ほぼペイルカラーじゃないんですけど、一応ペイルカラーなので。
セカイに新しい住人が来たみたいですよ。
自室の椅子が軋む音が鼓膜を揺らすのに、私は聞こえないフリをしたまま、背凭れに全ての体重を乗せる。
不規則に聞こえてくる椅子の悲鳴をお供に、私は車の中の会話を思い出していた。
── 俺に答えを求めるというのであれば──絵名、お前は職ではなく、1人で楽しむための……趣味の絵を描いた方がいい。
お父さんの言葉も間違いではないのはわかっている。
だけど、それは私が欲しかった言葉どころか迷宮に突き落とすモノだったから、余計に頭が混乱しているのだろう。
(絵を続けるって言うだけならできる。でも、今回はそういう話じゃないのよね)
勘当するとか、そういうことを言われてまで絵を描けるかと聞かれたら──私の頭に先に出てきたのは『恐怖』だった。
東雲絵名は家族と絵、どちらを取るのか。
その問いかけの答えに自信が持てないし、私にはどちらを選ぶべきなのかわからなかった。
絵を捨てるのも嫌だ。でも、家族を捨てるのも怖い。
絵名なら嫌なことを取るのか、怖いことを取るのか……どちらを選ぶのだろうか?
いくらグルグルと頭を回しても、私の中にポッカリと開いた場所がお父さんが出してきた問いかけの答えすら、形にしてくれなかった。
(うーん。ここで考えていても堂々巡りだし、どこかゆっくり考えれる場所で……あぁ、そうだ。セカイがあるじゃん)
絵名の思い出も同居している自室で考えると、嫌なことばかり考えてしまうから。
何もないセカイならば、少しはプラスの方へと考えられるかもしれない。
(よし、気分転換にセカイに行こう)
何となく必要に感じたスケッチブックを握りしめてから、いつもの曲を再生してセカイに向かった。
☆★☆
セカイに行く手順までは同じだったのだが──肝心のセカイの方にて、見たことのない金髪の後ろ姿があった。
兎の耳にも見える大きな白いリボンと白と黒を基調とした服装といい、人形のように何を考えているのかわからない顔といい、どこかミクに通ずる何かがある……というか。
「えっ。もしかしてあなた、鏡音リン? ここってミクしかいないんじゃ……」
「やっときた。絵名、来るのが遅い」
私が相手の名前を知っているのはバーチャルシンガーだから。
だけど、相手が私の名前を知っている理由がわからない。
まふゆの想いでできたセカイから出てきた存在だから、というのが1番答えに近そうだけど……これも、考えたところでハッキリとした答えは得られないだろう。
「ここってミク1人しかいないと思ってたんだけど、リンもいたの?」
「ううん、わたしがここに来たのは最近」
「そうなんだ」
「そうなの」
は、話が続かない……!
来るのが遅いと言ったのだから、リンは私を待っていたのは想像できる。
だけど、どうして私を待っていたのか、ミクはどこにいるのか、聞いてもムスッとした顔ばかりで答えてくれそうにない。
今、手に持っているスケッチブックは真っ白だし、リンを放置して絵を描いたり、どこかに行くのも気が引ける。
「ねぇ、暇なら私の話に付き合ってよ」
「……勝手にすれば」
どうせ誰かに話せたらと考えながらここに来たのだ。リンに付き合ってもらおう。
頷いてから口で横線を描いているリンに対して、私は一方的に今日あったことを話す。
じっと静かにこっちを見ているリンは本当に動かず、話をしている間も偶に頷くだけだった。
聞き手として『聞いているかわからない』という欠点があるものの、私の話に最後まで質問も何もしてこなかった。
「それで、お父さんに質問されて終わり?」
「うん。そこからはこっちに来たからまだ悩んでる最中かな」
あったことを話し終わったら、リンはちゃんと私の話を聞いてくれていたらしく、質問を重ねてくる。
「ふぅん、きっかけは審査員の言葉だったんだ。でも、そんなに言われたのに、どうして言い返さなかったの?」
「何でって、それは……」
「途中までは言い返してたんだよね?」
リンの言う通り、相手が無駄だと言ってきたのは違うとはっきり否定できた。
私はニーゴでの活動や今までのことを無駄だとは思いたくなかったから。
手を抜くという言葉も、否定できた。
あくまで私が描きたかった絵と、相手が求めていた絵が違うだけだから、ここまでは言い返せたのだ。
でも、その後からは言い返せなかった。
絵の才能がないとは私自身も思っていることだし、結果が
なにより、審査員の方から出てきた『お情けで優秀賞』という言葉が私の中では重い。
自己主張したせいで、必要もない《私》を出したせいで取れるはずだった最優秀賞が取れなかったのかもしれない。
もらった賞ですら、私が私であるせいで本物から紛い物に転落してしまった可能性がある。
そんな嘘か本当かわからない主張で、私は言い返す言葉を失くしてしまった。
「ねぇ、リン。私は間違っていたのかな」
「それ、わたしが答えても良いの?」
「……え?」
「そういうのは今、パッと現れたわたしが判断することじゃないと思う。だって、わたしは絵名じゃないんだから……最終的に間違っているかどうかを決めて、反省するのは当事者である絵名自身じゃないの?」
──親に勘当するぞ、と言われてやりたいことをやめるのか?
リンの言葉を聞いた瞬間、お父さんが言った言葉を思い出す。
(もしかして、お父さんは意地悪とかそういうので、あんなことを言ったわけじゃないの?)
もしもお父さんの言葉がリンと同じ気持ちで言われた言葉なのだとしたら、それは──
「これなら、絵名をこっちに呼んで正解だったかもね」
お父さんの言葉の真意を考えていると、リンが肩を竦めてそんなことを言ってきた。
こっち、ということはどういうことなのだろうか。
こっちに呼んだといえば、リンよりも先にこのセカイにいるミクの影も形もまったくない。
「ねぇ、リン。ミクはどこにいるの?」
「ミクも皆も離れた所にいるよ。いつもでてくるよりちょっと遠いところに、わたしが絵名を呼んだから」
「呼んだって、どうしてそんなことを……?」
「だって、今の絵名が皆に会ったら泣いちゃうよ」
「は? 泣かないし!」
「……表面上の強がりは完璧だね」
リンの中では私が泣くのは決まっていることのようだ。
自分のことなのに理解していない私に対して、リンはわざとらしく溜息を漏らした。
「自己評価が最底辺で、何もかも自分が悪いって思ってそうな絵名なら、自分のことで言い返せなかった……ってショックは受けないよ。無視するか、気にしないか。相手が文句を言えないぐらい、凄い絵を描こうとするかのどれかでしょ」
「リンって実はずっとこのセカイにいたりする?」
「残念だけど最初の方に言った通り、ここに来たのは最近だから」
私への理解度が私よりも高い気がするのは気のせいだろうか。
本当にそうなのかと疑いの眼差しを向けていると、リンは緑色の目を嫌そうに細めた。
「わたしはこのセカイを創った人間にだけ影響されて生まれたミクとは違うの。それで察して」
「え、それで私のことが詳しいってことは……」
──もしかすると、記憶喪失のことも知られているのではないか?
一瞬で血の気が引いて、頭がふらついてしまう私に、リンは変わらぬジト目を向けてきた。
「『想い』に影響されただけで、絵名の過去のことは知らないよ。だから露骨に何かありますって顔、しないで。こっちが困るから」
「ご、ごめん」
今日は精神的にやられているせいか、ボロが出過ぎている。
リンが聞かないように立ち回ってくれていることに感謝しなければ。
「ただ……影響されたからこそ、絵名に言いたいことがある」
「言いたいこと?」
「絵名の想いには無くしたって気持ちが強いけど、それは表面的なことだけ。内面は──想いは無くしてないし、ずっと絵名の中にあるよ」
「……本当に私に何があったのか、知らないのよね?」
「何かあったっていう事実はわかるけど、内容は知らない。そこまでボロが出てたら、早いうちにわかるかもしれないけどね」
隠したかったらもっと上手くやって、と睨まれてしまうと、私はおとなしく首を縦に振ることしかできなかった。
「まぁいいや、1つだけ覚えておいて。過去に何があったとしても、絵名は絵名。想いはずっと変わってないよ」
「断言するなんてすごい自信ね」
「わたしがここにいるのが証拠だから。それに……今の絵名の想いはあまりにも自虐的で、胸が痛くなる」
本当に痛みがあるのか、リンは顔を大きく歪め、胸をぎゅっと押さえつけた。
過去のことを知らないという言葉が事実であっても、記憶喪失という核心をつけるぐらいの想いが私にはあったのかもしれない。
「リン、聞いてもいい?」
「答えられることなら」
「私が迷った時に思い浮かんだ答えは、同じだって思ってもいいの?」
「同じ人間だって子供の時と大人の時。若い時と年老いてからとか、経験の違いで考えが変わるでしょう? 絵名の悩みなんて、本当はその程度だよ」
なんてことはないようにリンが言うものだから、私は吹き出すように笑ってしまう。
私の『想い』とやらに影響を受けているらしいリンからのゴーサインなら、信じられるかもしれない。
今なら審査員の言葉の方はともかく、お父さんの最後の質問には答えられそうだ。
「──名」
「絵名ー、どこー!?」
リンと話し過ぎていたのか、何か遠くから声が聞こえてくる。
バタバタと走るような音が聞こえる方へと視線を向けると、3つの人影が遠くに見える。
……いや、4人だ。ミクとまふゆ、後は瑞希に背負われて奏がこちらに向かってきている。
「絵名、好かれてるんだね」
「リンはそう言ってくれるけど、好かれてるかどうかはわからないわよ?」
「知らない気配が2人きりで離れた場所にいるのなら、心配になるだろうし。それで走ってきてくれてるのなら、わかるでしょ。一々自分を卑下しないで」
いつかの奏やミクと似たようなことを言われてしまって、変わっていない自分に少しだけ反省しつつ、一呼吸。
リンにはすごくボロを出してしまったが、ここからはそうもいかない。
気合いを入れて、私は何もなかったようにゆっくりと接近を試みる。
「皆、揃ってどうしたの? 何かあった?」
いつも通り、今日も大切なことは隠しきれますようにと祈りながら、私は笑みを作った。
記憶喪失えななんの想いはまだ、中にある。
消えたように見えても、中に残っているのです。