70とキリの良い数字で何をしてるのかと言われたら、返す言葉もないんですけど。
前回の不穏さが牙を剥いてますのでご注意ください。
私がシブヤアートコンクールに応募したきっかけはお父さんの挑戦状であり、今まで積み重ねてきたものを試すためだ。
あえてもう1つ理由を付ければ、過去の炎上経験を払拭するためでもある。
「──あの子が東雲先生の」
「学生であのコンクールとここで受賞しているのだろう? 流石は先生の娘さんだな」
「高校生でここまで来るのだから、才能っていうのは恐ろしい」
私の耳は地獄耳ではないはずなのに、小声で話しているつもりらしい声が次から次へと鼓膜を揺らす。
(はぁ。だからお父さんは気を付けてとか言ったのかな)
授賞式中だというのに、背中を指先で撫でられているような気持ち悪さと、胸の奥を掻き毟りたくなるようなもどかしさが交互に私の元にやって来る……と表現すれば良いのだろうか。
周りの環境のせいで、精神的なダメージが尋常ではない。
授賞式ぐらい静かに受けてくれないか、と許されるのならば立ち上がって文句を言いたいぐらいには、周りの陰口が聞こえていた。
(大体、何でもかんでも天才天才って! 天才のバーゲンセールを勝手に開催するなんてその目は節穴なわけ? 私みたいな紛い物を天才と同列に扱うのはやめてほしいんだけど!?)
奏やまふゆのような『天性の才能』と同列の言葉でまとめられたら、こちらとしては堪ったものではない。
こっちは1年も足踏みしたのにも関わらず、自力でスランプから抜け出せなかった凡人だ。
簡単に『天才』という言葉を使うな、天才を馬鹿にするのもいい加減にしろ! って叫べたら、気分が良くなるのだろうか。
(ここに瑞希がいたら絵名のご乱心だ~って言うか、どうどうって馬扱いかな)
脳内の瑞希に癒しを求め始めるなんて、自分でもはっきりと自覚できるぐらい重症である。
このままだと頭の中にまふゆや奏も召喚しそうだ。そこまで妄想してしまったら何のための授賞式なのかわからないので、早く退散してもらわなければ。
バカみたいな妄想と格闘している間に、お偉い人達の話は終わったらしい。
順番に人が出ていくのを眺めていると、受賞者も会場から出て行っても大丈夫だとアナウンスされた。
(今日はもう帰ろう。面倒なものは避けて、真っ直ぐ帰るんだ)
瑞希が紹介してくれたゲーム実況にありそうな『ベタなフラグ』というものを立てて、私は一目散に荷物を置いている控室に向かう。
幸いなことに控室に戻るまでの間は誰も私を止めることなく、あっさりと目的地に到着する。
後は帰るだけだ。
そんな気の緩みもあったのだろう。私は影の接近を許してしまった。
「や、東雲さん。ちょっといいかな?」
前から歩いてきた糸目の男が弧を描くような笑みを浮かべ、話しかけてきた。
どこかで見覚えのある顔だ。
……それもそうか。目の前の男はミライノアートコンクールでも審査員として呼ばれていた画家先生である。
2年前であるものの、相手のことはとことん調べたのだから、知らない方がおかしい。
今回のシブヤアートコンクールでも審査員を務めていたのであろう男は、人の良さそうな笑みで右手を振っていた。
私の名前を呼んでいて、その業界では先達である相手を無視するわけにもいかない。
負の感情を覆い隠すように、私は相手の会話に乗ることにした。
「まさか、先生のような人が私のことを覚えているとは思いませんでした」
「はは、個人的に君に注目していたからね。もちろん
薄っすらと開かれた男の粘着質な視線は、体が震えてしまうぐらい不気味だった。
どうしてなのかはわからない。だけど、これ以上話すのは嫌な予感がする。
「私、この後用事があるので」
「そうなのかい? なら、時間は取らせないから、1つだけ質問に答えてくれないだろうか?」
「……1つだけなら」
──なんて、言わなければ良かった。
そう後悔しても、吐いた言葉は戻ってこなくて。
「君はどうして、あんな絵を描いたんだい?」
相手が持っているありったけの負の感情が私に叩きつけられる。
それでも負けじと相手を睨みつければ、嫉妬とかではなく、狂気を感じる目が私をじっとこちらを見つめていた。
「私はあの絵に私の2年を込めて描いたんです。あんなって言うのはやめてもらえませんか?」
「へぇ。なら、君は随分と無駄な2年を過ごしてきたんだね。残念で仕方がないよ」
男は心底残念そうに息を吐いた。
言葉の内容とその態度で、私の頭の中の何かがぷつり、ぷつりと悲鳴をあげている。
「……無駄、ですか。それこそ随分な言葉ですね」
私がスランプで踠き苦しんできた1年を。
ニーゴで切磋琢磨してきた1年を。
それを『随分と無駄な2年』と称すると。
それなりの弁明があっても、許そうとは思えない発言だ。
相手が審査員で、その道の大先輩であるのは承知している。
だけど、睨みつけてしまった目を正そうとは思えなかった。
「審査員として正直な感想だよ。君は神聖な場所で、使えるものを使わずに手を抜いて挑んだ。それで1番になれないのなら、そんな舐めた真似をする君の行動なんて全部無駄だったんだよ」
しかし、男は全く動じることなく、ハッと小馬鹿にするような笑みを浮かべる。
私よりも頭1つ分ぐらい大きな男は、冷たい視線で私を見下した。
「君は絵の才能なんてない。頑張ってやっと、優秀賞が渡される程度の才能しかないんだ。ミライの時のように全力を出していれば……自分なんか出してこなければ最優秀賞も取れていただろう。だけど君は評価されるよりも別のことを優先した。全力で挑んだ他の参加者を馬鹿にして、楽しかったかい?」
お前は間違った行動をした、と。
お前の行動は他の参加者を侮辱する行為だ、と。
審査員である自分が正義であると言わんばかりに、男はこちらに犯罪者を見るような視線を向けてくる。
「私は馬鹿にしたつもりはありませんし、手も抜いてません。今回のコンクールも、私の全てを込めて挑みました」
「それであの作品なら、自己主張するよりも前回の作品の方が良かった!」
審査員の男が間近くで怒鳴ってくるせいで、私の体がびくりと跳ねた。
声と勢いで負けそうだ。だけど、ここで負けるわけにはいかないと気を振り絞る。
「才能がない君がやらなきゃいけなかったのは、他の才能を──表現者としての才能を活かすことだったんだよ! それなのに君は驕って自分の作品とやらを作った。その結果に手に入れたのは2番目だ。不正解だったんだよ!」
「それでも、賞を取ったってことは、少なくともあなた以外には認められたってことじゃないですか!」
「はは──ある程度絵が描けて、前回の似たコンクールで入賞。更にあの東雲先生の娘なら、お情けで優秀賞になる可能性もあるだろう?」
「……え? お情けって……?」
ニヤリと嫌味を込めた笑みを浮かべている男の顔が、どんどん白く染まっていく。
私の聞き間違いでなければ……相手は、審査員は私の描いた絵を『お情けで優秀賞になった』と。
審査員を狙い撃って描いた絵は《他人からすれば審査員が贔屓したんじゃないか》という疑惑だったのに対して、今回描いた絵は《審査員から直々に贔屓した》と言ってきた。
私の描きたい絵を描いた結果、苦しかったことや皆とのことを込めた結果──形だけの結果が良くなって、裏側が悪化したってこと?
「今回の作品は僕の心が全く揺さぶられなかった! そんな作品、僕なら優秀賞にすら選ばないのに……あいつら、忖度か知らないが、勝手に選びやがったからさぁ!!」
男はバンっと勢いよく壁を叩くので、直接暴力に訴えられていなくても、体が竦んで声がうまく出てこなかった。
審査員という立場と、自分よりも大きくて暴力を振るってくるかもしれない相手であるということ。
自分の実力で取ったと思っていた賞がそうではない可能性を示唆されて、私自身、自分が酷く間違っているように感じてしまった。
そして、男は私にトドメの台詞を言い放つ。
「自己主張してあの程度なら、君には自分なんて必要ない。他人のために……僕のためだけに描いてくれた方が良かった」
「……」
「はははっ、もう言い返せないのかい? そりゃそうか! 親がすごいからって調子に乗って真似した結果がコレだもんねぇ! ほーんと、表現者として良い絵を表現してくれた方が、僕も評価できたのにさぁ……君にはガッカリだよ」
男は私に向かって好き放題言い放った後、ケタケタと不気味に笑いながらその場を去っていく。
男は何か言い放っていたが、私の頭の中はそれを聞いて反論できるほどの余裕がなかった。
(私が選んだせいで、今度は本当に忖度されたってこと……? そんなの……)
──そんなの、おめでとうって言ってくれた皆に、どんな顔で会えばいいんだろう?
その背中に声を出そうにも、喉から言葉が出てくることはなかった。
……………………
会場から出て行った私を待っていたのは、お父さんの車だった。
どうやら私を迎えに来てくれたらしく、運転席に乗るお父さんに招かれて、助手席に座る。
赤信号で止まるまで無言だったのに、止まった瞬間、お父さんは前を見たまま口を開いた。
「優秀賞を取ったのに……浮かない顔だな」
直接聞いてくることはないものの、声のトーン的にも『何があった?』と心配しているように聞こえる。
車が再び走り出す中、私は車の走る速度とは反対に、ゆっくりと会場で言われたことを思い出しながら言葉にした。
「──ふむ。そうか」
最後まで話を聞いたお父さんは、否定も肯定も、同意も別意見も述べることなく、静かに頷くだけだった。
その行動が今の私には不安に感じてしまって、いつもなら言わないであろう言葉が漏れてしまう。
「お父さんも……私がやったことは無駄だって、間違いだって思う?」
車がまた信号に引っかかる。
それと同じようにお父さんも言葉が引っかかっているのか、中々質問の答えが返ってこない。
「……ある子供は、高校卒業後に大学に行くこともなく、就職することもなく、自分の腕1つで生きていくことを決めたそうだ」
その代わりに返ってきたものは、他人事のように語られる他人の夢。
「成功するかもわからない。安定もしていない。友人は『公務員や正社員の方が安定している。お前の選択は間違っている』と諭そうとしたし、その時の担任は『無謀だからやめろ。進学した方がいい』と言った。親は『そんな道を選ぶなら勘当するぞ』と子供を想って脅してきた。それでも、その子供は自分の望みのために突き進んで、苦しんで。何度も転がりながら、ある程度の立場に至った」
「……」
「人は親切心で夢を阻むこともある。お前のためだと、挑戦する子供を手折ることもある……それは、どんな親も同じだったのだろう」
ルームミラー越しにお父さんの目と目が合う。
「お前は審査員に無駄だと言われたからって、やめるのか? 親に勘当するぞ、と言われてやりたいことをやめるのか?」
「やめたくない。けど……わからないの」
「画家も含めて、創作者は孤独だ。時に見向きもされない時もあるし、見てもらえたと思ったら、今度はお前のように一方的で理不尽な言葉をぶつけられることもある」
「……」
「この先、お前が選ぼうとしている道を進むのであれば、似たようなことが起きるかもしれない。それ以上の悩みや苦しみがずっと、付き纏ってくることもある」
ルームミラーに映るお父さんの目とあったはずなのに、どこか遠くを見ているように見えた。
「俺に答えを求めるというのであれば──絵名、お前は職ではなく、1人で楽しむための……趣味の絵を描いた方がいい」
どうやら私は……お父さんが問いかけていた覚悟に届いていなかったらしい。
お父さんの言葉に自信を持って反論することもできなかった私は、家に帰った後、そのまま自室に引き篭もる。
「私、間違ってたのかな」
自分を出してしまったせいで、私のせいで忖度した結果を──皆との活動が無駄だったという言葉を引き出してしまったのなら。
(私、皆に会っていいのかな。ニーゴの皆とこのまま一緒に活動し続けるのは、良いことなのかな……)
その答えは何も、わからなかった。
【今回の話のまとめ】
地位だけはある厄介ファン(??)が解釈違いで推しに直接、突撃後。
ありもしない『忖度』という事実をでっち上げ、『お前が悪いんだー』と推しが凹むまでボコボコにした。
(今回の審査に不正はなかったし、こんなのが審査員に紛れ込んでる時点で、むしろえななんは妨害されたも同然ですけど)
審査員の名前も出てない時点でお察しかと思いますが。
この後、審査員のおバカさんは激おこパパなんに『描写するのも勿体無い!』と始末されるので、もう2度と登場しません。
この後? 今後の人生を賭けたダイスロールでもしてるんじゃないですか? いやはや、恐ろしいですねー。
一方のえななんのメンタルズタズタですが、次回はとうとうセカイに新しい住人が現れます。
まずは彼女に元気つけてもらいましょう。