イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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 ──明日、瑞希達と出かけることになった。
 遠足みたいな、そうではないような。そういうイベントの記憶はごっそりなくなっているので、どこか楽しみにしている自分がいる。

 明日の持ち物と服と、後は念の為に時計もセットして。




 ──あぁ、そうだ。スケッチブックも持っていかなきゃ。








79枚目 フラッシュバック

 

 

 

 

 

 瑞希がミステリーツアーを計画し、実際に行くことになった当日。

 早めの時間から集合することになって、そろそろ1時間ぐらい電車に揺られていた。

 

 

「ねぇ、瑞希。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

 

 

 流石にこの軽装で登山とか命知らずなことをするとは思わないけれど、知識がない人間ならばやろうとする可能性もあるわけで。

 

 そういう懸念もあって問いかければ、こちらの不安が伝わったのか、瑞希は肩を竦めた。

 

 

「まったく〜、こういう時の絵名は短気だなぁ。こういうのは着くまであれこれ想像するのが楽しいのにー」

 

「仮に今から山に登りますって話なら、危ないから止めなきゃいけないでしょ」

 

「ありゃ、あれこれ考えた後だったか。ま、もうすぐ到着するし、ネタばらししちゃおっかなー」

 

 

 電車に乗る前も乗ってからの1時間も勿体ぶっていた瑞希は、ゴホンとわざとらしい咳払いする。

 

 

「今回行くのはなんと! 今最も激アツな心霊スポットでーすっ♪」

 

「は? え、今、心霊スポットって言った?」

 

「いえーす、心霊スポット」

 

 

 目的地が予想外のもので私は思わず聞き返すものの、瑞希はにっこり笑って頷くだけ。

 奏も「し、心霊?」と震える声で呟いているし、反応的に想定外だったようだ。

 

 まふゆの無反応はいつものことなので置いておくとしても、それ相応の理由がないと納得できない。

 手をグーパーと握ったり開いたりして、握り拳の感触を確かめていたら、瑞希は引き攣った顔で弁明する。

 

 

「ちょ、絵名さん。その拳は何かな? 一旦落ち着こうか。これには深い理由があるんだから、ね?」

 

「水溜まり程度の深さしかないんじゃないの?」

 

 

 新しい経験で態々、心霊スポットに行く理由なんて深いわけがないだろう。

 

 そう決めつけて半目で見つめると、瑞希は勢いよく首を横に振った。

 

 

「違うって! ほら、前、文化祭の時に弟くん達とタイミングよく会っちゃって、お化け屋敷に行きそびれたでしょ。どうせなら、皆と肝試ししたいなーって」

 

「それ、あんたが行きたいだけじゃない!」

 

「そうとも言うかもー☆」

 

「そうしか言わないでしょ!? キラッじゃないのよ、キラッじゃ!」

 

 

 語尾に星でもつけてるんじゃないかと思うぐらい、キラッとした言葉で言うものだから、電車内であるにも関わらず、私は叫んでしまった。

 

 そのせいで一気に視線が集まった気がする。

 笑う瑞希を強く睨んでから、恥ずかしい気持ちを飲み込むように口を閉ざす。

 

 そんなやり取りをおとなしく見ていたまふゆが、さらりと会話に入ってきた。

 

 

「それで、絵名は何が問題だと思ってるの?」

 

「は?」

 

「奏が曲を作れるようになるなら、行く場所はどこでもいいじゃない。絵名は違うの?」

 

「「うっ……」」

 

 

 奏と私はまったく同じタイミングで唸る。

 

 恐らく奏は、曲を作れないことでツアーに行くことになった罪悪感から。

 そして私は、まふゆに『奏のために協力しないのか?』と言われているように感じて、胸が痛みを訴えた。

 

 

「わたしに付き合わせて、ごめんね……」

 

「いや、奏は悪くないってば。諸悪の根源は心霊スポットに行こうとする瑞希だし」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げる奏に声をかけつつ、再度、瑞希を睨む。

 しかし、相手にはノーダメージのようで、瑞希はケラケラと笑っていた。

 

 

「大丈夫だよ、奏! むしろボクは皆と旅行できてとっても嬉しいし……絵名も安心していいよ。今回の心霊スポットはちゃんと映えるところだから、猫にも勝てるはずだよ!」

 

「いや、別に猫に勝たなくてもいいんだけど」

 

 

 そこまで体を張ってSNSをしてないのよ、とツッコめば今から行き先を変えてくれるのだろうか。

 

 しかし、既に目的地は目と鼻の先であり、私がいくら駄々を捏ねたところで、周りのおじ様とおば様方に注目されるだけで。

 ここまで来たら、瑞希の思惑に乗るしか道は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗なトンネル、そして心霊スポットといえば、犬鳴トンネルとかが思い浮かぶのだけど、今回来た場所もその界隈では人気らしい。

 

 先が見えないぐらい長くて、明かりも辛うじて周りが見える薄暗さ。

 車の行き来もなく、嫌になるぐらい静かなそのトンネルの雰囲気は、心霊スポットとしては満点だった。

 

 

「何だか、すごく嫌な感じがする……」

 

「同意だわ。これ、本当に大丈夫なの?」

 

 

 いくら摩訶不思議体験をしてきたとはいえ、これはまた別ジャンル過ぎる。

 暗くて周りが見えないなんて、安全面的にも行きたくない。

 

 後、こういう場所はホラー小説の冒頭とかでもあるし、雰囲気も相まって滅茶苦茶怖かった。

 

 

「いやー! さすが名所なだけあって、すっごい雰囲気があるね!」

 

 

 トンネルがジメッとしていて暗いのに対して、瑞希はカラッとしていて明るかった。

 

 ──瑞希の話からスマホで簡単に調べてみたところ、このトンネルは心霊スポットとしてはかなり有名らしい。

 

 実際に幽霊を見た人の話もあって、まともな明かりもないのだから、事故も多発。

 周囲を見渡せば、ガードレールが凹んでいたり、柱が折れ曲がっていたりと事故っぽい痕跡が複数ある。

 

 事故が多いのは幽霊のせい、という人もいて、正直長居はしたくないのだが……ここまで連れてきていた瑞希はどこか楽しそうだ。

 

 

「うんうん、前評判通りエグいな〜」

 

「確認は終わった? じゃあ、入ろう」

 

 

 まふゆも乗り気……というか、さっさと終わらせようと進みたがっているし、ウチのメンバーの半数は怖いもの知らずらしい。

 

 周囲をはっきりと照らせるような光源もない状態で進もうとするまふゆが信じられなくて、私は思わず聞いてしまった。

 

 

「いや、こんな暗い場所を進むのは危ないでしょ。まふゆ、本気なの?」

 

「奏が曲を作れるなら、入る必要もないけど。奏、作れそう?」

 

「え? えっと、ホ……ホラー調の曲なら、何とか……?」

 

 

 イントロをダブルベースに、所々に呼吸音を──と震えた声で奏がまふゆの問いかけに答えているものの、それではまふゆの満足のいく答えにはならない。

 

 

「その曲で誰かを救えるのなら、行かなくてもいいけど」

 

「うぐっ」

 

「曲、作り続けるんだよね? なら行くよ」

 

「…………うん」

 

 

 まふゆを先頭に、奏も瑞希もトンネルの奥へと入ってしまう。

 あまりにもあっさりと入ってしまう3人に、私は大きな溜め息を漏らした。

 

 

(この際、ホラー調の曲でも幽霊が救えたら何でもいいじゃん……って思ったのは、言っちゃダメなんだろうなぁ)

 

 

 人は川の流れに逆らえないように、私1人では3人を止めるにはあまりにも無力で。

 唯一の救いは、この薄暗さでは私の顔色がわからないことぐらいだろう。

 

 

(えむちゃんとフェニラン回った時と同じ感覚……これ、皆に顔を見せれないなぁ)

 

 

 きっと心配されるぐらい真っ青になっているであろう自分に苦笑して、せめて態度だけはいつも通りでいようと気を引き締めた。

 

 

 トンネルの中は昼間だとは思えないぐらい真っ暗で、辛うじて点在しているオレンジ色の鈍い光が周囲の視界を確保していた。

 日の暮れた夜のような暗さではなく、まだ日が昇り切っていない朝のような暗さと言えばいいだろうか。

 

 幽霊は置いておくとしても事故が多い理由がよくわかる。

 昼間でも歩くことすら怖いのだ。こんな道、夜に通ってしまったら車が凹んでしまうぐらい運転の難易度が高いだろう。

 

 

「……ただの古いトンネルだね」

 

 

 まふゆは今いるトンネルの暗闇からだと禍々しさも何も感じないようで、鉄壁の無表情だ。

 そして、このメンバーの中には怖がっていないヤツがもう1人いる。

 

 

「そういえばここ、髪の長い女の幽霊が出てくるんだって」

 

 

 さっきまで明るかった顔から一転して神妙な表情のまま、瑞希は調べたであろう情報を語りだす。

 

 

「でも、普通の女の人に見えるから、車で通りかかったひとが『どうしたんですかー?』ってつい声をかけちゃうと。そうすると、ぶつぶつ何かを呟いているんだ。で、何を呟いてるんだろうって耳を澄ませれば……」

 

 

 瑞希は自分の右手を口の横に持ってきて、ほんの少し低い声がトンネルの中に響く。

 

 

「『痛い、痛い……』って声が、聞こえてくるんだってさ。そして」

 

「それを聞いた人が大変なことになるって? はぁ、ありきたりねー」

 

「ちょ、絵名!? 横から雰囲気を壊さないよぉ~っ」

 

「せっかく何事もなく出口まで歩けそうなのに、あんたが脅かそうとするからでしょ」

 

 

 おかげで元々青くなっているであろう私はともかく、奏まで震えているではないか。

 

 出口まで何も起きないから脅かそうと、噂話を引っ張ってくる瑞希を睨みつける。

 私に睨まれた瑞希は肩を竦めて、黙って歩き出した。

 

 出口も近くて、瑞希も撃退して。

 おおよそ思いつく危機を通り過ぎたせいで、私は油断していたのだ。

 

 

 

 

 ──ぴゅーん、カランカランカランと。

 

 

 

 

 暗めの色の何かが私達の足元を横切って、鉄が跳ねるような音がトンネルに木霊した。

 大きさは中型犬ぐらいだろうか。けっこう大きな物体が、甲高い音を響かせた犯人だろう。

 

 そんな大きさの動く物体がいるとは思っていなくて、私の喉は考えるよりも先に悲鳴を上げる。

 

 

「きゃぁぁーっ!? なに何何なのっ、何か今横切ったんだけど!?」

 

 

 冷静な頭は「狸が缶を蹴った」と事実を報告してくれるまふゆの声を処理しているのに、感情面がそれを受け付けてくれない。

 

 

「絵名、大丈夫? ほら、狸だよー。危ない生き物じゃないよー」

 

「……ごめん、ちょっと待って」

 

 

 瑞希にも事実を告げられたことで、ようやく落ち着いてきたものの、私の体はビックリするぐらい悲鳴をあげている。

 

 

 意識外の衝撃。

 自分に近づいてくる素早い物体。

 何かが跳ねる音。

 

 

 それらが引き金になったのか、私の体が右手以外、ジクジクと痛みを訴えてきているのだ。

 

 

(あぁもう! 叫びたくなるぐらい痛いんだけど!? でも、皆に迷惑はかけたくないし……)

 

 

 右手で体を掻き抱くように、私は平気な顔を作る。

 それに瑞希が何かを言いたそうに口を開くものの、その方が音を出す前にまふゆが言葉を発した。

 

 

「あれ、奏は?」

 

「奏ならさっきまでまふゆの隣に……いないわね」

 

 

 痛みを隠して私が答えると、瑞希は大きな声を出す。

 

 

「え、そんなことある? おーい、奏ー!」

 

 

 瑞希の声がトンネルに響くものの、奏の声は聞こえてこなかった。

 

 

「うーむ、返事がないねぇ。こっちも大変なのに、奏ったらどこに行っちゃったのやら」

 

 

 困った顔をこちらに向けてから、瑞希の視線はまふゆの方へと向く。

 

 

「どこかで迷ってたら大変だし、ボクが奏を探しに行くよ。そっちはお願いしてもいい?」

 

「……わかった」

 

「行けそうなら2人で出口の方で待ってて! ボクも奏を見つけたら向かうからさ」

 

 

 瑞希が奏を探しに、来た道を戻っていく。

 私はまだ痛む体に眉を顰めつつ、じっとこちらを見てくるまふゆへと目を向けた。

 

 

「ねぇ、まふゆは行かないの?」

 

 

 正直、今回のまふゆは奏が曲を作れるように、ということを優先して動いていたので、追いかけないのは意外だった。

 

 そういう気持ちを込めて問いかけると、まふゆはわかりやすい溜め息を吐き出す。

 

 

「今の絵名を放置するほど、私も瑞希も酷くないよ」

 

 

 ……どうやら上手く隠していたつもりだったものは、2人にはバレバレだったらしい。

 

 心做しかムッとしているように見えるまふゆに、私は乾いた笑みしか出てこなかった。

 

 

 

 

 

 






記憶喪失えななんがお化け屋敷を嫌がった理由は原作絵名さんとは違って、こういう姿を見せたくなかったっていう理由でした。


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