イラスト担当は記憶を無くしました   作:大森依織

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93枚目 勝つか負けるか

 

 

 

 

 上で2人分ぐらい、聞き覚えのある別の人の声が聞こえてきてから、数分後。

 急斜面にロープが降ろされ、私と愛莉は無事、瑞希達と合流することができた。

 

 

「た、助かった……」

 

「ええ、お互いによく頑張ったわ」

 

 

 私が胸を撫で下ろすと、愛莉は大きく頷く。

 雨が降った時はどうなることかと不安だったものの、私も愛莉も無事だ。

 

 瑞希と雫がいなかったら、この無事もなかったのだと思うとゾッとするけれど、今は無事を喜ぼう。

 

 

「愛莉ちゃん、絵名ちゃん。無事でよかったわ!」

 

「ボクもホッとしたら力が抜けてきちゃったよ〜」

 

「ありがとね、2人とも。本当にいくらお礼を言っても足りないぐらいだわ」

 

 

 雫と瑞希に対して、愛莉がお礼を言っている間に私は助っ人で来てくれた2人の方へと振り向く。

 

 瑞希が呼んでくれたのはスタッフさん……かと思いきや、瑞希の友達であり、私も知っている男女2人組であった。

 

 

「えっと、神代さんと草薙さんでしたっけ。ありがとうございます、おかげで助かりました」

 

「え。どうしてわたし達の名前を……?」

 

 

 私の間違いでなければ、目の前にいる薄紫色の髪の青年と緑髪の少女は、えむちゃんとショーをしている神代類さんと草薙寧々さんだろう。

 フェニランでほんの少しの間顔合わせして、えむちゃんに名前を聞いた程度の記憶だったけれど、私の記憶は正しかったらしい。

 

 緑髪の少女──草薙さんが目を丸くして尋ねてくるので、私は軽く会釈する。

 

 

「天馬司さんの妹さん達のグループと一緒に、ボディペイントに来てくれた時以来ですよね。こんなところで再会することになるとは思っていませんでしたが、おかげで私も愛莉も助かりました」

 

「あ、いえ。全員無事でよかったです」

 

 

 草薙さんは首を振りながら、小さいのに意外と聞き取りやすい声を出した。

 

 そんな草薙さんに対して微笑ましそうな目で見ていた神代さんが、私と愛莉にも視線を向ける。

 数秒の観察でこちらの状態を察したのか、小さく頷いて道を指差す。

 

 

「ふたりとも、しっかり歩けそうだね。僕が先導するから、休憩所まで戻ろうか」

 

 

 神代さんと草薙さんが先頭を歩き、瑞希と愛莉がその後ろをついていく。

 私も4人の背中を追おうとして、何かを呟いている雫が立ち止まっているのが見えた。

 

 

「雫、休憩所に戻るって言ってるけど、大丈夫?」

 

「え? ……あぁ、大丈夫よ」

 

 

 雫が慌てて隠した桃色のスマホの輝きは、ただ何かを見ているのとは違うように感じた。

 

 それこそ──私達がセカイに行く時や、ミクやリンがスマホを通してやってきた時のような。

 

 

(今の……いや、やめとこ)

 

 

 私も含めて、誰にでも秘密はあるものだ。

 見えたものも、疑問も全部無視しよう。そうしよう。

 

 雫のことは傍に置いて前を向くのとほぼ同時に、愛莉がこちらに視線を向けて苦笑する。

 

 

「無事に帰れそうだし、後でツアーに参加している人達にも謝らないとね」

 

「心配かけてるよね……あー、なんて謝ろう」

 

 

 こういう時、言い訳を頭の中で捏ねくり回すような言葉を出すのはよろしくないのだ。

 

 シンプルに説明して、素直に謝る。

 それができないと相手に不快感を与えるだけなのだけど、言う側にとっては抵抗のある話だ。

 

 愛莉の話を起点に私が頭を悩ませていると、瑞希は土で汚れた顔をハンカチで拭いながら笑う。

 

 

「はは。でも、何はともあれ無事に帰れそうでよかったよー。帰ったらゆっくり休もう、お風呂は最優先だからね」

 

 

 びしょ濡れ泥だらけだもんね〜、と呟く瑞希の服は急斜面を転げ落ちた私や愛莉にも負けず劣らず汚れている。

 

 

(……あの服、瑞希のお気に入りだったよね)

 

 

 汚れてまで、神代さん達を呼んできてくれたのだろう。

 

 落ちた先で聞いた愛莉の話から、瑞希がこちらの気を遣ってピクニックに誘ってくれていることをわかってしまっただけに、胸が痛みを訴えてきた。

 

 そして、こういう時こそこちらの異変に目敏い子がいるのだ。

 

 神代さんと草薙さんの後ろを歩いていた瑞希は、自然と雫と場所を入れ替わる。

 私の隣にやって来た瑞希がハンカチで私の顔を拭ってきた。

 

 

「あーあ、絵名も水と土に汚れた良い女の子になっちゃって~」

 

「それ、何か色々と間違ってない?」

 

「まぁまぁ、似たような言葉もあったでしょ。よし、綺麗になった」

 

 

 そんな話をしている間に、瑞希は私の顔の汚れを取ってしまったらしい。

 ハンカチの汚れ具合からかなり汚かったのがよくわかる。これで良い女の子だと言うのなら、世の中の大半は良い女の子だ。

 

 ……瑞希なら割と言いそうだ、と思ったのは頭の片隅に追いやるとして。

 

 

「ねぇ、瑞希」

 

「何?」

 

「今日はありがとね」

 

「え、もしかして絵名って山で遭難する趣味が……?」

 

「そうじゃないのはわかってて言ってるでしょ」

 

「あはは、バレた?」

 

 

 何時かの仕返しを受けつつ、素知らぬフリが上手な瑞希に私の予想を突き付ける。

 

 

「このピクニックとか、愛莉と一緒に色々と気を遣ってくれてたんでしょ。私の思い上がりじゃなければ」

 

「そこは断言してもいいんだよ?」

 

「それはそれで難しくない?」

 

 

 今までの情報から、これでも結構踏み込んでいるつもりなのに、ここで断言するなんてとんでもない。

 

 瑞希と愛莉が2人きりになったり、探ってきたりと気遣い以外にもこのピクニックには目的があるのだろうけど……そこは目を逸らすとして。

 

 

「最終的に、私が滑り落ちたせいでこんなことになっちゃったからさ。瑞希の服とかお気に入りのやつだったでしょ、本当にごめん」

 

「んー。お気に入りだけど、服()また買えるからね」

 

 

 瑞希はさりげなく「今度また買いに行こうね」と約束を取り付けつつ、ハンカチを折りたたむ。

 

 

「でもさ、ボクにとって絵名は──かけがえのない友達だよ。ボクは服なんかよりも、絵名が無事ならそれでいいって思うんだ」

 

 

 私が浅はかだった。

 瑞希の立場なら、私だって服なんかよりも瑞希の方が大切だから。

 

 

「瑞希……ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 

 そこから休憩所で神代さんと草薙さんと別れ、私達は観光バスへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日は1日、楽しかったけど大変だったなー)

 

 

 家に帰った私は自分の部屋の椅子に座り、早速今日見た景色を紙に描いていた。

 今日はニーゴの作業はお休みで、愛莉達とのグループ通話は少し早めに切り抜けてきた。

 

 

(ツアーのスタッフさんとか皆優しかったのよね。心配してくれて、こっちが申し訳なかったし)

 

 

 そんなことを考えながら描いていたせいだろうか。

 スケッチブックの端っこに泥だらけ愛莉と雫、後は瑞希がスタッフさんに心配されるシーンのデフォルメが広がっていた。

 

 上には写実的な森なのに、下は漫画チック。

 このページに追加で何かを入れる気も、消すつもりにもなれず、次のページへと移る。

 

 

「──スケッチブック、か」

 

 

 今回の件、そもそも急斜面を滑り落ちるようなことが起きた原因は、直接的にも間接的にも私のせいだ。

 

 直接的には、私が滑り落ちたってこと。

 

 そして間接的には、私の異変に気がついてしまった瑞希が愛莉と接触し、ピクニックに誘ってくれたということ。

 

 

(今日は滅茶苦茶意識して、机の中に封印したけど)

 

 

 次は、その次はどうなるのだろうか。

 

 どうやらこの忌々しいヤツはどうしても、私に願い事をして欲しいらしいし。

 そして、その願い事をして欲しい理由は十中八九、私の命が目当てなのだろう。

 

 

(相手はこっちの命を狙って来てるのに、こっちはなーんにもできないのよね)

 

 

 おかげで瑞希達にもバレてしまうぐらい、更なるボロが出てしまったではないか。

 

 私がボロを出したのと忌々しいヤツは関係ない?

 確かにそうかもしれないが、そもそもその元凶がヤツである。つまり、全てコイツが悪い。

 

 だからこそ今日、やっと決意できた。

 

 

 

 ──この邪悪な厄物の思い通りになんてなってやらない、と。

 

 

 

 愛莉や瑞希、今回一緒に来てくれた雫……だけでなく、家族はもちろんのこと、奏やまふゆだって私の消耗具合に気がついていただろう。

 

 周りにバレてるぐらい、シブヤアートコンクール頃からじわじわと、私はコイツに苦しめられてきたのだ。

 

 自分の命を狙ってるのに、私の体には好き放題している特級の厄介モノ。

 

 シブヤアートコンクールの結果から余計に活発的に動き出して、どうしたらいいのかと悩んでいたけれど、もう決意した。

 

 

 老衰でも病気でも事故でも何でも。

 私が何かしらの原因で絵が描けなくなってしまうその日まで、ずっと。

 

 

(今までは記憶が戻る手掛かりかもとか、思ってだけど……あんたがそのつもりなら、私は最後の最後まで戦ってやるわよ)

 

 

 もう記憶が戻るかなんて考えない。絵名や家族には悪いが、こっちだって構ってやるものか。

 

 

「私がコイツの望み通りになる(に負ける)か、私が逃げ切る(勝つ)か……シンプルで良いじゃない。何ならこっちが仕留めてやるわ」

 

 

 最終的に物理攻撃や間接技が全部ダメなら、どさくさに紛れて火災現場にスケッチブックを投げ込んでやる覚悟だってある。

 

 瑞希達のおかげで改めて、覚悟ができた。

 コイツの思惑通りにいかないためにも、こっちが隙を見せるわけにはいかない。

 

 ならば、まずは片付けられることから始めよう。

 

 

(うん。とりあえず神代さんと草薙さんの連絡先はもらったから、改めてお礼を言わなきゃ)

 

 

 愛莉や瑞希、雫にもさりげなくお礼の品を忍ばせるのは確定として。

 接点の少ない2人にはえむちゃんを通してお礼の品を渡せるように努力しよう。

 

 その前にえむちゃんを通じて、2人の苦手なものとかのリサーチも必要だ。

 こういう時は消え物が良いというし、相手に好き嫌いがあるのを前提で動く方が自然だろう。

 

 相手に渡すお礼の品で、嫌いなものを送るなんて失礼な行為は避けたい。

 

 

(一応、いくつか候補を絞っておこっと)

 

 

 ピクニックで疲れた体に鞭を打ち、私はスマホの画面から候補を物色し始める。

 

 この後は珍しく、スケッチブックに悩まされずに目覚めたことに気がついたのは、翌朝になってからだったけど。

 

 

 

 






これにてわくわくピクニックは終了です。
雫さんのシーンではニーゴにもしもルカさんがいれば、別のセカイの可能性について勘付いてたりしたんですけど……いなかったので、そのままスルーですね。

次回は幕間です。
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