イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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必殺ワード『よくわからない』の使い手であるまふゆさんが切り込むみたいですよ。





73枚目 覚悟を問う

 

 

 

 

 わからないと言う割には、真っ直ぐに向けられる青い目。

 いつも使う『よくわからない』という言葉は本当だったのか、疑ってしまうぐらい、今のまふゆの目には迷いがなかった。

 

 

「紛い物。本物と見分けがつかないぐらい、良く似せて作っているもの。模造品。類語に偽物、偽、似非、贋物。反対語に本物……だっけ」

 

 

 まふゆは透明になった辞書でも朗読しているかのように、言葉の定義を口に出す。

 言葉の意味を確認するような作業に何と反応すればいいのか迷っていると、まふゆが再び口を開く。

 

 

「それで。他人の夢を自分の夢だと思って行動した人は、紛い物になるの?」

 

「え、それは……どうなんだろう」

 

「絵名の話だと、紛い物ってことになる。じゃあ、お母さん達が『まふゆは医者になる』って決めて、医大に入るために勉強している私は《紛い物》?」

 

 

 まふゆの進路を決めた理由は、お母さん達が言ったから。

 

 まふゆにとっては大きな出来事であるはずなのに、さらりと質問の例えに混ぜてくるので、私は早口で捲し立てた。

 

 

「はぁ? 何でそれでまふゆがそうなるわけ!? というか、その件はまふゆが納得していることなの!?」

 

「今はそれ、どうでもいいから……それで、絵名の話通りなら私も紛い物になるの?」

 

「いや、まふゆは凄い頑張ってるし、紛い物なんて言えるわけないでしょ」

 

「そう。なら、目標に向かって頑張ってる絵名も、紛い物じゃないね」

 

「うっ」

 

 

 自分を例題に出すことで、私に否定させて。

 懇切丁寧に道を塞がれていくような問答に、私は背中に汗が伝うような感覚に襲われた。

 

 

「次、そもそもの原因だけど。絵名はどうして、馬鹿正直に審査員の言葉を信じてるの?」

 

「ば、馬鹿正直って……! そりゃあ、相手は審査員なんだから、作品の評価は正しいはずだし……」

 

「絵名の絵どころか、絵名本人も貶してきた人なのに? どうして正しいって思うの?」

 

 

 まふゆの言いたいことが飲み込めず、私は何を言えばいいのか迷ってしまう。

 

 そんな私の態度を見兼ねたのか、瑞希が訳知り顔で私とまふゆの間に立ち、「なるほどね!」と両手を叩いた。

 

 

「審査員って立場を使って絵名を陥れようとしてる可能性もあるって、まふゆは言いたいんだね?」

 

「うん」

 

「普通はないって思うけど、今回の場合だとありえるかもねぇ……」

 

 

 唇に人差し指を添えて、瑞希は考え込むように目を閉じる。

 数回ほど指先が唇を叩いてから、薄ピンクの目が私を捉えた。

 

 

「ねぇ絵名。思い出せる範囲でいいから、審査員が忖度したとか言った時の言葉、詳しく教えてくれないかな?」

 

「詳しく? 私も記憶を頼りにしか言えないけれど、確か『絵が描けて、似たコンクールで入賞。更にあの東雲先生の娘なら、お情けで優秀賞になる可能性もある』っていうのと──」

 

 

 

 その後、動揺して反論する余裕すらなかったが、記憶違いでなければこう言っていたはずだ。

 

 

「『あいつら、忖度か知らないが、勝手に選びやがった』って」

 

「可能性もある、勝手に選びやがった……ねぇ。これ、黒じゃない?」

 

「限りなく黒に近いと思う」

 

 

 動物の《威嚇》が人間の《笑顔》でもある……というのはどこの言葉だったか。

 

 瑞希は何かを隠すようなカワイイ笑みを浮かべて、まふゆも優等生らしい綺麗な笑顔を見せている。

 

 そして──両者共に、目が笑っていない。

 

 怒りの矛先を向ける相手がいないからとりあえず笑いましたと言わんばかりの顔だ。正直、口から短い悲鳴が出ちゃうぐらい怖い。

 

 自分でもわかるぐらい目の前の2人に怯えてしまったせいか、私に近づいていたらしいミクに「怖くないよ」と励まされた。

 

 

「それにしても、審査員の立場を使って絵名を追い詰めようとするなんて、嫌らしい手だよね。冷静になった今なら、絵名もそう思うでしょ?」

 

「まぁ……言い返せないっていう点では、追い詰められてたかな」

 

「嫌だよねぇ。断定しないことで自分はそんなこと言ってません、勝手に相手が予想しましたーって見苦しい逃げ道を用意してさ──本当に、姑息だよ」

 

 

 最初の方は普段通りの明るめのトーンだったのに、最後には怒りを隠しきれなかったのか。

 殆ど聞いたことがないぐらい低い声が、目よりも瑞希の怒りを物語っている。

 

 そうやって瑞希も代わりに怒ってくれるから、私の胸の中に巣食っていた後ろめたさが薄れているように感じた。

 

 

「……皆、ありがとう。話を聞いてくれたり、代わりに怒ってくれたせいかな。なんか安心しちゃった」

 

「絵名、まだ安心するのは早いよ」

 

「え?」

 

 

 皆に話を聞いて貰って、全部話せていない状態でも私は本物だと、むしろ審査員の男の方が怪しいと言ってくれたことが嬉しくて。

 気がつけば、気にしていたはずの審査員の言葉なんて、どうでもよくなっていた。

 

 そういうこともあって、私は奏の言葉に首を傾げてしまう。

 当人である私が呑気な反応をするものだから、奏が困ったように眉を下げた。

 

 

「そもそも、全ての原因は審査員の人だから。また相手が絵名に接触してくる可能性がある以上、対策しなきゃいけないよね」

 

 

 私が一生懸命に描いて受賞した絵に、審査員の立場を利用して《不正》のレッテルを貼り付けようとして。

 その結果、私は皆の前で申し訳なさから泣いてしまうという、醜態をさらしてしまった可能性があるのだ。

 

 それの全ての原因が本当に審査員にあるとしたら、対策しなくてはいけないという奏の考えもよくわかる。

 だけど、それよりもだ。

 

 

「……穴があったら入りたい」

 

「いやいや、今言うことじゃないでしょ!?」

 

 

 セカイに穴なんてないので、代わりに両手で顔を隠すと、瑞希から呆れるような声でツッコミが飛んできた。

 

 

「そう言われても。冷静に考えたら今の私、メイク落ちててすっごい顔してるし」

 

「今更気にするなんて、絵名って面倒だね」

 

「まふゆ……面倒って、言わないで」

 

「語尾が弱い。本調子じゃないね」

 

 

 まふゆに言われなくても、私の調子がおかしいことはわかっている。

 ただ、あまり言いたくないのだけども。

 

 

「審査員の件をどうにかするなら、その業界で有名なお父さんを味方にした方がいいのよね……」

 

 

 必要だとわかっていても拒否したい気持ちを吐き出すと、奏は不思議そうに首を傾けた。

 

 

「お父さんに会うのが嫌なの?」

 

「嫌というか、宿題をやってないから学校に行きたくない気分というか」

 

 

 そう言えばまふゆに「じゃあ、宿題をやればいい」とかバッサリと言われてしまったけど。

 

 でも、この例え話で納得してくれる人だっているはずだ。

 奏はわからないけれど、瑞希は納得してくれるはずだって、思いたい。

 

 

(……って、現実逃避してもダメなのよね)

 

 

 本当なら関係のない奏達が親身になって話を聞いて、相談に乗ってくれているのなら、当事者はもっと真剣に取り組まなければ。

 

 宿題を後回しにしたくなるような気持ちに内心で叱咤激励を送っていると、瑞希がポンと両手を叩いて提案してきた。

 

 

「あっ、そうだ! 絵名が1人でお父さんと会いたくないのなら、ボクらも一緒に会いに行こうよ!」

 

「は?」

 

 

 何を言っているのだろうか、このピンクは。

 

 そもそも駄々を捏ねてしまっている私も悪いのだけど、それでもとんでもないことを言ってるように思うのは私だけだろうか?

 

 

「わたしは皆に合わせるよ」

 

「こことここ。その日を除けば、調整できると思う」

 

 

 ……私だけだったらしい。

 奏は予定を合わせにいく時点で乗り気だし、まふゆまで『行かない』とは言わず、積極的に調整してる。

 

 どういうことだ。

 私の知ってるまふゆなら、塾があるから〜とか、予備校があるから、勉強しなくちゃと、真っ先に断りそうなのに断る素振りも見せなかった。

 

 奏だって外に出るのに、びっくりするぐらい乗り気だ。

 ミク達だってこっちの話の流れを見守っているし、私の味方はここにいないお父さんぐらいである。

 

 

「……お父さんに聞いてみる」

 

 

 それで無理なら、私の頭が整理された頃にお父さんに話すから。

 そうやって時間稼ぎをしようとしたのに──夜、お父さんに相談したところ「明日の朝でいいなら、時間を作れる」という、肯定の言葉だった。

 

 

 味方だと勝手に思っていたお父さんすら敵だった、と。

 

 どうやら私は、すぐに覚悟を決めなくてはいけないらしい。

 ……いや、いくらなんでも、急過ぎない?

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 私も存在だけは知っているけれど、記憶を無くしてからは来たことがない家の前。

 

 

「へぇ、ここが絵名のお父さんのアトリエかぁ。家と別に用意してる物件らしいけど、想像よりも立派だね」

 

 

 瑞希が呑気に述べる感想の通り、私はニーゴの皆を引き連れてお父さんのアトリエまでやって来ていた。

 

 お父さんの──いや、画家・東雲慎英の仕事場。

 

 そこに私だけでなく、皆で乗り込むことになるとは思っていなかったものの、許可をもらってしまったのだから覚悟を決めよう。

 

 

 鍵を開けて勝手に入って来ても良いと聞いたので、恐る恐るアトリエの扉を開く。

 

 玄関に入った瞬間に鼻を刺激する匂い。

 私にとっては嗅ぎ慣れた油絵具の匂いと、張り詰めた糸のような空気の中、4人分の足音を響かせて中へと入った。

 

 

「お父さん」

 

「来たか」

 

 

 私達4人が並んでも見えるぐらいに大きな町の絵画を前に、お父さんがこちらに振り向く。

 背後の絵も相まって、体に電流が走るような緊張感に襲われた。

 

 煩い心臓を無視して、その辺にあった椅子を拝借し、私達4人とお父さんとで分かれて座る。

 

 

「初めまして、君達が絵名の友達か?」

 

「あ、はい。東雲さんと一緒に創作活動をさせてもらっています、宵崎奏です」

 

「暁山瑞希です、よろしくお願いします」

 

「初めまして、朝比奈まふゆです。いつも東雲さんにはお世話になっています」

 

「創作活動……そうか。今回の同行の件も含めて、いつも絵名に寄り添ってくれて助かっている」

 

 

 お父さんはゆっくりと3人に目を向け、最後に私の目をじっと見つめた。

 

 車はルームミラーを通じてこちらを見ていた目が直接、私を見ているせいだろうか。

 私も自然と背筋が伸びて、挑むように目に力を込めた。

 

 

「良い目だ。お前も聞きたいことがあるのだろう。だが、まずは昨日の答えを聞きたい」

 

 

 昨日、私が描いた絵の結果が自分の実力ではないと言われてしまって、自分がしたことが間違っているんじゃないかとお父さんに聞いた時の──質問。

 

 

「絵名、このままお前が画家になりたいと言うのであれば、勘当だ。そう言われたとしたら──お前はどうする?」

 

 

 家族と絵、どちらを選ぶのか?

 お父さんの試すような言葉に、私は──

 

 

 





……はい、すみません。前回から焦らしに焦らしてるのに、更に焦らしちゃいます。
次回をお楽しみに!
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