不穏さがマシマシなので、恒例の幕間で中和です。
ゆるふわ犬耳穂波さんなら前回の流れも中和できるはず。
「あ、朝比奈先輩と東雲先輩。こんにちは」
「こんにちは、望月さん」
まふゆと宮益坂を歩いていたら、しょんぼりとした顔の望月さんと出会った。
最初にこちらに気がついた望月さんが頭を下げてきて、隣にいたまふゆも優等生スマイルで頭を下げる。
私も頭を下げると、望月さんの手にあった袋が目に入った。
アップルパイが美味しいと有名なパン屋さんの袋が1つ。
あの店のアップルパイは結構ずっしりしているので、1個だけでも腹持ちが良いんだ〜って瑞希が言っていた記憶がある。
そのお店の袋を手に持っているということは、目的の品物を買えたはずで。
それなのに元気がないのは、どうしてだろうか?
不思議に思いつつも、私は顔に出さないように話を振る。
「望月さん、こんにちは。その袋はアップルパイ? 箱入りってことは結構買ったんだね」
「いえ、本当はこの倍以上買いたかったんですけど……なかったので5つで我慢したんです」
(え、5つで我慢ってどういうこと……? え、5つって我慢レベルの数字なの? 嘘でしょ?)
ニーゴでもよく食べる方の瑞希でも『腹持ちが良い』と評価するアップルパイを5つ買っても足りないとは、恐ろしい話を聞いてしまった。
倍以上ってことは10個は買うつもりだったと?
パン換算しても10個食べるのは中々至難の業というか、大変なのだと思うのは私だけ? 私がおかしいの?
まさか望月さんが冗談みたいなことを、困ったような顔で言うとは思っていなかった。
さらりと言った言葉は嘘ではないようで、私の聞き間違いであって欲しいぐらい本気みたいだ。
本気で言ってるとわかっているのに、どうしても聞き間違いの可能性を捨てられず、私は助けを求めて隣を見る。
しかし、隣に立っているまふゆは時間でも止められているかのように、ピタリと固まっていた。
(まふゆ、笑顔のまま固まってる……)
優等生フィルターがあっても、どういう答えを弾き出せばいいのか、迷うこともあるらしい。
これはまふゆを頼れないな、と早々に見切りをつけて、私は思いついたことを口に出した。
「望月さんはこの後、予定とかある?」
「予定ですか? 買ったこれを食べるぐらいですけど」
「あぁ、もしかして皆で食べる用?」
一歌ちゃん達で食べるなら誰か1人は1個多く食べる計算になるものの、現実的な数字だろう。
それならまだ、最初の予想よりあり得る話だと、私は1人で納得する。
……納得したのに、望月さんは微笑みながら首を横に振った。
「いえ、1人で食べますよ」
(本当に1人で食べるんだ!?)
そもそも、パン屋さんで売っているアップルパイはそんなに長持ちするようなものではない。
長くても明日。冷蔵すればギリギリ明後日いけなくもないかもしれないけど、それにしても数が多い。
物理的に胃に入るのかという心配もあるけれど、エネルギー的に食べて大丈夫なのかという心配もある。
(……そういえば、こいつも結構食べるタイプなのよね)
隣で静止しているまふゆに視線を向ける。
何を隠そう、味覚がわからないはずのまふゆも食べようと思えば、ビックリするぐらいパクパク食べるのだ。
上から下までまふゆを見てから、望月さんも頭から爪先まで眺める。
私の奇行に望月さんが首を傾げていたものの、私の頭にはそんなことが気にならないぐらいの天啓が舞い降りていた。
(ハッ! ……まさか。ありとあらゆる過剰なカロリーが胸に……!?)
まふゆも望月さんもスタイル抜群。
私が持ってないレベルのものを持ってなお、スラリとした姿を維持している2人。
──その共通点が『よく食べる』なのだとしたら。
「私も沢山、食べたら大きく……?」
「絵名、突然何を言ってるの?」
こっちは本気で考えていたのに、まふゆにバカを見るような目を向けられていた。
私自身もバカなことを考えている自覚はあるので、なにも言い返せない。
私もまふゆも黙っていると、蚊帳の外になってしまった望月さんが質問を投げかけた。
「東雲先輩達は揃ってお出かけですか?」
「あー、私達は今から家でアップルパイを作る予定だったの。そういう意味では、奇遇だったのかな」
頻度は減ったものの、まふゆの食べ物関係のアプローチは続いている。
最近では1番まふゆの反応が良かった林檎系のお菓子を作っていて、今日はアップルパイを一緒に作る予定だったのだ。
お父さんが仕事先の関係者から林檎の段ボールを2つぐらい貰ったことにより、林檎の消費は急務。
食べるのも焼き林檎も飽きてきたので、まふゆと料理するついでにパイを量産して、ばら撒く予定だった。
(彰人達やセカイに持って行っても限界はある。それに、私の勘違いでなければ、望月さんはアップルパイを沢山食べれるみたいだし……なら)
私は家に積み重なった段ボールを思い浮かべながら、首を傾げている望月さんに話しかける。
「ねぇ、望月さん。提案があるんだけど──」
……………………
宮益坂にて望月さんの説得に成功した私は、まふゆと望月さんを自分の家に招き、キッチンに立っていた。
お母さんも弟も出かけているので、家には誰もいない。
スーパーで追加の材料も仕入れたので、心置きなく林檎を消費できる準備ができた。
1つは一緒に作りたいと言ったまふゆにエプロンを渡し、望月さんに声をかける。
「望月さん、急にごめんね。今から追加でアップルパイを作るけど……望月さんも食べちゃう?」
見本とお土産用に先に幾つか、焼いて冷蔵庫に冷やしているものがある。
まふゆにも最初は食べてもらおうと思っていたのでそう尋ねたのだけど、望月さんはやんわりと否定した。
「折角、招いて貰ったのでわたしも手伝いますよ」
「そう? 色々準備があるから1つぐらい食べて貰っても良いのに……望月さんって料理は得意だって聞いたけど、お菓子作りも大丈夫そう?」
「はい。レシピさえあれば」
「じゃあ、今日使うレシピを渡そっかな」
私はまふゆにアップルパイを1個渡してから、お菓子のレシピをまとめているノートを望月さんに手渡す。
林檎の段ボールを1個開けてから望月さんの方を見ると、望月さんはまじまじとレシピを見ていた。
「望月さん、何かわからないことがあった?」
「あぁ、いえ。わかりやすいのでその辺りは大丈夫なんですけど……このノートの絵みたいに可愛い字が何処かで見たことがあって」
(絵みたいに可愛い字……褒められてるのかな?)
望月さんが考えている間に、とりあえず1個林檎を手に取ると、まふゆも隣に来た。
「もう食べたの?」
「うん、手伝うよ」
「ありがと。なら、一緒に林檎を剥こっか。そのまま包丁で剥ける?」
「……できないと思ってる?」
「別に。切ってから剥くのならまな板を出さなきゃいけないし、包丁が無理ならピーラーが必要でしょ」
そう思って聞いただけだったのだけど、できないのかと煽ったように聞こえてしまったらしい。
黙って包丁を片手に林檎の皮を剥き始めたまふゆの顔は優等生用の猫の皮が吹き込んでしまうぐらい、ムスッとしていた。
「え、すごい。皮、繋がってんじゃん」
「……うん」
その後、私が呟いた言葉によって、すぐに機嫌が良くなっていたのだけど。
(まふゆの方はこれで良いとして。望月さんは何をしているのかなー)
「宵崎さんのレシピと同じ文字なんだ……!」
私が振り返るのとほぼ同時に、望月さんがそんなことを言う。
何故そこで奏の名前が出てきて、奏とは程遠く感じる『レシピ』という言葉が出てくるのか。
「えっと、これって東雲先輩が書いた文字ですか?」
その答えは望月さんのスマホの中──見覚えのあるメモの切れ端の写真によって、判明した。
望月さんが見せてくれたのはとある日、奏が倒れていた時に家事代行の人に渡してほしいとお願いしたレシピのメモの画像。
そう、ニーゴが結成する前に奏が倒れて入院した時に助けてくれた家事代行の人にして、いつも奏がお世話になっている人の正体こそ、望月さんだったのだ。
「いつも奏がお世話になっています。ギリギリ奏が生活できているのは望月さんのお陰です」
「し、東雲先輩、頭を上げてください。うぅ……朝比奈先輩、どうしたらいいのでしょうか?」
「絵名も頭を下げたくなっちゃうぐらい、奏が心配なんだと思う。本当なら私も、望月さんには奏がお世話になってますって、頭を下げなきゃいけないんだけど」
「その。おふたりから頭を下げられたら、どうしたらいいかわかりませんし……とりあえず、アップルパイを作りませんか?」
そういえば、アップルパイを作るから望月さんも一緒にどうかと聞いて、家に招いたのだった。
大恩人とはいえ、困らせるのは本意ではない。
本題通り、アップルパイをどんどん焼いていこう。
……そう、気合を入れたは良いものの、拍子抜けするぐらい経過は順調だった。
奏のお世話マイスターである望月さんに、ムカつくぐらい器用なまふゆ。後は私。
以上3人の布陣で何か事故を起こす方が難しく、あっという間にアップルパイが焼き上がった。
望月さん1人で20個持って帰ると言ってくれたので、配りまわる分も含めて2箱あった段ボールは全てパイに変身。
既に5個、パン屋さんで買っていたはずなのに追加で20個もどうするのか気になるところだけど、望月さんも皆にプレゼントすると言っていたので、仲良く分けるのだろう。
……まさか殆ど食べることはないと思うけど、怖くてそこまでは聞けなかった。
「望月さん、今日はありがとう。すっごく助かっちゃった」
「こちらこそこんなにお土産ありがとうございます。東雲先輩達と作ったアップルパイ、すごく美味しかったです。残さずいただきますね」
宮益坂で見たしょんぼりとした顔はどこにもなく、望月さんは満面の笑みを浮かべる。
望月さんが言うのであれば、とんでもない数のアップルパイもどうにかなるのだろう。
この短時間でおかしな信頼感を私は得ていた。
こちらの都合に巻き込んだのに、最後には楽しそうに帰ってくれた望月さんを見送り、私は隣に立っているまふゆへと目を向ける。
「今日はいつもと違って他の人も入れて作ったけど……どうだった?」
「どうって?」
「嫌だったなら、もうこうやって巻き込むのはやめようかなって」
「……わからない。けど、悪い気はしなかった、と思う」
胸に手を当てて、目を閉じるまふゆは私から見ると嫌そうには感じない。
相手が望月さんだったのも良かったのかもしれない。
次があるならまふゆの親しい人とやるのが良さそうだ。
「そっか。じゃあ今度は瑞希や奏も誘ってみよっか」
「奏もって、大丈夫かな」
「いや、流石に大丈夫でしょ……大丈夫よね?」
アップルパイを作っている間、望月さんから奏の家事代行中の話を聞いてみて。
奏があまりにも曲に一極集中し過ぎて、生活が綱渡りそうな話ばかり出てきたので、今だけはまふゆの言葉に自信を持って返せなかった。
先に宣言しておきますと、スケッチブック君は次回のイベストの後、再び封印される予定です。
出番だーっと羽を伸ばしてられるのも今のうちですね。
スケッチブック君「えぇっ!?」
次回は前回のイベスト編にて出番を削られたメイコさんが出てきます。