今回はビビバスの日常に少しお邪魔してます。
箸休め的な特に意味もないお話です。
「ほぉ、これはすごいな。本当にカフェとかでバイトをしてないのか?」
隣からマスター──というか、白石さんのお父さんの感嘆の声が聞こえる。
持ち上げられるのは照れ臭く、私は見えやすい位置に失敗作の自分のラテアートを近くに置いた。
「はい。家でそれっぽいのを作ったりはしますけど、こうやって道具を使わせてもらってやるのは初めてです。ほら、私の分は失敗しましたし」
現在、ビビットストリートの《WEEKND GARAGE》にお邪魔している私の手には、ハムスターが描かれたラテアートが収まっている。
白石さんと小豆沢さんのお誘いから、彰人達も出ているライブを見た後、このカフェまで遊びに来て。
今は白石さんのお父さんのご好意で、ラテアートに挑戦していた。
家でそれっぽい練習はしていたものの、カフェという本格的な場所で本格的なものを作るのは本当に初めてだ。
かなり緊張していたのだが、自分用のハート模様でコツを掴んだので、小豆沢さんと白石さんに許可をもらってから2人分のラテアートを作っていた。
「2人のカフェラテも練習に使っちゃってごめんね。でも、そのおかげで結構いい感じにできたよ。これ、写真撮らせてもらってもいい?」
「どうぞどうぞ、その写真はピクシェアに?」
「うん。あ、ダメだった?」
「全然! 絵名さんが写真を撮り終わったら貰いますね」
白石さんに快く撮影許可を貰い、軽く加工してからピクシェアに投下。
ハムスターは白石さんへ、白蛇は小豆沢さんへと。
出番が終わったラテアートを渡すと、2人は仲良く見せ合い、大袈裟に喜んでくれた。
(仲良いなぁ)
ライブの時は堂々と白石さんの隣に立ってる小豆沢さんが、今では小動物的な仕草で白石さんの隣でニコニコ笑っている。
こんな幸せそうな顔を見ていたら、白石さんが連絡をくれる度に、小豆沢さんの話題をしたがる理由がわかるかもしれない。
彰人も話していたら高確率で「冬弥が〜」と、冬弥くんの話を出してくるし、お互い相棒を大切にしているチームなのだろう。
……そんな中にお邪魔させてもらってるのは、ちょっと気が引けるんだけど。
考えていることは顔に出さないように気を付けつつ、白石さんのお父さんにお礼を言ってからカウンターから抜け出す。
小豆沢さんと白石さんの対面に座ると、タイミングを見計らったかのように店の扉が開いた。
「……まだいたのかよ、絵名」
「何よ。いたら悪いの?」
白石さんのお父さんには礼儀正しく、私には太々しい態度で店に入ってきたのは彰人だった。
その後ろに冬弥くんもいて、2人も白石さん達がいる近くの椅子に座る。
「悪くはねぇけどよ、お前のことだから勝手に来て勝手に帰ったのかと思ってた」
「は? 私が失礼なヤツだって言いたいの? 残念でした、そこまで失礼じゃありませんー」
「どうだかな。お前が興味があることがなければ、すぐに帰りそうだが」
「ぐっ」
思い出すのは、サボろうとした行動やら授賞式から早々に抜け出した記憶。
彰人に言い返せずに何とか言葉を探す私の耳に届いたのは、白石さんの笑い声だった。
「絵名さんと彰人って、顔を合わせたらビックリするぐらい言い合うよねー」
「あぁ、彰人や絵名さんのような関係を《ビジネス不仲》と呼ぶらしいな」
「「はい?」」
珍しく私と彰人の声が重なった。
いや、そんなものを気にするような暇はない。今、冬弥くんは何と言った?
冬弥くんの口から出てくるとは予想できなかった言葉に私が唖然としていても、彰人の再起動は早かった。
「冬弥、1つ聞きたいんだが……その言葉は誰から聞いたんだ?」
「誰って、暁山からだが」
何という言葉を冬弥くんに吹き込んでるんだ、あのピンク……ッ!
私の頭の中では、野菜の生産者写真の様に『ボクが犯人でーす♪』とダブルピースでアピールしている瑞希の姿が思い浮かぶ。
冬弥くんと偶然出会った瑞希は笑顔で『絵名と弟くんって本当は仲が良いのによく言い合ってるでしょ? ああいうのがビジネス不仲って言うんだよ~』と吹き込んだに違いない。
そんな姿が容易に想像できて顔を顰めつつ彰人の方を見ると、弟はぽかんと口を開け、間抜けな顔を晒していた。
「とりあえず、瑞希に会ったら冬弥くんに変なことを吹き込まないように言っておくわ」
「頼む」
この時ばかりは私と彰人の意見は1つになっていた。
「──っと。絵名、そろそろ今回のライブのミーティングをやるから、気を付けて帰れよ」
「えー、ライブの後の反省会も大事だけどさー。折角、絵名さんが来てくれたんだし、もう少し話さない? ほら、この前のテストの話とか」
「あ、おい、それは……」
白石さんの言葉に露骨に態度を変えた彰人に、私は首を傾げる。
冬弥くんも小豆沢さんも心当たりがないみたいで同じように首を傾げていて、私は反省会の邪魔をしてしまう申し訳なさよりも好奇心が勝ってしまった。
「テストって、そういえばどの学校でもこの時期だと1回目は終わるんだっけ。宮女は体育祭が終わってからテストだから、全体に結果が貼り出されたのは最近だったのよね」
「神高も似たようなものですよ。文化祭の後にテストがありました」
冬弥くんは特に慌てた様子もなく、淡々と受け答えしてくれる。
この様子を見るに、冬弥くんは勉強ができるタイプか諦めるタイプなのかもしれない。
勝手に予想をしつつ、動揺した弟に疑問の矛先を向けた。
「それで、あんなに慌てたってことは……彰人、もしかして赤点取ったの? だとしたら1年から心配になるスタートなんだけど」
「いや、赤点はなかった。嘘じゃないぞ」
「山を外したせいで1教科ギリギリだったって聞いたけどねー」
「おい、杏?」
白石さんの補足情報で彰人は怒りを滲ませた声を出すせいで、白石さんの情報の信憑性が増してしまった。
そして、ここで同じ神高生なのに何も知らなかった1人、冬弥くんが彰人に疑問を呈す。
「彰人、テストは大丈夫じゃなかったのか?」
「あ、いや。今回は初回だから外れただけで、次回からは傾向が掴めたから大丈夫だぞ」
「……それを大丈夫とは言わないと思うのだが」
全くもってその通りである。
私が冬弥くんの言葉に大きめに頷いてしまったせいで、彰人の目に入ったのだろう。
弟が姉を見ているとは思えないぐらい、非常に生意気な目を向けて口を開いた。
「何だよ」
「別に。お母さんは留年しない限り何も言わないだろうけど、冬弥くんの言う通りだなーって思っただけよ?」
高校になったら義務教育ではないので、補習とか追試というものが存在しているのだ。
練習とかの時間を大切にしているのであれば、結果的には勉強するのが1番効率がいいんじゃないかと私個人は思っただけである。
「そういうお前はテスト、大丈夫だったのかよ」
「私? 私はそれなりかな」
「どうだか。いつも家で落ち込んでる姿を見たら、そうは見えないけどな」
(あー、これ。もしかして勘違いされてない?)
高校1年生の時はあの《天才・努力お化け》こと、まふゆを抜かすことに必死で、順位を見てはまた足りなかったと落ち込んでいたことが多かったけれど。
どうやって誤解を解くのが無難だろうか。
スマホがあったら検索したくなる場面に頭を悩ませていたら、小豆沢さんがおずおずと手を伸ばした。
「あの、東雲くん」
「何だよ」
「たぶんだけど、絵名先輩のテストに関しては、心配するようなことはないと思うよ。今回のテストだって掲示板に名前、あったし……」
「掲示板に名前って。そもそもその《掲示板》って何だ?」
彰人も何となく察しているみたいだけど、神高とはシステムが違うから確認をしたいらしい。
あからさまな態度で私に聞いてくるので、態とらしく微笑んだ。
「宮女って学年毎にテストの上位10人の名前を掲示板に貼り出すの。だから、知ってる人はどの学年の誰がテストの点が良いのかわかるのよね」
「へぇ、そうなんですか。神高は細長い紙だけ渡されて、そこに学年とかクラスの順位が書いてるぐらいなのに……こはねの学校は大変だね」
「皆、あまり掲示板の順位なんて見ないから。杏ちゃんが心配するほど大変じゃないよ」
唯一宮女で名物になってるのは、中学の時からずっと、不動の1位を取り続ける努力お化けの王座が崩れてないかどうかぐらいで。
今回のテストも王座から引き摺り下ろせず、「
殆どの人間にとっては形骸化しているシステム。それが宮女の掲示板だった。
「というわけで、もしも勉強を教えて欲しかったら教えるわよ? お代はチーズケーキね」
「レートがおかしいだろ。自分でやる方がマシだな」
「ふーん。じゃあ、冬弥くん達を困らせない程度に頑張りなさいよ?」
「言われなくても今回だけだ」
山を外したのは今回だけであって、山勘で勉強するのは今回だけとは言ってないとでも言うつもりなのだろうか?
1回でも補習なり何なり痛い目を見ないと改めなさそうだ。
願わくば、それが手遅れになる前であればいいと思う。
──そして、どうやらこのチーム、テスト問題を抱えているのは彰人1人ではないようで。
「っていうか、それなら杏も今回のテスト、ギリギリだって言ってたような──」
「わっ、わー! わぁー! ほら、ミーティングしようよ、皆! 反省は大事だよ! うんうん!」
「あ、杏ちゃん……?」
彰人の反撃に白石さんは叫び、そのあまりにも下手な誤魔化し方に流石の小豆沢さんも流し切れなくて反応してしまっていた。
……半々、という意味ではチームバランスが良いのかもしれない。
そう無理矢理納得させて、混沌とし始めた空気の中、素知らぬ顔して席を立つ。
「あ、ミーティングするなら私はそろそろお暇するね。4人とも、頑張ってね」
「絵名さん、ありがとうございました。また来てください」
「はは。うん、冬弥くんも頑張って」
同じ学校的に頼られるのは冬弥くんが先だと思うので、そういう意味も込めて応援しよう。
「これ、お代です」
「あぁ。ちょうどだな、ありがとう。また杏達のライブも見に来てやってくれ」
「はい、また来ますね。今日はありがとうございました」
白石さんのお父さんに声をかけてから、店を出る。
(あーあ。あんなに仲の良い姿を見てたら、何だか話したくなっちゃった。セカイかナイトコードに誰かいないかなぁ)
ほんの少し寂しさを感じつつ、何処からともなく歌が聞こえてくる道を1人、歩いて帰った。
記憶喪失えななんはごく稀に、杏さんやこはねさんに誘われてライブに遊びに来ているらしいですよ。
次回は奏さん視点で話を進めます。