ニーゴの面々が描かれたスケッチブックとお土産を手に持って、私はセカイにやってきた。
セカイにやって来ると、今日はまだ誰も来ていないようで、ミクとリンが仲良くあやとりをしている。
「ミクとリンは今日も元気そうね」
「絵名、いらっしゃい」
「来たんだ。また何かあったの?」
「リンの言う通り、何かあったといえばあったのかな。いつものこれ、やりたくてメイコを探しに来たのよね」
ヒラヒラとスケッチブックを振ると、ミクもリンもいつものだとすぐに理解してくれた。
メイコがいるらしい場所を教えて貰ってから、私は2人にお土産のクッキーを渡す。
メイコの分は分けたので問題なし。後は2人で食べてもらうことにして……と。
(さて、メイコはどこかな)
珍しいことに今日はまだ、セカイには誰も来ていないとのこと。
なら、メイコもすぐに見つかるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に近くを探していたら、希望通りに茶髪のの後ろ姿が見えた。
「メイコ! よかった、思ったより早く見つかって」
「……何の用?」
「メイコの絵、描かせて欲しくて。お礼も用意してるし、ちょっと時間をもらってもいい?」
クッキーの袋をチラつかせると、メイコは私と袋の間で視線を彷徨わせる。
頭の中で色々と考えたのであろうメイコは、短く息を吐き出した。
「勝手にしなさい」
「ありがとう、メイコ! あ、これお土産ね」
「……貰っておくわ」
クッキーを押し付けて、私は早速メイコを絵に描く。
いつものようにアタリをつけて、鉛筆で形を作る。
絵はいつも1枚目は水彩画にしてるので、今回の絵もそうする予定だ。
そういえばメイコに似合う赤色が残っていたかな、と頭の中で考えながら描いていると、珍しくメイコの方から声をかけてきた。
「こういうものって、動いてもいいの?」
「もしかして止まってくれてたの? 気遣ってくれてありがとう」
「絵のモデルって話だったから」
「それで頑張ってくれるなんて、メイコは優しいよね。モデルなんてプロじゃなければ静止できないし、ちょっとぐらいは大丈夫よ」
プロは裸であろうが堂々と恥ずかしげも無くバッと脱いで、数十分同じポーズを動かず維持できる。
しかし、そんなの普通の人ならできるわけがない。
3分ぐらい静止していたメイコはすごいなと、こっちが驚いたぐらいだ。
座ったまま気楽にしてほしいと話すと、メイコは手元にあったクッキーを開ける。
中をじっと見た後、1つ摘んで口の中に入れた。
「美味しい」
「ほんと? なら、作った甲斐があったかも」
「態々作ったの?」
あまり表情を変えないメイコが珍しく、目を見開いている。
そんなに驚くようなことがあったのだろうか。首を傾げていると、メイコはその理由を話してくれた。
「このクッキーはミクやリンが好みそうな味ではないわ。あなたならあの子達の分も用意してるはずだし、別で作ったのでしょう?」
「そういうの、わかるんだ。まぁ、メイコには絵のモデルになってもらうんだし、それぐらいはね」
「……そう」
メイコは何か言いたそうな目をしていたけれど、口に出すことはなくクッキーを食べる。
半分ぐらい食べた辺りで手を止めたメイコが、今度はじっとこちらを観察してきた。
絵を描くためにメイコを見る私と、暇なのか私を見るメイコ。
(何これ。先に笑ったら負けだったりする?)
互いに互いを見ている状況に、ちょっとおかしなことを考えてしまう。
変則的な睨めっこでも始まるのかな、とか。
馬鹿みたいなことを考えてみるけれど、メイコはただ、こちらを見ているだけ。
メイコ相手にふざけるわけにもいかないので、鉛筆はいつも以上に早く動く。
作業はどんどん進んで絵が形になったところで、メイコが再び口を開いた。
「あなたは見守った方がいいのか、わからないわね」
今まで分け隔てなく見守っていたのはメイコなのに、急におかしなことを言ってきた。
個人的には他のメンバーと同じ扱いでいいのだけど、どうしてそう思ったのかだけは気になる。
「わからないっていうのは、どうしてなの?」
興味がないようなフリをして、形になってきた絵に練り消しで手を加える。
メイコの方をチラリと窺うと、彼女はその理由を口に出した。
「他の人が普通のコップなのだとしたら、あなただけは蓋つきな上に、開かないように固定されたコップよ」
「それはまた、飲むのに困りそうというか、欠陥だらけのコップね」
「ええ。何かの拍子で蓋がズレたり、歪んだりしないと中身が漏れない、厄介なコップだわ」
固定された蓋つきのコップなんて、それはまた私の厄介さを適切に表している話だ。
リンから話を聞いているのか、メイコは後から来たはずなのに、的確に私と皆の差を表現している。
「蓋の方が壊れてくれたら良いけど、今のままだとコップごと壊れそうね」
「ふぅん。じゃあ、メイコはどうするの?」
「基本的には何もしないわ。私は見守るだけだと言ったはずよ」
本当に何もするつもりがないのか、メイコはクッキーを口の中に入れる。
鉛筆が走る音の中にクッキーの咀嚼音が聞こえてきて、私は耐えきれずに笑ってしまった。
「うん、メイコはやっぱり優しいよね」
「これは優しさと言うのかしらね」
「私のことを考えてそれを選んだのなら、優しさでしょ」
「あなたはそう思うのね」
「メイコ自身はそう思ってないって顔、してるけどね。私は優しいと思うかな」
見守るだけだと言いつつも、何か言えないかと言葉を探しているところも含めて。
一見、そっけないし冷たく感じるのに、よく見ると見えてくる仄かな暖色が良いなと思うのだ。
(メイコは絵のモデルとしても面白いよね)
とはいえ、私だけ楽しむのは題材になって貰っているメイコに申し訳ない。
クッキーも大量にあるわけじゃないので、何か話題を振ってみようか。
「メイコって瑞希と結構話すの?」
「……どうしてそう思ったの?」
「いや、メイコに絵を描かせてほしいって言っても断られそうだなーって話をしてたら、瑞希が『メイコは優しいから、こっちからお願いしたらちょっとぐらいは大丈夫だよー』って」
「……そう」
メイコは嫌そうに目を細め、またクッキーを1摘み。
瑞希の話はしない方が良かったのかと後悔しかけたのだが、メイコの目の色がほんの少しだけ変化した。
(へぇ。メイコってあんな目もできるんだ)
いつも1歩引いていて、揺らがない目でこちらを観察している目しか見たことがなかったのに、今のメイコの目はびっくりするぐらい優しかった。
(あんなの見たら、目の表現変えたいかも。やっぱり絵を描くのは良いな)
メイコの別の一面も見れて大満足な私をおかしいと思ったのか、モデルの方から訝しげな目を向けられる。
「本当に絵を描いてるの?」
「そう疑わないでよ。描いてるから」
描いている途中の絵を見せると、メイコも納得してくれたらしい。
まじまじと絵を見てから「ならいいわ」と引き下がってくれた。
「メイコはモデルとして描き甲斐があるよね」
「そうなの?」
「うん。誰を描いても楽しいんだけどね。メイコの新しい面を知れるっていう点で、描き甲斐があるなって」
メイコのことを知れているように感じるので、そういう補正もあって楽しい、というのが正しいのかもしれない。
「メイコってカウンセラーみたいよね。確かに、そういう人は私達の周りにはいなかったし、必要なのかも」
「カウンセラー?」
「年上で私達に近いようで、距離を取って客観的に見ようと徹してくれてる。話も聞いてくれるし、基本的に『関わらない』ってスタンスでしょ。何か相談しても誰かに漏れないかもっていう安心感ってカウンセラーかなって」
「……あなたにはそう見えるのね」
メイコは最後のクッキーを口に入れて、再びこちらに視線を向ける。
特に何も言われていないのだけど、空っぽの袋を持ったメイコに見られていると急がなくてはと気持ちが前のめりになってしまう。
とはいえ、早く完成させるのを優先して最後の方が雑になってしまうのは、モデルになってくれているメイコに失礼だ。
何か話題がないかと頭の中で探していたら、メイコの方から声をかけてきた。
「完成するまで待ってるから、気にしなくてもいいわ」
「それは……いくら何でも」
「我儘は自分のためにするものであって、他人に合わせたらそれは『我儘』にはならないわよ」
折りたたんだクッキーの袋をメイコはこれ見よがしに揺らした。
それだけでメイコの言いたいことがわかってしまって、私は詰まらせた言葉を無理矢理吐き出す。
「その発言は『見守る』に入るの?」
「見守るのと、放っておくのとは意味が違うわ」
「なるほどね。メイコはズルくもあると」
そんなやり取りをしている間に絵の下描きが完了し、動く意味を失った鉛筆はスケッチブックの上で止まる。
「終わった?」
「うん、後は色をつけていくだけ。ありがとね、メイコ」
「描けたのなら構わないわ」
メイコをその場に留めておく大義名分もなくなったということは、メイコがその場にいる理由もないわけで。
メイコは手を軽く振ってから、そのままどこかへ歩いていく。
メイコはまた『見守る』姿勢に戻るようで、私はその背中を見送った。
(メイコを1人描くのもいいけど、どうせならメイコも揃ったセカイの絵も描こうかな)
このセカイにはまだまだ人が増える。
そんな予感がするので、その時その時の絵を描くのも良いなと思うのだ。
「そうと決まれば……」
口の中で呟き声を飴玉みたいに転がして、途中から隠れてこちらを窺っている金髪と白髪の方へと視線を向ける。
(ずっと隠れている2人を引っ張ってきて、絵を描かせてもらおうかな)
何が楽しいのか、メイコの絵を描いている間、ずっとこちらを見ていたようだし。
私の方も思う存分、絵を描くために2人を観察させてもらうとしよう。
「ミク、リン! そこにいるのはわかってるから、ちょっと出てきて絵を描かせて貰ってもいいー?」
「わっ」
「はぁ。やっぱりバレてた」
ミクは目を見開いて、リンが視線を下に向けながら溜め息を溢す。
ミクはともかく、リンの方はそんなに絵のモデルが嫌だったのだろうか。
「……絵を描かせてもらうだけなんだけど。そんなに嫌だった?」
「隠れて見てたのを見つかったら、気まずい」
「ああ、そういうこと。じゃあ……描かせて貰ってもいい?」
リンの言葉に納得した私はスケッチブックを見せて、2人にお伺いを立てる。
クッキーという賄賂が功を奏したのか、この後、曲を聴かせにきた奏が現れるまで思う存分、絵を描かせてもらった。
実はこの作品のメイコさん、記憶喪失えななんがあまりにも危なっかしいので、ハラハラしながら見守っています。