宮女の噂:東雲先輩が最近、アンニュイな感じで心配だわ! 派閥と物憂げなお顔も素敵! 派閥で非公式ファンクラブが鎬を削っているらしい。
今日は久しぶりにストリートパフォーマンスをしている人達がいる場所を回ってみることにした。
最近はまた自然とか描きなれた人達ばかり描いて、新しいモデルを描く時間を取っていなかった。
そういうこともあり、色んな場所にお邪魔していたのだが、最後の最後で見慣れた人と出会った。
(あれ、一歌ちゃんじゃん)
ギターを弾きながら堂々と歌っている姿はかなり様になっているけれど、間違いない。
宮女の後輩の星乃一歌ちゃんだ。1人で歌っていることもあると聞いたことがあったけれど、まさかここで出会えるとは思ってもみなかった。
(よし、今日最後のモデルは一歌ちゃんで決まりね)
知り合いだからという理由もあるけど、絵描きとしても一目見ただけでビビッときた。
善は急げと言うので、近くの壁に背中を預け、左手を支えに一歌ちゃんの姿を描き写す。
注目ポイントはその堂々とした姿だろう。
周りからの視線を気にすることなく、通り過ぎたり立ち去ってしまう人に気を奪われることもない。
あくまで自分の音楽を貫くその姿を、余すことなく表現したい。
(……あれなら、屋上で悩んでいたことは少しは解決したのかな。だとしたら、一歌ちゃんはすごいなぁ)
こっちは解決することなく、後回しにして山積みにしているのに、とんでもない話だ。
私も一歌ちゃんのように少しずつ前に進んでいく姿を見習わなくてはならない。
とはいえ、すぐに解決することでもないので、思うだけなのが歯がゆいのだけど。
(とりあえず写真も残そ)
スマホで数枚、写真も残しておいて、下描きの絵に描き足していく。
一通り絵を描いている間に一歌ちゃんも歌い終わったようで、周囲の人に「ありがとうございました!」と頭を下げていた。
今なら話しかけても大丈夫だろう。
そう判断した私はスケッチ道具を片付けてから、鞄から紅茶を取り出す。
鞄の中に無糖と加糖の紅茶を揃えるのが癖になっていることに苦笑しつつ、私は一歌ちゃんの元へと小走りで近づいた。
「一歌ちゃん、お疲れさま!」
「あっ、絵名先輩。最後まで聴いてくれてありがとうございました」
「いい歌だもの。当然、最後まで聴くって。あ、これ投げ銭代わりに紅茶ね。受け取ってよ」
「えっと、いいんですか? ……ありがとうございます」
念のためにどちらが良いのか聞いてからペットボトルを手渡し、一歌ちゃんの隣に並んだ。
「歌ってる姿とかすごく様になってるなって思ったんだけど、一歌ちゃんは路上ではよく歌ってるの?」
「いえ、こういうのは最近始めたばかりで……最初なんて、全く声が出ませんでしたし」
自分なんてまだまだです、と本気で言っているらしい一歌ちゃんは苦笑いしている。
まるで首振り人形のように首を横に振って謙遜するから、私は思わず吹き出してしまった。
「それでも今ではこうやって歌えているんだから、頑張ったんだね。そういう失敗をしちゃったら折れちゃう人だっていると思うし、やっぱり一歌ちゃんは凄いよ」
「そう、ですか?」
「うん! といっても、私はギターや歌の上手い下手を評価できる程じゃない、素人なんだけどね」
音楽という分野では奏や彰人とかの方が詳しいのかもしれないけれど。
咲希ちゃんから聞いていた、遠くの病院にまで頻繁にお見舞いに行っていたこと。
空中分解してもおかしくなかった関係を繋ぎとめたらしいっていう話。
そして今、1人で人前に立って路上で歌うなんて勇気の必要な行為を、できてしまう姿勢。
そんな一歌ちゃんの『向き合う姿勢』っていうのが、素人から見ても凄いと思うのだ。
(私も……諦めずに向き合おう。スケッチブックを処分するってことは、私の──絵名の記憶だって、どうなるかわからないのだから)
……そういう危ない考え事は後輩の前ですることではないので、今は脇に置いておくとして。
つい考えてしまった無粋なことを頭の中から追い出していると、一歌ちゃんが思い出したように声をかけてきた。
「そうだ、絵名先輩。この後、時間がありますか?」
「時間? うん、特に予定は入れてないよ」
必要なことは終わらせてから来ているので、この後は絵を描く以外にやるつもりはない。
それが何なのか首を傾げていると、スマホを取り出した一歌ちゃんが固く目を閉じてから口を開いた。
「じゃあ、この後、絵名先輩の時間を貰っても良いですか?」
「……要件が何かによるんだけど、聞いても良いかな?」
「あ、そうですよね。この後、バンドの練習があるんですけど、一緒に来てくれないかと思いまして」
「私は良いけど、それって咲希ちゃん達とやってるバンドだよね? 私がお邪魔して大丈夫なの?」
人前で見せるパフォーマンスでもライブでもなく、ただ練習している中にお邪魔するのは申し訳ない。
やんわりと断ろうと思ってそれらしい言葉を並べてみたものの、相手の方が1枚上手だった。
「大丈夫です。皆にはちゃんと許可を取りました」
一歌ちゃんがずい、とスマホの画面を見せてくれる。
どうやら幼馴染用の連絡グループの画面を表示してくれているらしく、一歌ちゃんのスマホの画面には大歓迎という意味にしか取れない文章がいくつか並んでいた。
これで行かないと言ってしまう方が失礼な気がする。
「……じゃあ、お邪魔しようかな」
ポコポコと送られてくる歓迎の通知と、おとなしそうな澄まし顔なのに、期待するように見てくる一歌ちゃんの目に負けて。
私は結局、一歌ちゃん達の練習にお邪魔することにしたのだった。
☆★☆
去年あたりにライブハウスに入って、ライブを見ることはあった。
しかし、ライブで使うような楽器の練習場所? いや、レッスンスタジオと言い直すべきか。
そういうところに行く機会なんてまぁないだろうな、と思っていたので、ちょっとワクワクしてしまった。
(別に楽器もやってないし、歌の練習ならカラオケで十分だろうしねぇ。こういうところなんて、誘われなきゃ入らないよね)
まふゆや雫がいないと宮女の弓道場に行くことなんて、ほぼないように。
一歌ちゃんの背中を追いかけつつも、こっそりと周囲を観察する。
挙動不審気味な私に対して、一歌ちゃんは通い慣れているだけあって、慣れた道を普通に歩く。
そして、いつも使っているであろう部屋まで行き、その扉を軽く確認してから開いた。
「皆、お待たせ。ごめんね、遅れちゃって」
「えっと、お邪魔します」
一歌ちゃんが当然のように入る中、私もそれについていく……というわけにはいかない。
私は学ぶ女。えむちゃんの件で痛い目を見そうになったので、一応、扉の前で止まり、頭を下げてから中の様子を窺う。
来ていた連絡では歓迎っぽかったけど、先輩の手前、遠慮をしていた可能性もある。
頭の中で色々と考えていたものの、返ってきたのは杞憂だと言わんばかりの声だった。
「わぁ、えな先輩だ! 本当に来てくれたんですねっ。ささ、中にどうぞー」
「東雲先輩、こちらの椅子にどうぞ」
「こんにちは、先輩」
咲希ちゃんに手を引かれ、望月さんには椅子まで用意されるという殿様対応。
こっちは貴重な練習時間の邪魔をしているのに、日野森さんは頭を下げてくれている。
普段ちょっと言葉を交わす程度の先輩相手なのに、なんと優しい子達なのだろうか。
しかし、この優しさに甘えるわけにもいかない。
「咲希ちゃんも望月さんもありがとう。でも、私はお邪魔してる側だから気遣わないでよ」
「えぇー」
断ったら、咲希ちゃんのしょんぼり顔が目に入ったけれど、ここは心を鬼にする。
そうして何とか用意してもらった椅子を元の場所に戻していると、咲希ちゃんが私の顔をじっと見てきた。
「そういえば、えな先輩とほなちゃんは苗字で呼び合ってますよね。ちょっと距離があるような気がして気になっちゃったんですけど、何かあるんですか?」
「え? ううん、特に理由はないよ。ただ、タイミングがなかったというか」
たぶん、一歌ちゃんだってあの場に咲希ちゃんがいなければ、星乃さんと呼んだままだろう。
それと同じように望月さんや日野森さんと呼んでいるだけだ。
……とはいえ、苗字で呼ぶと距離を感じると思われるのは、あまり良くないかもしれない。
4人のうち2人は親しげなのに、2人は距離があると思われるのは不本意なのだ。
咲希ちゃんに話を振られて丁度いい機会だし、一歩進んでみようか。
「じゃあ、これを機会に望月さんは穂波ちゃんで、日野森さんは志歩ちゃんって呼ばせてもらおうかな」
「なら、わたしも絵名先輩って呼ばせてもらいますね」
私の言葉に真っ先に反応してくれたのは穂波ちゃんだった。
穂波ちゃんといえばお昼を食べたり、アップルパイとか作っていたりとチャンスはいくらでもあったのに、悉く見逃してきた相手だ。
壁はこちらが想像しているよりも低かったのだろう。
「じゃあ、私も絵名先輩と呼ばせてもらいます。後、この前の屋上の件はありがとうございました」
「屋上? あぁ、いいのいいの。ペットボトルのお茶を渡しただけだし」
志歩ちゃんからは無事に許可と、いつぞやのお礼まで言われてしまった。
むしろ、余計なことに首を突っ込んで嫌われていないだけありがたいのだけど、志歩ちゃんはそう思っていなかったようで。
「志歩ちゃん、今日は絵名先輩と会えて良かったね」
「しほちゃん、ずっとえな先輩にお礼を言いたいって言ってたもんね!」
穂波ちゃんと咲希ちゃんが我が事のように志歩ちゃんに声をかけているのを見ると、志歩ちゃんは屋上での話を気にしてくれていたらしい。
もしかしたら今回の練習にお邪魔できた件も、志歩ちゃんが私と話したいと思っていたから実現したらことなのかもしれない。
「一歌ちゃん、もしかして今日誘ってくれたのって、志歩ちゃんの為だったりする?」
「えっと……その」
今まで黙っていた一歌ちゃんに話を振ると、わかりやすい反応が返ってきた。
最近、私もヤツの過干渉に疲れていたし、そのせいでまふゆも監視するようにベッタリだったので、志歩ちゃんも接触するタイミングがなくて困っていたのだろう。
それで、今回丁度良く私と出会ったから、練習を口実に一歌ちゃんは私を連れて来たってところか。
友達想いだなぁと微笑ましく思っていると、一歌ちゃんの口から予想外の言葉が出てきた。
「それもありますけど、最近の絵名先輩は元気が無さそうだったので。お世話になってますし、元気になるようなことをしたいなって、皆で話してたんです」
「!」
まさかの発言に、私は咄嗟に言葉が出てこなかった。
一歌ちゃん達にもバレていたのなら、きっと他にも気にかけられていたのは容易に予想できる。
(……もう、情けないところは見せられないな)
じんわりと温かくなる胸を抑えて、私はタイミングを見て離脱しようとしていた気持ちを改めた。
「……ありがとう、じゃあ、楽しみにしてるね」
「はい。任せてください」
頷く一歌ちゃんは1つ年下であるにも関わらず、私なんかよりもしっかりと、両足で立っているように見えて。
曲を披露するために準備している間も、披露してくれた後も、眩しくて私は目を細めずにはいられなかった。
次回は大事な話をセカイでこっそりします。