イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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88枚目 山に誘われて

 

 

 

 

 瑞希が愛莉達に誘われたらしく、絵名もどうかと聞かれたのでついでに同行することにしたのが先週のこと。

 そして現在は愛莉と雫、そして瑞希の3人と共に観光バスに乗り込んで、目的地まで揺られていた。

 

 そもそも、この遊びに行くことすら意外な話だった。

 

 どう好意的に解釈しても、カフェでちょっと話した程度の仲で愛莉が遊びに誘うとは考えられない。

 ということは、愛莉と瑞希が何か考えて、私を遊びに誘った線が濃厚なのだけど……

 

 

(なのに、さっきから悪寒というか、嫌な予感するのよね……ピクニックに行くだけなのに)

 

 

 観光バスに乗ってからというものの、目的地に近づけば近づくほど、何故か私の体が悪寒で震える。

 

 ピクニックだと聞いたので軽装で来てしまったけれど、向かっているのは山だと聞いたし。

 今の服装は本格的な山登りを考慮すると心もとないので、この悪寒はそういう不安からくるものなのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。

 

 

(流石に本格的な山登りはしないだろうし、大丈夫。うん、落ち着こう、私)

 

 

 不安を無理矢理押し込んで、軽い咀嚼音が聞こえてくる窓側の席へと視線を向ける。

 隣に座っている瑞希は私みたいに不安も何もないようで、呑気に大袋のポテトチップスを食べていた。

 

 

「瑞希ったらまた、匂いのキツイものを食べて……私が乗り物に弱かったらどうするのよ」

 

「え? でも、絵名ったらこの前のツアーの時も、バスの中でスマホ見てたじゃん。弱いってことはないでしょ」

 

「それはそうなんだけど」

 

 

 スマホや本を見ていたら酔う人は酔うらしいが、幸いなことに、私はスマホを見ていてもバスの中で酔うことはなかった。

 ならば、油の匂いで酔うこともないだろう予測して、瑞希はポテトチップスを食べているらしい。

 

 

(一理あるって思っただけに、ちょっとムカつくんだけど)

 

 

 何か八つ当たりしてやろうかと思案して、やっぱり思いつかなかったので視線を窓側から反対側へと変えた。

 

 

「あら? 愛莉ちゃん、どうしましょう。スマホがアプリからホーム画面に戻れないわ」

 

「え、そんなことある? ちゃんと下から上にスワイプしてる?」

 

「してるはずなのだけど……固まっちゃてるわ」

 

「原因がわからないわね。1度、電源を落としてみたら?」

 

「私もそう考えたのだけど、スリープモードにすらならないから困ってるのよ」

 

「えぇ? そんなことってあるの?」

 

 

 あっちはあっちで呑気そうに見えるけど、小さいトラブルが起きている様子。

 困っているらしい雫よりも、隣で相談に乗っている愛莉の方が頭を抱えている。

 

 そういえば雫は地図を読むことと機械類が得意じゃないと、愛莉から聞いたような覚えがある。

 そういう私だって地図や機械類が堪能かと聞かれたら、怪しい部分もある。が、今回の症状は聞き覚えがあった。

 

 

「愛莉、スマホの電源ボタンを押したら上の方に何か出てきてない?」

 

「え? ……あっ、アクセスガイドってのがオンになってるって」

 

「サイドボタン──えっと、電源ボタンをトリプルクリックしたら解除できるって出てるでしょ」

 

「まぁ、本当に出てるわ。ありがとう、絵名ちゃん」

 

 

 雫が先んじてお礼を言ってくれているものの、まだ早い。

 アクセスガイドが原因なのであれば、パスワードが必要なのだ。

 

 そして、自分のスマホの状態をわかっていなかった雫が、パスワードを覚えている可能性が高いとは言い切れない。

 

 

「良かった、いつものパスワードだったからホーム画面に戻れたわ。絵名ちゃん、愛莉ちゃん、ありがとう」

 

 

 そう思ったのだが、どうやら私の心配は無用だったらしい。

 ……のだけど、新しい問題が噴出したらしく、愛莉が湿度の籠った目を雫に向けた。

 

 

「もしかして、全部のパスワードを統一してるの? ダメよ、そういうのは」

 

「でも、統一してないとこういう(・・・・)ことが起きた時に、対応できないかもってしぃちゃんが言ってたから」

 

「志歩ちゃんが? 確かに今回は助かったわね。でも、うーん」

 

 

 実際に統一していたことによって、今回のケースは助かったのを見ていただけに、愛莉は再び頭を抱えている。

 通路分の空きがある私は見ていないフリをして、瑞希からポテチを1枚、貰うことにした。

 

 

 そうしている間にも観光バスは真っ直ぐ、目的地へと進んでいく。

 ちなみに、雫のパスワード問題は目的地まで目と鼻の先のところにくるまで解決せず、最終的には一旦保留になったらしい。

 

 

 

 それにしても、雫はいつアクセスガイドなんてものを設定したのだろうか。

 あれ、態々設定しないと使えないはずなんだけど。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 バスから降りた私達は、他の観光客と一緒に案内板の前まで歩いて来ていた。

 

 

「うわー! すごいね! 頂上じゃないのに、遠くの山まで見えるよっ」

 

 

 瑞希は大はしゃぎで山々が見える方へと指を差す。

 瑞希の言う通り、まるで絵画のように遠くの山がはっきりと見える。

 

 これは絵の題材にももってこいだろうし、SNSにあげるのもいいかもしれない。

 資料用兼、SNS用に何枚か写真を撮って、私は瑞希に声をかける。

 

 

「瑞希ー、山をバックに写真を撮りましょ」

 

「いいけど、アップしないでよー?」

 

「はぁ? 身バレするような写真は上げないわよっ」

 

 

 バカなことを言ってくる瑞希に言い返して写真を撮っていると、愛莉と雫もこちらにやって来た。

 ついでに2人もいれて写真を撮って、思い出作りも忘れない。私は記録には熱心な方なのである。

 

 私が満足いくまで写真を撮ってから、タイミングを見計らっていたらしい愛莉は手提げの鞄を見せつけるように持ち上げた。

 

 

「そろそろお腹もすいてきたし、景色でも見ながら休憩しましょ。わたし、お弁当を作ってきたの」

 

「愛莉ちゃんのお弁当!? やったね、食べる食べる~っ」

 

 

 瑞希の反応が友達じゃなくて、ファンのそれである。

 

 山にピクニックに行くと聞いて、お昼はどうするのかと思っていたが……まさか、愛莉が準備してくれていたとは予想外だ。

 だが、聞いていないのは私だけだったようで、雫は特に驚いた様子もなく微笑んでいた。

 

 

「ふふ、愛莉ちゃんのお弁当は美味しいのよね。楽しみだわ」

 

「私も愛莉に教えてもらったところもあるし、料理の腕はお墨付きだよね」

 

「絵名ちゃんは愛莉ちゃんに料理を教えてもらったのね」

 

「うん、まぁね」

 

 

 そもそも、料理を始めるきっかけが愛莉のお弁当を見てからだった。

 そこからお母さんの手伝いもあったので、料理という分野の師匠は愛莉とお母さんかもしれない。

 

 そんなことを考えている間に、愛莉が近くにあった机にお弁当を広げ始めた。

 1人だけに負担を押し付けるのは不本意だ。私も慌てて愛莉の手伝いをする。

 

 

「わっ、これはまた手の込んだお弁当……!」

 

 

 思わずスマホを握りそうになるぐらい、見栄えも良い美味しそうなお弁当だ。

 

 これは仕込みも大変だったに違いない。

 スマホから手を離して右隣にいる愛莉の方を見れば、自慢げな目と目が合った。

 

 

「事前に皆の好きなものを聞いてたから、昨日の夜から仕込んで皆の好きなものを入れたわよ!」

 

「それでこんなに美味しそうなポテトがボクの目の前にあるんだね~。いっただっきまーす♪」

 

 

 向かい側に座る瑞希が嬉々として取り出したフライドポテトは、細目に切られていた。

 温かいものを出せない『お弁当』という分野で最大限、相手に喜んでもらうためにカリカリした食感を目指したらしい。

 

 真ん前に座っている雫が好きだという湯葉の揚げ物もあるし、私用にチーズケーキもあった。

 そして何より──にんじんが入ってない! 最高!

 

 

(流石、私の大親友、わかってる!)

 

「──絵名? 変な顔してるけど大丈夫?」

 

 

 心の中で両手を挙げて大万歳していたら、愛莉が苦笑いを浮かべてこちらを見ていた。

 

 人参がなくて感動していました、なんて間抜けなことは正直に言えない。

 私は神妙な顔を作って、それらしい言葉を頭の中から捻りだす。

 

 

「んんっ……ごめん、愛莉が好きなものを作ってくれたって事に、ちょっと感動してて」

 

「チーズケーキぐらいで大袈裟よ。ほら、今回のはレモンを多めに入れてみたの。食べてみて」

 

「うん、頂きます」

 

 

 と、言ったものの、先にチーズケーキを食べるような真似はしない。

 他にも愛莉が作ってくれた美味しそうなご飯が沢山あるので、そちらを先に楽しむ。

 

 

(そして最後にチーズケーキ。うーん、やっぱり愛莉のはお店のモノみたいに美味しいのよね~)

 

 

 自分で作ったものは自分の好きな味ではあるものの、やっぱり他人が作ったものの方が美味しく感じる。

 

 濃厚な味であるにも関わらず、レモンの爽やかな酸味で引き締められて、嫌らしさがない。

 

 土台になっているタルト生地の優しい甘味が土台になって、チーズケーキ部分の強みを強調しているのがまた、個人的にポイントが高かった。

 

 

「どうしてこうも、愛莉のケーキは美味しいのかなぁ……自分で作ってもここまでの味にはならないのにね」

 

「相手より極端に上手く作れるとかじゃない限り、自分で作るよりは作って貰った方が美味しいと思うわよ?」

 

「じゃあ、一生愛莉には敵わないじゃん」

 

「わたしはアイドルになるから、絵名が料理人になればいけるかもよ」

 

 

 愛莉は笑いながらそんなことを言うけれど、その答えの回答は既に決まっている。

 

 

「それなら、一生敵わなくて良いわ」

 

「プフッ。いや、予想はしてたけど、急に真顔になるのはやめてっ」

 

 

 余程面白かったのか、愛莉は吹き出して笑っていた。

 

 

「絵名の顔がスンッてなってる! あんな漫画みたいにスンッて顔になってるの初めてみた……!」

 

「あら、皆楽しそうでよかったわ」

 

 

 さらに、こちらのやり取りを見ていたらしい瑞希も、私の顔を見て大爆笑だ。

 

 雫だけはマイペースに湯葉の巻き揚げを食べて、楽しそうにこちらを見ていたので、全く問題なし。

 愛莉もお弁当と美味しいチーズケーキを作ってくれたので、マイナスポイント対象外にしよう。

 

 ……とりあえず、マイナスポイントは瑞希だけか。

 許してあげないし、これは決定事項だ。

 

 理不尽なポイント制を頭の中で導入しつつ、私達はピクニックの昼ご飯を楽しむのだった。

 

 

 





それにしても、雫さんの機械音痴ってどうなってるんでしょうかね。
電話中の愛莉さんのスマホを物理的に破壊するぐらい、とんでもないことだけは確かなんですけど。
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