イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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ペイルカラー編ラスト、行きます。
(後書きにちょっとおや? って感じのお話があります)




74枚目 折れるまで突っ込め

 

 

 

「絵名、このままお前が画家になりたいと言うのであれば、勘当だ。そう言われたとしたら──お前はどうする?」

 

 

 

 初めて入ったお父さんのアトリエにて、こちらを試すように問いかけられた言葉。

 近くで誰かが息を呑むような声を耳が拾うけど、私の頭には別の言葉が出て来ていた。

 

 

(私の行動が間違ってるのか決めるのは私自身、よね)

 

 

 思い出すのは金髪で緑の目をした女の子の言葉だ。

 

 想いは無くしてないし、ずっと私の中にある。わたし(リン)がセカイにいるのがその証拠だと。

 

 私が出した答えに胸を張れと、そう励ましてくれているように感じたのは、私の都合のいい妄想だろうか?

 

 

(ううん──妄想でもいいや。それでも良いって言ってくれる人達もいるから)

 

 

 本当なら私1人で会った方がいいはずなのに、態々私のために予定を空けて、ついて来てくれた3人。

 

 

(そもそも……私は小難しいことをウダウダ考えるタイプじゃない)

 

 

 記憶を無くしてからは他人事のよう(客観的)に自分を見ることができるようになって、才能のない私には真っ直ぐ進むだけでは遠回りになると悟った。

 

 自分が絵名の分まで画家にならなきゃ〜とか、色々背負い込んでいて最短ルートを突き進もうとしていたせいで、自分の本来の性質を無視するような進み方をしてきたわけだけど。

 

 自分の感覚が間違いでなければ……本来、私という人間は考えるよりも先に動いてしまう、直情的な人間だ。

 

 失敗しないように考えて、対策して。成功するのもすごいし、カッコいいと思う。

 

 だけど、本来の東雲絵名()は泥塗れになって歩けなくなったとしても、這い蹲ってそれでも前に進むような、『失敗してからが本番だ!』と宣言する人間である。

 

 

 そんな私が間違ってるかもと怖がると?

 お父さんから逃げると?

 

 

 

 ──それこそ、記憶を無くす前の絵名()に顔向けできないでしょうがっ!

 

 

 

「私は絶対に絵を描くのをやめない。描き続ける」

 

「ほう。ならば勘当されてもいいと?」

 

「そうとも言ってない」

 

「む……?」

 

 

 お父さんは眉を顰めているけれど、答えがリンの言うとおり、同じだというのであれば──大変な道のりであっても、私はこれを選びたい。

 

 

「私はずっと絵を描き続ける。それで、勘当するって言葉を撤廃するぐらい、お父さんにぶつかるから」

 

「それは両方を選ぶということか?」

 

「そうよ。たとえ夢物語や妄想と言われても私は私が守りたいものを抱えて進み続ける」

 

「親が納得しなくてもか?」

 

 

 試すような先達の目に、私は挑戦者としての目で返事した。

 

 

「納得するまでぶつかる。絵も何でも、同じことでしょ。失敗したって何回、何十回、何百回超えても立ち上がって、突破するまでぶつかる」

 

「本当に、それでいいんだな?」

 

「当然でしょ、私が折れるって思わないでよね。欲張れるなら、全部欲張ってやるんだから」

 

 

 お父さんは口を閉ざしたまま、じっとこちらを見ている。

 何秒、いや、何分ぐらい黙った状態でお父さんと目を合わせ続けたのだろうか。

 

 人によっては冷徹に見えそうな顔をしていたお父さんの口元が突然、緩んだ。

 

 

「……ふっ、そうか」

 

 

 私が記憶を無くしたのは丁度、中学2年生になる頃。

 

 その期間、私が見たお父さんの顔は頑固そうな仏頂面か、どこか悲しそうに目を伏せていたところしか見たことがなかった。

 

 でも今、お父さんは笑っている。

 にっこりとまではいかないものの、口角を僅かに上げて、わかりにくい笑みを浮かべていた。

 

 

「画家などの創作者も、起業家も、最後まで突き進んだ先に成功するかわからないという共通点がある。成功するまでずっと苦しみ、苦しんだ末に成功が約束されているわけでもない。成功した後もその成功がどこまで続くのか、続けられるのかと悩み、苦しむことも多いだろう」

 

 

 薄らと笑みを浮かべながらも、お父さんはどこか遠くを見つめている。

 

 

「しかし、失敗しても上手くいかなくても、突き進んだ人間だけが世間の言う《成功》という結果を手に入れられる。周りに間違っている、無謀だ、やめておけと言われても、それでも進まなければ、そういう道で花を咲かせられることはない」

 

 

 遠くを見つめるお父さんの目は、昨日、車の中で話していた時と同じく、想起している人のようで。

 何となく、あの時の話が誰の話だったのか……私の頭が答えに辿り着いた。

 

 

「俺が絵名を守れる範囲は限られている。だからこそ、画家としての俺は……娘に苦しむような道に進んでほしくはなかった」

 

「お父さん……」

 

「この道は俺も知っているつもりだ。世間で見える光だけでなく、影も経験して、ここに立っている。だからこそ、親としても本当は認めたくなかったのだがな」

 

 

 お父さんは目の前で右手を開き、ゆっくりと親指、人差し指、中指と折り曲げていく。

 薬指だけは曲げたり元に戻したりを繰り返して、数十秒。

 

 深く息を吐き出したお父さんが再び、私の方へと顔を向けた。

 

 

「だが、お前はここまで走って来た。常人なら折れるような期間も筆を握って、今、覚悟を示した。ならば──父親としても、画家としても、その気持ちだけは認めないとな」

 

「じゃあ、今度はこっちの話も聞いてもらってもいい?」

 

「あぁ……予想はできているが、何を聞きたい?」

 

 

 お父さんは少し体を引き気味の姿勢にして、私達を視界に収める。

 お父さんに出された問題の答えは出した。後は審査員の件だけだ。

 

 

「今回、お父さんとの話し合いに皆がついて来てくれた理由が、今から話したいことに繋がってるの。知ってるなら教えて欲しいんだけど、私が今回のコンクールで貰った『優秀賞』は正しい評価なの?」

 

「昨日、言っていた審査員の言葉か。絵名自身はどう考えている?」

 

「私は……賞を貰えるのは光栄だし、話を聞くまでは胸を張れる絵を描いていたと思ってた。でも、あの話が本当ならば、辞退しなきゃいけないでしょ」

 

 

 これは奏達と話した後にも、ずっと考えていたことだった。

 

 審査員の言葉が本当であれ、それなりの理由があったとしても、勝手に私の付属した称号から賞をつけられたのだとしたら。

 頼んでもいないし、勝手にされたことだとしても、その結果を受け入れるのはそれこそ、コンクールそのものを冒涜していることになる。

 

 私はそう考えていたのだが、奏達にはその話をしていなかったので、息を飲むような音が聞こえてきた。

 

 

「絵名、いいの?」

 

 

 皆、何かしら言いたげな顔をしていたけれど、奏が代表して問いかけてくれたので、小さく頷き返した。

 

 

「うん、私が仕組んだことではなかったとしても、そういう賞をもらうわけにはいかないからさ」

 

「……そっか。絵名が納得しているのなら、わたしは何も言わないよ」

 

 

 奏がそこで引き下がったので、瑞希は何か言いたそうだったものの、口を噤む。

 

 まふゆの方はというと、ニコニコと優等生らしい胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、スッと視線を前に向けた。

 ……あの様子を見るに、今は何もいうつもりはなさそうだ。

 

 ならば、私は話の続きをさせてもらおう。

 

 

「お父さんも知らないのなら、コンクール側に問い合わせしようと思ってるの。だから、顔繋ぎしてほしいんだけど」

 

「いや、その必要はない。その件は既に方をつけている」

 

「え?」

 

 

 聞き間違いだろうか。そう思って聞き直しても、お父さんから返ってくる言葉は全く同じものだ。

 

 昨日私が話して、翌日には片付いているって、どういうことだろうか?

 

 私が奏達を連れて来たのもかなり急な話だったはずなのに、話の進み方が早過ぎてついていけない。

 

 私の頭の中ではクエッションマークが列を作って飛び跳ねているような状態なのだが、お父さんは気にせずに追加の情報を突っ込んできた。

 

 

「シブヤアートコンクールの方でも、今回の件は評価段階で動いていたらしくてな。俺も軽く話を聞いていた」

 

 

 そうやって始まるお父さんの話をまとめるとだ。*1

 

 そもそも、あの審査員は今回のシブヤアートコンクールでは最初、審査員として呼ばれていなかったらしい。

 

 しかし、タイミングが良いのか悪いのか、丁度、シブヤアートコンクールの審査員に欠員が出てしまって。

 本人の強い希望と、ミライノアートコンクールの審査員だったという立場から急遽、追加の審査員として参加することになり。

 

 1部の人間の審査に私情を持ち込み、最優秀賞に選ばれてもおかしくない作品を断固として『受賞させない』と意見を押し通そうとしたそうだ。

 

 審査員としてあり得ない私情の持ち込みに、コンクール側も辟易していたようで。

 コンクールの内部では『誰だ、あんな奴を審査員として参加させたのは!?』と犯人探しまで始まっていたんだとか。

 

 

 ──そんな1人によって猛反発を受けた『1部の人間の作品』というのが私の作品だった、と。

 

 

 1人の猛反発のせいで選べなかった私の作品を、せめて優秀賞にしようと他の審査員で決定し、『東雲さんの作品は残念だけど、次回頑張ってもらおうね』で終わらせようとしたのに……その後にも問題発生。

 

 納得できなかった審査員が、授賞式後に受賞者に絡みに行ったのである。

 

 そこからは私が体験した通り、審査員の立場を利用して嘘の情報を吹聴。

 娘から話を聞いた私の父親(大御所)から問い合わせが来て、コンクール側はてんやわんや。

 

 蜂の巣を突かれたように動いて今日の朝、あの審査員は『事実上の追放』処分にしようと決まったとか。

 

 『娘さんには必ず、絶対にあの審査員を接触させませんので許してくださいお願いします!』というのがコンクール側のコメントのようで。

 

 

「……要するに、私の受賞は正当なものだと」

 

「寧ろ、不当に下げられた側になるのだから、お前が訴えれば再審査やアートコンクール側の不祥事を表沙汰にすることもできるぞ」

 

「いや、そこまでするつもりはないし。1人に認められなかったのは事実だから」

 

 

 今回の件は描き方が気に入らなかったとしても、それでも選ぶしかないと思うぐらいの作品を出せなかった私の実力不足でもあるのだ。

 

 優秀賞という評価が付属品ありきの評価でないというのであれば、私はこれに不満はない。

 

 

「そうか。どうやらお前は俺が想像していたよりも、強くなっていたらしい」

 

「私1人だったら、そんなことないよ」

 

「お前の強さはその友人3人のお陰というわけか。宵崎さん、暁山さん、朝比奈さん……だったかな?」

 

 

 お父さんが1人1人、確認するように名前を呼ぶ。

 1度聞いただけの名前なのに、誰1人間違えることなく呼んでから、お父さんはゆっくりと頭を下げた。

 

 

「ありがとう、娘のためにここまで動いてくれて感謝する。これからも絵名のことをよろしく頼む」

 

「はい。これからも一緒に活動します」

 

「ああ、君達の創作活動を応援している」

 

 

 ──その後はお父さんも別件の用事があるとのことで、私達は早々にお父さんのアトリエを後にして。

 どこに向かうとも決めずに歩いていく中、奏が私に向かって微笑んだ。

 

 

「審査員の件も動いてくれていたみたいだし、良かったね、絵名」

 

「うん。皆がいてくれたからこんなに早く動けたし、終われたから……本当にありがとう」

 

 

 道の真ん中ですることではないかもしれないけれど、私は立ち止まってから3人に向かって頭を下げた。

 暫くしてから顔を上げると、3人は既に前を歩いている。

 

 くるりと振り返り、楽しそうに笑う瑞希の顔が1番最初に目に入った。

 

 

「うんうん、一件落着したことだしー……皆、この後時間ある? 改めて、絵名の受賞おめでとう会をしようよ!」

 

「私は大丈夫」

 

「わたしも平気」

 

「まふゆも奏も平気、と。じゃあいつものファミレスでやろうと思うけど……絵名は大丈夫かなー?」

 

 

 私だけ立ち止まっていたせいで、前に進んでいた3人が振り返り、問いかけてくる。

 

 

「もちろん、私だけ参加しないってことはないから」

 

 

 小走りで皆に追いついてから、私達は揃っていつものファミレスに向かう。

 

 そして今日もまた、解散してから25時にナイトコードで集まるのだ。

 

 

 

*1
パパなん(話せる所は話すが、大人の暗い所は絵名にはまだ早い。その辺は内緒にしておこう)






ペイルカラー編(原形がシブヤアートコンクールぐらいしかない)終了しました。
オリジナル展開とタグ付けながら、そこまでオリジナルでもない悲しみ……

あ、でも……ここまでくればもう、スケッチブックの1枚目を叶えたも同然だと思われそうですね。
というわけで以下、オマケです。



《数日後の話》


 ──目を開くとまた、枕元に古びた表紙のヤツが存在していた。

 絵の中の自分に近づいているせいか、無意識のうちに手元に置いてしまっていたらしい。

 最近は、いつもこうだ。
 あからさまな溜め息を1つ溢し、私は文字が書かれた部分を見る。


【──富も名声も地位も自由も救いも全て、あなたの記憶さえあれば叶うことでしょう】


 そこにはまるで催促するように、文章が追加されている。
 頼まれたって、誰が描くものか。願いなんて自分で叶えるものだろうに。

 視線を逸らそうとしたら、追加されていた文章が溶けるように消えた。
 そして、新たな文言が浮かび上がってくる。


【──それが大切な友達のためであっても?】


 ゾワリと鳥肌が立って、ヤツを開けていた窓の外へと投げ捨てた。
 ヤツはただの紙なので、手も足もない。拾いに行かなければそれで終わり。

 ……なのに、突然、投げ捨てた勢いすら殺すような突風が吹き、強風に乗せられたヤツがベッドの上に戻ってきた。




「……きもちわる」



 一部始終を見ていた身からすると、そう言わずにはいられない。

 今日も捨てれなかったソレが、吐きたくなるぐらい忌々しかった。



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