イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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89枚目 凄腕のような手腕

 

 

 

 楽しかったランチタイムも終了したので、いつまでも休憩しているわけにもいかない。

 率先してお弁当の準備をしてくれた愛莉に感謝を伝え、私達は再び山を歩こうとした、のだが。

 

 

「あら。向こうに人が集まってるわね、何かしら?」

 

 

 雫が人集りを見つけて、出発しようとしていた一同の足が止まる。

 スタッフらしき人が『受付、最後尾』と書かれた看板を持って声を出している。

 

 どうやら『グリーンアドベンチャー』とやらのイベントの受付をしているようだ。

 

 直訳すると緑の冒険。いや、ちょっとセンスのない訳し方をしたかも。

 そんなバカなことを考えていると、愛莉が補足を入れてくれる。

 

 

「あのイベント、散策しながら植物や川の名前を答えるゲームみたいなものらしいわよ」

 

「へぇ。愛莉、よく知ってるわね」

 

「これ、バスを降りる時にガイドさんに教えてもらった受け売りなんだけどね」

 

 

 愛莉の話から、隣に立っていた瑞希がウズウズし始めた。

 今にも行きたいと言い出しそうな雰囲気だが、1つ、個人的な問題がある。

 

 

(グリーンアドベンチャーということは、そっちに進むと虫が多そうなのよねー。ただでさえ山って虫が多いのに)

 

 

 瑞希も乗り気だし、愛莉も行くかどうか聞きそうな様子だ。

 

 

(はぁ……虫、かぁ)

 

 

 ここで嫌だと言うのは簡単だけど、行きたがっている友達に1人だけ残るとは言い難い。

 どうすればいいのか頭を悩ませている私の前で、愛莉と雫が示し合わせるように頷いた。

 

 

「1人は興味津々だけど、1人は嫌そうね。ねぇ、瑞希。良かったらわたしと一緒にイベントの方に行かない?」

 

「絵名ちゃんは私と一緒にイベントのゴールまで歩いてくれたら嬉しいだけど、どうかしら?」

 

 

 私にとっては渡りに船な話である。

 だけど、瑞希は少々戸惑っているようで、一瞬、私と愛莉の間で視線が泳いだ。

 

 私も1つ、気になるので提案してくれている雫に尋ねる。

 

 

「雫は参加しなくてもいいの? 私に合わせて無理してるのなら、皆で参加する方が良いと思うし」

 

「無理はしてないわ。ただ、イベントのコースはちょっとわかりにくい地図だったから、もしもを考えると怖くて」

 

「そうなの?」

 

「ええ、そうなの」

 

 

 バスの中でのスマホの操作を思い出すと、機械類の操作が苦手というのは強ち大袈裟な表現ではなさそうで。

 そういう事例を直前に目撃してしまったばかりに、地図を読むのも苦手だという自己申告も誇張されているようには思えない。

 

 気遣いが大半ってところだろうが、雫の言葉そのものも嘘だと切り捨て難い。

 それに雫の提案を断る理由もないので、私はまだ決めていない人物の方へと視線を向けた。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて私も行かないことにしようかな。瑞希はどうする?」

 

「折角だから行きたいけど……絵名達が行かないのに、ボクらで行くのもねぇ」

 

「……ねぇ、瑞希」

 

 

 私の問いかけに渋っていた瑞希が、愛莉に耳元で何かを囁かれた。

 一体どんな魔法を使ったのやら。嫌がっていたはずの瑞希の様子が反転する。

 

 

「──うーん。確かに、絵名の方には雫ちゃんがいるもんね……なら、お言葉に甘えてボクも楽しんじゃおっかな〜♪」

 

「なら、早速受付しましょ」

 

「そうだねー……って、あぁ、そうだ」

 

 

 愛莉と話していたはずの瑞希が、くるりとこちらに振り返る。

 

 

「絵名、虫が嫌いだからって、雫ちゃんの迷惑にならないようにね」

 

「は? いや、ならないから! ……もう、遊んでないで早く行ってきたら?」

 

「はは。それじゃあ、また後で合流しようね!」

 

 

 ウキウキな瑞希が受付の人に向かって走り、愛莉がそれを追いかける形でその場を立ち去る。

 

 瑞希の手綱は愛莉に任せておいてもいいだろう。

 

 

「じゃあ、こっちはこっちで散策しよっか」

 

「そうね。緑が綺麗だから、どこを見ても良さそうだわ」

 

「確かに。スマホの容量が気になるけど、資料用に撮り溜めようかな」

 

 

 私はスマホを片手に自分が描きたいと思った構図で写真を撮る。

 絵と写真というものはよく似ているもので、写真は写真でこれまた奥が深いのである。

 

 スマホで撮影しているけれど、カメラとかで撮っても面白い景色なのかもしれない。

 私はそこまで写真に熱を上げてないので、今度、小豆沢さんに話を聞いてみても面白いかもしれない。

 

 

(──よし、思いつく構図は撮れたし、成果は上々ね。さてと、雫はどこに……あれ?)

 

 

 きょろきょろと見渡してみると、雫が眉を下げてスマホと睨めっこしていた。

 スマホで何かしたいみたいだが、表情を見た感じ、あまり上手くいっていないらしい。

 

 

「雫、どうかしたの? 手伝おっか?」

 

「あっ、えっと……なんでもないわ」

 

 

 何か力になれないかと問いかけたのだけど、素早くスマホを片付けられてしまった。

 

 これは余計なことをしてしまったのかもしれない。

 

 ほんの少し申し訳なくて口を開けないでいると、雫が両手を合わせて問いかけてきた。

 

 

「ところで、絵名ちゃんは写真をちゃんと撮れたの?」

 

「こっちはバッチリ! あぁでも、瑞希達の方も景色が良さそうだし、写真撮ってくれないかなぁ……虫さえ多くなければ、参加できたのにごめんね」

 

「ふふ、気にしないで。瑞希ちゃんと愛莉ちゃんが仲良く楽しんでるでしょうし、こっちはこっちで楽しみましょ」

 

「そうね。あの2人、すーぐ仲良くなったし」

 

 

 カフェでお昼を一緒になったあの一瞬で、連絡先を交換して、翌週にピクニックまで行く約束までするのだ。

 

 ナンパだったら驚愕の手腕である。瑞希と愛莉の距離の縮まり方に驚くことしかできない。

 あの2人は距離の取り方も上手だし、爆速で距離を縮めてここまで来たのだろう。

 

 私には真似のできないことなので、乾いた笑みしか出てこなかった。

 

 

「私じゃそんなにすぐに距離を縮められないし、すごいよね」

 

「そうかしら。絵名ちゃんもお友達が多いし、私ともすぐに仲良くしてくれたでしょう? 愛莉ちゃんと近い気がしたのだけど」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、愛莉のお茶の間のアイドル感は尋常じゃないのよね」

 

「あぁ。愛莉ちゃんは親しみやすいものね」

 

 

 えむちゃんといい、私の知り合いのピンク系統はコミュニケーション能力というか、人の機微に敏感な人が多い。

 恐るべき、ピンクパワーである。

 

 そんな会話をしている間に休憩ポイントが見えてきて、雫はこちらに視線を向ける。

 

 

「だいぶ歩いたし、そろそろ休憩にしない?」

 

「そうしよっか。あっちに自販機もあるし、飲み物買ってくるよ。雫の分も買ってこようか?」

 

「大丈夫よ。私はここで待ってるから、いってらっしゃい」

 

 

 雫に遠慮されてしまったので、私はおとなしく自販機の方へと向かう。

 

 自販機には麦茶やら色々あったけれど、丁度よく無糖の紅茶も並んでいた。

 自分で淹れるよりもチープな味だが、ペットボトル飲料にも良い部分がある。

 

 

(学校の自販機にはないから、久しぶりに飲もっかな)

 

 

 そうやって即断即決せずに飲み物を購入してしまったせいだろうか。

 私が雫の元に戻ると、雫は2人組の男に絡まれていた。

 

 雫と男2人の距離が近いし、何よりも雫の顔が困っているようにも見える。

 私はいつでも操作できるようにスマホを握りしめて、慌てて雫の元へと駆け寄った。

 

 

「あの、この子に何か用ですか?」

 

「絵名ちゃん……!」

 

 

 男2人組と雫の間に割って入り、じっと2人を見つめる。

 

 雫と対面している時はそこまで大きく感じなかったけど、山に来ている男性なだけあって、身長も大きいし体格も悪くない。

 

 ナンパかと思って警戒していると、男2人はこちらの様子なんて気にもせず、声をかけてきた。

 

 

「君、誰? もしかして君もアイドル?」

 

「えっ、じゃあ俺達と写真撮ろうよ」

 

「は?」

 

 

 ……どうやらナンパでなく、雫目当てのファンのようだ。

 有名人であれ、プライベートに乱入してくるヤツだから碌でもないのだろうとは思うけど、ファン相手に乱暴な対応は難しそうである。

 

 雫も写真は撮れないと断っているが、それでも男達は食い下がってしつこい。

 

 

「私はアイドルではありませんし、雫も今は一般人の私と遊んでる最中なんです。この子がアイドルであれ何であれ、相手のプライベートにズカズカと入り込んで、対応を強要するのは如何なものかと思いますが」

 

「えー、でも。ファンがこれだけお願いしてるんだから、写真ぐらい──」

 

「ファンだと言うのなら尚更、相手の迷惑になるようなことはやめた方がいいと思います。それに、雫が一緒に撮れないと断ってる以上、写真は無理なんです。それでも無理を通そうとするのであれば、こちらもそれなりの対応をしますよ。どうしますか?」

 

 

 ファンだからといって、なんでも許されるはずがない。

 やるならこっちもやる気だぞ、という気持ちを込めて目を細めていると、後ろにいたはずの雫が私の前に飛び出してきた。

 

 

「あ、あの! 写真は無理なので、サインならいけますよ。おふたりの名前も書いて……どうかしら?」

 

「……雫、いいの?」

 

「ええ。絵名ちゃん、ありがとう」

 

 

 雫がそういうのであれば、アイドルや芸能人でもない私は引き下がるしかない。

 

 私が素直に引き下がれば、さらさらと紙にサインを書いた雫が男達に近づく。

 雫が笑顔でファンだという男達の対応する姿を遠目で眺めつつ、私はこっそりとため息を漏らす。

 

 遠目で見てもわかるぐらい、一触即発だったファンも満足そうだ。

 流石はアイドルといったところか。私が噛みついている間に雫が1人で問題を解決してしまったし、割り込みは要らぬお節介だったらしい。

 

 

「さっきのは、余計なお世話だったみたい」

 

「──そんなことないわ。絵名ちゃん、さっきはありがとう。困っていたから助かったわ」

 

 

 対応し終えたらしい雫がこちらに戻ってきて、嬉しそうに笑った。

 結局、雫が全部丸く収めたのだから、こちらとしてはお礼を言われても困るのだが。

 

 私はそう思っているのだけど、雫は違うようで、もう1度お礼を言ってきた。

 

 

「絵名ちゃんが間に立ってくれなかったら、私、ずっとおどおどしたままだったと思うの。だから、ありがとう」

 

「別に。すぐに雫が対応してくれたし、私なら強引に突っ撥ねてたから。お礼なんていいって」

 

 

 有名人とはいえ高校生のプライベートに割り込み、ファンを免罪符に無理を言う奴なんて塩対応で良い。

 そういう思考が今でも残っている時点で、雫が間に入らなければ、私がどんな対応をしてしまうかなんて容易に想像できる。

 

 そう思っての発言だったのだけど、雫はそれでも引き下がらない。

 

 

「でも、絵名ちゃんが間に入ってくれて、心強かったもの。だからお礼を受け取って欲しいの。ダメかしら?」

 

「いや、ダメってわけじゃないけど……じゃあ、さっきのはお互い良かったってことで」

 

「ふふっ、そうね」

 

 

 結局、私が負けて、アドベンチャーから帰ってきた瑞希達と合流することになった。

 

 

 

 






『私は雨』っていい曲ですよね。無限に聴いてられます。
ただ、タイトルでこう……絵名さんの雨への因縁というか、絡みが明確になってしまったせいか『絵名さんは雨女説』が作者の中に浮上してしまいました……


まふゆ「絵名って雨女らしいね」
絵名「はぁ? 違うから! そもそもどこから来たの、その情報!?」
まふゆ「それは……」チラリ
瑞希「やーい、絵名の雨女ー」
絵名「あんたが犯人かっ!」

……みたいなやり取りを無限にしててほしいですね。


次回はえななん達と別れた瑞希さん視点です。
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