イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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この作品の話の進行速度……亀の歩みです。


7枚目 初友達と少しの変化

 

 家庭科室とか理科室とか、実習用の教室が集まった校舎の外階段。

 

 フェンスで外からも見えず、誰もいないこの場所こそ、記憶を無くしてからの私が昼休みを過ごす為に厳選した安息の地。

 誰にも邪魔されない場所でスケッチブックを広げ、お弁当を食べながら反省するのが最近のルーティンだ。

 

 今日もそんな安息地にて、いつも通りスケッチブックを広げてお弁当を食べていたら、意外な来客者がやって来た。

 

 

「東雲さん、少しいいかしら?」

 

「え……桃井さん? こんなところまで何しに来たの?」

 

 

 この中学校で唯一の現役アイドルであり、嫉妬も人気も一点集中させている有名人。

 名前通りの桃色の髪とピンクの目が特徴的なアイドル様である桃井愛莉さんが、何故か誰も来ないような校舎裏に姿を現した。

 

 

「今朝はあの子達を止めてくれてありがとう。そのことでお礼がしたくて探していたのよ」

 

「別に気にしなくてもいいのに。私が気に入らなかっただけだから」

 

「そういうわけにもいかないわ。だってわたし、すっごく嬉しかったんだもの」

 

 

 だからお礼させてちょうだい、と強く言われてしまうとこちらが折れるしかない気がして。

 

 

「……隣、座る?」

 

「いいの?」

 

「ここは私専用の場所じゃないから」

 

 

 広げていたスケッチブックを片付けて、桃井さんを隣に招く。

 それだけの行動なのに彼女は嬉しそうに隣に座り、お弁当を食べ始めた。

 

 少しの間は無言だったものの、流石アイドルと言うべきなのか。

 するりと距離を詰めてきた桃井さんは、お弁当を見ながら声をかけてきた。

 

 

「あら。東雲さんのお弁当、美味しそうね」

 

「お母さんが作ってくれてるからね。そういう桃井さんのお弁当も、ちょっとほしいぐらい美味しそう」

 

「本当? 料理系のお仕事を貰った時の為に自分で作って練習しているから、そう言って貰えると嬉しいわ」

 

「え、自分で作ってるの!?」

 

 

 理由にも驚いたが、何よりも自分で作っているという言葉にびっくりした。

 彩も良いし、形も綺麗だ。とても同い年の子が作ったとは思えないクオリティである。

 

 

「お弁当を作って練習なんて、桃井さんってストイックなんだね。私も見習わなくちゃ」

 

「あら。あの東雲さんにそう言われるなんて光栄だわ。わたしももっと頑張らなきゃって思っちゃう」

 

 

 ピン、と背筋を伸ばす桃井さんに、心当たりのない私は首を傾げる。

 

 

「あのって言われても。そういう風に思われる要素なんてあったっけ?」

 

「勿論。毎日、真剣に絵を描いている姿は見ているもの。同じクラスになってから気になっていたんだけど、あまりにも真剣だから今までは話し難かったのよね」

 

 

 桃井さんはクスクスと笑う。

 彼女の御世辞によれば、私の絵を見たいと思っている人や話したいと思っているクラスメイトは多いらしい。

 そういう桃井さん自身も気になっていたらしくて、私と話せて嬉しいと言ってくれた。

 

 

「ねぇ、よければ東雲さんが描いた絵、見せてくれない?」

 

「今持っているスケッチブックの絵しかないけど……それでもいい?」

 

「全く問題ないわ。早速、見せて貰ってもいいかしら?」

 

「どうぞ」

 

 

 お弁当を食べ終えてスケッチブックを受け取った桃井さんはペラペラと絵を見ていく。

 へぇ、わぁ、すごい、なんて呟きながら絵を見てくれる桃井さんの姿は、見ているだけでも気分が良くなる。

 

 テレビに出ているアイドルは反応が違うのか。良いリアクションをしてくれて、私もニコニコと笑ってしまった。

 

 

「あ。これ、教室?」

 

「うん、ウチの教室。今日の朝、完成させたのよね」

 

「へぇ……机に差し込んでる光が綺麗なのに、床の部分の影が吸い込まれそうに感じるわ」

 

「それ、影の色をちょっと入れすぎちゃったんだけどね。それがむしろよく見えてるのかな……先生にも意見を聞いてみればわかるかも」

 

 

 頭がすぐに絵の方に移りそうになるが、今は絵を見てもらっているのだ。

 ちょっと嬉しい気持ちに蓋をして、しれっと会話を続けていたつもりだったのに。

 

 

「いいものを見せてもらったし、お礼も含めてコレをプレゼントしたいの。食べれそうなら食べてくれないかしら?」

 

 

 笑顔で弁当箱とは別の袋から取り出される、小さな箱。

 おやつに食べて欲しい、と言いながら桃井さんは固く閉ざされた箱の蓋を取った。

 

 

「これは」

 

「わたしの手作り。特製のチーズケーキタルトよ」

 

「!?」

 

 

 ビシャーンと落ちる稲妻のような衝撃。

 箱と同じように蓋をしていた気持ちも開いて、そんな状態で好物を食べたら、私の好感度はあっさりと天元突破した。

 

 店売りみたいに美味しい大好物のチーズケーキのタルトが、桃井さんの手作り……!?

 そんな思考が頭を占領した時点で、私の頭は白旗を振っていて。

 

 

「ねぇ、東雲さん。よければわたしと友達になってくれないかしら?」

 

「よ、よろこんで……!」

 

 

 この昼休みの件から私と桃井さんとは友達という関係になり、いつの間にか「愛莉」と「絵名」と呼び合うような仲になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 愛莉と友達になってから、ちょっと変化が出てきた。

 

 まず、お母さんと学校の先生。

 

 どうやら私が1人で行動しているのをかなり心配してくれていたらしく、友達がいないのかと大人2人で気にしてくれていたらしい。

 

 いや、愛莉以外にも二葉とだって普通に話してるし。

 心配しなくてもいいって言っているのに、お母さんはそれでも心配してくれていたみたいだ。

 

 そんな話を聞いてしまうと、もう少し普段の生活も考えた方が良いのかなって反省して。

 申し訳なさから週に1~3回ぐらいのペースで手伝いをするようにしてみたところ、お母さんからすごく感謝されてしまった。

 

 お母さんと一緒に夕飯を作ったらとても喜んでくれて、こっちまで嬉しくなったのは良い思い出である。

 こんなことなら、もっと早くから行動した方が良かったかもしれない。

 心配かけないだけが家族じゃないんだろうしと、反省の多い毎日だ。

 

 

 そして、1番変わったのが私の絵の評価。

 

 愛莉と友達になったあたりから雪平先生から『明るい部分の描き方が良くなった』とか『表現が良くなった』という言葉が混ざったのだ。

 それ以上に厳しい評価も多いけれど、少しは進歩したということなのだから、愛莉には足を向けて寝れそうにない。

 

 それにしても、愛莉と遊ぶようになってから変化が出てくるのは予想外だった。

 

 どんなに勉強しても、どんなに授業中に想像力を膨らませても、直接経験したことには勝てないということだろうか。

 

 

「つまり……私に足りないのは絵の技術もそうだけど、同じぐらいに経験も足りないってことかぁ」

 

 

 思わず眉間に皺が寄るのを意識しながらも、気持ちを切り替えるために大きく伸びをした。

 反省用のノートに技術、経験と黒ペンで大きく書き出し、更に赤ペンで丸を付ける。

 

 

 お母さんのお手伝いをした後、今日も私は自室に籠って反省会をしていた。

 ちなみにこのノートは2代目。

 日記や交友関係用のノート、絵画用のメモ帳とも分けているのに、反省用のノートだけで1カ月に1冊使っているのだから、お母さんには頭が上がらない。

 

 スケッチブックや画材、ノートを消費して、お金をどんどん使い込む娘で本当に申し訳なかった。

 それが絵名の為になるのなら、と笑って許してくれるのだから、余計に胸が痛い。

 

 絵名の家族の温かさを利用してしまっているのだから、それに報いる為にも頑張らなければ……

 

 

(まずは技術と思ってたんだけど……体験や経験も同時に絵画教室で解決するっていうのは無理な話よね)

 

 

 こうやって自分の部屋に籠って写真や動画を見ながら、絵を描いていても貯まらないモノ。

 

 雪平先生や学校の先生に聞いてみたところ、経験や体験を得るのに必要なものは兎に角行動だと言われてしまった。

 本でも先人の経験や体験は記載されているし、人から話を聞いても参考にはなる。

 

 が、直接自分がイメージするものを見るのが1番早いし、デッサンだってモデルの人がいた方が描けるのだ。

 森の写真を見て外見を再現するだけなら写真でいいし、それで済むことなら絵描きは必要ないわけで。

 

 

(必要な体験や経験を積み重ねていくしかないか。でも、道標はほしいかな。私には10年以上の経験や体験がごっそりないんだから)

 

 

 小さい頃の思い出も体験も、何もかも全部無くしてしまった東雲絵名(わたし)

 

 今の私に残っているのはポッカリと開いた心の穴と、ズキズキと痛みを訴えてくる罪悪感。

 あの子が体験したトラウマのような感覚に、事故による痛みと『記憶を失った』という喪失感の実体験のみ。

 

 

(この気持ちや感情は他の人にはない私の『強み』だよね。後は記憶を無くしたことで、自分を客観視できるのも、強みに含んでもいいかな)

 

 

 弱点として書いた2つの赤丸の隣に、強みだと思った言葉も青丸をつけて並べる。

 きっと時間が経てば意識できる弱点も強みも増えていくだろうが、今は2つの弱点を補強するのが急務だろう。

 

 技術は現状のままで大丈夫。

 問題は経験の方で、こればかりは1人でやろうとしてもどこかで頭打ちになるだろう。

 

 私だけなら限界が来るのが早いのならば、他の人の意見や話を聞いたら……?

 

 

(あ! そういえば、近々お父さんの個展があるんだっけ?)

 

 

 確か6月初旬の週末に開くとか、そんな話を聞いた気がする。

 お父さんの個展なら一般のお客さんも来るのだろうけど、画家として活動している先輩方にも会えるのではないだろうか。

 

 話を聞けるかはわたし次第だろうが、チャンスを掴めそうな匂いがする。

 

 

「……よし」

 

 

 私は気合を入れてから、自室を出た。

 

 アトリエから帰宅しているであろうお父さんの元へと向かうと、お母さんと楽しそうに話している姿が見える。

 話の断片から「絵名が〜」とか「彰人が〜」という声が聞こえてくるし、この中に割って入るのは気まずい。

 

 自分の話をしている中に入る勇気はなく、私は出直そうとした……のだが。

 

 

「絵名か、どうした?」

 

 

 遠慮する私の背中を目敏く見つけたお父さんが声をかけてくる。

 お母さんも自分の隣の椅子を引いてくれて、私をそこに座らせたいらしい。

 これは逃げられないな、と悟った私はおとなしくお母さんの隣に座った。

 

 

「その……6月にお父さんの個展があるでしょ? それにお手伝いでも何でもいいから、参加させてもらえないかなって思って」

 

「個展に? ……ふむ」

 

「最近、絵名ったら家事や夕飯の手伝いとかも、積極的にしてくれているのよ。お父さんのことも、手伝いたいのかもね」

 

 

 不思議そうな顔をするお父さんに、お母さんが援護射撃してくれた。

 

 そのおかげで、お父さんは少し考えるような仕草を見せたものの、あっさりと「好きにするといい」と許可を出す。

 タイミングが悪いと思っていたのに、結果的には良いタイミングだったようだ。

 

 無事に個展に行けそうな状況に、私は心の中でガッツポーズした。

 

 暫くお父さん達と近況の話をした後、目的を達成した私は自室に戻って悠々と絵を描く行動に戻る。

 今日はよく眠れそうで、ほんの少し笑みを浮かべることができた。

 

 




えななんの好物一本釣り。
記憶喪失してから数ヶ月目の人生経験赤ん坊なので、好物には目がないようですね。

次回は個展にて、お母さんと一緒にやって来たあの子と少しお話しします。
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