イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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わくわくピクニック前の前振りです。




85枚目 見逃したこと

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 

 部屋に入ったら、机の上に見覚えのあるヤツがいた。

 私は慌ててリビングに向かい、料理の仕込みをしているお母さんに声をかける。

 

 

「あぁ、絵名。おかえり」

 

「ただいま。ねぇ、廊下に出してたゴミって全部捨ててくれた?」

 

「うん、かなり頑丈に縛られていたアレよね? 紙しか入ってないみたいだから、丸ごと捨てたけど」

 

「そっか。ありがとう、お母さん。部屋に戻るね」

 

 

 自室に蜻蛉返りして、改めて机の上を確認。

 

 傍に置かれたパソコンや液タブよりも堂々と、机のど真ん中を占領する憎きヤツ──スケッチブックが存在を主張していた。

 

 

「くっ……こんなもの!!」

 

 

 捨てた筈のヤツが、脱出マジックでも使ったかのように机の上に鎮座いている姿を見て、私の怒りは天井へ。

 私は筆立てに立てていたカッターを握り、頭上よりも上に振り上げながら刃を全部出してしまう。

 

 どうせ危害を加えられない。

 頭ではわかっているのに、私はスケッチブックを押さえつけ、ヤツに向けてカッターを振り下ろした──っ!

 

 

「っ! ……なんでよ」

 

 

 はずなのに、私の手はスケッチブックを傷付けることはなかった。

 

 

「なんで……」

 

 

 それどころかズタズタに引き裂いてやりたかった衝動も萎んでしまい、おやつを食べようとか、絵を描こうとか、別の思考に流れていく。

 

 

「なんで、なのよ」

 

 

 ──このチャレンジは何回目だっただろうか。10を超えてからは数えていない。

 

 スケッチブックを直接手を加えられないから、私は間接的に処分しようとしたのに、失敗を重ねていた。

 

 お母さんに捨てて欲しいと頼んでも、机の上にしれっと戻って来て。

 彰人に何処かへ捨てて来てと預けても、数日も経たずに引き出しの中。

 

 窓に捨てても奇跡の生還を目の前で成し遂げ、破り捨てたり汚そうとしようものなら根本的な思考から流そうとしてくる。

 まるで私が改造でもされているかのようだ。本当に気持ち悪い。

 

 遠くに捨て置いても勝手に戻って来て、私が直接危害を加えることは不可。

 

 自分ができないのであれば、他人に処分してもらうのが1番。それは理解しているのだ。

 

 だけど彰人に頼んだ時、自分が弟を殴ってまで止めようとしていることに気が付いて、慌てて彰人を止めた失敗談がある。

 スケッチブックがオカルト過ぎて、自分が何をしてしまうかもわからなくて……そう簡単に他人を頼れなくなった。

 

 

(また、失敗か。やっぱり、鍵なんてあっても意味ないのかな。また思いついたら試そ)

 

 

 最近は私が持ち出しそうになったり、勝手についてくるようになったソレを机の中に封印する。

 このまま部屋にいても良いけれど、スケッチブックが気になって集中できないのは明白だ。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、スマホに1つの連絡が来る。

 久しぶりに遊ばないかという誘いに、私は迷うことなく飛びついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「絵名、こっちよ。こっち!」

 

 

 待ち合わせ場所である交差点に向かっていると、そんな声が聞こえてきた。

 声の方には今日、タイミングよく連絡をくれた愛莉が手を振っている。

 

 いつもの私服に白いバケットハットを合わせているのは軽めの変装なのだろうか。

 象徴的なピンクの髪に合っていて、愛莉に似合っていた。

 

 

「お待たせ、愛莉。その帽子、可愛いね。変装目的でもオシャレとしてもいいじゃん」

 

「でしょう? 今度紹介するわ」

 

「うん、よろしく。ところで……」

 

 

 私は小走りで愛莉に近づき、小声で尋ねる。

 

 

「連絡にあった件は確かな情報なの?」

 

「えぇ。あのカフェの和風デザートフェアで、抹茶のパンケーキや餡子のチーズケーキが出てくるわよ」

 

「くっ、私としたことが。SNSで表面上の情報だけを漁って、知った気になっていたわ……!」

 

 

 愛莉と今から向かうカフェのデザートは通常で提供されるものも、期間限定商品も絶品だと言われている名店。

 

 私もそのフェアがあるという情報は知っていたので愛莉と共有していた。

 

 けれども! 大きく掲載されていたパフェや抹茶とチョコのケーキ、後は団子や大福類ぐらいだろうと思っていたフェアにパンケーキやチーズケーキも紛れ込んでいたのだ!

 

 普段、瑞希からSNS中毒じゃないかと言われる私なのに、なんたる失態。

 悔しくて震える私に、愛莉は手を腰に当ててニヤリと笑う。

 

 

「絵名が黙っているのも珍しいから、声をかけたのだけど……その様子だと、正解だったみたいね」

 

「うん。本当にありがとう、愛莉」

 

 

 情報を惜しみなく提供してくれた上に、こうして付き合ってくれる愛莉に、私は両手を合わせて拝む。

 足を向けて寝れないとはまさにこのことだろう。別に、足を向けて寝る予定なんてないけれども。

 

 そんなバカなことを考えていると、愛莉が首を傾げた。

 

 

「あ、でも。誘っておいてあれだけど、絵名ってばパンケーキもチーズケーキも食べるつもりなの?」

 

「うっ。太りそうだけど、来週は減らすから大丈夫」

 

「そうなのね。でも、減量するより運動した方が良いんじゃない? 雫も『絵名ちゃんが練習に参加してくれるのは何時かしら』って、楽しみにしていたわよ?」

 

「雫が? えーと……前向きに検討させていただきます?」

 

「それ、やらない人の言葉じゃない」

 

 

 おかしそうに笑う愛莉に何を言っても意味がないようにしか思えなくて。

 私は行き場のない両手を振り下ろし、話題の行き先を変更した。

 

 

「もう、私の体重の話はどうでもいいから! ほら、いい加減カフェに行こ?」

 

「そうね。せっかくここまで来たんだから、早く行きましょう」

 

 

 急かされた愛莉は苦笑いを浮かべつつ、目的地へと歩き出す。

 私も愛莉の隣に並んで歩くと、すぐに目的地に到着する。

 

 普段は和菓子が売りの店なので、私はそこまで来ていないカフェ。

 しかし、愛莉にとっては頻繁に利用している行きつけのお店だ。

 

 慣れた様子で店員さんに声をかけて席につき、愛莉はテキパキと注文する。

 私が紅茶と目的のデザートを2つ、愛莉はフルーツ大福と色んな餡子で作った金鍔を注文。

 

 少し待つと、店員さんが注文していたデザートを持ってきてくれて、机の上にそれぞれ置いていく。

 

 メインメニューでも目玉のメニューでもないので、見た目はそこまで気にしていなかったのだが……良い意味で裏切ってきていた。

 

 

「これは……とんでもなく映えるわ」

 

「ええ、さすがね。こちらの心を鷲掴みにしてきてるわ」

 

 

 スマホを構える私に、愛莉も頷きながらスマホを取り出す。

 こんなに綺麗に盛り付けられたデザート、写真に収めなければ失礼な話だった。

 

 

 最初に写真に収めるのはチーズケーキだ。

 

 上の層がチーズケーキで、その下に餡子とクッキー生地があるのが良く見えるように、1つだけ傾いている。

 黒い皿の周りには生クリームが羽のように添えられていて、皿が1つの芸術になっていた。

 

 

 隣のパンケーキはパンケーキで、とても良い。

 

 薄いのも好きなのだけど、今回は厚めのパンケーキを選択したらしい。

 2枚ほど重ねてタワーにして、頂上には粒あんと生クリーム、栗の甘露煮を飾り付け、全体に黒蜜を添えている。

 

 こちらも黒の皿に盛られていて、周りの抹茶のクリームがパンケーキを引立てていた。

 

 

(流石ね……この店の本気をまた1つ、見た気がするわ)

 

 

 私も絵描きの端くれ。

 自分で作るデザートや料理には盛り付けも拘っているつもりだったが、まだまだだったようだ。

 

 流石はプロ。

 こういう『作品』を見ていると、私の創作意欲も刺激される。

 

 

「愛莉の注文したものも色が豊富で、写真に撮ったら良い感じになりそうじゃん」

 

「ええ。前回行った時に目をつけてたのよ」

 

 

 4種類ぐらいのフルーツ大福は半分に切られて盛り付けられており、金鍔も白餡とさつまいもの餡、栗と粒あんの3種が並んでいて見た目から楽しめる。

 

 

「フルーツ大福なら可愛いし、私もまた来た時に頼みたいかも。あぁ、でも……期間限定だから次の機会はなさそうね」

 

「ふふ、絵名。ここのフルーツ大福は期間限定じゃないわよ。新作だから、期間外でもあるの」

 

「なんですって……!?」

 

 

 これはまた、リピート確定だろう。

 

 チーズケーキもパンケーキも主力商品ではないはずなのにかなりの完成度なのだ。

 フルーツ大福だって見た目もさることながら、味も高いレベルでまとまっているはず。

 

 

「愛莉を何回も誘うのは悪いし、瑞希あたりを引き摺ってこようかな……」

 

「瑞希って子は絵名の友達? あまり無理させちゃダメよ?」

 

「大丈夫だって。瑞希なら来てくれるし」

 

 

 パンケーキやチーズケーキ関係なら、彰人も選択肢に入るけれど、私の中で1番気軽に誘える相手は瑞希だ。

 愛莉は予定がなければ誘えるが、奏やまふゆあたりは念入りに予定を立てなければ誘い出すのは難しい。

 

 それか、今度の打ち上げをこのカフェにして、ニーゴの皆で食べるのもアリだろうが……ファミレスでいいでしょってなる可能性もある。

 

 

(そう考えたら、やっぱり瑞希1択かなぁ)

 

 

 頭の中で『いぇーい♪』とピースサインしている瑞希が出てきて、苦笑してしまう。

 チーズケーキを食べ終えて、次にパンケーキも食べてしまおうと視線を上げると、こちらを見ていた愛莉と目があった。

 

 

「愛莉、どうしたの?」

 

「え? あぁ……元気そうで良かったなって思ってたのよ」

 

「そうなんだ?」

 

 

 愛莉の言葉に少し違和感があって、私は首を傾げる。

 

 念の為に口元を確認したけど、特に汚れはなさそうだ。

 なら、この違和感はなんなのか。パンケーキを食べつつも、頭の片隅で違和感の正体を探る。

 

 

(……うーん、わからない。特に何もなかったのかな)

 

 

 美味しくいただきながら愛莉の様子を窺っても、特に変なところはない。

 愛莉も思い悩んでるようには見えないので、違和感はそっちの方向ではなさそうだ。

 

 

(気のせいだった? まぁ……何かあったらわかるか)

 

 

 結局、考えても観察しても違和感の正体はわからず、美味しいパンケーキもペロリと平らげてしまった。

 

 体重は怖いものの、ちょっとの運動とお菓子の制限をするのでそんなにダメージはないはず。

 

 数週間後、今日のデザートが脂肪になってしまっていたら、体重計に乗るのが怖い。

 しかし、すでにデザートは2つとも胃の中。未来の私が欲に負けずに調整してくれることを祈るしかない。

 

 

 

 ──そんな呑気なことを考えていたせいなのか、私はじっとこちらを見つめてくる親友の視線を見逃してしまった。

 

 

 

 

 






この後、この1日をなかったことにするダイエットに励むえななんと、そんなえななんのお腹の肉を掴もうとして激怒されるまふゆさんの姿があったりなかったりします。


次回からお悩み聞かせて! わくわくピクニック編です。
本来なら瑞希さんのお悩みを聞きたい話なんですけど、既に瑞希さんはえななんに待ってもらってますのでね。
原作とは違って(瑞希さんの)お悩み聞かせて〜ではなくなっています。

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