今回は全て奏さん視点で、イベストの前振りのお話です。
「皆、何してるの……?」
曲作りもひと段落して、誰かに聴いてもらおうとセカイに来たら。
何故かミクとリンが並んで雑誌を読んでいて、その少し離れたところに絵名が絵を描いていた。
ここまでは理解できる。
絵名が絵を描きたくて、2人がモデルになってるのはわかったから。
でもね、その絵を描いてる絵名の付属品みたいになってる2人は何?
左手を触ってるまふゆと、髪の毛を弄ってる瑞希は絵名に何をしてるの?
「あ、奏じゃん。休憩しに来たの? お疲れ〜」
「おつかれさま。そういう瑞希は絵名に何をしてるの? イタズラだったらほどほどにね」
「あは、ほどほどにならしても良いんだ〜」
笑いのツボにハマったのか、絵名の髪から手を離して瑞希は肩を震わせている。
いつもの三つ編み以外にも3本、編み込みが増えているのは瑞希の仕業だろう。
髪を弄っていた瑞希でこれなのだ。ならば、ずっと左手を触っているまふゆは絵名に何をしているのだろうか。
「まふゆは何をしてるの?」
「手入れ」
「えっと、手入れって?」
「あー。まふゆってばボクが来る前から絵名の手にクリームを塗りこんだり、爪を綺麗に整えた後で磨いてるんだよね」
「……?」
まふゆの短い返答を見かねて瑞希が補足説明をしてくれたのに、それでも私の頭は理解を拒んだ。
まず、どうして自分の手ではなくて他人である絵名の手を手入れしているのか、とか。
左手だけ綺麗にしても、後で絵名が困るんじゃない、とか。
他にも沢山言いたいことが泡みたいに浮かんでくるのに、口に昇る前に泡になって消えてしまった。
絵名の手に夢中で短い返事しか返ってこなさそうなまふゆのことは、とりあえず傍に置いておこう。
話してくれそうな人に狙いを定めて、わたしは瑞希の方へとターゲットを変える。
「絵名はいつもの?」
「だろうね。ボクが来た時にはもうミクとリンを座らせて、スケッチしてたよ」
絵名は写真とか絵とか、そういう『形があるもの』に残すのを好んでいる。
本人は無自覚なのかもしれないけれど、食事を毎回写真に収めていたり、事あるごとに自分や周りにいる人を撮ろうとしたり、時間があれば今みたいに絵を描き始めるのだ。
更に、絵名は毎日細かく日記を書いているようで、そこに写真や絵も併せて貼り付けているらしい。
記憶ではなく、1つ1つ漏らさず記録するような行動はきっと、絵名にとっては絵と同じぐらい大事な行動なのだろう。
それを邪魔しようと思うほど、作業の期限も迫っていない。好きにさせてあげよう。
「それにしても……絵名の絵、凄みというか、1つレベル上がってない?」
「どうだろう? わたしは今描いてる絵も好きだけど」
「それを言ったら、ボクも絵名の絵が好きだよ。でも、そういう話じゃないんだってば〜」
瑞希の言う凄みとかレベルというのはそこまでわからない。
だけど、今の絵名はのびのびと絵を描くようになったなとは思うし、今、絵を夢中に描いている時の方がわたしは好きだ。
苦しそうにしていたり、怯えながら描いているよりも今の方がずっといい。
「そろそろ3つ編みが4本目になるし、絵名を休ませなきゃダメかなぁ」
「4本になったら何かあるの?」
「30分ごとに1本作ってるから、絵名が絵を描き始めて2時間になるよ。流石に小休憩させないとね」
「瑞希の心配はわかったけど、こうなった絵名は簡単には止まらないよ。どうするの?」
わたしも同類だからわかるけれど、1度集中したらキリが良いところまでいかないと自分から止まることはない。
どうしようかと顔を見合わせていると、左手に夢中だったまふゆが徐に立ち上がり、リン達の方へと向かった。
「リン、あれやって」
「……めんどくさいな」
口では嫌そうな言葉を言っているのに、リンはまふゆの話を聞くのとほぼ同時のタイミングで動き出した。
後ろにまふゆとミクを引き連れて、リンは絵名の近くで大きな手拍子をする。
「絵名、休憩しようって。皆言ってるよ」
「わっ、ビックリした。リン、ありがとう……って、髪の毛の感覚がちょっと変だし、左手だけ滅茶苦茶綺麗になってる!?」
まずは頭の異変に気がついて、次にパッと見ればわかるぐらい明らかに違う左手に驚く絵名。
何が起きたのか混乱する彼女に対して、左手を綺麗にした
「うん。右手、ちょうだい」
「私の手はあげれないけど!?」
意識が絵から戻ってきた絵名は早速、間抜けな声で抵抗を試みた。
それがどこまで通用するのか疑問だけど、どうやら絵名はそう思っていないらしく、右手を隠すように左手で握り締める。
「そもそも、何で右手を欲しがるのよ!?」
「右手も綺麗にしないと、気持ち悪い」
「あー、左手とアンバランスって意味なら気持ち悪いかも……じゃなくて!」
「絵名、右手」
「やだ! 後で自分でやるから、絶対に渡さないわよ!」
「えーな」
「ぜったいに! 右手は……その……えぇと……はい」
絵名はまふゆの圧に屈して、右手を差し出した。
相変わらず、絵名のことになると瑞希は笑いの基準が低くなるらしい。
そこに反応してしまう絵名も含めてセットなので、この後の展開は容易に想像できた。
「何笑ってんのよ、瑞希!」
「いや、だって。絵名がまふゆにされるがままだし、面白くってさ」
そして、そんなわたしの予想通りに、右手を取られて動けない絵名は早速、瑞希に噛みついた。
「それであんたが笑う必要ないでしょ!?」
「そう言われてもねぇ。訂正したかったらこっちにおいでよ〜」
「こ、こいつぅ……っ」
何か言いたげな目を絵名が向けているものの、右手をまふゆに触られているせいで身動きが取れず、唯一、自由な左手が宙を彷徨う。
手が出せないなら口で。
そう言わんばかりに「笑わないで」という言葉を手を替え品を替え瑞希に訴える絵名が、何故か大きな対象に向かって鳴いている可愛い子犬のように見えてしまう。
(これ、本人に言ったら怒られそうだな)
この感想は絶対に怒られるものだろう。
わたしは瑞希とは違うのでそっと心の中に閉じ込め、抱いてしまった感想を忘れることにした。
わたしが感想を頭のゴミ箱に捨てている間に、瑞希に訴えることを諦めたらしい絵名はミクとリンに頭を下げる。
「はぁ、もういいや。それよりも……ミク、リン、絵のモデルありがとうね。助かったわ」
「絵名の力になれて良かった」
「わたしはミクみたいなこと、言わないよ。お礼は期待してるけど」
「ふふ、わかってるって。ちゃんとお礼は用意するから、楽しみにしててね。後は……」
右手を掴まれて動けない絵名は視線をこちらに向けて、小首を傾げる。
視線の先にいるのはわたしだけだ。何かあったのかと同じ動作をすると、絵名から苦笑が返ってきた。
「奏は何か用事があってセカイに来たんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。誰かに曲を聞いて貰おうと思ってこっちに来たんだ」
「やっぱり! そうだと思ったのよね。奏の曲、聴かせてよ」
「いいよ。まふゆやミク達にも聴いてほしいな」
スマホを取り出すのと同じぐらいのタイミングで、まふゆの顔がこちらに向いた。
どうやらキリの良いところまで終わったらしく、絵名の右手がまふゆの手の中から抜け出しても反応していない。
曲の再生が終わったら手入れの続きが始まるのだろうが、曲を再生している間だけは絵名の手は自由の身だった。
(えっと、まふゆの反応は……いつも通り、か)
可もなく不可もなく。
やっぱり人形展の時のような反応はなくて、もっとまふゆの心を揺さぶれるようなものじゃなければ、彼女を救うことができないのかもしれない。
何が足りないのだろうか。もっと、もっとまふゆを救うためには……
「──奏、大丈夫?」
「え?」
ぐるぐると回る思考の途中で、絵名の声が耳に届く。
「この曲もすごくいい曲だなって思ったけど、考え事してるみたいだから。何か気になるところがあった?」
「あ、うん、そんなところ。ちょっと修正したいところが出たから、考えてたんだ」
「……そっか。じゃあ、完成したらまた聴かせてね。イラストも合わせなきゃいけないし」
絵名は何か言いたそうに口を開閉したけど、何事もなかったように笑みを浮かべる。
こちらの様子をじっと窺っていたらしい瑞希も絵名を見習って、似たような笑みを作った。
「ねぇねぇ、絵名。イラストが完成するまで時間があるし、動画撮らせてよ〜」
「は? 動画って何に使うつもりなのよ?」
「最近、絵名ってば猫に負けたって言ってたでしょ。だから対抗するために猫ミームならぬ絵名ミームをしようかなと」
絵名は胡散臭そうな視線を向けつつ、スマホの画面に指を滑らせる。
暫く画像を見てから、大きく腕をクロスさせてバッテンと主張した。
「バカなの? こういうのって猫だから許されてるのよ?」
「大丈夫大丈夫。犬とか山羊とか、最近だと人も出てくるから。絵名も乗るしかないでしょ! このビッグウェーブに!」
「ふーん。私にネットの玩具……というか、瑞希の玩具になれというのね? 酷い」
絵名が態とらしく言い直して、両目を掌で覆う。
角度によっては泣いているように見えてしまう、絶妙な動き。絵名の動作に騙されたまふゆが、ゆっくりと瑞希の方へと顔を向けた。
「絵名を瑞希の玩具にするって、どういうこと?」
「その、まふゆさん? それにはちょっと誤解とか色々ありまして。ほら、動画の素材にしたいといいますか、何といいますか」
「瑞希ったら変なの。まぁいいか──直接聞けば、いいもんね?」
「ひぇっ……ボクはまだ生き残りたい! さらばだーっ」
『優等生フェイス』と絵名に命名された、ビックリするぐらいの笑顔を見せているまふゆ。
それを見た瞬間、瑞希は背を向けて逃げ出し、まふゆがクラウチングスタートで追いかけていった。
気がつけばミク達も姿を消しており、残っているのはわたしと絵名しかいない。
誰もいないことを確認してから、絵名は両手を腰に当てて、満足気に頷く。
「よし、悪は滅びたわね」
「悪って。瑞希がかわいそうだよ」
「確かに……瑞希1人が楽しむだけなら気にならなかったし、まふゆを
わたしの言葉に絵名は眉を下げ、瑞希が作った3つ編みを1つ1つ、解いていく。
絵名は気にならないと言っていたけれど、ならばどうして態々、まふゆを瑞希に仕向けたのだろうか?
その答えは意外とすぐにやってきて、髪の毛を解いた絵名があっさりと口を開いた。
「奏が曲を流してる間も、まふゆのことを気にしてるみたいだったからさ」
「え、態度に出てた?」
「ううん、そんな気がしただけ。でも、まふゆの前でそういう話をしたら、気にするかもしれないし」
「それは……瑞希に悪いことしちゃったな」
つまり、まふゆを引き離すために瑞希が囮に使われたということで。
わたしの呟いた言葉に、絵名は首を横に振った。
「瑞希も察してるから、態々逃げたんでしょ。奏は気にしなくてもいいよ。今回のまふゆの反応も含めてさ」
「でも……」
「そもそも、こういうのってすぐに結果が出るわけじゃないんだから。まふゆだって最近は反応もわかりやすくなってきてるし、確実に奏の曲は届いているからね」
「そう、かな」
「そうなの」
そんな風に見えなかっただけに、絵名の言葉を疑ってしまう。
「奏はできることをやってるよ。なら、慌てたっていい事はないんだから、後は信じてタイミングを待てばいいんじゃない?」
「信じて待つ?」
「そ。そっちの方が気持ち的にも楽でしょ。まふゆだって、奏が苦しんでまで救ってほしいとは考えてないと思うわよ」
言いたいことを言えたのか、絵名もまふゆ達が走り去った方へと歩き出す。
わたしもこのまま部屋に戻らず、絵名の後ろを追いかけた。
(できることをやったら、待つ……か)
──この時のわたしは思ってもいなかったのだ。
まさかこの後、自分が苦しむことになるなんて、全く予想できずに……どうしたらいいのか、と他人のことばかり考えていた。
不穏になる終わり方をしてますが、次のイベストの開始はアレですからね。
奏さんにとってはとんでもないことになってますので、こんな仕上がりになりました。
というわけで、次回から『シークレット・ディスタンス』が本格的に始まります。