イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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91枚目 戻って来れるのか?

 

 

 

 

 グリーンアドベンチャーから瑞希と愛莉が戻ってきた。

 2人はどうやら、イベントに行く前よりも更に仲良くなったらしい。

 

 

「ねぇねぇ、絵名。親指立ててー」

 

 

 帰ってきた瑞希は楽しそうな様子を隠しもせず、私に向かって親指を立てた。

 

 一体、何を言ってるんだろうか、この子は。

 よくわからないまま言われた通りに親指を立てると、瑞希はニヤリと笑う。

 

 

「I'll be back」

 

 

 無駄に良い発音でそんなことを言う瑞希に、私は呆れを込めた視線をプレゼントした。

 

 

「急に何よ」

 

「いやぁ、絵名の中学時代のとある説を聞いたからさ」

 

「誰がサイボーグですって?」

 

「あれ、ボクはサイボーグなんて言ってないけど〜」

 

「はぁ?」

 

 

 好意的に考えてもそう解釈するしかない言葉選びに、私の喉から苛つき混じりの声が出た。

 

 そろそろ時効かと思っていた説を、態々復活させるなと叫びたい。

 

 というか、そもそもあの台詞が出てくる映画のアレはサイボーグなのだろうか?

 人間じゃないのは知ってるけど、サイボーグかどうかなんて考えたことがなかった。

 

 

(いや、今はそれはどうでもよくて)

 

 

 思考を元の方向へと切り替え、教えた犯人であろう人に視線を向けると、犯人(愛莉)は逃れるように目を逸らした。

 

 どうやら愛莉は態度で自白してくれているらしい。

 

 オロオロしている雫を前に問いただすつもりはないので、私は溜め息だけ漏らして視線を愛莉から瑞希に戻した。

 

 

「はぁ、もういいわよ。そろそろ出発しましょ」

 

「おやぁ、もしかして拗ねなん?」

 

「……私の拳が今、瑞希の顔に激しくアプローチしたいって言ってるんだけど」

 

「ひぇー、痛そうなアプローチはノーセンキュー」

 

「急に発音悪くなるじゃん」

 

 

 さっきの発音の良さはどこに消えたのかと聞きたいぐらいだ。

 そんなコントを繰り広げることで雫に大丈夫だと遠回しに伝えて、私達は山道をゆっくり歩く。

 

 ……予定だったが、更なる災難が愛莉の口によって告げられた。

 

 

「あら? 絵名の頭の上に何か飛んでるわよ」

 

「え?」

 

 

 言われなかったら気が付かなかった縞模様。

 黄色と黒のソレはスズメバチではないな、と冷静な部分が判断して。

 

 私の本能的な部分が口から悲鳴を出した。

 

 

「ひゃぁぁあっ!? 蜂じゃん!? ちょ、無理! 無理無理無理だって、来ないでっ!!」

 

「ちょっと絵名、大げさよ。一体どこまで走るつもりなの?」

 

「だって虫が逃げても追いかけてくるんだもん!!」

 

 

 愛莉の声に叫んで答えつつ、私は全力で逃げる。

 数メートルぐらい走って逃げても、何故かこっちに近づいてくる蜂。

 

 頭の片隅で『そう思ってしまうだけで気のせいだ』とか『むしろ動き回った方が危ない』と冷静な自分もいるのに、体は蜂が見えなくなるまで逃げ回ってしまった。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ……しぬ……」

 

「あはは。また随分と逃げ回ったね~。ゆっくり行く予定だったのに、結構進んじゃったよ」

 

 

 看板の前まで走った私を追いかけてくれた瑞希が、楽しそうに笑った。

 私が息を整えている間に愛莉と雫も追いついて来て、4人で看板の前に集まる。

 

 

「……あら、道が2手にわかれているわ。どっちに進めばいいのかしら?」

 

 

 雫が2つの道を見比べていると、愛莉がスマホに指を滑らせる。

 

 

「マップには『初心者ルートを通れば山の周りを一周できる』って書いてあるわ。どうせなら最後にぐるっと景色を見ながら、バスまで戻りましょうか」

 

 

 愛莉の提案に雫が文字が薄れた看板を見つつ、左を指さす。

 

 

「そうね。初心者ルートは……あら、看板の文字が消えかけているけど、左……なのかしら?」

 

「オッケー、左だね。じゃあ絵名がまた虫から逃げる前にレッツゴー♪」

 

 

 瑞希がとんでもなく生意気なことを言いながらも左へと進む。

 愛莉と雫も進む背中を見てから、私は改めて看板を見た。

 

 

(なんか、薄ら残ってる字の画数が少ない気がするんだけどなぁ)

 

 

 1文字違いなのではっきりと断言できないけれど、どうにも私の目には左の道の1文字目が上に見えてしょうがないのだ。

 

 1人だけ全力疾走して疲れてしまった目でじっと、看板を見つめる。

 

 

「絵名ー、早く行かないと置いてかれちゃうよー」

 

「あぁ、瑞希。いや、ちょっと看板が気になってさ……疲れてる私の目には、左が(うえ)にしか見えなくて」

 

「左が(うえ)に見える?*1 んー、まぁ疲れてるのならそんなこともあるんじゃない?」

 

「そう、なのかな」

 

「そうそう。それよりも早く行かなきゃ置いてかれちゃうって」

 

 

 首を傾げる瑞希に背中を押されて、私も左の道へと突き進む。

 

 

(まぁ、仮に正しかったとしても元の道に戻ればいっか)

 

 

 ──そう思ってしまったのが、間違いだったとこの時の私は知らない。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「……ねぇ、何だかおかしくない?」

 

 

 山道を進む私達が感じていた違和感を、1番最初に口に出したのは愛莉だった。

 

 最初は良かった。特に違和感もなく喋りながら歩ける程度だったのだ。

 しかし、途中から少しずつ、山道が険しくなっている気がする。

 

 誰も言わないし気のせいだろうか、と思っていた疑問に1人が声を上げると、瑞希もそれに呼応した。

 

 

「やっぱり? ボクも変だなって思ってたんだよね」

 

 

 予定なら今頃、駐車場についてもおかしくない時間であるのに、未だに私たちは山の中。

 歩けば歩くほど険しくなっていて、駐車場どころかアスファルトすら見当たらない。

 

 やっぱりあの時見た文字は左側が『上』級者だったのだ。

 ……瑞希には上手く伝わっていなかったみたいだけど、そうに違いない。

 

 

「面倒だけど、来た道を戻るしかないでしょ。碌な準備もしてない私達がこのまま進むのは危ないって」

 

「そうね。私も戻った方が安全だと思うわ」

 

 

 私の提案に雫も頷いてくれる。

 瑞希も大きく頷いて、来た道を指差した。

 

 

「じゃあ、さっき曲がったところを戻ろっか……って、あれ?」

 

 

 瑞希が指差した道は左右に分かれている。

 私達が来た道はどちらか1つだろうけど、間違った方を選べば遭難する可能性も出てきた。

 

 瑞希は左右の道を見比べて、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

 

「言い難いんだけど……ボク達、どっちから来たんだっけ?」

 

「もう、覚えてなさいよ。右の道でしょ」

 

「左から来た気がするんだけど」

 

「「……」」

 

 

 瑞希の問いかけに、私と愛莉の口からは別方向の道が提示される。

 

 背中に汗が伝う感覚があるぐらい、嫌な予感。

 

 何度も曲がったせいで、最後に来た道がどれなのか、瑞希もわかっていない様子。

 私と愛莉も意見が分かれたので、わかってるとは言い難い。

 

 誰もが同じ2文字を思い浮かべてそうな状況で、雫が困った顔で口を開く。

 

 

「私達、もしかして遭難──」

 

「雫、そう思っても言っちゃダメなシチュエーションがあるの。それが今なんだけど」

 

「え、あ、ごめんなさい」

 

「まぁ、幸いなことに今となってはどこでも連絡が取れる便利な世の中だし、スマホさえあれば。あれ、ば……」

 

 

 スマホの上を確認すれば、いつもバッテリー残量の隣に並んでいたモノがなくなっていた。

 

 それは間違いなく、噂には聞いていたけれども私は見たことがなかった『圏外』という状態で。

 スマホを見て固まる私に、瑞希もスマホを取り出しながら首を傾げた。

 

 

「絵名ってば、良いアイデア出したのにどうしたのさ。焦って気が付かなかったけど、スマホを見れば……おや?」

 

「絵名も瑞希も固まってどうしたのよ?」

 

「愛莉、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……スマホの電波が入ってないみたいなの」

 

 

 私が自分のスマホを愛莉に見せると、隣で見ていた雫が口を手で押さえる。

 

 

「えっ、どうしましょう……!? こういう時って、スマホを振ったらいいのかしら?」

 

「ブラウン管テレビみたいに、叩けば治るって言いたいの?」

 

「いや、無理でしょ。絵名もボケてないで電波を拾おうよ」

 

 

 私が雫の発言に乗っかれば、瑞希にツッコまれてしまった。

 

 瑞希の言う通り、今はふざけている場合ではない。

 戻るにしても現在位置がわからなければ始まらないので、なんとかして電波を拾わなければ。

 

 とりあえず、スマホを持った手をいろんな方向に向けてみる。

 その場に留まっても埒が明かないので、何歩か歩きながら電波を拾おうとしていると、一瞬だけスマホの圏外が解除された。

 

 

「こっちなら少し繋がりそう。もうちょっと歩けば電波も──」

 

「待って絵名、そっちはダメだって!」

 

「え? それってどういう……って、嘘、落ちる……っ!?」

 

 

 瑞希が声をかけたのとほぼ同時に、踏み出した右足が前に向かって滑った。

 滑った先は急斜面で、落ちたら登れそうにない場所だ。

 

 頭から血が引いていくような感覚と共に、右手と頭を守らなければと冷静だった部分が警告してくる。

 どうする、備えるか。痛いのは嫌だけど、体を丸めて落下に備えようとしたその瞬間、声が響いた。

 

 

 

「絵名!!」

 

 

 

 聞こえてきた声の方に視線を向けると、こちらに向かって手を伸ばしている愛莉の姿が視界に入る。

 何とかそれを認識できた私は受け身の姿勢から愛莉の方へ、手を伸ばす体勢へと変えた。

 

 伸ばした手はギリギリ愛莉の手を掴み、滑りそうになった私の体が制止する。

 

 

「よかった、間一髪だったわね!」

 

「あ、愛莉、ありがとう……! まさか、少し先が斜面になってるなんて」

 

「いいわよ、山は危険がつきものだもの。ほら、今引き上げるから、もう少しこっちに──」

 

 

 繋いだ右手から引っ張られる力を感じて、私は安堵の息を漏らす。

 ……その後に、自分の足元から嫌な感覚が伝わってきて、私は引っ張ってくれる愛莉に叫ぶ。

 

 

「待って愛莉! 足元の石がグラグラしてるから、引っ張るのは……っ!」

 

 

 このままだと私と愛莉は一緒に坂道を転がってしまう。

 愛莉を巻き込むわけにはいかないので、私は掴んでくれた愛莉の手を振り払う。

 

 

「っ! それはダメよ!」

 

 

 ──が、愛莉は私の行動を予想していたらしく、振り払ったはずの手が握られてしまった。

 

 

(う、嬉しい……じゃなくて! このままじゃ2人とも落ちるって……!?)

 

 

 何とか持ち堪えようと足に力を込めたものの、滑り落ちる足場をどうすることもできず。

 

 

「きゃぁあああっ!」

 

 

 私と愛莉は急斜面の下まで、滑り落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

*1
(左なのに上って頓知かな? 絵名、疲れて変なこと言いだしちゃったよ……)





遭難イベント前に「I'll be back」をしてもらったのは偶然です。本当なんです。

次回、えななんが感じたバスの中の悪寒の正体、プチ遭難します。

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