と積み上げてきた時間は変わらない。そうでしょ?」
ケーキは食べたらなくなるけれど、これまで築いてきたモノはなくなることはない。
仮に私がその賞の審査員に認められなかったとしても、ニーゴの絵師として活動してきた自負があるのだ。
自分の力不足を悔やみ、今度こそ認めさせてやると思うことはあっても、必要以上に落ち込むことはない。
なんてことはないのだということを証明するために、チーズケーキをいつも通りに1口。
あまりにも変わらない私の態度に安心したのか、奏は綻ぶような笑みを見せた。
「うん、変わらないね」
その言葉を皮切りに瑞希が大袈裟に頷いて、まふゆも控えめに混ざりにくる。
更に盛り上がる打ち上げに、私の幸せな1日は過ぎていった。
……………………
「ただいまぁ」
自分でも驚くほど、力の抜けた声がリビングに響く。
学生生活や絵画教室、バイトにニーゴの活動をいつも通りに熟していたら、数日が経っていた。
今日は絵画教室に行っていつものように雪平先生にぎゅっと絞られたら、疲れるのも当然かもしれない。
お風呂やご飯の後に宿題を終わらせてから〜、と25時までの行動予定を大雑把に組み立てる。
あぁしようこうしようと考えていると、お母さんから予定を吹き飛ばす言葉が飛んできた。
「絵名、おかえりなさい。そういえば手紙が届いていたわよ」
「手紙? どこから?」
「えっと、シブヤアートコンクールですって」
「えっ……!」
打ち上げから数日が過ぎたのだから、コンクールの結果が来てもおかしくはない。
おかしくはないものの、それでもビックリしてしまう私の背後に、近づく気配が1つ。
「絵名、コンクールに応募したのだな」
「うん、まぁね」
自分の部屋で見てもいいのだが、お父さんがじっとこちらを見ているのも気になる。
(ここで開けても、大した問題じゃないか)
落選してもきっと、お父さんから『才能ないね』と煽られるだけである。
こっちは才能があるから絵を描いてるわけでも、才能がないからやめるなんて選択肢もないのだ。気にしたって仕方がない。
弱気になった自分を鼓舞し、思い切って封筒を開いた。
(結果は……?)
私自身、思った以上に緊張しているようで、無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
自分の嚥下音を聞いてやっと自覚するのだから、かなり緊張しているのだろう。
第一印象の苦手意識が抜け切れていないお父さんがいるのも、理由の1つだ。
何はともあれ、お母さんもお父さんも見ているのである。いつまでも紙を持って固まっているわけにはいかない。
「お母さん、学生の平服って制服でも良かったっけ?」
紙に目を通してまず、気になったのはそれだった。
お母さんが「大丈夫だと思うけど」と瞬きして、お父さんはじっとこちらを見ている。
2人とも、結果が気になるのだろう。
もしくは娘が錯乱しないか、心配なのかもしれない。
「絵名、結果はどうだったんだ?」
「平服とか言ってる時点で察してると思うけど──優秀賞。授賞式に参加してくださいって」
堪え切れないと言わんばかりにほんの少し早口になりながら質問してくるお父さんに、紙を見せる。
紙を受け取ったお父さんは「審査員……」と呟きながら目を細め、横から覗き込んだお母さんが喜色の笑みを浮かべた。
「これ、大きなコンクールだったのよね? 絵名ったらすごいじゃない!」
「そうかな……ありがとう、お母さん」
「嬉しくないの?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
心配しているお母さんに笑みを返してみたものの、どこかソワソワして落ち着かない。
──きっと頭の中に、あの日のことが思い浮かんでしまっているのだろう。
ミライノアートコンクールの時は審査員賞で、今回は優秀賞。
シブヤアートコンクールは最優秀賞、優秀賞の2つの賞があるので、あの時よりも確実にレベルアップしている。
審査員に直接訴えかけるような絵ではなく、今回は自分の実力で挑んだ。
スランプだった時の苦しさも、ニーゴとして過ごしてきた楽しさも全部込めて作品を作った。
4人の子達が手を取り合って、それぞれ『らしい』笑みを浮かべてジャンプしつつ、光の方へと向かう姿。
私の願いと今までを全部込めた。
込めた結果が優秀賞なのだから、過去よりも成長したと、嬉しくなってもおかしくないはずなのに。
(それなのに、何なのだろう……この落ち着かない感じは)
炎上することもないし、自分の力で掴み取った結果はとても嬉しいものだ。
そう思うのと同時に、何故か不安になってしまって、落ち着かない。
お母さんがお祝いを作らなきゃ、と冷蔵庫に駆け寄る中、お父さんだけは目を細めて手紙を見つめている。
「絵名」
「何?」
「これは返そう。それと……授賞式の日は、気をつけた方がいい」
おめでとうとも何にも言わず、お父さんは釈然としないような顔でリビングを出ていってしまった。
……お父さんにとっては、納得のいかない結果だったのか。
まだまだ世間に名を轟かせている画家様に認められていないようで、背筋が自然と伸びる。
もしかしたら今まで感じていた落ち着きのなさも、自分はまだまだだという警告だったのかもしれない。
(最近の小テストに『勝って兜の緒を締めよ』って言葉も出てきてたし……これは気を緩めるなってことなのかも!)
私が手紙を封筒に仕舞って両手を握りしめている横で、お母さんはクリームチーズやら生クリームを机に並べていた。
卵やら小麦粉と机に出した時点で、私はお母さんの顔をまじまじと見てしまう。
これはまさか、東雲家秘伝のチーズケーキの材料なのでは……!?
「今から作っても、明日だからね?」
「……わ、わかってるって」
「なら、部屋に戻った方がいいんじゃない?」
「……うん」
25時から考えればまだ早い時間だけど、チーズケーキを今から作って食べるには、遅過ぎる時間だ。お母さんの言うことも間違いない。
だけど、部屋に行ってもチーズケーキの方が気になってしまって。
気を紛らわせるためにナイトコードに入って、ログインしていたKにコンクールの結果を話す頃には、純粋な嬉しさ以外には残っていなかった。
──あの時、お父さんがどうして釈然としない顔をしていたのか?
私はそれを考えることなく、授賞式の日まで呑気に日々を過ごした。
──彼女の絵は神様が創った芸術だった。
アイデアという緑地が絞られすぎて砂漠になった私に、雨を降らせてくれたのが彼女の絵だったのだ。
それなのに──次に会った時、神様はこちらではなくて、別の方向を見ていた。
今振り返ると、信者になってしまった私ははそれを許せなかったのだろう。
神様は自分を見ずに、信者を見てくれたらよかった。それだけで、よかったのに……