イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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そろそろお察しだと思いますが、ペイルカラー編はかなり苦戦したせいで長くなっちゃってます。はい。




72枚目 白か黒か、灰色か?

 

 

 

 リンと話していたら、向こう側に心配をかけてしまったらしく、走って近づいてくる4人がいた。

 

 探してもらっている側からすると大袈裟にも見えてしまうのだから、不思議だ。

 

 

「皆揃ってどうしたの? 何かあった?」

 

「何かあったって、聞きたいのは私達の方」

 

「絵名の近くに知らない気配があるってミクが言ってたから、ボク達も急いでこっちに来たんだけど……」

 

 

 まふゆと瑞希が殆ど乱れていない息を整えてから、私の後ろにいる存在に目を向ける。

 私も4人に合わせて後ろを向くと、リンは「何?」と不機嫌そうな低い声を出した。

 

 

「あなたは、リン……!?」

 

「えぇっ!? セカイにいるのってミクだけじゃなかったの!?」

 

 

 瑞希の背中から降りた奏が目を見開き、背負っていた瑞希は驚いたのか瞬きが多くなる。

 私なんかと違って、素晴らしいリアクションだ。

 

 だが、その普通の反応が不幸になることもある。

 リアクションが薄かった私に最初に出会ったせいで、それが基準になっていたリンは肩を跳ねさせるぐらい驚き、私の後ろに隠れた。

 

 そんなリンの行動をじっと観察していたまふゆは、きゅっと細めた目をこちらに向ける。

 

 

「随分、仲良くなったんだね」

 

「リンが来てから初めて会ったのが私みたいだから。まふゆもすぐに仲良くなれるわよ」

 

「……そう。それで、絵名はここで何をしてたの?」

 

 

 まふゆの方から話題を振った筈なのに、興味がなかったのかすぐに話題を変えられてしまった。

 私が何をしていたのかは奏達も気になっているようで、リンに集まっていた視線がこっちに集中する。

 

 

「セカイに来たらリンと会ってね。ちょっと2人で話してただけ」

 

「ふぅん。でも、何かあったんじゃないの?」

 

 

 まふゆは首を傾げながら、直球で質問を重ねてくる。

 

 まふゆのストレートな物言いに、少し後ろで瑞希が動揺している姿が面白い。

 そんな呑気なことを考えていたら、こちらを黙って見ていた奏もおろおろと手を彷徨わせた。

 

 

「奏、どうしたの?」

 

「え。どうしたのって……絵名、気がついてないの?」

 

 

 奏が自身の頬に触れながら問いかけてくるので、私も鏡のように相手の真似をする。

 雨が降っているわけでもないのに、頬から伝ってくる水滴が私の指に当たった。

 

 

 ── だって、今の絵名が皆に会ったら泣いちゃうよ。

 

 

 

(そういえば、リンがそんなことを言っていたっけ?)

 

 

 自分の状態を理解した瞬間、私の目は決壊したダムみたいに涙を流す。

 どうやらリンが言ったことは本当だったらしく、涙を止めようと袖で雑に拭ってみても、次から次へと溢れ出て止まらない。

 

 

「絵名、雑に拭いたら目が赤くなるからダメだよ。ほら、ハンカチあげるからこれで目を覆って」

 

 

 瑞希が可愛らしい刺繍の入ったタオルハンカチを、私の目に被せる。

 ピンク色の生地に、さっき見たワンポイントの刺繍は見覚えがある。

 この前、セカイでお気に入りなんだと見せてもらったモノと、全く同じ色と刺繍だ。

 

 ……どうやら、瑞希にお気に入りのハンカチを使わせてしまったらしい。

 しかも、今日は授賞式だったので濃くはないものの、ナチュラルメイクになるようにバッチリ決めていた。

 

 瑞希のお気に入りのハンカチを、化粧と涙でぐちゃぐちゃにしてしまったことを知り、私は唸るような声で呟いた。

 

 

「……ごめん」

 

「ハンカチのこと? それなら、洗えばいいし気にしないでよ」

 

「それもあるんだけど。他にも、瑞希にも奏にもまふゆにも、謝らなきゃいけないことがあるの」

 

 

 そうやって瑞希達に今日の授賞式のことを改めて話していくうちに、蓋をしていたはずの感情まで涙と一緒に溢れた。

 

 ハンカチは瑞希の大切なものだから、すぐに洗濯して返すとして。

 1度話し始めたモノを途中で止めるのもおかしいと思い、嗚咽混じりであるものの、何とか全部、簡単な経緯を話し切った。

 

 

 

 

「──そっか。話してくれてありがとう……でも、絵名の話を聞いてもやっぱり、絵名が謝らなくちゃいけない理由がわからないかな」

 

「うん、ボクも奏と同意見かなぁ」

 

「逆に、その審査員が頭を下げるべきだと思う」

 

 

 奏は静かに怒りを隠すような声を出して、首を横に振る。

 瑞希は努めて明るく言っているのに、瞳に出ている怒りまでは隠せないようだ。

 まふゆは一見、いつも通りに見えるのに、出ている声は底冷えしそうなぐらい低い。

 

 リンの時よりも辿々しく話してしまったのに、根気強く聞いてくれた3人は『悪くない』と肯定してくれた。

 

 

「ありがとう。皆にそう言わせちゃって悪いなって思うけど、すごく嬉しい。でも……やっぱり、ああ言われたのは私のせいだから。まずは嫌な話を聞かせてごめんなさい」

 

 

 リンも2回目の話につき合わせてしまったし、ミクにだって嫌なことを聞かせてしまった。

 それが申し訳なくて頭を下げようとしたら、奏に手で阻止される。

 

 

「今回の件、絵名がわたし達に謝ることじゃないと思うよ。仮にわたし達が絵名に似たようなことを相談して来たら、謝って欲しくないし、絵名も相手に対して怒るよね?」

 

「そりゃあそうよ。2度とそんな口が開けないぐらい怒るから」

 

「だよね。ならどうして、今は怒らずに自分が悪いんだなんて言うの? 絵名か、絵名以外かの違いで、そんなに変わるものなの?」

 

 

 心底不思議そうに問いかけてくる奏。

 少し顔を上げて周りを見渡せば、誰もが奏の言葉に同意するように頷いていた。

 

 私か、私以外かで変わる理由なんて、そんなのは1つに決まっている。

 

 

「私は奏達とは違って紛い物だから、私個人に対する評価はそんなに気にならないの。でも、今回は私の都合を優先したせいで、私の力不足のせいで、ニーゴの作品が『忖度されるようなイラストレーターの作品』になっちゃった……から」

 

 

 ミライノアートコンクールの時の様に、審査員ウケの良い絵を描けば、最優秀賞は確実だったんだ。

 前回の成績とお父さんの娘という外付けでやっと優秀賞になった今回の絵とは違って、私がいない方が、自己主張していない絵の方が良かった。

 

 私なんか、必要なかったんだ……って。

 

 

「1年間、思うように絵が描けなくて、それでも皆と出会ってからは描けるようになったって思ってさ。今まで頑張ってきたと思っていたんだ。でも、それは『頑張ってきたつもり』でしかなくて……最後は前回みたいな疑惑じゃなくて、審査員から『忖度された』ってお墨付きを貰っちゃった」

 

 

 奏は凄い。

 お父さんが自分の曲のせいで目が覚めなくなったって責めてるのに、それでも前を向いて、動画を通じて人を救う曲を作れる天才で、本物だ。

 

 まふゆは凄い。

 家のことや学校のこととか、色んなことに悩んでも今までおくびにも出さず、完璧超人だとか言われるぐらいなんでもこなせてしまったなんでも卒なく熟すその才能は、本物だ。

 

 瑞希は凄い。

 悩んでることや隠し事があっても今日の私とは違ってボロをあからさまに出さないし、いつも明るく振る舞えて、勉強も運動もやればできるし、好きなものに対する直向(ひたむ)さは本物だ。

 

 

 ──でも、私は違うんだ。

 東雲絵名という意味では本物()でもなくて、明確な偽物()にもなりきれない、中途半端な紛い物(灰色)

 

 そんな私でも良いって言ってくれて、私自身が大事にしたいと思った場所が、作ったものが……私の名前のせいで紛い物に落されるのが許せない。

 

 

 手に爪の跡が付くのも気にせずに握り、いっそ血が出てくれたらいいのにと他人事みたいに考えながら手を握り締める。

 

 それでも握力か、思い切りが足りないのか。手は白くなるばかりで、もっと力を込めようとした瞬間──奏に止められた。

 

 

「そっか、絵名は自分を《紛い物》だって思ってたんだね。前から、絵名が自分を蔑ろにするのはどうしてなのかなって不思議だったんだ」

 

 

 奏の言葉で、自分がまたボロを出してしまったことを自覚した。

 

 どうして今日の私は、ボロボロと漏らしているのか。

 リンの言う通り、私は自分が思っているより精神的なダメージを受けていたようだ。

 

 とはいえ、バレるまでは何かがあると思われるだけのように、事実を巧妙に言わなければ、相手が都合良く解釈してくれるかもしれない。

 

 人間というものは自分の経験から考えて、備える生き物らしいし。

 流石に『私、記憶喪失なんです!』と宣言しなければ、辿り着かないだろう。

 

 ……そんな言い訳をしたけれど、私も人のことは言えなくて。瑞希みたいに、重荷に感じてたのかな。

 

 

「私って、画家になりたいとか美大に行くんだとか、奏達にも言ってたでしょ」

 

「うん。画家になるって夢のために美大に行くっていうのは、絵名がよく言っている夢や目標だよね」

 

「それ、本当は私のじゃなくて、借り物の夢や目標なの。だから私は自分のことを《紛い物》だって言っちゃったんだと思う」

 

 

 我ながら、上手く言ったものだ。

 私は東雲絵名(過去の自分)の紛い物だと、常に思っていたのかもしれない。

 

 奏と話しながらそんなことを思っていると、奏の隣に来た瑞希が難しそうな顔をしながら腕を組んだ。

 

 

「じゃあ、絵名は美大に行きたいとも思ってないし、画家にはなりたくないってこと? いや、それどころか絵も好きじゃないとか……」

 

「あぁ、そこまでじゃないから。絵を描くのは好きだけど、私1人だったら画家になろうとも、美大に行こうと思ってなかったんじゃないかなってだけ」

 

 

 あの日、スケッチブックのことを知らなければ、過去の絵名の想いを感じなければ。

 私は画家にならなきゃとも思わなかったし、美大に行こうなんて考えなかったと思うのだ。

 

 絵を描くのは好きだ。

 でも、私1人ならお父さんが言ってたみたいに趣味でも良くて、画家になりたいとも思わなかったし、美大に行く程でもなかった。

 

 何も知らなければ無難な学校に行って、家族に迷惑をかけない程度に良さそうな業界へ就職していた自分を想像できる。

 

 

「本当はあの子の方がすっごく画家になりたくて、そのために頑張っていたはずなの。でも、それができなくなっちゃった」

 

「できなくなったって……?」

 

「まぁ、そこは瑞希の想像に任せようかな。そういうこともあって、私も絵を描くのは好きだったし、あの子の代わりに私が願い事を叶えようって思ったんだ」

 

 

 そして、頑張った末に手に入れた結果が『勝手に忖度されて優秀賞を受賞しました』なのだとしたら。

 私が代わりに……と、傲慢なことを考えてしまった罰が今、下っているのかもしれない。

 

 これでニーゴの絵も描くなと言われるのであれば、甘んじて受け入れよう。

 実名を明かせば爆弾にしかなり得ない創作者なんて、サークルにいても良いことなんてあるはずが……

 

 

「──よく、わからないな」

 

「え?」

 

「絵名が《紛い物》な理由がわからない。悪いとか間違いだとか、ちゃんと聞いてもわからない」

 

 

 どんどんマイナス方向に引っ張られる思考が、まふゆによってバッサリと切り捨てられた。

 何を考えているのかわかりにくい真顔をこちらに向けて、まふゆは具に私の様子を観察しているみたいだ。

 

 

 

「考えても、絵名のことがよくわからない。だから……今から教えて」

 

 

 

 唖然とする私の前に来ても、あまりにも自然体に。

 普段の雑談のような調子で、まふゆは首を傾げる。

 

 力強く握られる手に、私は何故か美術準備室のことを思い出していた。

 

 

 





ここまで追い込まれても尚、まだ全てを話さない記憶喪失えななんはとんでもない子ですね……

さらに、今回の話によって『絵名は病院通いで入院していたことを知っている』奏さんと、『絵名は病院通いで過去に何かがあったと勘づいている』瑞希さんにノイズが入りました。

「本当は私のじゃなくて、借り物の夢や目標」という一連の言葉で、『絵名と誰かが事故に巻き込まれて、絵名がその誰かの意思を引き継いだ』という可能性が乱入しています。

ミスリードを誘発させるなんて、えななんってば悪い子……

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