既に前話で作者の調査能力と解釈力不足が見えてますね……申し訳ございません。
あって良かった、過去捏造タグ。ありがとう、オリジナル展開タグ。
知らない人とボイチャしてるつもりが、全員知ってる人で世間は狭いなーっていう展開、私はアリだと思います!
(今回、後書きにオマケありです)
雪平先生の教室が休みの日以外は毎日通う生活を続けている状態で、6月に突入した。
今日ばかりは個展優先で絵画教室は休みにしたのだが、ほぼ毎日行っていたせいか1日でも行かないだけでそわそわしてしまう。
(今日は何としても目的を達成しなくちゃ)
落ち着かない気持ちを気合いで覆い隠して、お父さんの個展の手伝いをする。
設営の準備やら午前中は受付の手伝いをしつつ、声をかける相手を脳内でリストアップして、準備完了。
中学生のお手伝いで慎英先生の娘ということもあり、午後からは自由時間になったので、脳内リストはすぐに使われることになった。
「──さん、お話しどころか私の相談にまで乗ってくださり、ありがとうございました」
「いやいや、僕も君みたいな子は応援したいからね。力になれたのなら嬉しいよ」
両手では足りないぐらいの人に声をかけて、片手で数えるぐらいの人と話しただろうか。
私よりも何歩も先を行く先達ということもあり、知りたいことだけでなく色々な話を聞くことができた。
時間としては数時間。それだけの時間で絵画教室を休んでしまった後悔が吹っ飛んでしまった。
(ただ、話を聞いただけじゃダメよね。7月の後半からは夏休み……しっかり準備しよう)
まだ6月の初旬なのに気が逸ってメモを書き込む。
それでも数分で終わってしまい、手持ち無沙汰になってしまった。
またお手伝いに戻ってもいいけど……と、考えたところで、そういえば記憶を無くしてからの私はお父さんの絵をじっくりと見てないことを思い出した。
今後の参考の為にも、きちんとお父さんの絵を見た方が良いかもしれない。
そう思った私はお手伝いに戻ろうとしていた体を方向転換させて、館内を見回ることにした。
東雲慎英とは、彼自身の名前だけでも人が集まり、外国からも彼の絵を見に日本に来る人もいるぐらい、有名な芸術家である。
血の繋がりという立場からであれば身近でありながらも、目指す場所からすると雲の上の存在である父親の絵は、彼と私の距離をはっきりと突きつけてくる。
──それを見てすごいな、とは思う。
でも、私はやはり『あの子』ではないからだろうか。
この絵を見ても憧れることもないし、『お前が目指す場所はここじゃない』と言われているようにも感じるのだ。
技術や表現的には参考にするべきだし、絵1本で我が家を支えるその立場は画家として目指したい場所だ。
それなのにこの絵を描きたいかと聞かれたら、何かが違うような……?
「うーん?」
わざと声を出して唸ってみるものの、今感じている感情を上手く言葉にできない。
とりあえず参考になる表現の仕方や描き方など、わかる範囲もわからないところも断片的に、メモに書き残しておく。
これがいずれ、ヒントになればいいなー、なんて。そんな調子で気になっていた絵を全部、余すことなく確認した後。
他にも何か興味のセンサーに引っかからないかと思いながら、きょろきょろと歩いていた時、絵ではない別の存在がセンサーに引っかかった。
(うん? あの子……)
真っ白なゼラニウムの絵の前に立ち、勿忘草色の瞳でじっと絵を見つめている制服姿の少女。
どこにでもいる、と形容するにはあまりにも美形で、どこか物憂げな表情に自然と目が惹かれる。
紫の癖のある髪を1つにまとめている彼女の雰囲気が、自分とどこか似ているなと思った瞬間にはもう、声をかけていた。
「あの、迷子ですか?」
「え?」
辛うじて残っていた理性の容量は『服装はスタッフと同じモノだし、タメ口はダメよね?』という無駄なことに使われて。
思わず、ナンパ下手な不審者か!? と心の中でツッコミしてしまうぐらい、変な言葉を投げかけてしまった。
おかしな声かけをされた被害者の少女はというと、驚いたように目を見開いてから、すぐに笑みを貼りつけて首を横に振る。
「迷子じゃないですよ。母と一緒に来たのですが、今は別行動中なんです」
それはそうだ。
私と同じか、違っても1歳ぐらいの歳の差であろう少女が個展の中で迷子になる方が難しいだろう。
困った顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、私は上擦った声で謝罪を入れる。
「こんなところで迷子になる方がおかしいですもんね……変なことを言って、本当にすみません」
「いえ……でも、そう声をかけたってことは、何か理由があったんじゃないですか?」
少女は細めた目でこちらを見据えつつ、小首を傾げた。
言外に「話してくれるよね?」と言われている気がして、こちらは乾いた笑みを浮かべることしかできない。
「その、何となく私と同じような感じがしたので。あなたもそうなのかなぁと思っちゃったと言いますか」
「もしかして……あなた自身が迷子だったり?」
「違うけど!? って、すみません、また変なことを言っちゃって!」
いくら何でも記憶喪失の私と同じように思うのは、あまりにも相手に失礼過ぎる。
そう思うのにまだ、目の前の少女から迷子という印象が消えてくれなくて、私は改めて彼女を観察した。
(……改めて見てもめちゃくちゃ顔がいいな、この人)
学校にいたらクラスメイトや後輩からも慕われて、色々と大変そうな『優等生』っぽい雰囲気。
少女漫画から誘拐したか、実は芸能関係者ですと言われても納得できる綺麗な顔と、眩いオーラ。
外だけ見れば私とは反対側にいそうで、どちらかというと愛莉みたいな子を『理想の良い子ちゃん』で飾り付けたように見える。
それでも似てると感じたのは、きっと話しかける前に見た彼女の顔のせいだろう。
あの物憂げな顔を見た瞬間、迷子なのかもと思ってしまったのだ。
だが、それは私の勝手な感想なので、急いで取り繕うような言葉を口に出す。
「変なことを言ってしまって、本当にすみませんでした。この事は記憶から抹消してもらえると、私も嬉しいなー……なんて。あはは」
「そう、ですか」
……ああ、またあの『雰囲気』だ。
鍵のかかった扉を開きたいのに、手に持っている鍵では開くことができない──そんな悲しそうな表情を見てしまうと、途端に無力感に襲われた。
ちゃんと見えているのに、今の私では何もしてあげられないと思ってしまって、もどかしい。
絵の前で佇んでいた彼女の様子を見る限り、父の絵でも彼女の心を動かすには不十分だったのだろう。
なら、それよりも実力のない私では無力だ。何もできない己の無力さが悔しい。
だから、せめて何か伝えられないか、何か言えないか、と。
頭の中にある数少ない語彙を必死に探して、拙い言葉を吐き出した。
「その、迷子って自分で探して見つけるか、相手に探してもらって見つけてもらうしかないですよね」
「え? えぇ、そうかもしれませんね」
「だから、えぇと……お互い、探してるものが見つかれば良いですね」
余計に混乱させてしまうだけかもしれないし、心当たりもない不審者の言葉なのかもしれない。
でも、彼女は確かに何かを探しているような、迷子みたいな目をしていたのだ。
私自身もそう感じた理由はわからないけれど、それでも言いたいことは今、伝えられたと思う。
勝手に満足した私とは対照的に、好き勝手言われた彼女は困惑しているのか、哀れなぐらい固まってしまった。
そうしている間にも、少女に似た髪色の女性が「──ゆ!」と名前らしい何かを呼んでいて、何となく目の前の彼女が呼ばれているのがわかってしまった。
「後ろ、ご同行の方が呼んでるみたいですよ」
「あっ……」
少女が何か言いたそうに口を開くものの、開かれた口が言葉を紡ぐことはなかった。
待っていたら何か言ってくれるんじゃないかと黙っていると、視界に映る女性が再び彼女の名前らしい単語を口に出す。
「行かなくても良いんですか?」
「……行かなきゃ、いけませんね」
少女は軽く会釈してから、名残惜しそうに女性の元へと走っていく。
名前を呼ぶ声は聞こえにくかったのに、話している内容は何となく聞こえてきて、私は思わずため息を吐いた。
(どこの誰かもわからないおかしな子に変なことを言われても、相手にしちゃダメ……ね。その通りだけど、私が聞こえるところで言うなっての)
『どこの誰かもわからないおかしな子』だと言っている相手が、この個展を開いている人の娘だと知ったら、態度を変えてくるのだろうか。
名前しか見てなさそうな相手に、気に入らないな、と心の中で吐き捨てる。
視界から消えてくれない女性から目を背けてから、私は改めて少女が見ていた花の絵を見た。
スマホを取り出してから便利な検索エンジン様に教えを乞う為、親指を滑らせる。
(ゼラニウムの花言葉はーっと。真の友情、尊敬、信頼。へぇ、英語とかだと『育ちの良さ』とかあるんだ。じゃあ……何でお父さんは白のゼラニウムを描いたんだろ?)
検索結果の1番上に出てくるサイトに、『白のゼラニウムは海外では嫌いな人に贈られる花だ』なんて書かれていて、思わず苦笑い。
この絵は白色が最大限に活かされた良い絵だとは思うけれど、花を知る人からすればあまり良い絵ではなさそうだ。
花を描く時は題材も大事にしようかな、なんて白々しいことを考えて思考を他所に置いている間に、少女と女性の姿は消えていた。
(あの子の制服……宮女のだったよね)
宮益坂女子学園こと、宮女。
中等部と高等部がある中高一貫校であり、所謂『お嬢様学校』で、偏差値も高め。
近所にある神山高校も悪くはないけど、学校のイメージ的にはゼラニウムの『育ちの良さ』という花言葉にはピッタリであろう学校だ。
病院であった金髪の女の子も宮女に通うって話で、紫髪の彼女も宮女の制服だったので、女の子の進学先としては人気なのかもしれない。
うちの学校でも進学先に困ってたら宮女と書いとけって風潮があるので、無難な進学先の1つになっている記憶がある。
(そういえば私の進路……保留にしたままだっけ)
進路。
中学2年生の夏付近から、仮でも書かなきゃいけない面倒な項目。
(自分の実力も何もわからないのに、進路を決めろって言われてもね)
記憶を無くす前の東雲絵名なら、美術系の学校に行っていたのかもしれない。
だが、記憶を無くす前の絵名がしそうな生き方をなぞるような選択をして、本当に良いのだろうか?
囲むように飾られている雲の上にある絵達が、挑発的に問いかけてくる。
──他の画家を目指す人と同じことをして、私がこの場所にいる意味を証明できるのだろうか?
(……いや、今は自分の足場を固める時だから。今度、夏のアートコンクールに送った結果も出てくるし、進路は1年後からでも挽回できるでしょ)
迷ってしまいそうなぐらい、複雑怪奇に広がる個展の絵達から目を逸らし、私は来た道を引き返す。
1つ1つ問題を乗り越えて、積み上げたらきっと……モヤモヤとしたこの気持ちも解決すると自分に言い聞かせて。
今はただ、前だけを向いて後ろを見ないように、目を逸らした。
記憶喪失えななんは記憶を無くしたので
記憶喪失えななんとその子、同じ迷子状態でも全然違うんですけどね……
というわけで、ニーゴ結成前のメンバー・第1遭遇者は朝比奈まふゆさんでした。
☆★☆
《???》
お母さんに連れられて、有名らしい人の個展に行った。
この絵がいい、あの絵が綺麗、と。
娘には一流の人の作品を見せて、目や情緒を養わせたいとお母さんは言う。
果たして本当に養えているかはわからなかったが、お母さんが『良い』というものを暗記することはできた。
心が動く、感動する……そう言われてもわからなかったけれど、お母さんが良いと言うのなら良いのだろう。
その程度にしか、思ってなかったのだけど。
お母さんと一緒に歩いている時に見た、親子に向かって楽しそうに話す女の子が気になった。
たぶん、同い年ぐらい。つまらなさそうな小さい子に目線を合わせて、あっちの絵はー、こっちの絵はねーと話しつつ、女の子は笑う。
そうすると小さい子もだんだん目を輝かせるようになって、まるで魔法を使ったかのように、楽しそうに笑った。
だからなのだろうか。その姿が、どうしようもなく眩しく見えて。
小さい子を真似するように絵を見てみても、他の絵と何も変わらないように思えて。
あの子に解説してもらえば、何かがわかるのだろうか。
そんな期待を胸に、お母さんが友達と話している隙に「作品を見てくる」と言って別れた。
あの女の子も絵を見回っているのを目視で確認したので、自然を装って絵の前に立つ。
彼女はこの絵をどういう風に教えてくれるのだろう。私はそれを知りたかったのだ。
残念ながら……結果的には望んだ解説を聞けなかったけど。
──あの時間は悪くはなかったと、不思議なことにそう思った。