今回は後書きにオマケがちょっとあります。
冷蔵庫からケーキが乗った大皿を取り出し、小皿とフォークを複数持って部屋へと向かう。
横着して足で部屋の扉を閉めてから、大皿と小皿を重ねる。ここで重ねるのを失敗したらお皿が漏れなく犠牲になるのだ。失敗は許されない。
細心の注意を払いつつも横着をした私は空いた手でスマホを取り出し、セカイへ向かうための曲を再生した。
そうすればあっという間に自分の部屋から広すぎる空間──セカイに到着だ。
周りを見渡してみると、すぐ近くでミクとリンが仲良くあやとりをしている姿が見えた。
「ミク、リン、こんにちは。今日は2人だけなの?」
「うん、メイコはどこかに行っちゃった」
「近くにはいるだろうし、待ってたら来るんじゃない?」
ミクはいつも通り淡々と、リンが興味なさそうな様子で答えてくれた。
メイコがすぐに姿を現さないのも、私の中ではいつものことだ。
そんな『いつも』を今から壊してしまうかもしれないことを申し訳なく思いつつ、私はミクとリンに手に持っていた大皿を見せる。
「ねぇ2人とも、オレンジのチーズケーキを作って来たんだけど、食べてくれない?」
「いいの?」
「オレンジ! ……ど、どうしてもって言うなら食べてあげてもいいけど」
ミクとリンの反応は面白いぐらい違っていた。
ミクは貰えるなら貰おうというものに対して、リンはすぐに手を伸ばしそうになって、慌てて手を引っ込めている。
リンの方が反応が良かったことは、後でメモしておくとして。
持ってきていた小皿とフォークを2人に渡し、それぞれ4等分にしたものを取り分けた。
最初にミクに、次にリンとケーキをさらに乗せていると、ふと、リンは思い出したように警戒を露わにする。
「絵名、もしかして何か頼み事とかあるの?」
「え? どうして?」
「絵名が何か持ってきて、申し訳なさそうにこっちを見てる時は大体、何か頼み事したい時だから」
……バレてる。
どうしてもお願いしたいことや話を聞いたりする時は、何かしら相手にモノを渡す癖のようなものが、リンにはお見通しだったようだ。
バレていたのなら隠していても仕方がない。
食べてから切り出そうと思っていたけど、早速話してみようか。
「2人に聞きたいんだけど、このセカイって火で燃え盛っている場所を作っても、周囲に燃え広がって焼け野原~とか、そうなる前に止めたりできるの?」
「──絵名、考え直して。早まっちゃダメ」
普段はまふゆのポーカーフェイス並みに感情の起伏が大きくないミクが、珍しく慌てた様子で私の肩を掴んでいた。
リンも何か言いたげな目でこちらを見てくるので、非常に居心地が悪い。
……色々と飛ばしていたから、私が火を使って自棄になろうとしているようにも聞こえたかもしれない。
自棄になるつもりは毛頭ないのだ。
誤解を解くために一旦部屋に戻り、ぐるぐる巻きに縛られたスケッチブックを引っ張って、再びセカイへ舞い戻った。
「これを燃やしたかったのよ。別に私が自棄になったわけじゃないからね?」
初めて見せた時に嫌な感じがするとミクが言うだけあって、スケッチブックを見た2人はわかりやすかった。
「……何、その気持ち悪いの。そんなの、よく持ってるね」
リンは自分の分のチーズケーキだけでなく、大皿に乗った分まで持ちながらスケッチブックから距離を取る。
その顔は誰が見てもわかるぐらい歪んでいて、心の底から嫌がっているのが伝わってきた。
隣にいるミクはというと、1度スケッチブックを見ていたこともあり、火の話をした時のような大きな反応はない。
じっとスケッチブックを見つめていた目を私に向けて、小さく首を傾げた。
「火っていうのはそれを燃やしたいからなんだね。でも、どうして急に燃やそうなんてことを考えたの?」
「頑張っても捨てられないから、直接燃やそうと思ってさ」
私がそう言えば当然、ミクは首を傾げる。
リンの方は大皿を近くに置いてから、自分のチーズケーキにフォークを入れつつ問いかけてきた。
「ふぅん。どうして急に、捨てようなんて心変わりしたの?」
「それは……前は持っててもそこまでだったんだけど、最近怪奇現象みたいなことばかり起きててさ。迷惑なんだよね」
捨てようとしても奇跡の生還を果たしたり、勝手に戻ってきたり。
最近は無意識のうちにスケッチブックを持ち歩くようになってしまっていて、いい加減手放したいということを包み込んで2人に話した。
「ふぅん。捨てるつもりなら、いいと思う」
「わたしも賛成」
こっちは記憶のこととか話せていないことが多いというのに、私には感じられない不吉な気配を感じているらしいリンとミクは、うんうんと訳知り顔で賛同してくれた。
とはいえ、2人がいるところで燃やすのは気が引ける。
自分が火傷しました〜なら兎も角、巻き込んで火傷させてしまった結果、何の成果も得られなかったら後悔どころの話ではない。
「……あなた達、本気で火遊びするつもりじゃないでしょうね」
私が頭を悩ませていると、こちらの様子を窺っていたらしいメイコが物陰から現れた。
火の話をしているところを見ると、かなり前からこちらのことを観察していたらしい。
バカなことをしないかと疑うメイコに、私はすぐに首を横に振る。
「ミクやリンもいるし、火を使おうとは考えていないってば」
「1人ならやっていたのね」
「うっ」
セカイなら現実世界よりも派手な手段を取れるのではないか、と考えていたので、突拍子もないことを実行しようとしていたのは確かである。メイコに言い返す言葉もない。
言葉に詰まって何も言わない私にメイコは息を吐き出し、近くのオブジェに体を預ける。
「大体、捨てるだけならゴミと一緒に捨てたり、鋏で切ったりすることだってできるでしょう」
「できたらいいんだけど、それも難しいのよね」
「難しい? 嫌ではなくて?」
口に出しても想像できないのだろう。メイコは目を細めてスケッチブックを観察している。
言葉で説明するだけなら伝わらないか。私だって当事者じゃなければ、何を言っているんだと思うだろうし。
私はスケッチブックを床に置き、鉛筆を削る用のカッターを取り出す。
ジジジと刃を出し、ミクとリンが小さく悲鳴を上げるのも無視してスケッチブックに向けて振り下ろした。
「絵名!? ……絵名?」
リンが叫んで駆け寄ってくるものの、次に出てきたのは困惑の声だった。
それはそうだろう。私の手はいつかの時を再現するように、ピタリとスケッチブックの前で止まっている。
力を込め過ぎて右手は震えているのに、それでもスケッチブックにカッターの刃が届かない。
正しく、呪いだ。
ミクが早く捨てた方が良いと言うのも、リンが気持ち悪いと言うのも全く間違っていない代物である。
リンは恐る恐る震えている右手に手を伸ばす。
「手、動かないの?」
「スケッチブックに刃を向けなければ動くよ。でも、傷付けようとしたらこうやって止まっちゃうのよね」
「押してみようか?」
「……ありがたいけど、それは怖いからやめてほしいかな」
彰人に殴りかかりそうになったあの時のことが頭の中に思い浮かび、リンの申し出を断る。
もし、リンが私の手を押したことによって、スケッチブックに『危害を加えようとした』と判断されたとしたら。
その時、私はリンにカッターの刃を振るってしまうのではないかと想像してしまい、とても手を貸して欲しいとは言えなかった。
とりあえずカッターを片付けてから再び3人に向き合うと、今まで見ているだけだったメイコがこちらに手を伸ばしてきた。
「なら、私が鋏で切ってあげるわ」
「メイコが代わりにしてくれるってこと?」
「ええ。どうする?」
メイコはそれ以上、何も言わない。手を差し出したまま、私の目をじっと見ている。
……見守ると言っていたメイコが自分から動いてくれたのだ。
いくら巻き込みたくないと思っているとはいえ、協力してくれる人に対して試さないのも失礼か。
「──その前に、準備させて貰ってもいい?」
「準備?」
「うん。自分が信じられないから、ちょっとした保険にね」
部屋に戻ってビニール紐を持ってきて、リンに私の手を縛ってもらう。
そこまでする必要があるのかと言いたげな目で見られているが、念には念を入れないと怖い。
深呼吸して、目を閉じる。大丈夫だ、まだ彰人に破り捨ててもらおうとしていた時のような感覚はない。
「……じゃあメイコ、置いているスケッチブックをお願いしても良い?」
「わかったわ」
メイコが目の前でスケッチブックを拾い上げる。
体に嫌な震えが襲い掛かってきた。
メイコが鋏でスケッチブックを切りやすいようにまずは1枚、紙の部分に狙いを定める。
このあたりから彰人の時と同じような『止めなくちゃ』という焦燥感みたいな何かが沸々と湧き出てきた。
「絵名?」
「……息の仕方が変になってる」
リンの呼び声とミクの心配するような声が聞こえてくる。
湧き出てきそうな何かを抑えるのに必死で、過呼吸みたいになっているのを指摘されても、それを正せるほどの余裕がない。
2人がこちらを見ている中、ちらりと私に視線を向けたメイコが鋏を持つ。
止めたい、止めなきゃ。いや、止めなくてもいい。私はあれを処分したくて──お前の私情や感想なんて聞いてないっ!
──どうでもいいから、今すぐにあいつを止めろ!!!!
「「絵名!!」」
背中から2人分の衝撃があって、一瞬、手放していた意識が戻ってきた。
縛っていた手を頭より高く挙げ、その振り下ろそうとしている先には──
スケッチブックを手放し、地面に押し倒されているメイコがいた。
私は慌ててメイコから離れて、喉から声を絞り出す。
「あ。め、メイコ……その、いや、ごめん。怪我とかしてない?」
「平気よ。急に押し倒されて、スケッチブックを手放してしまったけど」
「ほ、本当にごめんなさい!」
「いいわよ、覚悟はしてたから。それに……あなたが人に頼るのが下手な原因も、何となくわかったわ」
メイコはスケッチブックを拾って、私に手渡してくれる。
しかし、私はどうしてもそれを見たくなくて、思わず視線を逸らしてしまった。
(視線を逸らしても……起きてしまったことも、受け取らなきゃいけないのも、変わらないのに)
だから逃げるなと言い聞かせて前を向くのとほぼ同時に、メイコの手からスケッチブックを取ったのはリンだった。
「これ、預かるから」
「え?」
「これのせいで絵名は苦しいんでしょ。なら、少しでも目が入らないところに置くべきだと思う」
「……気持ちはありがたいけど、それは難しいと思う」
スケッチブックはある程度距離があったら勝手に手元に戻ってくるので、手放すのは酷く難しいだろう。
私はそう思っているのに、リンは違うようだ。
「だから、
──所有権を捨てることもなく、処分することもなければ、スケッチブックも隔離できるのではないか?
リンはそう言いたいらしい。
確かに、セカイに行ったり学校やその他の場所に行っている時に、持ち歩くなんてことをし始めたのは最近のことだ。
様々な要因を考えて、分類していけば……リンの言う通りにできる気がする。
それに、1人で抱え込んだって好転しないのは今までの出来事で痛感していた。
何かを変えるのであれば、誰かを頼るのも必要だ。そして、私の場合は今がそのチャンスなのだろう。
「じゃあ、それ、預けていい?」
「任せて。視界に入らないだけでも、気は楽になるでしょ」
「後、それのことは内緒にしてほしい」
「……絵名が望むなら、今はそうする」
この選択がどういう風になるのかはわからないけれど。
少なくとも今よりは良くなることを祈って、私は一旦、スケッチブックをセカイで管理してもらうことを選んだ。
スケッチブック君の一時的な処遇、決定しました。
次回はいつもの週3ではなく、我らが絵名さんの誕生日である30日にもプラスで更新します。
(予防用ヒント:こっそり追加したタグ)
《セカイに絵名呼び出しボタンが実装されました》
「今日、絵名と一緒に帰れなかったな……」
(まふゆ、寂しそう。あ、そうだ)
とある日の夜、セカイにて。
まふゆがポツリと呟いた言葉にミクが反応した。
向かう場所は絵名が託してくれたスケッチブックがある場所だ。
それに鋏を近づければ、1秒も経たずに絵名がすっ飛んでくる。
「あ、来た」
「もーっ! ミクったらまたスケッチブックを呼び鈴に使ったでしょ!? ……それで、要件は何?」
「えっと、まふゆが……」
絵名専用の呼び出しボタンがセカイにこっそりと実装されていることは、バーチャルシンガー以外は知らない事実である。